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知の広場〜理性と感性のスーベニア〜 partV

1 :きゅりお:02/01/09 00:53 ID:G7a3rUFf
前スレ主のサガ氏の代理で作成します。予想外のシリーズ化(w

■「知の広場〜理性と感性のスーベニア〜 partU」
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/kova/1008220599/
■「知の広場〜理性と感性のスーベニア〜 」
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/kova/1006708702/
■「ゴー板を救おう!小林派と反小林派の言い分」
http://ton.2ch.net/test/read.cgi/kova/1005844736/

2 :きゅりお:02/01/09 00:54 ID:G7a3rUFf
とりあえず代理で立ててみました。議論は回る、論点も回るw

3 :e:02/01/09 00:58 ID:k1ew2ZT+
>>1
新スレおめでとうございます。とうとうスレオーナーになりましたね。

>前スレの940
ひっきー氏の>>696に触発されてとりあえず「戦争論」だけ読みましたが
貴方の言う言論としての振り子には共感を覚えます。
小林は戦後の言論を支配している左派は極端だとして怒りを感じている。
小林が「戦争論」を記述した動機はその怒りの対象としての極端さに対し
極端で対抗しているように思えますね。
実際の所、小林自身に皇国史観が有るのか否かは是非疑いたいのですが、
仮に有ったとしても、自虐に過ぎる価値観を真中付近に戻すためにはここら辺
まで書かなければ駄目だろう、という意志が読み取れる気がします。
思考停止だ復古主義だと言われようとも、結果的に現状の左派論調が変化を
見せれば小林の価値はあったと言わざるを得ません。

実際の所、戦後の左派の主張はマルクス主義なのですか?恥ずかしいながらも
「戦争論」と同時に「絵でわかる現代思想」なる本を購入して読んだのですが
正直現代日本の論調との関連が見えませんでした。私にとり相対性理論以上に
難解です。

4 :e:02/01/09 00:59 ID:k1ew2ZT+
私としても戦後日本の論調には偏向を感じます。
自虐史観を指摘する声は30年以上前から有ったのですが、例えばイザヤペンダサンや
ポールボネと言った輩が外国人から見た日本人批判と言ったある意味屈折した
反則スレスレの表現形式を取らざるを得なかった理由は何なんだろうと疑問に思います。
そういえば、小林の「戦争論」も表現方法としては特殊ですね。案外、「東京裁判での
アメリカの手口を利用してやった(P41)」という事が本音なのかも知れません。

製造産業に関わる身としては否が応でも国家の「構造的暴力」は感じざるを得ません。
であるのだけれど、国家としての公の早い未来での解体はありえないと思います。
理由は対峙する自分の所属しない集団の国家としての公が依然我々を脅かすからです。
対中国、対韓国対旧ソビエト連方系の諸国への経済活動は巨大な公との戦い意外の
何者でも有りません。
国家としての公が解体されるには全ての国家としての公の解体と同時である必要が
あります。おそらくそれより前に、日本の輸出産業としての企業が滅ぶでしょう。
前前スレで右翼学者氏がそれを言い当てているような発現がありますが、同感です。
私の立場では経済的な理由でそれを望みません。

5 :きゅりお:02/01/09 01:07 ID:G7a3rUFf
>>941 前スレ
>ですからね、方向性は同意ですが、それと現状の日本の無秩序への
>処方箋を考えることは矛盾しないと思うんですがね・・・。
ですから、「国家」ではなくて家族、仲間、職場から連なる連鎖公共性の
復権というテーマを出しているじゃないですか・・・、読んでないの?
「国家」単位の公共性の復権が、成功しそうな兆候はあるんですか?
むしろ、スローガンだけで断絶、分裂は調停すらできない状況では実現しない
机上の空論と評価されてもしかたないでしょう。
※こちらの論点を整理して読んでいないのは日本男児さんだと思いますよ。

>ホーントあなたと話していると二元論の片側に人を持っていきたがる人だなー
>とつくづく思いますねぇ・・・。
何度目かんですけど、脱力感を感じますよ。左派が「国家=悪」と見ているという
レッテルを貼っていながら、こちらの論点を読んでいないじゃないですか。
「国家」の現実面を把握しなければ国家の分析なんてできませんよ。ウヨガクさんとの
議論から始まり、「良い/悪いもなく国家の現実に冷静に考えよう」という視点
を取って議論してきているじゃないですか。だから、良い/悪いもなく「緩やかな死」に
至るという多くの論者が同意する論点を提出したんですよ。

にも関わらず、「自分は中立だけどバランスを取るために言っている。あなたは偏っている」
という偏見はどこから出てくるんですか。そうじゃなくて、「相手も本当は中立でバランス
を取るために言っているのではないか?」という視点がすっぽり抜け落ちてますよ。
すくなくとも、自分の「意見」構造化のプロセスを「知らない」日本男児さんよりは
はるかに中立性も自己の中で意識していますよ。こんなことは言いたくないが・・・。
これを日本男児さんの党派性と呼ばずしてなんなんでしょうか?

よく読んでちゃんとレスしてください。最後の1行だけに反応しないでね。

>いやーそこまであなたがイデオロギー装置とやらがイヤなら日本に住まずに・・・
よく理解できたら上記にはきちんと謝罪してください。

6 :きゅりお:02/01/09 01:09 ID:G7a3rUFf
>>3
>とうとうスレオーナーになりましたね。

さみしい微笑w

7 :名無しかましてよかですか?:02/01/09 10:16 ID:Tp+AiQX4
>>5
ごめんなさい。昨日は多少酔っぱらっていたのでちょっと論点が強引すぎた(笑)。
連鎖公共性の論点は理解しています。右翼学者さんは多層的という表現を
使っていましたね。もちろんそういう観点は大事だと思います。
ですが、国だけダメという理由は右翼学者との議論でもケリがつかなかったように
思うんですよ。時々突発的に反論が出てきてしまうのはそれが理由だと
思います。

もう一点、このスレで現代日本の公共性の欠如状態についてはほぼ皆さん一致して
いるかと思うのですが、では、このスレでどのような形で公共性の熟成について
論点を交わすべきなのでしょう?

つまり
・小林の言説を相対化するのみとするか
・連鎖公共性の熟成の方法を突き詰めていくか(理論->実践でもいいです)

小林よしのりは日本の公共性を再構築する試みとして具体的に教科書問題や戦争論等の
著作に取り組みましたよね。これ自体が無意味な事とするのか。

途中ですが、又時間が空いたときにでもレスします。

8 :きゅりお:02/01/09 11:40 ID:G7a3rUFf
>>7
名無しになってますよ。どのスレで発言してるんですか?w

しかし、僕が心配しているのは、

「安全」の重視→「変化」への慎重姿勢→伝統、国家(現システム)への信頼性
→伝統主義、保守主義

という分かりやすい党派性を自分では理解しているの?ということ。
このような構造化された意識への批判なしには「構造と力」の読解はうまくいかないと思う。

また、「国家=悪ということに庶民が気付かないのだから、国家は悪ではない」という論法は、
「庶民こそがイデオロギーの王国の住人である」ということを見落とすことになる。
構造化された意識に目隠しをしてしまうことになる。

#「国だけ、ダメ」<覚せい剤禁止スローガンみたいだw>とは言った覚えがないんだけど、あくまでも
「国家の影響力が低下している状況で<将来の公共性の受け皿として>国家に期待するのは適当か?」
と問い続けています。これはどうなの?

9 :きゅりお:02/01/09 11:58 ID:G7a3rUFf
>>7
さらに重要な論点を提出しますね。

それは、「公共性」を「積極的公共性」と「消極的公共性」に区別せよ、という論点です。
「積極的公共性」とは生存にクリティカルな共同利害を持つ共同体に帰属する意識のことで、
まさに小林の言う「公」のことでしょう。一方「消極的公共性」とは法、制度に対する消極
的な帰順意識。日本人の多くがが国家に対していただいているのはこの「消極的公共性」で
しょう。

この二つを混同すると話が非常にややこしくなる。そして、このスレで議論しなければなら
ないのは、「日本に住んでいる」、「日本の法制度を守って暮らしている」という消極的な
公共性の話しではなくて、仮に「処方箋」の話を進めるならば、

(1)「積極的公共性の入れ物として国家がふたたび機能しうるか?」
(2)「国家が機能不全に陥っているならば、それに代わる入れ物は何か?」
(3)「そもそも断絶、分裂を特徴とする近代社会に積極的公共性は復権しないのでなないか?」

という3点でしょう。自分としての答えは、
(1)「3つ方向性」から考えると再び機能するとは思えない(小林の論点とは対立)
(2)より「小さく」、「具体的な」単位としての家族、職場、仲間を網の目のように張り巡らした
連鎖公共性を「技術的」に可能にすれば復権できるかもしれない(ウェッブ生産関係の可能性)。
(3)アノミー的な個人を国家に参集させるという戦略を持ち出せば、これはファシズムに容易につながってしまう。
外国の状況をみても先進国の断絶、分裂状態は近代国家の「共通の病」。この公共性の回復はこのような近代の根本的
な「力」に対する反逆となり、極めて難しいし、極めて慎重な戦略が必要だ

10 :日本男児@構造と力読解中:02/01/09 12:03 ID:Tp+AiQX4
>>8
最近忙しいので今年に入ってからこのスレでしか私は発言してないです(笑)。
スレが変わったので、抜けちゃったみたいですね。

>「国家=悪ということに庶民が気付かないのだから、国家は悪ではない」

なんていい方私はしていませんよ。庶民だろうが何だろうが悪いところも
良いところも両面を見ないと本当の現実が見えないのではないか、と言い続けている
だけで。一面的視点は私は断固反対の立場を取ります。あえていうなら
現実主義です。今抱えている問題として公共性が乱れてきているというのは事実。
国内の秩序が乱れているのは事実(即ちこの点において小林の論法に
従えば日本は平和ではなくなってきている、ともいえる)。

ベクトルとしてきゅりおさんが指摘する方向性も認めます。(但しいつその日が
来るかが明確ではない。「構造と力」でもそれは同様)人の分裂症的傾向性は
確かに今現在も進行していますが、この傾向にどう対峙すべきかという視点において
国家という所属性はそんなに人は捨てられるものなのか。受け皿として戦前のように
国家に回収されて過ぎるのも反対ですが、希薄のままでいいのか?その落としどころ
を探る意義はないのか?

日本が国際的に獲得してきた安全・規律正しい振る舞いというものが崩壊している現実に
どう対峙するのか。これをベクトルだからといって諦観していいのか。

どうでしょう。この論点なら他の方も参加できるのでは?

11 :日本男児@構造と力読解中:02/01/09 12:06 ID:Tp+AiQX4
>>9
タイミングがずれたようですね。
この論点はわかりやすく、なおかつ興味深い論点だと思います。
時間が出来たら参加します。

今日は仕事でトラブル多発・・・。やはり何事も「危機管理」は大事だ・・・(苦笑)。

12 :きゅりお:02/01/09 12:12 ID:G7a3rUFf
>・・・なんていい方私はしていませんよ。
じゃあ、小泉首相の支持率の話は何・・・?まあ、いいけどw

>国家=悪と見なすことで得られる分析の切り口の鋭さは認めますが、そこで止まっては
>一種の思考停止ではないかと思います。
>国家は単純にイコールで括れるものではなく、やはり私たちの生活を支えてきた
>一面はかなり大きい物である以上、その部分の両面をにらみながら批判
>するのがより現実に即した見方につながると考えます。

>指摘している内容であれば、当然「庶民」も感じています。だから現在小泉内閣の
>支持率が高いんじゃないですか?

13 :日本男児@構造と力読解中:02/01/09 12:16 ID:Tp+AiQX4
>>12
上記はあなたの

>近代国家を仮に悪と置くなら、それは支配的なシステムにおいて官僚組織を
>はじめ組織化を必要以上に肥大化してしまったことだろう。

を受けたつもりなんですけど・・・。
小泉改革ってこれにメスを入れようとしていることに庶民も賛同している
という図式を説明したつもりですが・・・(あまりうまくいっているとは思え
ませんが)。

14 :きゅりお:02/01/09 12:23 ID:G7a3rUFf
>>13
「指摘している内容」をすぐ近くにある「国家を悪とみなすこと」、を指すと読んでしまいました。
大変失礼しました。

15 :日本男児@構造と力読解中:02/01/09 12:29 ID:Tp+AiQX4
>>14
いえ、私もこれまでに誤読のオンパレードをしまくっていると思っていますので
私からもお詫びします。

>>9
であなたが挙げた論点は大変興味深い。じっくり考えさせてください。

16 :宮台ばつ壱:02/01/09 13:10 ID:VkA4TpqH
個人の生活観に基付く気持ちとしての
表れを「構造化」されてもなあ。

やり方としては、やっぱりカテゴライズ
しかないってことか。左右化 構造化

庶民の気持ちを体系化構造化する。→
一定の容れ物に入れる。

これらの容れ物と、生活の根ざす日本庶民の場所という容れ物

まあ、そもそも「現れ」はいれものじゃないんだが。

17 :日本男児@構造と力読解中:02/01/09 16:42 ID:Tp+AiQX4
>>16
ちょいと分かりづらいなあ・・・。そのコメント。
言わんとすることは分からないでもないですが。

18 :日本男児@構造と力読解中:02/01/09 17:11 ID:Tp+AiQX4
これよく読んだら私の>>939に対するレスですよね。

>>3
>小林は戦後の言論を支配している左派は極端だとして怒りを感じている。
>小林が「戦争論」を記述した動機はその怒りの対象としての極端さに対し
>極端で対抗しているように思えますね。

と私も思っているんですよ。必死になって歌舞いている。そういう姿が読みとれないと
誤読の原因になると思います。

>国家としての公が解体されるには全ての国家としての公の解体と同時である必要が
>あります。

ここも全く同意です。国内だけで叫んでも話は動きません。

全体的にあなたのコメントについてほぼ同意できます。是非今後もこのスレに
顔を出していただけると嬉しいです。

そういえば言い忘れてましたが、きゅりおさん、新スレ作成ありがとう。

19 :e:02/01/10 00:11 ID:67kblc+f
>>7
>連鎖公共性の熟成の方法を突き詰めていくか(理論->実践でもいいです)
公としての国家が緩やかに死を迎えるという点に関しては争う気は無いのですが
問題はその死に方にあると思います。
「そもそも断絶、分裂を特徴とする近代社会」であるならば、連鎖公共性としての
公は小さい単位から、順に解体されていくと考えられるからです。
#かくいう私も単身赴任(泣
系としての公は内部に混沌を含むハズで、その矛盾は系が小さいほど断絶、分裂の
影響を大きく受けると考えるのは悲観的過ぎますか?
逆に大きすぎる公に関しては前スレで述べさせて頂いた通りで、結果的に強烈な
帰属意識を持ち難いと思います。(これはきゅりお氏に否定されていますが)

小さい公はそのエネルギーの軽さ故に生滅盛衰を繰り返して、共有しうる限り大きな
公はその巨大なモーメント故に死は緩やかにならざるを得ない。
公共心を重視する立場にたつのなら、最も死に難い公に焦点を当てるのは戦略としては
成立すると考えます。(多分…)

20 :e:02/01/10 00:12 ID:67kblc+f
>>9
凄く面白い論点だと思います。

>(1)「積極的公共性の入れ物として国家がふたたび機能しうるか?」
完全に復権する事は無いと思う。ただ、それを願うイデオロギーがある勢力を占める可能性は
非常に高いと思う。理由は前スレに書きました。国家としての公は振動しながら減衰してゆく。

(2)と(3)に関しては貴方が幾つかの示唆をされている事はよく判るのですが、
正直勉強不足で理解する事ができません。ただ、単なる置き換えならば長続きしないで
他の「何か」により置き換えられてしまうのでしょうね。

21 :e:02/01/10 00:14 ID:67kblc+f
>>18
私がこの板に顔を出した動機は不純です。
自分の盲愛する(ペット)に(虐待)を行う(虐待者)の心理的矛盾を論理により暴き、
高所から嘲笑う事を目的としている人が居ないかを観察しに来たのです。
#かっこ内は適当にスレに合った単語で置換してください。
予想外に真摯な議論により知の王国を築こうとしていらっしゃるようですので自分が
恥ずかしくなり反省することしきりです。
私の発言には多分に的外れな事が多いだろうと思いますが、仲間に入れてやって下さい。
よろしくお願いします。

22 :きゅりお:02/01/10 03:20 ID:mNdQi/yx
>>19
>>9 で「発見」wした「積極的公共性」と「消極的公共性」の区別を武器に使えば、
すっきりとすると思います。

つまり、現在、国家が入れ物となって機能している公共性は「消極的公共性」であり、
生死を別にする共同利害を持つ共同体への帰属意識とは言えません。また、同様に
私有財産制の後期資本主義における「徹底」から家族、仲間、職場の「積極的公共性」
すらも解体されつつあります。(前近代においては稲作の作業を共有する家族、ムラが
共同利害を持つ共同体として設定されていた)

しかし、例外は戦争時には「国家」そのものが、生死にかかわる共同利害の入れ物として
機能することである。小林の誤謬はこの戦争時の公共心のあり方を評価しようとしている
点。すなわち、近代国家においては民族の存亡をかける戦争時でなかれば、歴史上一度も
国家=民族に対して「積極的公共心」が生じる例はないだろう。平時の日本においては、
積極的公共心の入れ物は明治から現代において「ムラ」→「カイシャ」に代わっただけである。

つまり、国家における「積極的公共心」というテーマそのものが幻想ではないかという論点である。

23 :きゅりお:02/01/10 03:22 ID:mNdQi/yx
その上で、貫徹した私有財産制(「自由」の源泉となる自財産を自分で処分できる権利)という条件下
で可能な<これを否定するならば、ファシズム、共産主義への道しかない>「積極的公共心」の入れ物
を用意することである。この意味で「消極的公共心」の入れ物である国家を「積極的公共心」の入れ物
に作り変えるのは「絶望的」であるという論点はぜひ確認したい。ここを誤ると「必勝信念」は戦局を
変えうる、という悲惨な観念論と同じことになってしまう。

しかし、近代においては、国家もカイシャもガッコウも資本の蓄積による高度な組織化に
悩まされている。この単位を「技術的」に小さくすることなしには、「公共心」の入れ物を
復権することは難しいだろう。

忘れてはいけないのは、「公共心を復権させる」というテーマに対して、特に左派サイドの
合意を得られているわけではないことだ。(俺の立場は例外だと考えてほしい)。「私有財産
の貫徹」を理由に「公共心そのものの不可能性」を唱える立場の方が、現在の社会科学では有
力だろう。これらに対する戦略なしに安易に「公共心=善」という立場を取ることは言論上の
自殺行為。そこで、「公共心」とはなにか?どのようなときに可能なのか?という点の徹底的
な批判が望まれるだろう。

24 :ひっきー吉田@大学 ◆22svdmW. :02/01/10 11:25 ID:1qpCdcLF
>きゅりおさん
昨日(つか今日の未明だなw)貴重な純粋小林信者のサンプルをここの歴史教科書スレ
で得ました。一度も反つくる会なんて言ってないオレを反つくる会と言ったり、「サヨク
を論破しまくりました」と自慢げに言う典型的な小林信者です。じっくりとお読み下さい。
320辺りから登場します。
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/kova/1009575829/l50

25 :ひっきー吉田@大学 ◆22svdmW. :02/01/10 11:51 ID:1qpCdcLF
まあ、>>24で挙げたような人間に比べたら、ここのスレに居る小林派の
人間はずっとましですよ。宮台さんも日本男児さんも基本的な価値観は
変えてないけど、事実を認めないとかはしないわけでしょ?
それならかなりマトモですよ、特に日本男児さんなどは本読み始めたりも
してるワケだし。小林読者の少なくとも何割かは>>24のような人間ですよ、
マジ。
反対する人間はみなサヨクとかw小林の言ったことはみな正しいとかw

26 :日本男児@構造と力読解中:02/01/10 11:55 ID:HvK0uvhj
>>22
>外は戦争時には「国家」そのものが、生死にかかわる共同利害の入れ物として
>機能することである。小林の誤謬はこの戦争時の公共心のあり方を評価しようとしている

きゅりおさん、そのコメントは余計だったかな・・・。
国家間は常に戦争状態にあるという認識が不足している気がするよ。
現代は核の抑止しあっている関係で分かりやすい戦争となっていないだけで、
常に国家間にはエゴとエゴがぶつかり合っている現実を見逃していませんか?
無理に危機意識を煽る必要もないですけどね。

もう少し考えてからじっくりコメントしますが、やはり「積極的公共性」と
「消極的公共性」の2分割は少し無理があるような・・・。

27 :きゅりお:02/01/10 11:56 ID:mNdQi/yx
>>24
読んだ、読んだw
ひっきー君、サービスしまくりだったのに、わかってもらえなかったね。

そんなひっきー君にプレゼント。
■戦後民主主義の「救い出し」<今はダメだけど、昔は意味があったんだぞ説w>

思想としての「戦後民主主義」の切れ味はその対立概念である「全体主義(ファシズム)」が
生きているという前提があって初めて成り立つ。つまり「ファシズム」に対する対処抗生物質的
役割を担っていた「戦後民主主義」が「敵喪失」に実体化・物象化してしまったのが現在の状況
だ。

ファシズムとは「空腹の帝国主義」と呼ばれるように、(1)国家権力に対する思考停止と(2)
主体が未分化の状態のまま国家に溶け合うための「貧困」を要件とすると考えられる。しかし、
(1)の思考停止の状況は大きくは変化していないものの、(2)の「貧困」が先進国で改善され
たため、個人の私有財産制が貫徹。再び思考停止しつつ、国家に主体を溶け込ませるというファシ
ズムの危険性は起こりにくくなっている。

ここで、ファシズムに対する役割を果たした「戦後民主主義」は「病症なき対処物質」という状況に
なり役割を終えたと考えられる。

つまりは、「戦後民主主義が国家に対する忠誠心を卑しめて、アノミー的な社会を作った?
なーに言ってんだよ。ファシズムの再来を思想的に抑えつつ、その役割を終えただけだよ」
と答えてやればいいw

28 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/10 12:08 ID:1qpCdcLF
>>27
きゅりおさん、恐らくそんなことを言っても意味はあまりないと思います。
未明の彼はどう考えても、「小林の言葉」以外を語る言葉としてもっている
とは思えないんですよ。文春の例を出して来ましたけど彼、ああいう科学的
論証記事って基本的に事実の積み重ねですからねえ・・・。だから、身近な
例から天下を語る小林のスタイルに酷似してなくもない。
あと、「薬害エイズ」のことを例に出して来たことから、かなりの古参小林
読者にして、かつ小林の言葉以外を切り捨てて来たような人間に思えるんですよねえ・・・。

29 :きゅりお:02/01/10 12:09 ID:mNdQi/yx
>>26
>国家間は常に戦争状態にあるという認識が不足している気がするよ。
その一方、国家間のネットワーク上に広がる「相互依存」の深まりを評価しないのはなぜなんだろうね。

金融・情報ネットワークによって「戦争が不可能」になりつつあるほど密接に
相互依存しているという現状に目隠ししているような気がする。ここで、政治
の役割はこのようなネットワークの維持管理。アメリカの投資家が莫大な投資
を投入している日本市場で損失をかぶるような戦力の行使は考えにくい。この
ような関係が中国のWTO加盟などどんどん広がっている。抑止力を発揮して
いるのは核だけじゃなくて、このようなネットワーク状の国際資本の力も見逃
してはならない。

古典的な「パワーポリティクス論」はこの状況を正しく把握できてない。しよ
うともしていない。

#国家が入れ物になりくくなりつつある状況はこのように好むと好まざるとに関わらず
広がりつつある。

「国家観が対立していないといけない」というイデオロギーに気付かないと
いけんよ。軍産複合体の存在を警告したのはアイゼンハワーの退任演説だった。
(その極端な例が、アメリカのアフガン攻撃、ハンチントンの「文明の衝突」だ)

ま、これも「振り子的言説」ということで認識してください。

30 :きゅりお:02/01/10 12:16 ID:mNdQi/yx
>>28
というかね。言っても聞かないタイプには思想的に「時限爆弾」を仕掛ける
という論争方法もありますよ。読んでて、「絶対こいつは聞かないな」と思
ったからね。「戦後民主主義=悪」で思考停止している奴には、
「戦後民主主義=インシュリン説(病症を抑える特効薬が、与えすぎると害になる)」
で相対化してしまえば、何も言えなくなるかな・・・とw

でも、だめそうかもねえw

僕がまず「国家論」を論じたのも時限爆弾スタイル。国家という入れ物の有効性を
壊してしまえば、「小林の国家を枠に公を復権させよう」という主張も無効化でき
ると考えたんですよ。その狙いはほぼ成功したと思っています。

31 :きゅりお:02/01/10 12:27 ID:mNdQi/yx
>>28
というかね、思考停止している奴に「お前思考停止してるだろ!」と指摘しても、
「絶対に」わかってくんないんだよね。それがやっと分かり始めた今日この頃w

ところがね、上のような「時限爆弾」方式で彼の思想に意図的に矛盾点の「がん細胞」を
送り込んでやれば、彼の頭の中で自己増殖して、後で彼の思想を自然と「変質」させるこ
ともある。人は感情的になっている間は絶対に相手の意見なんか、聞かないw

困ったよね。

32 :日本男児@構造と力読解中:02/01/10 12:32 ID:HvK0uvhj
>>29
>金融・情報ネットワークによって「戦争が不可能」になりつつあるほど密接に
>相互依存しているという現状に目隠ししているような気がする。

いや、正にその現場にいる私が思っているのですが、基本的に国家間の
駆け引きの世界なんですよ。「冷たい」戦争状態。
あなたはその結果を享受しているだけ。
金融ネットワークは商社時代、情報ネットワークは現在関わっていますが、
国際間になった途端、そりゃあもうドロドロした世界ですよ・・・。

基本的には「会社」のエゴのぶつかり合いなのですが、どうしてもこれに
国家が絡んできますからね。というか絡まざるを得ないと言うか・・・。

33 :きゅりお:02/01/10 12:36 ID:mNdQi/yx
>>26
国際社会における「国家」の役割について、
日本男児さんのいう「パワーポリテクス論」も国家アクターの一面、
俺のいう「相互依存論」も同様に国家アクターの一面、
現状では、「本質」として一方に還元はできない。これは分かってますよね。

そして、現状ではどちらの側面が強くなりつつあるのかをきちんと把握
すれば「何に期待するのがベター」かが自ずから見えてくると思いますよ。

俺が言っているのは、常に上の2行についてです。つまり、現状分析、情報
は常にアップデートせよ、そこから判断せよという部分です。
<新しければいいってもんでもないw、「最新の道具」による批判的分析が必要>

34 :日本男児@構造と力読解中:02/01/10 12:39 ID:HvK0uvhj
>>33
それは分かります。本質として一元化出来ないですね。先の分かりやすい
善悪論と同様、やはり両睨みする必要があるでしょう。そうしないと現実は
見えてこないですね。この辺りはお互い折り合える所だと思います。

35 :きゅりお:02/01/10 12:40 ID:mNdQi/yx
>>32
>国家間の駆け引き
ご自分でもお気づきのように、それは会社の駆け引きを延長したものに
過ぎないと思いますよ。つまり、主体は国家ではないと・・・。
会社という欲望の体系は邪魔となれば、国家なんて簡単にすてますよね。
多国籍企業のように、つまり情報ネット社会においては国家はメインア
クターの立場からはすでに退いていると言えるでしょう。

しかし、うすら甘い「相互依存」に酔うなという点が言いたいんですよね。

しかし、僕が言ってるのも良い/悪いでなく不可避の「相互依存」の深度の
拡大のことなんですよ。分かってもらえるとうれしい。

36 :日本男児@構造と力読解中:02/01/10 12:48 ID:HvK0uvhj
>>35
情報ネットワークというかインターネットの話で言えば、現在アメリカに
一極集中し過ぎていて、アメリカが大きな権益を握っているんですよね。
このtmpサーバも現在アメリカにありますし(笑)。

非常にアメリカって巧みなんですよ。こうした国際戦略が。政府と一体
となってビジネスの世界も進めますからね。
これに対抗するとなると、どうしても日本政府を引っ張り出さないといかん
ケースが多いのですよ。仕事をしていて確かに政府との調整がまた
これが面倒なので、ない方がいいんですが、相手がそういう攻め方を
する以上、引っ張り出さざるを得ないケースが本当に多い・・・。

>しかし、僕が言ってるのも良い/悪いでなく不可避の「相互依存」の深度の
>拡大のことなんですよ。分かってもらえるとうれしい。

あ、それは分かっていますよ。ですので振り子返しということで(笑)。

37 :きゅりお:02/01/13 01:07 ID:fUYiAOpy
「積極的公共性」と「消極的公共性」の区別が小林の国家に対する態度の決定的な
矛盾を暴いたような気がします。これが「時限爆弾」効果でしょう。

「国家が公共性の入れ物として期待するのは適当ではない」という点で論点消失という
ことでいいですか?

38 :名無しかましてよかですか?:02/01/13 07:49 ID:RJuKf6AB
>>30,>>37
この二つの文章で議論の放棄と受け取った。そして読んで正直失望した。
この一連のスレは判りあえない思想の持ち主達が「知」という唯一の共通のフィールドで、
二つのピークとは別の着地点を模索する試みだったと思っていた。
しかし思想コントロールの実践だったという事なのだろうか?
確かに貴方の忍耐は凄まじいものだったし、学識の深さを尊敬もしていた。
でもこれでは、参加していた真摯な論者に失礼ではないかと思う。

人は何かを信じずに生きて行けるのだろうか?果たして現在の日本は貴方の言う近代社会なの
だろうか?

例えばこのスレの住人達は、労働基準法があたかも無いような環境下で神の出現を待っている。
http://pc.2ch.net/test/read.cgi/prog/1006105862/
ネタスレと笑うかい?今では現場を退いたからこんな事はしてないが、5年前の自分そのものだ。
彼らが非人間的な労働条件を甘受しているのは、不法な会社組織のせいも有るだろうが、納期を
守れない責任の多くが自分のせいだと考えているからだと思う。私の知る限り現在の日本の工業は
こんな悲惨なエンジニアの奴隷的努力によって支えられているんだ。
多分貴方から見たら搾取の構造に気が付かない思考停止した状態だというのだろう?

39 :e:02/01/13 07:53 ID:RJuKf6AB
失礼、名無しになってしまった。

公=矜持であるわけだから「積極的公共性」と「消極的公共性」など分離でする事が出来る事が
私には理解できない。右翼学者氏が貴方を日本人なのか?と聞いた理由が今良くわかる。
仕事に誇りを持つ事も公、会社の業績に誇りを持つ事も公、何故そんなものに誇りを持つのかを
考えると自分が居なくなってしまう、そう言うものが公だと思う。

小林の思想は私には受け入れる事は難しい。正直極端すぎると思うし、論旨の展開も適切とは思えない。
しかし小林の言っている事は、私達エンジニアが持つような誇りに関係あるのだろうなと想像しつつ
書き込みを行ってきた。
多分、宮台氏や日本男児氏が貴方の意見を素直に受け止められない理由もそこにあるのだろうと
愚考している。「日本」は自分の属性の一つである事は自分にとって既成の事実なのだから。
海外に製品を売り込みに行くとき、「日本製品も最近は質が落ちたね」なんて決して言わせたくない。
「いい商品だね。流石にメイド・イン・ジャパンだ。」この一言が聞きたいだけなんだ。
たとえどんなに指摘されてもこの一点だけは譲れない。私の事情とは異なるのであろうけれど
右翼学者氏や宮台氏、日本男児氏や前スレの名無し氏にはそれぞれ想定している公があるのだろう。
そしてそれは日本と多分切り離せないものなんだ。

40 :e:02/01/13 07:59 ID:RJuKf6AB
ここ迄を読み返し、我ながらウエットだと思う。「知」では無く「情」だ。このスレに相応しく無い。
貴方の意見はシニカルで好きだ。貴方の分析は機械的で心地良い。理屈で物事を判断し高い次元に
到達しようとする手法は文系/理系を問わず賞賛されるべきものだ。だから私はこの一連のスレッドが
好きだったし時間をとって勉強もした。自分に欠けたものの内ある種のものが何だったのかが少し
判ったような気がする。大いに感謝している事は強調させて頂く。では。

41 :きゅりお:02/01/13 13:04 ID:fUYiAOpy
>>40
君のイイタイコトは本当によくわかる。逆の立場だったら同じことを言っていた可能性もある。
されど、議論は常に全人格的な「バランス」で行われるものではない。常に「現状」に対する論者の「態度」
(ベクトル)として決定されるものだと思う。このスレで俺が請け負った役割。つまりは、そういうことだと
思う。

そして、その役割は「国家」について、小林擁護派、反対派双方が納得できる適当な妥協点をさぐること
ではなかったことを再び強調したい。「知」=理論、「情」=実践の立場で語るなら、徹頭徹尾「情」の
あいまいさを暴くのが俺の役割だったと思う。

「消極的公共性」と「積極的公共性」という二つの概念の導入で、擁護派は両者が「区別できない」という
立場を取らない限り、「国家が公共性の入れ物として期待されうる」という論点を取れなくなった。しかし、
現状では「消極的公共性」に過ぎない「国家」を「積極的公共性」に変質させるには「戦争状態」、「私有
財産」、「後期資本主義の生産関係」という様々な難点を乗り越えなければならないという壁にぶちあたった。
しかし、小林が主張しているのは生/死にかかわる共同利害を想定した「積極的公共性」であることは疑いえ
ない。つまり、ここで仕掛けた時限爆弾が自動的に擁護派の国家に対する矛盾を露呈させてしまったと言える。
なぜなら「消極的公共性」ならすでに「あるもの」であり、「あるべきもの」ではないからだ。

42 :きゅりお:02/01/13 13:07 ID:fUYiAOpy
>>41 続き

「科学には国境は無いが、科学者には国籍がある」。科学者を何に置き換えても同じことだ。
俺はこの問題を乗り越えて議論したかったわけではもちろん「ない」。しかし、情緒的な
傾向性にまどろんで、現在変わりつつある様々な可能性にふたをしてしてしまうことは、日
本人の「知」のあり方の多様性、豊かさを損なうものだと強く感じた。

と、いうことで。でも、このまま、このスレが終わるとも思っていないw

※最初は、このスレの議論結果が他のスレに波及する、という期待をもっていたけど、それ
は完全に無理そうだね。議論で「絶対に譲らない/譲りたくない」観念を情緒的におく限り、
その論者は絶対に論破されない、という状況は改めて確認した。<知り合いの「学会」信者
は、議論中に「議論は無駄だ」という思考停止をして論理的な危機を回避する>議論のため
の議論、自己増殖する議論、それがこの板の参加者の目的のような気がする。

43 :きゅりお:02/01/13 15:03 ID:fUYiAOpy
1点だけ付け加えたい。日本人に対するエールと受け取ってほしい。

システムの「安全」さにまどろんで、まさに今「変化」が起きつつある周縁(エッジ)に屹立しない。
これが日本人の矜持なのか。本当の意味での誇りとはこれらの危機的な的な「変化」のリスクを自分で引き受け、
その変化の矛盾の苦痛に耐えながら、その苛烈な変化からこぼれ落ちていく人々を守ることではないのか。
有限で不確かな「生」を引き受けた人間が唯一できるのはその矛盾に踏みとどまることではないのか。


これこそが「実践」の本来の意味ではないのか。

今、日本に大切なものはシステムの動揺の処方箋のために「秩序の回復」なのか、新しい「秩序の創出」なのか。
日本人は安全のためにフロンティアを消失させたが、その秩序の陳腐化によって、日本人も、日本経済も活力を
失ってしまった。活力とは常に「変化」の可能性を追い求める、すき間、出口を求める傾向性だ。
日本人に必要なのは失われたシステムの回復でなくて、新たな精神的出口ではないのか。

国家を巡る考え方を含む「変化」に対応できないのなら、日本人なんて今すぐに滅んでしまってもいい、と俺は思う。
すでにシステムの奴隷にすぎないのだから。「安全」性が国家に期待するキーワードである限り、小林擁護派にその
ようなプライドを感じることは残念ながらできない。

と、語ってみた、とういわけでw

44 :日本男児@構造と力読解中:02/01/13 21:45 ID:fd03+T5b
この数日、プライベートでも仕事でも超多忙だったため、意見できなかったのですが、
(ついでにいうと、嫁さんにもあまり家ではパソコンに向かうなと釘を刺された(笑))

やはり
>>9 で示した論点は、やはり小林の「公」から外れていると思います。
公共性は積極的と消極的に分けられる者ではなく、各々の「個」に発露し、
行動・言動を行う際のeさんが指摘したような矜持である以上、その二分割は成り立たない。

もう一度戦争論を読み直して欲しいのですが、小林が現代日本の「公」の内実について
エッセイ風にどのように触れているか、そしてそれが二分割できる代物かを見てみてください。
全ての「公」の内実をそんな2分割の手法では分けられないだろう、と
いうのが私の論点。eさんが示した「メイド・イン・ジャパン」は積極的公共性ですか?違うでしょう?

45 :日本男児@構造と力読解中:02/01/13 21:53 ID:fd03+T5b
ここで、一つ議論を分かりやすくするためにきゅりおさんの図る論展開の
内実を示したい。

例えば、最近腐敗が目立つ外務省に対する対策が考えられます。
これについて

1. 腐敗が起きるほどシステムが制度疲労を起こしているからシステムを
  腐敗が起こらないように作り替えるしかない

というのがきゅりおさんの論法に近いと思う。これは私もそうだと思う。

しかし小林の論法は

2. システムを作り替えることも大事だが、システム上で動く人間の内実
  を考えると公共性を考えていくことが大事なのではないか

といっているのに近い。きゅりおさんはこれを「観念論」といって否定する。
しかしそうだろうか。
システムが制度疲労を起こしているのは事実だし、メスを入れることも大事だが、
そこで動く人間の内実を考えることもやはり問題を解決するのに必要な
考え方ではないか、というのが私の意見。
どんなに腐敗しにくいシステムを作っても動かすのが人間である以上、
そこにメスが入らなければいつまでも問題はいい方向に向かわない、
下手をすると内部の人間のやる気を失わせるだけで終わる可能性もある。

外務省が分かりやすい例ですが、ここで国家の「公」は概念として大切
(もちろん全てではありませんが)。
いくら材料を掲げても、所詮は予測の領域を越えない以上、それ以上の
説得性はないように私には思えます。

46 :日本男児@構造と力読解中:02/01/13 22:00 ID:fd03+T5b
>>43
これについて、私はそのままあなたの論法で「日本人」を「マルクス主義者」
に代えてお返しすることが出来る。あなたの論法は過去のマルクス主義者が
唱えてきた「予測」による不透明かつ非現実的な論をしているようにしか正直見えない。
これがイデオロギーだというならそうなのでしょう。でもこれは過去に現実として
繰り返された歴史ですよ。ちゃんとあなたは踏まえていますか?

私はあなたの勧めた本を買って読んだ。でもあなたは多分そのときに私が勧めた本は
多分読んでいないのでしょうね、としか思えない発言が続いている。
ゴー宣も恐らく大して読んでいないし、一般的読者が受けるところから
外した相対化を続けているので、正直これ以上議論しても無駄のように
思えるし、私も今後なかなか発言する時間がなくなりそうなので、(出来る限り作りたい
とは考えていますが)後は基本的に他の方の議論の推移を見ていくことにしたいと思います。

あなた曰く、私は現代思想とやらに向いていないから議論向けではなさそうですし。

47 :きゅりお:02/01/13 22:12 ID:fUYiAOpy
>>44
「積極的公共性」と「消極的公共性」では分かりにくいなら、おなじみの「理論」と
「実践」に分けて考えればいい。これは「あるもの」と「あるべきもの」の違いだ。
小林は今の日本人が「公共性」が失われていると考えているんだから、実践的な「公共
性」について語っていると考えられるのは間違いないだろう。

※理論的な「公共性」については議論の対象にはなっていない。つまり、現在、客観的に
見て日本という枠組みは存在する。(維新以後の歴史によって醸成されたもの)

しかし、実践的の枠組みを「再構築」するにはその枠組みが「緩やかな死」に
向っているのでは説得力にかける。つまり、影響力、プレゼンスの低下局面に
ある「国家」に期待する必然性がない。両方の視点をとっても論点はすでに消
失していると思いますが、具体的な反論を期待します。

>「メイド・イン・ジャパン」は積極的公共性ですか?
↑これが論点にはなっていないことを再確認してください。俺は「なぜ今、国家の
枠組みを再構築に期待するのかするのか?」と問うている。消極的公共性、あるいは
理論的公共性としての国家の枠組みは依然として生きているし、機能している。つまり、
「今、現実にある」。しかし、「緩やかな死」に向っている・・・、このことは矛盾し
ませんよ。つまり、実践的に、積極的に「国家に期待する小林の言説は有効か?」と問う
ているわけです。結論としては、積極的(実践的な)な公共性の枠組みが「国家」である
ためには、

1.戦争状態を作り出す必要 2.私有財産制を廃棄する必要 3.国家が生産単位と
されにくい「後期」産業社会、情報金融社会的生産を廃棄する必要

に問題を乗り越えるべききちんとした戦略述べる必要があります。(非常に簡単な
答えは、共産主義国家の建設か、ファシズムへの回帰です)。そうでなければ、国
家への積極的な公共性が復権するという幻想は単なる「郷愁(ノスタルジー)に過
ぎない」という批判は免れないでしょう。

48 :きゅりお:02/01/13 22:17 ID:fUYiAOpy
>>46
すんません、飲んで書き込んでいるなら回答しませんよ。「マルクス主義」
の理解が初代スレ当時に戻ってますよ・・・、真摯な議論姿勢とは受け取れ
ない。

あなたは、現代思想の領域が「なかった」。僕はSPA時代からのゴー宣の
読者で一度読んだけど「捨てた」。どうしてこの状況を「同じ」と見ることが
できるのは、非常に不明です。

自分の主観が「構造化」されていることを認識することを拒否する論者にきちん
と回答しなければいけない僕の役割をきちんと評価してください。何度も、何度
も同じことを繰り返したわけですから。

49 :きゅりお:02/01/13 22:24 ID:fUYiAOpy
>>45
「観念論」という批判の内容を正しく理解されていなので回答するのが難しい。

「観念論だ」という批判は、観念上現われた現象の因果関係にさかのぼって
きちんと批判をすること。その遡及をさぼらないこと。観念的、実践的に
「何かを変えよう」という「意志」の問題を切り捨てることでは少しもあり
ません。(前スレ、論者の「観測者問題」で繰り返し主張した)むしろ、そ
の「意志」の問題がシステムの安全性に依存した「保守的な観念」の疑いが
あることは >>43 で主張しています。

#この点も繰り返し、繰り返しなんですよ。俺の発言読んでないでしょ・・・。

つーことで、お疲れ様。小林読みの実情がよくわかりました。感謝します。

50 :e:02/01/13 22:57 ID:S0snLj13
>>41
貴方の苦悩は良く判る。実際>>37はラブコールなのかな?とも思ったのでレス付けを止めようと
言う決心を翻して書き込んだ。私の言うピークとは瑣末な事だけではなくて情の知による解体後に
表れる新しい構造と言ったものも含まれる。貴方は2番目のスレの後半以降にそのような物のありかた
等を示唆している。貴方自身にも咀嚼できていない印象を受けた。実を言うと私が本当に興味が
あるのはそこなのだけれども。

公と言うものの定義付けは何度か行われているが、小林の「戦争論」からうける「公」の解釈について
最初のスレにて9割氏が行った相対化と同じ頃に貴方が行った相対化の差異から全く歩み寄りができて
いないことは非常に興味深い。

私が実践の立場で発言しているかは微妙な所があるが、少なくとも>>43は私の認識と全く同じである。
これは2番目のスレの最初の方に右翼学者氏が「結論 戦後から始めよう」といった事に通じると思う。
#右翼学者氏の本意は今となっては不明である事が残念だ。
この事は穿った考え方をすると理論と実践にはさほど大きな差は無いと言える。結局どこかに大きな
誤解があるはずだ。その誤解を解くために3スレを消費しているのだからやはりアプローチに問題が
あると考えるべきではないのだろうか?
原点に戻る為に、私が「戦争論」を読んだ内容について少し紹介させて欲しい。

51 :e:02/01/13 22:58 ID:S0snLj13
小林は日本のモラルの低下に気が付く。そしてモラルの低下がモラールの緩みについて
考えて行く。
人間は疎外感を感じる事のできる生き物だ。社会は上手く個人の持つ疎外感を吸収し、
モラールを高める仕組みを伝統的に持つ。これは普通、個人が生まれもって来た資質を、
もしくは生後的な努力で培ってきた業績を認め感謝する事で社会の一部として迎え入れる
事により回収される。そして現在の日本ではこのような(かつて日本にあったと思われる?)
システムが機能不全になっている事を読者に想像させる事を試みる。
今、君は隣人を認め感謝しているか?今、君は隣人から認められ感謝されているか?
できていないのなら何故だ?現状の社会がそのような作業を奨励していないからか?
教育の現場では教えられたような気がするが、絵空事のように感じるのは何故だ?
それはつまり、人を認め感謝する事ができないのならば自分もまた人から認められ感謝される
ことは無い。自分の疎外感は昇華される事無く沈殿して固化してゆく運命にある。

52 :e:02/01/13 22:59 ID:S0snLj13
ここで普通なら教育論の話になるのだろうが、小林の視点が戦争論に向けられる事は小林が
凡人では無い所だと思う。戦争時に戦士として戦場に赴き、今全く省みられる事が無い人達、
それどころか犯罪者として貶められ復活する事がタブーとされる人達の業績に再び光を当て、
認め感謝を行う事をこれでもかと続ける。返す刀でこれらの人達を(不当に?)陥れた「サヨク」、
戦後教育を歪めモラルを低下させた「サヨク」への糾弾と言う形となって表れる。

ようするに小林の主張が(生/死にかかわる共同利害を想定した「積極的公共性」)だという事には
疑問を感じざるを得ないんだ。小林の言う事は寓話的要素の方が高いと思う。
若い読者が「カケテイル」ものを「ウメテ」くれる事を小林の本に期待してしまう事は十二分にある。

私が思うに小林の「言葉」が(生/死にかかわる共同利害を想定した「積極的公共性」)に基づくように
書かれているのは小林流の方便だ。だから私は小林の論旨展開が極端すぎると考える。
私は「戦争論」しか読んでいない。だから私が認識している「戦争論」について構造解釈は間違っている
可能性は多分にある。できればこの辺の論旨展開は小林の他の書籍を読んでからにしたかった。
#でも小林の本ってあまり読みたくないと思っている自分も居たりする。

53 :きゅりお:02/01/13 23:17 ID:fUYiAOpy
>>50
ウヨガクさんは、理論、実践をきれいに二分していた。つまり、理論においては経済
合理主義者、実践においては伝統主義者。そもそも争点があろうはずが無い。前者に
置いて、国家の「穏やかな死」は合理的に推論できるものであるし、僕も文化人類学
的な視点から「伝統主義」であり、文化「多元主義者」、つまり、日本の伝統文化は
守るべきだと思うし、大変関心がある。(一方、小林読みに日本文化に関心がある論
者は「意外」に少ない印象だ。彼らは政治には興味があるが文化にはあまり興味がな
いようだ)。「焼け跡の再現」は僕から挑発的に振った論点、これが >>43 に関わ
る実践面でのハイライトだ。つまり、システム疲労を起こしている日本の制度におい
て、さらなる「安全」を求めた制度への依存よりは、「変化」を求めたリスクの甘受
の方がベターな処方箋ではないかということ。これは俺の現在の仕事の「意味」とも
ぴったり符号する。つまり、理論=実践で語ることができる。

>>52
「カケテイル」と感じる部分。実はこれがこの板だ語りたかったことのハイライトだ。
哲学板の議論ではストレートにこの論点から始まった。「なぜ、今小林の言説が待望
されるのか?その背景を探ろうだ」。しかし、この板では左翼マンセーさんが言った
ように「スタートラインに立つ」まで3スレを費やしている。国家の「穏やかな死」が
確認された後は「死に行く国家に期待するメンタリティーとは何か?」という分析が
予定されていた・・・。

54 :きゅりお:02/01/13 23:34 ID:fUYiAOpy
>>53 続き
小林の救い出しの戦略は「支配的言論への挑戦であり、その破壊である」と、置くことで、
>>43 に関わる「変化」の積極的に拾い上げるであるということで説明できる。つまり、
戦後の支配的言説だった「戦後民主主義」への「変化」ファクターということだ。
(一方、「戦後民主主義の役割」は20世紀の知の最大の課題だったファシズムに対する
「抗生物質」だという論点で救い出しを試みている)

「小林読み」の中にはこのような「戦後民主主義」に不満を感じるものが多い。しかし、
ここで彼らの「価値観」を実体化せずに原因に遡及する手続きをするならば、「戦後民主
主義」が論壇、学歴社会、教育などに置いて平和、民主主義、反ファシズムなどの「シン
ボル」を分配することで実質的な言論上のヒエラルキー(階級装置)として機能していた
ことだろう。つまり、従っていれば「見返り」が期待されるシステムだったということだ。

しかし、アメリカ型社会=戦後民主主義の追求というシステムは「バブル崩壊」とともに
激しく動揺する。つまり、右肩上がりという「成長神話」が動揺することによって、適切
な見返り(具体的には雇用、賃金、社会的ステータス)を分配できなくなった。システム
に残れる者「内側」とシステムに参加できない者「外側」の区別を生じてしまった。そし
て、小林が主張する「戦後民主主義」を疑えは、このような「外側」のルサンチマンに対応
する分かりやすいシンボルとなったと、俺は思う。

若者の反秩序の姿勢、失業、外資の激しい流入、これらは一体のなって90年代の日本を襲った
兆候だ。これらが「反リーマン文化」的な日本社会のシステム動揺とパラレルに語る方がベター
なのか、それとも「反国家教育(悪)のために公共性(善)が突然、失われた」という道徳論で
理解するのがベターなのか・・・、これは読者に率直に判断してほしい。

その意味で、俺が批判しているのは後者の素朴な「道徳論」だ。これでは日本社会の動揺も理解
できないし、小林の言説(様々な臆見を除去して「変化」ファクターとして)の救い出しもでき
ない。ということで。

55 :きゅりお:02/01/14 00:07 ID:NprJ8d/f
>>54 補足

「反ファシズムシステム」の動揺と右傾化(民族主義化)という現象は日本だけの現象ではない。
ドイツの「ネオナチ運動」、フランスの「国民戦線」、イタリアの「北部同盟」、アメリカの「人
種差別主義」。これらの白人の極右運動の背景には深刻な「先進国病」、つまりは失業問題がある
と言われている。つまり、先進国において、成熟経済が浸透するに従って絶え間ない拡大を前提に
した資本主義型システムは行き詰まり、そのシステムでは養いきれない部分「外部」が生じてしま
うということだ。

日本でも、終身雇用システムの崩壊、産業の空洞化(資本のアジア進出)、外資の流入などによって
これからも「外部」はさらに拡大されつつあるだろう。この状況を温床とした「右傾化」はすでに
確実に予測できる。

成長の止まった資本主義システム同士のパイ食い合い・・・、これが日本の政治、経済、文化を規定し
ていくことになるだろう。ここで「国家の緩やかな死」を論じる意義、つまり、このような「右傾化」
の入れ物をあらかじめ批判する、という意味が大きい。

56 :日本男児@構造と力読解中:02/01/14 00:35 ID:neWP3Kb+
時間がないのでポイントだけ。

>>48
あれを書いた理由は、未だにあなたの理論骨子に「WEB的生産関係」を
取り入れていたから。つまり国家のプレゼンスが下がる要因として余りにも
不透明な要素を無邪気に取り入れつつ、国家のプレゼンスが下がる要素を
無批判に取り入れているように読めるから。
ここでいう国家のプレゼンスとは、あくまでも「公」の入れ物としての国家
であることに注意を促したいと思います。

>>52(eさん)

>#でも小林の本ってあまり読みたくないと思っている自分も居たりする。

私も「戦争論」を読んだとき正直そう思った(笑)。
でも「戦争論2」は書物としてのインパクトは落ちたものの、多分そういう
「極端さ」はかなり減っていると思いますよ。良かったら是非。

57 :e:02/01/14 00:43 ID:CmggDmtq
>>53
>ウヨガクさんは、< 略 >ぴったり符号する。つまり、理論=実践で語ることができる
そう、私が思うに私の小林の「戦争論」の読み方がある種の合理性をもつのならば、
貴方の言う事と小林の論旨には特に矛盾が無い事を言いたかった。これを(これが「時限爆弾」
効果でしょう。)というのならば議論自体が無意味になる事を指摘したかった。

実際議論は最初のスレで貴方が繰り返し述べている事の再現となっている。流れから見て
議題はもっと違う、貴方が「道徳論」として切り捨てているものへの拘りとは何かだと感じていた。
日本の動揺を小林の道徳論と結びつけるのには無理があると思う。更に言えば、小林のいう公が
戦争論や戦後民主主義への対抗として描かれている部分にはあまり共感を得られない。

小林のいう「公」は実践としてはone of thmeにすぎない。そしてそれは「日本教」といった
ものに関係する。公というもを例えば西洋人における神で、緩やかな神の死を受け入れる
事には凄まじい痛みが生じる。その乗り越えるべき精神作業が実践というべきものだろう。
貴方が全財産を失い、家屋敷を失い、家族をも失った。家を借りるにしろ保証してくれる者さえ
いない。殆ど国籍すら失ったような状況を想定する事、それが超人なのではないの?

ただ、荒れ果てた日本の再生において公というものを主軸に置く事には左程違和感を感じない。
自分の技術で、技能で、芸で新しい仕組みの中に溶け込んで行く、その姿勢があれば我々は
痛みに耐える事ができるのではないかと思う。
#実際、争点が消失しつつありますね。議論のモチベーションが下がりました。さて。

58 :きゅりお:02/01/14 00:43 ID:NprJ8d/f
>>56
はい、じゃ、国家プレゼンス低下の議論のやり直しですか・・・。

「ウェッブ的生産関係」の「具体的な」批判を含め、国家プレゼンスが「3つの方向性」
があるにも関わらず低下しない・・・。反論の要旨をお願いします。単に感情的になって、
「理論的な」国家プレゼンスの低下の要素を認めたくない、だけのように思えてならない。
ちなみに、「ウェッブ生産関係」の概念提出自体は、マルクス主義と直接関係もないのに、
それが理解できずに的外れな反論に終始している。

不透明な要素?
自分が理解できない概念は全て不透明なんでしょうね。それがあなたの「知」に対
する態度ではないのですか?

59 :きゅりお:02/01/14 00:54 ID:NprJ8d/f
>>57
>これを(これが「時限爆弾」 効果でしょう。)というのならば議論自体が無意味
>になる事を指摘したかった。
誤解があると思う。繰り返し指摘するが、国家論自体は小林の言説とは直接関係がない。
あくまでも、小林が入れものとして設定している「国家」が「公共性の再構築」という
テーマ自体には有効性を持たないという戦略なので、「国家」と「小林の言説」自体は
分けて考えて欲しい。これは、初代スレ当時から繰り返し述べている。

>日本の動揺を小林の道徳論と結びつけるのには無理があると思う。更に言えば、小林のいう公が
>戦争論や戦後民主主義への対抗として描かれている部分にはあまり共感を得られない。

こう主張するには具体的な反論が必要だろう。ここが論証を必要としない君の「ウェット」な部分だ
とすれば、感情レベルに無意識化されている君の具体的な利害関係が潜んでいるはずだと思うよ。
それを抉り出すのも「知」の役割の一つだ。

俺の言っていることはシンプル、日本男児さんを始め、国家に対する素朴な信頼感の背景は自分に
不利な「変化」を拒否する安全志向だろう(これは本人もそう言っている)。されど、「変化」を
要請する「変化要素」は確実に生じつつある。これを無視する姿勢、つまり、価値観の因果関係に
さかのぼらない姿勢を「観念論だ」と批判している。

実はこの安全志向は小林の言説とも矛盾する。小林を読んでいながら、小林の狙いを
ナチュラルに「すくい逃している」という批判も成り立つだろう。

60 :きゅりお:02/01/14 01:14 ID:NprJ8d/f
>>57
「公」の概念は西洋と「神」とは違うでしょう。

また、蛇足ですが、「公共性」について日本と西欧では概念自体にかなり
違いがあると思います。西欧の公共性の概念の源泉は「自然法」であり、
その背景となっている「コモンセンス」でしょう。一方、日本の公共性の概
念は個人の「主体」を「主(あるじ)」に溶け込ませる「滅私奉公」的な献
身性が背景にあると思います。<これは陽明学的な「心情正義」が背景にあ
ると考えられます。しかし、この陽明学は江戸時代の武士階級の思想を純化
したものであり、日露戦争以後の日本は思想教育の中でこの陽明学的な心情
正義を国民に敷衍させようとした。つまりは比較的新しい「思想」なわけで
す。しかし、陸軍の基本思想となったこの概念は「必勝信念は戦局を変える」
的な極端な観念論に陥った>しかし、戦後50年以上たってもこのような「観
念論」が社会動揺のアンチテーゼとして持ち上げられることには歴史の皮肉さ
を感じざるを得ない。

61 :e:02/01/14 01:25 ID:CmggDmtq
>>59
>テーマ自体には有効性を持たないという< 略 >初代スレ当時から繰り返し述べている。
最初からのスレでは正に貴方の言う通りだが、現実問題そのような前提では話が進んでいない。
だから、その合意を再度疑おうという事を言いたかった。>>51-52を持ち出したのはそう言う事。
この事は貴方に脱力感を与える事になるだろうし、私が誤認識しているかもしれない。
ただ、これは一連のスレを一時期通しで見た際の素直な感想だ。余計な力を使う前にどこで
議論がすれ違っているか考えて見るのも有効なのではないだろうか、と提案している。

>こう主張するには具体的な反論が必要だろう。< 略 >それを抉り出すのも「知」の役割の一つだ。
前者に関しては戦争を知らない世代に、公というものを説く際に皇国史観のようなものを持ち出すのは
明らかに一般的ではない。これは小林が自分の議論にインパクトを与えるための小道具であると解釈
するべき。小林の道徳的憤慨は真実のものでは無いとする論拠は薄いが、以後続く挿話は取材の結果
判ったものだと考える。戦後民主主義に対するアレルギーは確認できるが公という概念に対してあくまでも
従の関係にある。
後者は私の好き嫌いの話であり、何故嫌いなのかの話になる。私にとり小林そのものが戦後民主主義の
知識階層の傍流に位置するからである。冷静に見ると自己批判しているようにしか見えない。

>俺の言っていることはシンプル、< 略 >にさかのぼらない姿勢を「観念論だ」と批判している。
これは私への批判なのか?正直該当場所がわからない。具体的に指摘して欲しい。

62 :きゅりお:02/01/14 01:29 ID:NprJ8d/f
>>60
<>内は別稿として書くべきでしたね。大変失礼。
要は日本の伝統的な公共性と昭和日本で吹き荒れた「国家総動員」的な
公共性は質が違うのではないかという部分の強調でした。その意味で、
日本伝統的な「公共性」のあり方を探ってみたら面白いと思う。

例えば、深沢七郎の「楢山節考」の世界。三男は農奴とされ結婚は許され
ない。祖父母は70歳になると「姥捨て」されるために自分から進んで家を
去る(死ぬ)。これらは中世日本の農村の「公共性」を考えて見るうえで
非常に面白いと思います。太平武士階級の規範であった「陽明学」と農民
の「姥捨て思想」。このいずれに日本の公共性の原像が潜んでいるのか。
あるいは両者は同じものなのか、違うものなのか・・・。

いずれにしても「阿部一族」に見られるように高度に観念化された武士の
公共性の概念のみに、日本人の「公共性」の原像を見るのは間違いだろう。

63 :きゅりお:02/01/14 01:43 ID:NprJ8d/f
>61
>戦争を知らない世代に、公というものを説く際に皇国史観のようなものを持ち出すのは明らかに一般的ではない。
そうとは言い切れないのではないか。ヒトラー知らないドイツの失業者がネオナチに走る現状をどう考える?

「小林の狙い」についてはテキスト論を厳密に交わさなければ何ともいえないだろう。従って、このスレでは態度を
保留したい。しかし、ネットで小林の発言を含み、様々な資料を読んだ感想ではあまり好意的な
印象はもっていない。戦後民主主義の相対化が狙いならば、明らかに「台湾論」などの言説は
行き過ぎだろう。どうしても「民族主義」的な言説に感じられる。

それでも、「小林の行き過ぎを免責ししたい」、「小林を好意的に読みたい」というモチベーションが
小林読みに働いていることが俺にとっては非常に興味深い。つまり、彼の言説を超えて彼の言説を自分
のルサンチマンに読み込んで発言しているように思えるものが多くある。

そこで、提案。小林は現システム=戦後民主主義システムに不満を持つ層の「背中を少し押してみた」
だけであとは特筆すべき効果はないのではないかという論点だ。

国家論と小林の言説を別に論じようという戦略が成功するかどうかは、あくまでも参加者の合意によるだろう。
国家論を論じているいる途中で「小林はそうは言っていない」という論点で何度か議論が迂回を余儀なくされた。
しかし、ウヨガクさんとの議論でそれが起こらなかったのはなぜだろう。つまり、それは僕とウヨガクさんとの
合意だったわけだ。つまりは、そういうことだろうw

64 :e:02/01/14 01:44 ID:CmggDmtq
>>60
公を狂おしい帰属意識の対象となる共同幻想と位置付け、これが多くの日本人の合意が得られ
安い具体的なものは何か?と考えれば、1900年代のヨーロッパではキリスト教の神であり、
現代日本では「日本」となる。少なくとも小林はそう考え「戦争論」のなかで影響を与える範囲を
規定している。私はこの事に関して概ね同意している。
であるから外国人に「グッドジョブ!」と親指を突き上げられたとき、私自身が、私を含むメンバーが
会社が、そして日本に対して(潜在意識の中で)誇らしく思う。相手が「イエローのくせにやるじゃ
ないか」というニュアンスで言えば、黄色人種である自分を誇らしく思うかもしれないが、経験ないので
判らない。多分「この人種差別主義者め」という気持ちのほうが勝るだろう。

「滅私奉公」と考えている日本人が果たしているのか?奉公する対象は貴方が以前に指摘した通り
解体されている。今では技術・技能・会社・研究等だろう。
後半に関しては不勉強で殆ど判らない。恥ずかしく思うが、現在とは断絶している思想と考えるのは
間違い?

65 :きゅりお:02/01/14 01:46 ID:NprJ8d/f
>>61
>これは私への批判なのか?正直該当場所がわからない。
ごめん、これも一般論です。気にしないで。

以前参加していた「名無しさん」は現在日本で問題なのは「理論の過剰ではなく、
理論の過少だ」と言った。これに対して、僕は日本人の弁護を試みたが、現在では
この言葉が本当に身にしみる。

要するに、「私は「そう」感じる。だから「それ」は正しい。理論(観念論の抉り出し)
は必要がない」という論点があまりにも多すぎる。正直うんざりしている。

66 :きゅりお:02/01/14 01:55 ID:NprJ8d/f
>>64
繰り返しになるが、「神」と「日本」を並列に扱うのは無理だろう。

しかし、西欧の公共性のシステム的な背景はキリスト教会を頂点とする
「教区」だった。日本でこれに対応するのは「ムラ」。これが中世から
近世の公共性の基本単位だったと考えられる。

しかし、ここに帝国主義の時代には「国家」が突如登場した。これは植民地
獲得競争で不可欠な武力の行使の単位が「国民国家」だったからだ。国民は
文字通りカネも血を惜しみなく国家に提供。国家はこれは背景に植民地獲得
に奔走した。小林が物語りの背景としているのは、日本の伝統的な公共性で
はなく、歴史上の一時期に勃興した「国家」に対しての「公共性」ではないか。

※西欧人の差別に憤りを感じるのは日本人だけじゃない。ホーチミンでシクロの
運転手を叱り飛ばしているアメリカ人を見て憤慨するのは、俺が自分が「東洋人
、アジア人」だと感じるときだろう。

僕は小林読みの中には「アジア人」が未だに主体を持った存在として認識していない
傾向もあると思う。

67 :きゅりお:02/01/14 01:59 ID:NprJ8d/f
>>66
封建制度下の農民は「ムラ」を超える単位、例えば「藩」に公共性を感じていたか。

司馬遼太郎によれば、坂本竜馬ら「郷士」ですら「藩」に対する忠誠心は薄かったと
いう。それが彼の普遍的な民主主義思想の源泉ともなったと言える。

つまりは、国家を入れ物にした公共性はやはり維新以後、「急に作り出された」

68 :e:02/01/14 02:02 ID:CmggDmtq
>>65
まぁ、確かに自覚せざるを得ない。
私の解決しなければならない問題だと思う。

69 :e:02/01/14 02:21 ID:CmggDmtq
>>66
失礼、誤解を受けやすい説明を行ったが私が言っているのは神=日本と言っているのでは無く
公と神に対する矜持の対象となりえる共同幻想としての共通点を挙げた。
神=日本は飛躍しすぎていると思う。
公の単位が時代において様様に変化する事も公自体の概念が変わる事も判る。
#悪い論点が判らなくなった。

70 :e:02/01/14 02:27 ID:CmggDmtq
>>66
>僕は小林読みの中には「アジア人」が未だに主体を持った存在として認識していない
 傾向もあると思う。

これの具体的検証は知として必要ないの?ディペードのテクニック?

71 :きゅりお:02/01/14 02:43 ID:NprJ8d/f
>>70
アジア人としての共通文化のくくり出し。つまりは反西欧近代文化というテーマを
置くなら、「脱亜入欧」で列強の一員になろうとした維新以後の日本よりも、豊か
で多元的な文化の色彩が色濃い東南アジアなどの文化を研究した方が実は近道だと
思う。しかし、小林読みの中で興味があるのは「日本」であって、「アジア」ではない。
つまりは西欧近代主義の乗り超えという目的よりも、「自分の失われたプライド」を
国家の称揚によって埋め合わせようという状況に対する皮肉ですw

さらに文化人類学的なアプローチで稲作という共通文化を持つアジア人の「公共性」を
くくりだす方が、「国家」にこだわるよりもはるかに有効ではないかと思う。

72 :名無しかましてよかですか?:02/01/14 18:27 ID:vN9ikSr4
横レス失礼。
私は、日本特殊論に与するものではありませんが、梅棹忠夫の『文明の生態史観』
を読む限り、アジア人としての公共性をくくりだすことは、無理だとしか思えない。
きゅりお氏の「有効である理由」、いま少し拝聴させていただきたいです。
お願いします。

73 :きゅりお:02/01/14 18:46 ID:NprJ8d/f
>>72
文脈としては「アジア」の公共性というよりも文化の類似性をくくりだそうという部分ですので、
性急に「アジア共栄圏」を提出したいのではない部分をご理解くださいw

要は文化の中で共通項のくくり出そうという狙いですが、梅棹のウェーバー的な文明の「遷移」と
どのような部分でぶつかりますか?やはり「文明の平行発展における封建制」の位置付けですか?

もちっと具体的に。よろしく。

74 :きゅりお:02/01/15 17:44 ID:oXEqtmA2
>>69
あ、分かったw

「まなざし」に置き換えるとわかりやすいだろう。神の「まなざし」と他人の「まなざし」、
この他人のまなざしに対応する観念が「公」と考えられるね。しかし、残念ながら、この分類も
少々無理がある。理由は欧州において「神」の概念が均質ではないから、とりわけ神の視線に
自己を対峙させる厳しさは新教のものだろうねって、あんまし関係ないかw

75 :宮台ばつ壱:02/01/16 13:32 ID:lWtg2Snc
>>日本男児氏

まあ、小林読みとマルクス読みの
端的な差異は
小林読みは、国家の主体的実践史から日本人の人間性に宿る
理性と感性を分析できますが、
マルクス読みは実践史からは目をそらして
語るしかないところがあります。(直視するだけならマルクス思想の実践史はゴー宣にさんざかいてありますが
実践的経緯から切り離された理性を戦後の日本では現代「思想」といいます。

現代思想のぬぐいきれない一面といっても良いでしょう。実践が伴わないプラグマティズム(有用性)喪失
の考え=思想で

ぎりぎりまで有用性とひき付けた言説は、思考停止と言われます。
しかし、僕が思うところ、マルクス読みは思考したいだけです。思考停止という批判は
実践への抵抗にしか読み取れません。そこには思考のための「思想」という偏りが見え隠れして
いませんか?思考思考・・・思考のなかでは神さえも殺せます。不可能な仮定はありません。

世の中、実際のところ細分化しているのは思考言語=思想だけだと考えるべきです。
それは理性的な言語とも違います。「理」には解答がありますが、思考言語の解答は
「思考そのもの」です。そこには具体的実践はともないません。しいていえば「知っているだけ」
だけでしょう。思考のために知っている。もっといえば相対化細分化のために知っている。

76 :きゅりお:02/01/16 13:48 ID:plmkvo5l
宮台の理解力はこのスレで全く「向上」しなかった。
自分の都合のよい解釈を塗り固めているだけで、自分の知らない領域に
対する「不安」もなく「敬意」もない。はっきり言ってモノを考えるレ
ベルに全く達していない。

小林以前に「マンガ」以外で、「近代の病」に対して言及した書物は山ほどある。
そこから日本の「国家」としての再評価、「文化」としての再評価は繰り返されてきた。
きちんとモノを考える論者は右も左も関係なくこれらの財産に触れ、それを自分のものに
取り込もうとと奮闘してきた。それを理解しようともしない。

しかし、これを全く参照せずに「小林が・・・、小林が・・・」というのは本当に痛々しい。

このスレで「理論」と「実践」の議論が何度繰り返されてきたと思ってんだよ。
「読めなかった」から無視しただけだろう。

自分が知らないことに対する「不安」を「共通領域」に一歩一歩、理解を踏み固めていこう
としてきたが、その結果がこれだ。日本男児さんにしても自分の「感情」いったんカッコに
いれた自分の認識の相対化ができていない。

もう、いまさらこんなことを言うのは笑われるんだろうけども、この板で「議論」は果たして可能なのだろうか

77 :宮台ばつ壱:02/01/16 14:08 ID:RhVxfHjK
実は僕が前前スレッドあたりで主体論に投げかけた疑問は
単なる僕の「思考」から出したものです。無論、「だから何?」
なんのために細分化しているの?ときかれればナチュラルに
「思考のため」としか答えようがなかったでしょう。

しかし、こちらの思考言語は放置されました。

結局、思考言語には自由がないのです。個人内の思考言語次第では神さえも
どうこうできるにもかかわらず、思考言語にはどうしようもない
境界があります。それは個人史の相違によって発生する限界です。

個人が生きてきた、生きる時間空間、によって必要な「知」は異なります。
知/不知の相違が思考言語に壁を作ってしまういってもいいでしょう。

ゆえに秩序在るコミュニケーションのために「知/不知」に安易に左右される
思考言語を普遍化して物語るのは無理があるのです。

これは同時に人間性(感性や直感)に言及せずに理性を語っても
世間に声は通りにくいということ。実践を行うのは人間であるという
前提のない思考言語が「思想」だとしか認められない現状を
なんとかしようとしている言論人は現状ではほんとに少ないのかもしれません。

78 :宮台ばつ壱:02/01/16 14:19 ID:ieLKwlXi
>>76
きゅりおの場合、
個人が必要に応じて、培ってきた知から
言葉を共有させようという意思が
まったく感じられない。

>>76
その差は名無し氏や日本男児氏やその他のひととの
コミュニケーションの仕方によってよくわかった。

きゅりおは自分と他人の知の相違を見つけるのが目的。
それが目的であって、共有意思がそもそもない

ああ、しまった、あいてしてもうた(w

79 :きゅりお:02/01/16 14:22 ID:plmkvo5l
つーか、「実践」で全レス検索かけて読んでみろよ。一体いくつヒットするか・・・。

80 :宮台ばつ壱:02/01/16 14:23 ID:ieLKwlXi
あと、「マルクス読み」テーゼ

はおまえの「小林読み」批判へのアンチだ。

そもそもなんだよ
小林よみって(笑)

マルクス読み批判はばつなら、一面的小林読み批判すんな。

81 :きゅりお:02/01/16 14:24 ID:plmkvo5l
>>78
読解できていないことを人のせいにしてるしw
あーあ。悪いけど、マジレスね。お前は消えてくれ。

82 :きゅりお:02/01/16 14:26 ID:plmkvo5l
>>80
>まあ、小林読みとマルクス読みの端的な差異は
は、バカじぇねーの、自分で言ってるんじゃんかw
とにかく、消えてくれ、頼む。

83 :宮台ばつ壱:02/01/16 14:30 ID:G4Xy89Ef
>>79
だから批判して(理性的に)どうしよう(実践)じゃないじゃない(笑)

批判でしょ?批判。君は批判がしたい。

批判して(実践)どうするのか聞きたがってるのが
俺でしょ?

しかし俺を無視しきれないひとだなあ(笑)

84 :きゅりお:02/01/16 14:32 ID:plmkvo5l
>>83
繰り返す、消えてくれ。実践も「小林よりは100倍日本の実情に合ってる」の提出しているヨ。
読んでないんだろう。だから、バカじゃねーの、といわれるんだよw

だから、もう切れたんだよ。どっか言ってくれ。

85 :宮台ばつ壱:02/01/16 14:33 ID:G4Xy89Ef
公共性を細分化して
だから何って話だよねじっさい(笑)

>>81.82
俺の存在が我慢できないほど
気になるらしいな。

排除って気持ちいいだろ?

86 :宮台ばつ壱:02/01/16 14:35 ID:G4Xy89Ef
>>
84
ついにスレッド私物化宣言してるし(笑

私物化は思考言語だけにしろあほ。

87 :きゅりお:02/01/16 14:35 ID:plmkvo5l
>>85
悪い、向上心のないバカは嫌いなんで、お前はまさに「ソレ」だよw

>だから何って話だよねじっさい(笑)
だから、バカって言われるんだよ。一生、小林の言葉繰り返してろよ。
それがお似合いw

88 :きゅりお:02/01/16 14:36 ID:plmkvo5l
>>86
なんと言われようと、お前の自分勝手なループ発言だけは見たくない。
読んでない奴、わかってない奴に好き勝手言われるストレスはもうごめんだ。
頼む、どっか行ってくれ。

89 :きゅりお:02/01/16 14:39 ID:plmkvo5l
スレの過去の発言全く無視して自分のいいたいことたれる、内容も決まって的外れ。
最近は反論が怖くて、誰にコメントしているのか全く不明w
だから、お前の発言にはレスがほとんどつかねーんだよ。
そういう人生歩めよ、正直面倒みきれん。

90 :宮台ばつ壱:02/01/16 14:54 ID:/hl3Ol56
>まあ、小林読みとマルクス読みの端的な差異は
>は、バカじぇねーの、自分で言ってるんじゃんかw

ちゅーかこれ、、、

お前古典派刑法学でも
勉強するか?寒・・・

91 :宮台ばつ壱:02/01/16 15:01 ID:k4MUtVIj
>>89
おまえなあ
日本男児氏ってかいてるだろうが・・・(中にかってにはいってくんなよもういいから)

お前の「マルクスよみ」批判に真摯に耐えているんで、
日本男児氏に別の視点を提供したんだつーのはあああ。

こいつのせいで無駄レスになるないつも・・・

言っとくがおまえの評価なんて期待してない。
俺のレスが評価されたかどうかの基準にお前の見解は
採用していない。
それはおまえが選んだ態度でしょうが・・・(どうせ俺の評価なんてゼロでしょ?)
とんでもない人間性だなまったく・・・

92 :きゅりお:02/01/16 15:02 ID:plmkvo5l
>>90
その前にお前は礼儀を学べ。解説してもらった相手にやたら偉そうな態度で接し、
挙句の果てに教えてもらった事柄について「お前はわかってないな」・・・。
次回はそれらを「一切」無視して「持論」の繰り返し。議論なってねーだろ。
一体どんな家庭に育っただよ。友達いねーだろ、マジで。

ホントに頼むから、議論相手として、人間として、お前を全く認めることができない。
消えてくれ。

93 :きゅりお:02/01/16 15:06 ID:plmkvo5l
>>91
スレの心配せんでいいよw
つーか、ほとんど一人でしゃべっただろがw
君の人生と同じですれ違い。つーか、sageで書けよ、こんなレベルの低いこと。みっともない。

お前の評価が低いのは言ってる内容じゃなくて、お前の態度だよ。
煽りと真摯な批判の区別もつかずに感情垂れ流し、やたら偉そう。根拠なし。
これじゃ、「相手が誰だって切れるって」w

94 :宮台ばつ壱:02/01/16 15:18 ID:atwkE1dB
>>93
ちゅーか、それお前の俺に対する態度そのまんまだな。(笑)

また「レベル」ね(笑)

果てしなき自己評。

そんなに礼儀失ってるかねー

自己評だけど、おまえよりは
まし。

>>92
年末正月は友達付きあいで
パソコンになかなかすわれなかったよ。

楽しかったなー 飲み会で宗教論争もやったねえ。
正月って終わるのはやいなー

95 :きゅりお:02/01/16 15:22 ID:plmkvo5l
>>94
なんでもいいからさ、早く消えてくれ。
下らない書き込みでいつまでもageるなよ、はあ。はい、さようなら。

はい、これがお土産↓

「信頼性と安全性」?結局度胸のない自分をシステムが守ってくれるんで
しっぽ振ってるだけだろ。そんな奴に「日本」が語れるかよ・・・。

読んだら、早く自分の「居場所」に帰れ。

96 :宮台ばつ壱:02/01/16 15:28 ID:vO6d+hOc
少なくとも名無し氏には
心から感謝しているね。俺の知的フロンティアに貢献して
くれている。

日本男児氏やe氏の職場現場からの公共感覚の視点も
すごく勉強になっている。感謝している。

きゅりおに関しては意図がわからんからどこ
感謝していいかわからない。「宮台殺す」×3
が礼儀だとも思えない。

こういうと多分ジョークが読解できないばか
とかいわれるんだろうが・・・

97 :宮台ばつ壱:02/01/16 15:31 ID:vO6d+hOc
>>95
「宮台殺す」×3

のどの辺が礼儀なのか
説明がない限り
貴様にかんしては
一生わからんから、無理に
でてくるな。貴様とは打ち切り。

98 :きゅりお:02/01/16 15:37 ID:plmkvo5l
>>96>>97 で久しぶりに爆笑させてもらった。
自分で「知的フロンティア」とか言っているにも何か暖かい気持ちになったよ。
ありがとう。はい、さようなら。

99 :宮台ばつ壱:02/01/16 19:19 ID:CLdWh5b/
>>きゅりお
基本的にきゅりおの分析被害を訴えるべきなのは
俺のほうなんだよな。

共有意思(観念)⇔国家システム(法・政策・軍事)→実践

俺はこのバランスが、現行社会において必要だと主張してるんであって
実践偏重という指摘(批判)自体
誤爆なんだよ。絶対謝罪しないだろうけどな。こいつは、プライドにかけて(笑)

共有意思には範囲がある。この共有意思は、名無し氏が言う所の
「信念」のネットワークと言い換えてもいい。
このネットワークの一つとして、風土的歴史的制約(きっかけ)
によって出来上がった日本人の観念を必要(目的=実践)に応じて提出
したにすぎない。全く理解している節が無いけどな。

目的と範囲を限定して、必要な観念を主張しているのに過ぎないのに
>>98の態度。

偉そうに他人の言語を解体する前に、自分の姿勢と言語の
客観化を勧める。思考言語が無限定であるが故に(必要に応じた範囲がない故に)
他人を共感しきれないし、他人から共感されることにも
嫌悪感を覚えるんだろう。共有感覚としての
信念ネットワークが無いんだろうな正直・・・・。そもそも
そんなものに興味がないと言いたいだけなのか。おそらく。

庶民の生活観の表れにもと付くネットワークより、孤高の一方的存在が大好きなんだろうな(笑)
いやあ、立派な個人だねえ(w 真似できんがな(笑)

100 :宮台ばつ壱:02/01/16 19:37 ID:asbPHuVG
>>99
風土的歴史的制約を相対化しようと思ったら、中国かアメリカの
属国になるしかない。
世界中の国で、政治的に作ったフィクションでも使えない限り、
風土的歴史的制約なんて根本的には不可能だろうが?

仮に国境を無くすフィクションを作るとして、その実践的プロセスは?
政治抜き討論で出来上がるものなのか?全世界の合意を得られるのか?
ウェブ上だって日本男児氏の言うように、現実的な国際間の衝突は
必ず起こる。

いちいち、他人の疑問批判をきゅりおは解消し切れていないじゃないか?

誰もが覚えると思うぞ。君の主張の非現実感。
そりゃそうだわな。他者の実践的疑問をナチュラルに放置し続けている
わけだからな。一度ぐらい他者をわからせてみたらどうなんだ?
疑問の余地のないくらい。

101 :きゅりお:02/01/16 19:41 ID:plmkvo5l
>>99
いいから、自分の「居場所」に帰れ。頼むから、黙ってろよ。

>>99ですら「制度」しか語られてない。観念と制度、目に見えるものでしか、
語らない/理解できない状況でモノを考えている振りをしなくていいぞ。

#つーか、構造主義、唯物論→良くも悪くも現在の社会科学のキーワードを理解しようともしていない。
全く理解していないだろうが。これは誰がみても明らか、勉強不足なのに自信過剰w

信念のネットワーク?
俺とお前にどこにそんなもんが?w じゃ、お前は何人なんだよ。
分裂・断絶の乗り越えを議論しているときに、「分裂」も「断絶」も見えない
/見ようとしないのに議論なんかそもそも不可能だ。

問題を認識しない。勉強もしない。党派性のイデオロギーで安易に理解する・・・、
モノを考える上での欠点を上げたら枚挙にいとまがない。

かわいそうにお前の使っている用語のほとんどが、意味不明か、誤用だ。

つーか、上げんなよ。安全性にまどろむ奴が「変化」語れるわけないだろ。
安全なシステムの中でゆっくり甘えてろよ。出てこない方がいいぞ。

102 :きゅりお:02/01/16 19:42 ID:plmkvo5l
>>100
だから、今までの議論で「お前は人の言うことを全く聞いていない」。
解説されても、偉そう。反論されれば逆切れ。議論になってねーだろうが。
早く「帰れ」。

103 :きゅりお:02/01/16 19:44 ID:plmkvo5l
おまけに、自分が「右派」、「保守」的傾向があること、その思想的弱点を
見ようともしない。別に党派性があるのはいい。だが、全く対面を知らない
のに、党派的な発言ばかり、相手の論点は無視。解説されれば、偉そう。
誰がお前なんかと話したくなるんだ?全く疑問。早く、帰れ。

つーか、上げんなよ、迷惑だろ。

104 :宮台ばつ壱:02/01/16 19:45 ID:9/FZwoPD
>>100修正
>風土的歴史的制約なんて根本的には不可能だろうが?

>風土的歴史的制約の相対化・解除なんて根本的には無理

105 :宮台ばつ壱:02/01/16 19:48 ID:9/FZwoPD
>>101
気色悪いなお前との中にネットワークなんて最初からあるか(笑)

すまんお前の唯一の「居場所」
はここだったな(笑)

106 :きゅりお:02/01/16 19:49 ID:plmkvo5l
疑問を解消しきれていないんじゃなくて、お前が「読めて」ないだけだろ、勘弁しろよ、もう。
俺は努力しないのに、お前みたいに偉そうな奴がこの世で一番嫌いだ。

誰もが覚える?お前が足元にも及ばないウヨガクさんとは発展的な議論を展開できた。
考えてみろよ。悪いけどさ、日本男児さんをはじめ何人に「何かいてるのかわかりませんよ」
と言われたのか?論点外してるんで無視してると、「俺の質問には答えないのか?」と
絡んでくる。酔っ払いのおっさんの独り言じゃないんだから、もう少し、読ませる文章、
読ませる論理を書けよ。

おまけに相手にされないと、ブスくれる。始末に終えないおっさんだよ、宮台、現実は
厳しいぞ。

107 :きゅりお:02/01/16 19:52 ID:plmkvo5l
>>105
はいはい、何でもいいから、早く帰れ、うんざりだよ。マジで。
で、自分の言語能力、思考能力をもう一度見直せ。努力も怠るな。
変化を受け入れる勇気を持て。相手の言うことの真意をすくい取れ。

一個でもいいからできてから、書き込め、な、頼むぜw

108 :宮台ばつ壱:02/01/16 19:56 ID:/UYqp9py
>>101
みたいな批判もいい加減やめりゃいいのに・・・

いいたくないが
まともにゴー宣も名無しの発言も理解してないのにやたら自信過剰・・・

反論する時、お前はどうなのか
一度考えろよ。はたしてこういってる自分はどうなのか?

あのなあ、古典派刑法論の応報理論くらいはちゃんと
勉強しといたほうがいいぞ。
お前の反論パターンってな、常に同じだぞ。

1読解してない
2読み返せ
3理解してないお前が悪い。

悪いがこの辺のひはんがきたら、エンドレス>>お前もだ

どうでもいいが、スレッドの私物化すんな(2度目)

109 :きゅりお:02/01/16 19:57 ID:plmkvo5l
お前の「信念」?自分の安全性だろ、最初から小林とも矛盾してんだよ。
変化に自信をなくした奴らが安全なシステムの樹に集ってガタガタ奮えてんだよ。
お前の偉そうな態度に本当の気の小ささを感じたよ。だから、「変わって欲しくない」、
「ボクを守る秩序を復活して!」なんだろ。もう、みえみえ。小林もかわいそうだね。
全くお笑い、大爆笑、腹痛いw

今の日本に「変化」を拒否する余裕なんてあんのか、「焼け跡の再現」を耐え切れる度胸が
あんのか?じゃなかったら、ただの・・・

態度はでかいが、気は小さい

オッサンに過ぎないんだよ。早く自覚して出直せ。

110 :宮台ばつ壱:02/01/16 19:58 ID:/UYqp9py
修正リピート>>まともにゴー宣も名無しの発言も理解してないのにやたら自信過剰・・
        まともにゴー宣も名無し氏の発言も理解してないのにやったら自信過剰
        ここがゴー板だという前提欠落(おまけ)

111 :きゅりお:02/01/16 20:03 ID:plmkvo5l
>>108
ああ、主体の構造化を丁寧に説明したその数日後に宮台が「お前構造主義わかってんのか?」
ってのたまったよな。目がテン、まったく、頭マッシロw

>1読解してない
>2読み返せ

お前にだけは120%当てはまってるよ。だから、あげんなよw、マジで。
ついでに言えば、名無し氏が言ってたことも「主体の構造化過程と意思」
の問題。これはほぼ「意志の過程」を除いては相違点はなかったよ。

お前は構造化をはぶいて(つーか、理解できていない)「意志の過程」に
ついて語っているだけ。わりーけど、比較対照にもなってねーよ。

ほんとに早く帰れ。今のお前じゃ、だめなんだよ。日本男児さんのように
「構造と力」読解する気概も根性もない。どーすんだ、それでw

112 :きゅりお:02/01/16 20:05 ID:plmkvo5l
もう一度言うぞ、解説してもらってあんな偉そうな口を聞く奴とは議論する気はない。
俺は心底、失望した。早く、帰ってくれ。

113 :宮台ばつ壱:02/01/16 20:05 ID:/UYqp9py
公共心のための日本人の生活観念ネットワークに「党派性」っって
むちゃらくちゃらだよな。

ようするに公共心といえば右翼保守(爆笑)
だからなんなんだ

わけわかんねー

レッテル話がしたいのもお前の特徴だよな。
左派というより
君の。
やっぱり謝罪しねー。

議論つーか、コミュニケーションの前提欠落してます。かわいそうに・・・

114 :宮台ばつ壱:02/01/16 20:07 ID:/UYqp9py
>>112
お前にたいしてまったく
おなじく。

115 :きゅりお:02/01/16 20:08 ID:plmkvo5l
>>113
いいから、やめようぜ。ホントにこの板のためにも、参加者のためにも
全くなってねーんだよ。何でもいいから、帰ってくれ。

お前のイイタイコトは俺はよくわかってる<小林もアレントを読んだから>。
しかし、お前は俺がイイタイコトを分かってない<マルクス、構造主義を読んでない>。

なのに、ワンパターン批判を繰り返される俺の身にもなってくれ。
さようなら、もう会わないでしょう。お元気で!

116 :きゅりお:02/01/16 20:10 ID:plmkvo5l
>>114
気に障ったなら、誤るから、早く帰ってくれ。
人の迷惑を考えず上げる・・・、お前の品性をそのまま現してるよ。
はい、さようなら。

117 :宮台ばつ壱:02/01/16 20:17 ID:tv0Iad4f
共有意思による公共心⇔国家システム(法・軍)
          ⇔公衆道徳
          ⇔慣習(言語、道路の左走る)

これらは個人間または国際間の信頼関係を担保するために必要だと言い続けているのに
わからんやっちゃなあ。
俺の言う安全と秩序を「平和」と読み違えてるんだろうな

そのしょうもない批判の数々は。あしき戦後民主主義ここに
きわまれり、だな。

118 :きゅりお:02/01/16 20:18 ID:plmkvo5l
>>117
はい、おつかれ、さようならw

119 :きゅりお:02/01/16 20:21 ID:plmkvo5l
はい、議論済みの論点何度も出してくれてありがとう!
発言読んでないことが「またまた」発覚、おめでとう!w

120 :名無しかましてよかですか?:02/01/16 20:30 ID:xjIBhO5q
オイオイ、唯一の知的スレもこうなってしまったか・・・・・・

121 :きゅりお:02/01/16 20:35 ID:plmkvo5l
論点を理解していないのに、どうしても「相手に上からのしかかりたい」つー奴がひとりいるとスレが壊れるという話。
しかし、結果としてはひとえに俺の力不足ですよ、スマソ。

122 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/16 23:46 ID:Z0Qh1/3o
>きゅりおさん
なんだか大変だったみたいですね・・・・。でも、ある意味宮台さんは小林読みに良くある
「自分の都合の良いように、ゴー宣の内容を誤読する」読者の典型だったのかもしれません。
結構高校時代身近に小林読みが多く、また自分も高校の前半ぐらいまで小林読みだった経験
から言うと、小林読みって小林のいいたいことはあまり理解してないことが多いんですよね。
ただ、小林の貼ったレッテルをその小林の貼った対象物に貼った満足してるレベルのが結構
いる。ある意味幼稚園w
で、そういう小林読みの大半はきゅりおさんが指摘したように、「ボクを守る秩序を復活して!」
欲しいが為の小林の言葉なんですよね。あと、工房厨房の場合は「アニヲタや軍事ヲタでクラス
から疎外された果ての復讐」とか。
全然「公」がないw
ある意味小林読みっていうのは現代の全学連的なモノなんですよね、ブームとしての
側面を含めて、だから、ある意味これからはそういう読者にいかに落ち着き場所を
与えるかが大切になってくるような気がしますねえ・・・。

123 :きゅりお:02/01/16 23:52 ID:plmkvo5l
>>122
最近思うんだけど、ひっきー君って何者?w

124 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/16 23:58 ID:Z0Qh1/3o
>きゅりおさん
厨房の時、南京大虐殺の特別授業を受け、その後ゴー宣と会って右傾化
して、高校の時小林に疑問を抱き始め、その後「国民の歴史」読書会で
考え方の違いでつるし上げられ、んで不登校になって、なんとか大学は
受かったけどまた不登校気味になって・・・・。と複雑な人生を。

基本的に傷つくのが怖いのかもしれない、実生活でボロボロだから。

125 :きゅりお:02/01/17 00:14 ID:yYwwmHil
俺は左派の中でも「現場主義」が自分の特徴だと思ってます。天邪鬼なんですよw

「現場に足を運ばない理論家は変化を捉えられない」的な。その姿勢で一時「理論化が足りない!」
と批判を受けたりしたけどもw、皮肉なことに分かりやすい「実践」を看板にしているはずの小林読み
の論者にそういった「現場」の匂いがしない。極めて抽象的、消極的「国民」であろうとしている。

その意味で、宮台らへの僕の批判は「庶民だ」「皮膚感覚だ」と言ってる割には、実践慣れした場数
を踏んだ「凄み」のようなものを感じない・・・。これは変だぞと話を聞いてみると、どうやら自分を
守る「安全」、「秩序」のために「国家」を支持しているという論点が浮かび上がってきました。実は
これで議論のモチベーションが半減。右翼学者さんと合意した「焼け跡の再現」あたりのコンセンサス
にある「活性化」のためのに「混乱」に身を置くことを辞さないという、あたりの「共通項」がまったく
なくなりました。

「変わりたくない」というモチベーションを持っている論者に変化の必然性を説いても、感情的に反発を
受けるだけ。その繰り返しでした。

もちろん、「変化=善」とは言い切れない。だけど、俺がカンボジアで、タイで、ベトナムで見てきたのは、
「変化」がなければ息苦しさを逃れられない「切実さ」という現実でしたよ。ホーチミンのストリートで、日
本人の女性二人に「きたなーい」とか言われながら、靴を磨きの仕事を取ろうとする5歳ぐらいの少年。バイク
のすすで顔は真っ黒、目だけギョロギョロしている。だけど、瞬間瞬間見せる大人びた表情。プライドのかけら。

「僕の安全を脅かす秩序を守って」的な切実さは<安全を脅かす?この日本で?>、悪いけれど、彼らの
「切実さ」とは比べられないものに映った。悪いけど、ここでは僕は「日本人」のプライドにこだわる理由が
全く見つけられない。現場とはときとしてそういうもんです。

そういう立場で、左派には「実践がない?」。「ふざけんな、タコ」というのが正直な心境ですよw

126 :宮台ばつ壱:02/01/17 10:45 ID:mW0/UdE/
>>122
>そういう小林読みの大半はきゅりおさんが指摘したように、「ボクを守る秩序を復活して!」
>欲しいが為の小林の言葉なんですよね。
信頼関係や信用関係の確保は
自分のためだけ?仕事にもプライベートにも必要なことだとおもうけどね、俺は。

名無し氏が提言した「信」を中心に置いた、ネットワークが
なんなのかもうちょっと理解を詰めてみてほしいな。

信頼関係や、信用空間は「自分のため」とおもって安易に築ける
ものではない。

信用→信頼 という場の力をどうやって「自分のために自分だけ」で確保しようと
いうのか?

結局関係性のなかで確保構築していくしかないものを
自分のために自分だけで創作できるはずもない。たとえば、これを国際
関係に当てはめるなら、少なくとも現状の世界情勢に照らせば
国家暴力を背景に置いた、「政治」外交が必要になるだろう。

本当に自分のためだけに安全を確保したいなら、国家暴力なんかすてるべきだと
いうべきなんじゃない?極端にいえば国家暴力なんかもってる「国家」なんかすてろとね。
「争いは嫌いだから」

俺が言ってるのはそういうことではないからね。そういう「わが身かわゆさ」ゆえに
見えなくなっている日本人間の信頼関係の確保を精神性と実践によって
どう担保していくかが、小林擁護派としての俺の立場だから。(小林テキストに限らない立場で
発言している箇所もあるので汲んでくれ)


127 :きゅりお:02/01/17 10:51 ID:yYwwmHil
>>126
その「信」(公共性)の成立過程に対する批判をきちんと理解してから発言しろよ。
何度このスレで議論されたと思ってんだよ・・・。

すでに展開された議論を全く無視する奴に発言して欲しくはない。いいから黙っててくれ。

128 :きゅりお:02/01/17 10:57 ID:yYwwmHil
そもそも、その成立過程に踏み込んだ分析をしているから、結局「安全志向」なんじゃ
ないかという批判が出てくる。その過程を理解できずに「分からないから関係ないもーん。
だって、僕はこう習ったもーん」で毎回同じ議論を出すのはやめよ。相手の真意が汲み取れ
ないなら、同じような「お友達」集めて議論していればいいだろう。

このスレではそのような「知」に対する批判的姿勢がない奴が一人いるだけで議論が台無しになる。


129 :きゅりお:02/01/17 10:58 ID:yYwwmHil
右翼学者さん、名無しさんは論点は違っても大歓迎の論者だ。すごく勉強になる。
しかし、宮台は要らない。理由は>>128、そしてひっきー君の分析のように
「自分を知らなすぎる」こと。頼むからいい加減わかってくれ。

130 :宮台ばつ壱:02/01/17 11:02 ID:kMwoCe7k
なにか、根本的な勘違いがあるのよね
反小林は・・・

風土的歴史的制約を背景とする公共性あるいは秩序
が、「自分の安全」を甘んずる態度方針で成り立ったっていると
おもっているのだろうか?わが身かわゆさだけで出来上がっている
秩序ではないんだよね。

むしろ「自分の平和」「わが身かわゆさ」に移行している現状
こそが問題なんだと言ってるんでしょ?それゆえに薄れていく
秩序にとっての本質的背景喪失。

俺からみれば、国家を一生懸命相対化する行為こそが
自分のための平和主義者で、わが身かわゆさだと思うね。日常
(仕事/プライベート等)にとって、信頼(トラスト)や信頼を確保するものがいかに
大事なことなのかわかってないってことでしょそれは。





131 :宮台ばつ壱:02/01/17 11:05 ID:kMwoCe7k
しかし、なんで
全ておれのコメントにつっこみ入れるんだ・・・

いいかげん100ぱー無視してくれよ

頼みたいのはおれだっての・・・

だれか、こいつをこっちに来ないようにして・・・

132 :宮台ばつ壱:02/01/17 11:09 ID:2fppJCoP
レスの途中で、脊髄反斜レスいれるのも
やめてくれよ。

はーーーー。しごとしごと・・・>>127128129

133 :きゅりお:02/01/17 11:13 ID:yYwwmHil
「知」への姿勢は一種のチームプレーだ。宮台の言うように約束、取り決めにたいする
尊重・遵守、つまり「公共性」が必要だ。でないと、すでに分裂状態にある様々な論点
についてフェアに吟味できない。このスレではサガさんの意向もあってそれぞれ思想は
違っても自由に論拠を提出してみんなで吟味する。短いながらもそんな暗黙の「ルール」
ができていた。

それぞれ、知らないこと、あいまいなこと、誤解していること、感情的な対立はもちろん
あったが、それぞれの立場から自分が「理解できていない」ことに対する「不安」、「尊
重」を大事にしてきた。

しかし、実際それぞれが提出した論点というのは「モノを考える習慣がある」論者にとって
はおなじみのものだ。相手の「イイタイコト」を理解したうえで、「その先に何があるのか」
を一緒に探すという努力をしてきた。その姿勢で、右翼学者さん、名無しさんらとは思想は違
っても議論の共通部分は確保できた。

しかし、宮台の場合は、反対意見をよく理解できていない。知らないからレッテルを貼る。相手の
意見もよく読んでいない。いいよ、反発するのは自分の意見を揺るがす論点はにわかには受け入れ
がたいものだ。でもさ、感情が収まれば自分の知らないことに対する「不安」が襲ってくる。その
不安が「知」への根本的なアプローチなんだと思う。

しかし、この2ヶ月あまり、宮台にはまったくそれを感じなかった。相手の意見を読んでいないし、
理解して発展的に議論を進めようとする「公共性」、「意図」が感じられなかった。自分への反論は
真摯な「反論」とは受け取らずに全部「罵倒」モードに突入した。上のような「ルール」無視を指摘
しただけなのに。

これは俺の意見だ。チームプレーができない奴は要らない。もし、できるようになったら戻ってこい。
歓迎する。

134 :きゅりお:02/01/17 11:36 ID:yYwwmHil
そういった「チームプレー」が保持されている状態で、辛らつな批判は必ずしも
個人への人格攻撃「だけ」を意味しない。もちろん、論者と発言は密接に関連し
ているもの。発言への批判は必然的に論者のパーソナリティにも向けられる。
厳しい議論とは常にそういうものだ。耐えられないならば、やめたほうがいい。
しかし、マンセーさん、名無しさん(1)の批判、あるいはウヨガクさん、名無し
さん(2)の批判、これらは「ルール」の中で一緒に「その先にあるもの」を探す
ことを意図されたものだった。確かに受け入れがたいものもあるが、その批判には
対立以上の知に対する「公共性」があった。これを受け入れない態度は知への拒否
だ。受け入れるしかない。

初めころ、宮台への批判は同じようなモチベーションでなされたものだ。「コロス」と
言ったのはわざと本質的な反論を避けて宮台の発言を尊重したものだ。宮台が本質
的な反論に耐えられないのを知っていたからだ。茶化しておけば宮台のプライドを傷
つけずに済む。そこからいろいろ感じ取ってほしかった。宮台の議論に反論しなかった
部分の理由のほとんどはソレだ。ときには丁寧に解説をして知らないことへの「不安」
を感じてほしかった。これをサガさん、eさんは「尋常じゃない忍耐」と評価してくれた。
この言葉には救われた。

されど、そういった「本質的批判」(例、構造化の過程を知らないのに公共心が語れるのか?)に
ついて宮台は常に「感情的で」、「非論理的な」反論を返してきた。議論慣れしていないこと、
自分が攻撃されることに耐えられない気の小ささ、さらに「議論のルール」を理解していないこと。
これら全てが原因だと思う。つまり、「本質的批判」は受け入れないというメンタリティだ。

一方で、上記のような「忍耐」に対する敬意は全くない。こちらが解説したことに「お前は本当に
わかってんのか?」、議論を避けて放置していることに「早く反論しろよ」。挙句、他の論者と
議論をした財産がわるのにわざわざそれを避けて以前と同じような論点を出してくる。
とても、議論の際に要請される「公共心」があるとは感じられない。だから、悪いけど、まともに相
手をする気はないし、「ルール」違反を繰り返す発言も読みたくはない、というのが素直な気持ちだ。

135 :宮台ばつ壱:02/01/17 12:20 ID:82oELkIS
>>133
なんかおもしろい人だな。
宮台ばつ壱をそこまで懸命に分析してくれた人は初めてだよ。よっぽど、見たくないのか
気になるんだろうなあ。
合意・「互いに議論は干渉しない」という君の提言は積極的に守っっていたつもりだが・・・?

名無し氏や、日本男児氏、やヒッキ―君への>>だと示していてもやっぱり何かいいたくなるようだ。つまり
彼らにさえもレスするな、という意思表示だと受け取る。

俺がきゅりおを避けたのは、時間的制約があって全レスについていけないからだ。
おそらくそれさえもゆるされないだろうと思って、直接議論は避けていたんだが・・・

どうしてもなにか言わざるを得ないコメントがかえってくる。>>で示した人たちに
誤解を与えるような「相対化」発言が常にある。それを修正する行為も
ダメだったと受け取る。きゅりおには人のコメントをどうにでも相対化する権利はあっても
こちらにはないようだ。

そういうスレッドだったと理解するしかないようだ。
名無し氏の意見をもうちょい実際に照らして広げたかったですが、それさえもばつらしいです。

俺も時間的制約があるので、きゅりおが(多分ここまで排除したいのはこの人だけだと思うが)
それがゆえに「ゆるせない」のなら仕方ないでしょう。10回くらいいわれましたが(笑)
よく理解しました。これでほんとに降りようと思います(物理的制約もあるので)

サガさん、日本男児氏、名無し氏、マンセー君ほか、最初から一面的「答え」しか
持たずに参加したふつつかな僕に、いろいろな視点をあたえてくれて
ありがとうございました。しばらくゴー板には来れないかもしれませんが、
また別スレッドでみかけたらつっこんでやってください(笑)  それでは。



136 :きゅりお:02/01/17 12:27 ID:yYwwmHil
>>135
良くも悪くも一番相手にした奴のことも忘れるなよ、まったく最後までコイツはw
ま、修行しなおしてこい。

137 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/17 12:34 ID:FeaONkHg
>>126
なんだか反サヨ先生の方が潔いな・・・・、まあどうでもいいんだけど。
>信頼関係や信用関係の確保は
自分のためだけ?仕事にもプライベートにも必要なことだとおもうけどね、俺は。

名無し氏が提言した「信」を中心に置いた、ネットワークが
なんなのかもうちょっと理解を詰めてみてほしいな。

信頼関係や、信用空間は「自分のため」とおもって安易に築ける
ものではない。

信用→信頼 という場の力をどうやって「自分のために自分だけ」で確保しようと
いうのか?

とか読むとなんともはや・・・・、でも結局はそれらも「自分のため」
なんだよね。それにこのくだり、最近の日本の自立路線を取る小林の
言葉とも矛盾するし、結構小林の言葉って甘える余地ないよ。マジ。
読者を突き放してるようなところがかなりある。やっぱり小林の言葉
って小林読みにはつたわらないというのは事実なのかもしれない。


138 :きゅりお:02/01/17 12:40 ID:yYwwmHil
>>137
宮台は修行の旅にでました・・・

139 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/17 12:43 ID:FeaONkHg
>>137 続き
小林の言葉を相対化してみると、結構厳しいことを言ってるんだけどね。
割と熱心な読者には理解されてないっていうか、読めているのに無視され
てるっていうか、そういうところがある。
結局宮台さんは、小林の言葉から自分に都合のいいところだけ抜き出して
再構成したって感じがオレでも読みとれた。正直。
小林の本質って反サヨ先生と同じく自分主義だよ。

140 :きゅりお:02/01/17 12:50 ID:yYwwmHil
荒れた責任を取って新論点出しますw

さっき哲学板の議論を読んでいて気が付いた。

小林は「学校」のイデオロギー装置は厳しく批判するが、「国家」のイデオロギー装置
については言及していない。その「国家」のイデオロギー装置の派生が「学校」なのに。
これは著しく矛盾している。

「学校」における左派のイデオロギー性を指摘すれば、それは現在の「国家」のイデオロ
ギー性に行き着いてしまうというこれも「時限爆弾」のように思える。

141 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/17 13:08 ID:FeaONkHg
>きゅりおさん
「国家」のイデオロギー装置の派生としての「学校」という考えには極めて
同意しますが、小林の「学校(特に歴史)叩き」は戦後の日本という「国家」
が特に強調してイデオロギーを主張してこなかったことにあるような気がします。
ある意味「学校」が「国家」のイデオロギー的下請けになってないんですよね、
まあそれはオレが思うに「国家」がイデオロギーを提示してこなかったこと
にあると思うけど。特に「戦後民主主義」を根付かせる為のイデオロギーを
教育基本法以外にほとんど提示しなかったようにオレは思う。だからこそ
「組合」がアナーキズム的な「戦後民主主義」を提示してもある程度容認され
てきたのだと思うし。
まあ、こういう風潮もここ最近のことだと思うけどね。
とりあえずオレは親が教員で、十二年間「国家」(田舎だったから小中高と
公立だったんです)の教育を受けてきた経験から、戦後国家は学校に提示する
はっきりとしたイデオロギーを提示してこなかったと考えるけど。

142 :きゅりお:02/01/17 13:19 ID:yYwwmHil
>>141
>ある意味「学校」が「国家」のイデオロギー的下請けになってないんですよね。
確かに両面あるね。

ただ、俺は戦後民主主義=親米路線が戦後日本の最大のイデオロギーだと思う。
その意味で「国家」に対する懐疑(これは国家社会主義的な全体主義への懐疑)
というイデオロギーもこのような戦後民主主義イデオロギーと矛盾しないと
思うがどうなんだろう。

戦後、日本の国家としてのメリットは親米路線で安保部分の費用をカットしながら、
ひたすら有利な貿易協定の下で輸出に励んでいたことだとも思われる。
つまり、親米=全体主義拒否が国家の根本的な利益だったすると、
学校が「戦後民主主義のイデオロギー」を下請けしたことにも整合性が取れる。

143 :きゅりお:02/01/17 13:24 ID:yYwwmHil
>>141
さらに、日本が「戦後民主主義的に」おかしくなったのは「プラザ合意」以後。
変動相場制でバブル経済が進み、一方「ジャパン・アズ・ナンバーワン」思想
も生まれた。中曽根が<古典的国家主義にも関わらず>新保守主義のマネを始めた。

俺は「戦後民主主義」の動揺はこのような「ドル依存構造からの強制排除」にあった
のではないかとも思える。良い/悪いは別にして。

144 :名無し2:02/01/17 22:21 ID:4cG7LN3w
久しぶりっす。暇になったんで来た。
区別するために名無し2とすることにする。

で、前スレでの主体と構造の議論はとりあえず置いておこうと思う。
きゅりお氏は構造の自律性を認めない、というが、
結局人間の主体性を認めてない気がする。
だが、煮詰めていくとせっかく具体的になってる論点を
ぼかしてしまいそうだから、とりあえず置いておこうと思う。

で、思ったんだけど、まず「公」についての議論が必要じゃない?
俺が見る限り、「公」ということに関するコンセンサスが
成立して無い気がするんだけど。

宮台氏や日本男児氏とかは、公を「テーブル」として
捉えているのではないかな?

それに対しきゅりお氏は「共有価値」とかそういう意味で
捉えているのではないだろうか?

テーブルというのは、人々を結びつけると同時に分けておくもの。
人々がリアリティを得る「現われの空間」であり、舞台。
これは共有価値とは異なる。むしろ「共」の「間」に生起するものとして
「公」がある。

この辺は議論の前提になっているのかな?
だとすれば蒸し返してすまん。

145 :名無し2:02/01/17 22:43 ID:4cG7LN3w
何でこういうことを言い出したかというと、
>>9の「消極的公共性」と「積極的公共性」の区別に?となったから。

>生存にクリティカルな共同利害を持つ共同体に帰属する意識
これは「共」だよね?
小林がくどくど「私からは公は導き出せない!」というのは、
そもそも「公」が共通の利害の「間」に生起するものだから。


146 :名無し2:02/01/17 22:43 ID:4cG7LN3w
だから、
(1)「積極的公共性の入れ物として国家がふたたび機能しうるか?」
(2)「国家が機能不全に陥っているならば、それに代わる入れ物は何か?」
(3)「そもそも断絶、分裂を特徴とする近代社会に積極的公共性は復権しないのでなないか?」

に対しては、
@ノー。
と言うより、小林は公をある意味で「嫌々ながら」従うものとしているから、
むしろ国家が共同意識で満たされるのを忌避しているのではないか。

Aこれについては、俺の考えでは小林の言う国とは
「国家システム(政府なども含む)や我々の争いの舞台となるもの」
だと思う。だから、「国のために国家に反対する」ということもありうる。
そもそも入れ物という言葉は妥当なのか。

B近代が断絶や分裂を特徴とするということに関してなのだが、
俺の理解では、小林は、「多様性が可能になるためには公が必要」
と言っているのだと思う。

例えば、俺やきゅりお氏がそれぞれ独自なものとして認知されるのは、
こうしてテーブルに着いて、同じ話題について異なった見解を
示しているからだよね。

俺ときゅりお氏の「間」に小林の議論があって、それが俺ときゅりお氏を
結び付けていると同時に分けている。
小林について語ることで、俺もきゅりお氏も独自性、個性を示すことが
可能になる。


147 :きゅりお:02/01/17 23:06 ID:yYwwmHil
>>146
煮詰めていくと結局、主体論に行き着くと思う。主体の構造からの自律性の問題を
放置しては「公共性」の問題を語れないんじゃないかな。ただ、おいしいところは
後までとっておこうw。議論が可能になったら言ってくれ、聞きたいことがいろい
ろある。

「公」について、もう少し詳しい論述をお願いしたい。

俺は「多様性とは独自の論点を持って会議室に入り、議論をたたかわせるようなもののだ。しかし、その会議において自分の
論点が保持されるとは限らない」という話をよくしてきた。<相対主義を批判する文脈で>
この会議室の「場」が「公」の定義でよいのかな?

とすると、現状では「1億2500万人の会議室が効率的だとは思えないし、実際にその規模の議論は
なされてない<行政事務で「国」が管轄となっているものはむしろ少ないし、国会は代議制によって国民の
直接議論になっていない>」という答えざるを得ない。要するに会議室/テーブルには議題に応じた適度な
「大きさ」が必要だ。また、具体的な論争の方法論も確立されなければならないと思う。
これが「国家が大きすぎる」と指摘した一番の理由だ。

でも、狙いが違ってて外すといけないので、保留するw。もちっと、論述してください。

148 :e:02/01/17 23:15 ID:otUiRGlu
>>146
私からもお願いいたします。
きゅりお氏と宮代・日本男児両氏のいう「公」の概念が違うという感触は同意
なのですが、貴方の言う「公」の概念では「日本」という単位である必然性が
良く判りません。

149 :きゅりお:02/01/17 23:17 ID:yYwwmHil
小林の言う<という限定が必要だね>「公」=共同利害の「内容」ではなく、共同利害を調停する「場」である。
という論点は非常に面白いね。

ただし、それが共通価値観をカッコに入れた<価値中立的な>「国家」がその「場」となれなければならない、
必然性が減少するように思えるけど、どうなんだろうね。

150 :e:02/01/17 23:31 ID:otUiRGlu
>>149
2番目のスレ、マルチビューワーに残っていましたよ。
http://www.raiji.net/bbs/kaku.cgi/http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/kova/1006708702/

過去スレの参照にお使いあれ。





151 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/17 23:42 ID:R3VM0VSD
>>142-143
そうですね、同意します。
あと、個人的にはその頃(だいたい1980年代の後半)から、「戦後民主主義の子ども」
とも言える戦後世代が会社や官公庁で主力になってきたのも大きいとオレは考えます。
なんだかんだ言っても高度経済成長を支えたのは、戦前から戦中にかけて成人した人達
ですからね。
こう考えると、戦後民主主義が人々の間に浸透した頃から、戦後民主主義自体の曲がり角
にかかってるのが皮肉に思えるけど。

152 :きゅりお:02/01/17 23:45 ID:yYwwmHil
>>150
ありがと、非常になつかスィねw
>>151
団塊の世代か・・・、俺がちょうど団塊ジュニア、受験競争率史上最高アンド大卒求人倍率市場最低の
「呪われた世代」。多少ひねくれてるのは許してくださいw

153 :名無し2:02/01/17 23:47 ID:4cG7LN3w
>>147
ああ、久しぶり。
何か自分でも場を乱しているのではないかと不安だから突っ込みは厳しく頼む。

主体なんだけど、前スレで言ってたみたいに、きゅりお氏の求めたいのは
「システム(支配的な構造、環境)が変化するときにその要因となる「主体」は
どのように生起するのか? 」
ということだよね?

これについてなんだけど、ちょっと長くなるから置いておきたい。
要点だけ話すと、やっぱり、構造とシステムは別だ、ということになる。
でもちょっと待って。まとめるのが難しい。

>この会議室の「場」が「公」の定義でよいのかな?
そんな感じでいいと思う。

>1億2500万人の会議室が効率的だとは思えないし
これは何というか、規模の問題ではないと思う。

例えば、国際関係でもいいんだけど、国と国の「間」にも
やっぱり何かが生起するわけだし、もっと身近な関係においても
そうだと思う。

改行多いと言われたからいったん区切る。

154 :名無し2:02/01/17 23:48 ID:4cG7LN3w
>「日本」という単位である必然性が良く判りません。
うん。必然性は無いよ。いろんな形や大きさのテーブルがあると思う。

ただ、俺の考えでは、小林が国家を重んじるのは、
一つには言ったみたいにそれが暴力を独占している、という意味で
議論、言説のやりとりを保護する特徴を持っていることだと思う。
これは「国家と戦争」の中で言ってたと思う。

もう一つは、「日本においては」さしあたり日本という範囲を分ける必然性が
今のところ無いからだと思う。

結局、小林にとって国家についての議論は、公への糸口なんだと思う。
というのは、現在「公と私」で焦点になっているのは、
結局「国家と個人」だよね?左派にしても。
その文脈を踏まえれば、国家を強調するのが戦略的なものだと
いうことがわかると思う。少なくとも、俺は小林をそう理解している。

左派が結局公を国家に回収してしまっていて、
そういった見解が行き渡っている以上、
まず国家を強調する作業が必要になるんだと思う。

155 :名無し2:02/01/17 23:49 ID:4cG7LN3w
>>149
>共同利害を調停する「場」である。
そうではないんだよなー。

例えば、俺ときゅりお氏がこうして話し合うのは、
「俺にとってもきゅりお氏にとっても受け入れられるべきものがある」
とお互いに思って、それを競い合ってるわけだよね。

「俺はこう思ってるけど、きゅりお氏はそう思っていて、
そういうわけでOK」で終わりじゃなくて、
「きゅりお氏は俺の考えを受け入れるべきだ!」と
俺は思ってるわけだから。

つまり、テーブルに参加する者みんなにとっていいものだと
思うものを互いに競い合う。「我々みんなにとって妥当するものは何か?」と。


156 :きゅりお:02/01/18 00:01 ID:jBomMYwV
>>155
言ってる意味はよく分かりますよw
ただ、用語を整形するクセがね・・・、もとブンヤなもんでw
まずかったら、お詫びします。

その「会議室」に関しては感覚の個体差があるかもしれませんね。
僕はキャリア志向の証券会社員と飲んでも、なかなか同じ「テーブル」につけません。
議論の「位置」が著しく違ってるんですよ。これは分裂の例。
お袋ともいろんな意味で同じ「テーブル」につくのは難しい。これは断絶の例。
アクチュアルには会議室が成立しなくなってきているのかもしれませんね。
その意味で小林の「糸口説」にはなんの異存もない。僕が「すくい出したい」と思っていた
のもソレなんですよ。

僕は仕事柄、海外でいろんな「場」にもぐりこみますw。感覚的には文化的な違いはあっても、
言葉が多少違っても「テーブル」を用意することができる。これが僕の強調したい点だったん
です。

ただ、

>もう一つは、「日本においては」さしあたり日本という範囲を分ける必然性が
>今のところ無いからだと思う。
この点は同意が難しいですね。安全保障、経済、行政において、国家が「議論のテーブル」に
なる機会が今後、ますます減るでしょう。メディアも多様化、細分化。ネットがそれぞの領域
を横断してしまう。金融・経済は国家の外へ外へと流れ出る。日本を「テーブル」とする機会は
将来、ますます減りつつある。これが僕の主張でした。

「構造」と「システム」の違い、楽しみにしてますよーw 忙しくないときにゆっくりと。

157 :e:02/01/18 00:12 ID:stdPfhsw
>>155,156
申し訳ない。このスレでは私を置いて合意が成立してしまう。混乱します。
議題があるからテーブルに着き、協議を行う。テーブルでは合議を目指した闘争を行い、
結果、合議が得られ、又は相手を屈服させ屈服させられ、もしくは破談し断絶・戦争となり、最終的には
議題が無くなる、曖昧になる。このように思えるのですが、何故それが公なのですか?

158 :きゅりお:02/01/18 00:12 ID:jBomMYwV
要するに、国家の静的な制度的な面ではなくて、国家の動的な機能面が具体的にどのように作用しているか、
に踏み込まなければならない。

#すでに、安全保障の環境変化によって、制度面では国家が暴力を独占しているように見えるが、機能面では
すでに国家は暴力を独占していない<集団的安全保障のシステム考察の必要、警察権力に対抗する世論の存在の
考察の必要>。

この面を見誤ると、議論が2スレもどってしまう。ご注意を。

159 :名無し2:02/01/18 00:15 ID:2sfv7eNt
>>156
>言葉が多少違っても「テーブル」を用意することができる。これが僕の強調したい点だったん
>です。
これは全くそのとおりだと思う。

>日本を「テーブル」とする機会は
>将来、ますます減りつつある。これが僕の主張でした。
これはそうでもあるしそうではないとも言えると思う。
言ったみたいに、国家はやはり特殊な存在であって、
そう簡単に無くならないと思う。プレゼンスの低下は認めるけど。

俺の考えでは、日本という公の必要性の議論は、小林の中では
たぶんステップの一つなんだと思う。

というのは、言ったみたいに、結局従来の議論での「公と私」は
「国家と個人」であって、その文脈から出てきた「私」は、
国家に対するアンチとして創出されたものなんだと俺は思う。

国に回収されないものとして「私」が暗黙のうちに定義されている。
だから「国家/個人」という図式を崩さないといけないと俺は思うし、
小林の議論はその作業だと俺は思う。

まず、国を認める。つまり、「国じゃないものとして個がある」という
暗黙の図式を崩す。
そうしてはじめて多元的な公が成立する可能性が見えてくるのだと思う。

160 :きゅりお:02/01/18 00:17 ID:jBomMYwV
>>157
すっごいいい質問だね。参加者の間でコミュニケーションが成立し、合議にいたる方向性を
確認した「場」のことを現在では「公」と定義しています。

確かに、「公」の内実は激しい利害の対立の状況があるでしょう。
今展開されているのは、一般的に想起される「公共性」の最も消極的な解釈においてになっています。

161 :e:02/01/18 00:21 ID:stdPfhsw
>>160
それは、過去スレで暗黙に合意されていた事?それとも名無し2氏が提出した「公」の定義?
文脈からは後者だと思いますが…

162 :名無し2:02/01/18 00:23 ID:2sfv7eNt
>>157
>合議が得られ、又は相手を屈服させ屈服させられ、もしくは破談し断絶・戦争となり、
>最終的には議題が無くなる、曖昧になる。
そうじゃなくて、終わりの無い闘争というか、ぶつかり合うことに
意義があると言うか…。
テーブルに着くというのは相手と向き合うことであって、
向き合わなかったら「間」は無い。

例えば援助交際についてだけど、
「それも一つの価値観だからそれでいい」というなら、
俺と援助交際をしている人の間には公は成り立たない。
俺は相手と向き合ってない。

「一つの価値観だからといって認めなくてはいけないというのは
おためごかしだ。それが認められるというならそのように認めさせるだけの
何かを提示してみろ。それができなければ援助交際はやっぱり駄目」
と考えるとき、俺と相手の間には公が成り立つ。


163 :きゅりお:02/01/18 00:24 ID:jBomMYwV
>>159
名無し2さん、居酒屋モード話しますけど、まあ、聞いてください。

>俺の考えでは、日本という公の必要性の議論は、小林の中ではたぶんステップの一つなんだと思う。

これは小林のテキスト論に即して「本当に」言えますかw。なんか、各小林読者が小林の言葉を入れ物
に自分の「期待」なり、「思い」を代入しているように思えてならない。それが小林の機能かのかもしれないが・・・。
確かに、「そうとも」読めます。

だけど、「台湾論」あたりの言説を読むと論壇内の闘争に勝つために「物語」を捏造しているよう思えて
ならない。本当は小林の評価をしているんじゃなくて、小林読者が自分の論点を評価したいんじゃないかと
思えるんですよ。

それを明らかにするには、小林の厳密な「テキスト論」が必要。生まれから、生い立ちを細部まで追って
行間をあぶりだす作業が必要だと思います。現状では、名無し2さんが言っている狙いを小林が持っているか
という点、非常に疑っちゃいますよ。

本当はどうなんだろうねw

164 :きゅりお:02/01/18 00:26 ID:jBomMYwV
>>161
いや、君が言うとおり、名無しさん2の提出論点に従ってやってます。
議論としては可能だけど、小林の「公」がソレかどうかは保留。テキスト論をやらなければ
ならないと思う。とりあえず、公の定義をずらした「会議室」に入室したってことでw

165 :名無し2:02/01/18 00:29 ID:2sfv7eNt
>>158
>すでに国家は暴力を独占していない<集団的安全保障のシステム考察の必要、警察権力に対抗する世論の存在の
>考察の必要>。
正直言って、これは単純にすぎるような気がする。

俺も、小林の「戦争は外交の一手段だ」というテーゼは、
今日あまり有用ではないと思う。

何故なら、大量破壊兵器の登場によって、むしろ今日では、
「戦争が起きないように外交を行わなくてはいけないから」。
つまり、今日ではあまりの兵器技術の発達によって、
クラウゼヴィッツのテーゼは逆転している。

単純にネットーワークの拡大が戦争を抑止しているのではない。
ある意味では、軍事技術の発達が戦争を抑止し、ネットワークの拡大を
促している、という側面もある。

それにね、暴力の暴力性は、まさに予見不可能なことであって、
予見可能な暴力というのは、ある意味で暴力性を除去されていると思う。


166 :e:02/01/18 00:30 ID:stdPfhsw
>>162
了解。あくまでも合議を目指した終わり無き闘争ですね。

>>164
こちらも了解。新しい論点に期待です。

167 :きゅりお:02/01/18 00:32 ID:jBomMYwV
僕が小林の「救い出し」といったときには小林の「狙い」なんて関係なく、「そう読める」点を
論者が洗い出して、再構成する方がいいと思いますよw

残った論点は、その国家の影響力低下のスピードの評価「のみ」。ここで小林の国家論的アプローチは
一応論点消失ということになると思います。「早いか」、「遅いか」まで僕は詰めたいとは思っていない。
ベクトルの大きさはさしたる(論者の立場による感情的な評価に関わるものも混入しているので)問題じ
ゃないと思います。

168 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/18 00:32 ID:a8ZIEg64
全く話の流れを断ち切っちゃうかもしれないけど、最近なんで小林の安易な言葉が
すごくあっさり若者に受け入れられてしまったのかしばらく考えていたんですけど、
結局小林の言葉があっさり受け入れられてしまうオレら(若者)ってすごく「戦争」
ってモノを実感したことがないんじゃないかって気がします。
オレは1982年(キレる少年と同じ学年だったりする・・・)生まれなんだけど、
親は戦後生まれだし、「見たことのある戦争」って言えば「湾岸戦争」だし(ゲーム
的な戦争)教育はひたすら戦後民主主義的な「戦争=悪」で思考停止するモノだったし
まったくリアルな戦争を見ていないんですよね。
でもオレらの親の世代なら、ベトナムの戦争報道や、戦争映画、戦争を扱ったドラマ
(コンバットとかな)、あるいは昭和30年代中頃まで結構戦争モノ(割と英雄史観
だったりする)なマンガもあったし、「宇宙戦艦ヤマト」なんてモノもあった。
こうやって考えるといかになんかオレらってある意味戦争について漂白された、無菌
状態で生きているんじゃないかって気がする。
でも、ある意味この状態を作ったのも戦後民主主義だとオレは思うけどね、「平等・
平和」などのスローガンとしての戦後民主主義教育によって「教育に悪影響」なカオス
としての「戦争」は追放され、「戦争」や「国家」に不慣れな人間が生まれた。
その結果、小林の語る「国家」安易に崩れるような若者が生まれた。
小林もある意味、戦後民主主義の時限爆弾なのかもしれませんね。

169 :きゅりお:02/01/18 00:35 ID:jBomMYwV
>>165
これもベクトルの大きさに関わる問題ですよね。小林はもう少し「現場」を見て欲しい。

僕も暴力の過小評価をするつもりはありません。
その意味で「東アジア安全保障論」なんて左派論者が眉をひそめそうな異端論を吐いてますよw

170 :名無し2:02/01/18 00:36 ID:2sfv7eNt
>>163
実はそのとおりだと思う。
俺の見たところ、小林自体、公を文字通り共有価値とか
そういう意味で用いている場合もある。

だから、小林に引き寄せすぎると、過大評価につながる恐れがあると思う。
俺の考えとして受け取ってくれるのが一番いいのかもしれないけど、
そうなると、ここで議論する意味が無くなってしまうような…。

実際、最近の小林には?と思うところが多い。

171 :きゅりお:02/01/18 00:38 ID:jBomMYwV
>>168
ひっきー君のミクロの視点はすっごくいいと思うよ。まず文化レベルなど「現場」に変化
訪れるからね。

名無し2さん、この視点がないと、「変化」は読み取れない。小林読みの多くがマクロ
(民族、外交、国家)に偏った視野狭窄に陥ってる可能性はありませんか?

172 :きゅりお:02/01/18 00:40 ID:jBomMYwV
>>170
ご自分の考えでいいと思いますよ、僕は。
「伝統主義的な視点」<仕事柄、身近に伝統主義者がいない、みんなリベラルw>が
抜け落ちていたことも発見できたし、感謝しています。

「知りたい」と思う欲求の発動にはおっしゃるように対立論点が必要ですよね。

173 :名無し2:02/01/18 00:43 ID:2sfv7eNt
>>166
>あくまでも合議を目指した終わり無き闘争ですね。
そんな感じっす。

>>167
>「そう読める」点を
>論者が洗い出して、再構成する方がいいと思いますよw
同意。

国家についてなんだけど、言ったみたいに、
結局今日では「個」を確立しよう、という場合に、
その「個」には「国ではないもの」という定義が刷り込んであるわけだよね?

その前提がある限り、俺はやはり個の確立は無理だと思う。

つまり、国家が衰退するかどうか、という論点とは異なるわけ。
そもそも前提として「国ではないところからはじめよう」というのが
あるのがおかしい、と言ってるわけだから。

174 :名無し2:02/01/18 00:48 ID:2sfv7eNt
>>168
うーん、この論点は、いわゆる小林に安易にのめり込む人についての
考察であって、小林の主張の点検とは論点が違うよね?

俺は「ある言説と、それが持つ効果の間の関係は偶然的だ」と考えてる。

マルクス主義的なイデオロギー観だと、
「ある観念や言説が実際にイデオロギー効果を持つなら、
その観念や言説は否定されるべきだ」
となるけど、俺の考えでは、使う言葉や言い方を変えるだけで
充分な場合が多いと思う。

「観念と現実の関係は、因果的、偶然的なものであって、
論理的、必然的なものではない」

175 :きゅりお:02/01/18 00:49 ID:jBomMYwV
>>173
そうですね。こちらも「国家」に対する観念論批判はあくまでも、欧米の
民族主義運動に対するカウンターパンチの意味合いがあります。要するに
最初から「方向性をもった言説」であることは認めます。それを除けば、
現状において分析対象として国家を無視していいはずがない。

その後ろめたさもあってw、「ウェブ的生産関係」、「連鎖重層公共性」
(さりげなく重層という言葉を追加、これは公共性を保証する集団の複数
加入の可能性)という貧弱な概念を提出しました。俺も「個」の自律的な
成立には懐疑的です。

つーか、名無しさんwと議論していると自分は実は「理系」じゃないかと思えてしまうw

176 :きゅりお:02/01/18 00:51 ID:jBomMYwV
というのは、語っていない空白の部分を意図的に残しつつ議論しているから、
誤読の可能性ビクビクしなければならんのですよ。何とかならないでしょうかw

177 :e:02/01/18 00:55 ID:stdPfhsw
>>175
私は理系と「文系の差は関心領域の差」と定義しましたが、貴方の定義ではどうなるの?
実際、第2スレの最後の名無しさん(今日はじめて読んだ)からみても、切り口としては理系に
通じるものがありますが。

178 :名無し2:02/01/18 00:58 ID:2sfv7eNt
>>171
>小林読みの多くがマクロ(民族、外交、国家)に偏った視野狭窄に
>陥ってる可能性はありませんか?
正直言って、あると思うよ。

ただ、言ったみたいに、だからといって小林の主張の妥当性が
否定されるわけではない。

それに、そういった危険性を持つからこそ、漫画家である小林が
やる意義があると思う。
権威を持った知識人がやるよりはね。

179 :きゅりお:02/01/18 00:58 ID:jBomMYwV
>>177
ん?前々スレの名無しさんが理系につながる?
どうして、そう感じたの?もちっと説明を。

俺の場合は「言葉」の配置の仕方というごく軽い意味。空白を残すか、
空白まで語るか、クセのようなものだという意味です。

180 :きゅりお:02/01/18 01:00 ID:jBomMYwV
>>178
ごめん、主語は「小林」じゃなくて、「小林読み」です。
空白のせいでこっちが誤解しているかもしれんけどw

181 :名無し2:02/01/18 01:03 ID:2sfv7eNt
>>176
>誤読の可能性
これはいつでも付きまとうし、それにぶっちゃければ、
「ある時点であることを書いた意図」なんてのは、
あとから作られる可能性もあるし。

他にも、指摘されてはじめて気づく自分の意図なんてのもあると思う。

例えば「あのときあなたが○○を書いたのは、実は幼児期における
母親のトラウマがあって云々」とか
「君はあのとき単に現実から逃げようとしていたんだ!」
とか言われて
「言われてみればそうかもしれない…」
と思うようになるかもしれないわけで。


182 :きゅりお:02/01/18 01:05 ID:jBomMYwV
相変わらず、レス速すぎっすね、オレ。大変でしょう、すんません。
酒でも飲んでサッカーみてますw

183 :e:02/01/18 01:07 ID:stdPfhsw
>>179
逆で前前スレの名無し氏より貴方の方が理系につながるように感じたという事です。
私が思うに理系は先に定義した事象の固定化は疑うに足る反証が得られるまでは解きません。
曖昧な反論は「〜の論文参照」で封殺されます。私はこれを関心領域が狭い為、と解釈していました。


184 :e:02/01/18 01:08 ID:stdPfhsw
>>183
きゅりお氏が関心領域が狭いといっているのではありません。
念のため。

185 :きゅりお:02/01/18 01:10 ID:jBomMYwV
>>183
ごめん、まだピンとこない、できれば具体的によろしく。ごめんね。

186 :e:02/01/18 01:17 ID:stdPfhsw
>>178
多くの人が読み間違うとしたら、その文献の主張の妥当性は何処にあるのでしょう?
確かに、死後何十年と経ってから正しく解釈される理論というもの(ガロアとか)も
あるのは判るのですが、それとも少し違うような。

187 :e:02/01/18 01:26 ID:stdPfhsw
>>185
私も上手く言えませんが、世界を自分より小さいと考える(理系)か大きいと考える(文系)か
の違いだと思っています。世界を自分より小さいと思えるのなら、対象を小領域と捉え、征服する事
を信じる事ができます。逆に大きいと捉えるのならば、対象を拡大し観察し関係に関して考察し
なければなりません。

#重ねて誤ります。咀嚼がまだ出来ていない理屈を述べるべきではありませんでした。
 これは貴方への批判ではありません。必要ならば取り消します。

188 :名無し2:02/01/18 01:36 ID:2sfv7eNt
>>186
うーん、質問の意味がつかみかねるんだけど…

この場合で言えば、確かに原理主義的な感じに人々が小林を
うけとってしまう素地はあると思う。

ただ、問題にすべきは、そういった素地の方であって、
それがある限りは、結局小林じゃなければ
運動にのめりこんだり宗教に走ったりするわけであって。

だから、小林を抹殺したところで別に意味があるわけではないわけだよね?

それとは別に、いわゆるテクスト解釈学の問題のことを言ってるなら、
また話は違ってくるけど…。

189 :きゅりお:02/01/18 01:40 ID:jBomMYwV
>>187
もしかすると、観測者問題のことを言ってるのかな?

もし、そうならあの議論は皮肉なことに僕が論者の「観測者問題」の存在を訴え、
名無しさんはそれから禁欲的離脱を説いた。僕は論者は様々な価値観のイデオロ
ギー性に最初から囚われていると考えています。従って、観測者問題は常に存在
すると、されに観測者問題はアインシュタイン的な「神はサイコロを振らない」
ではなく量子論的な「確率解釈」を含むものだと思っています。

よーするに、訳分からんのですよ、「主体」の問題についてはw

190 :きゅりお:02/01/18 01:49 ID:jBomMYwV
つーことで、名無しさん、

「国家の緩やかな死」についてはEUの「実験」も見つつ、ベクトルの大きさ
「問題」の評価に収れんしてしまうということでいいのかな?

煮詰まるところ、好き/嫌いの問題が蒸留抽出されてしまう可能性もある、
デリケートな問題だw

さて、残った議論はやはり「意思」と「構造」の問題、この前の名無しさんの
発言を読みつつ、こちらもいろいろ考えました。仕事に差しさわりがないとき
にぜひお願いします。

やはり、テーマは「システム改変に主体はどのように生起して、どのような働きをするか?」

これは、教条的マルクス主義の「構造決定論」を批判する意味でもぜひお聞きしたいっす。


191 :e:02/01/18 01:49 ID:stdPfhsw
>>188
あくまでも合議を目指した闘争への志向の場、それが即ち「公」。
合議を放棄する事も、相手を屈服したり、妥協したりする事は「公」無き事。
小林の主張はそうとも読める。これが上で議論されている論旨と解釈しましたが
残念ながらこのスレのみならず、この板でこのような解釈を見た事が無いからです。
このように読めなかった自分を恥ながらも、実際そのように読んだ人がどれくらい
居るのだろう?という素朴な疑問です。
高度な理解力もしくは素養がなければそのように読めないとしたら、
漫画家が書く小林の本という位置付けが凄く曖昧になります。
解り易さが漫画家の書く書籍の必須事項と考えるのは間違いですか?

192 :きゅりお:02/01/18 01:51 ID:jBomMYwV
では、明日、激しい飲みになりそうなんで、死なないためにも寝ときますw
よろしく!

193 :e:02/01/18 01:57 ID:stdPfhsw
私も寝ます。いずれまた。

194 :名無し2:02/01/18 02:02 ID:2sfv7eNt
>>190
>「国家の緩やかな死」についてはEUの「実験」も見つつ、ベクトルの大きさ
>「問題」の評価に収れんしてしまうということでいいのかな?
違うって。

うーん、とはいえ、俺自身まだまとまっているわけではないなー。
考えてみると、アイデンティティの問題が抜け落ちている気がする。
上での公の議論にアイデンティティの問題がどう絡むのか。

うーん、ちょっと待って。もう寝なくては…。

システムと構造についてもまた後日。

195 :きゅりお:02/01/18 02:07 ID:jBomMYwV
>>194
んじゃ、とりあえず、「緩やかな死」に関する機能的な説明は果たしたんで、反論お待ちしています。
「公」の射程を「テーブル」に縮小したことで逆に単位を「国家」とすることの必然性が
狭まってしまったような気がします。「アイデンティティ」にしても歴史上の環境によって
可変的なものだろうし。いずれにしても、反論待ちw

お疲れ様でした。

196 :名無しかましてよかですか?:02/01/18 04:20 ID:xfIHGl0+
ゴー板にこういうスレがあったとは・・。

面白いので途中参加したいのですがみなさん長期のコテハンなので
ちょっと遠慮してしまうけど参加していいですかね?

いちおう過去レスは全て読みました

197 :きゅりお:02/01/18 09:58 ID:jBomMYwV
>>196
全然、おっけーっすよ。いつでもどうぞ。しかし、名無しだと<俺が>間違えるかもw

198 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 11:15 ID:xuUGUS3K
どうも最近感情的になっていけなかったですね。先ず十分お詫びした上で
意見したいと思います。

名無し2さんのおかげで、うまくいえなかったことがまとまった気がします。
小林の「公」は「個+個+個・・・」でなければ形成できないとしつこく主張
している一方、言葉上では実は「公」の反対は「私」だったりします。

小林の上では「私」は表に出しちゃ基本的にいけないもの。例えば「こいつ
殺してやる」とか非世間的な欲望のままの個人の内実を指していて、一方「個」は
「公」を形成するための要素として捉えているように思います。

例えば戦争論では「倫理ある個はやせ我慢からしか生まれない」
などといっていて、お互いが「私」を押さえて我慢しあって形成する「個」同士で
なんとか形成できる場が「公」であるといっているように思うのです。

小林の問題意識の中で、この「個」の内実が現代日本で非常におかしく
なっていると言うこと念頭にあるため(オウム・エイズ問題などを経て)、
この「個」を形成するのに必要である「公」を先ず「さしあたり」日本にターゲットを
絞ることによって「公」というものは何かを考えていこうよ、という提案だったように思います。

というのは「個」の形成を考えていく中で、特に日本の場合、先ず「日本語」という共通理解
をする上で便利な道具があり、又多くの部分で価値観を共有している前提条件が
整っているから詰めやすいだろう?という提案ではだったのではないかと
解釈しています(多少テキストから外しているかもしれませんが、確かインタビュー
か何かで似たような事は言っていたはずです)。

こんな感じですが、如何でしょうか?

199 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 12:10 ID:xuUGUS3K
>>198
上記に名無し2さんの定義を加えれば、私としてはほぼ小林の描く「公」
のイメージと一致します。

私の問題意識は、実は自分の子供の今後の子育てだったりするので、
この辺り詰めていただけると大変ありがたいです(笑)。

200 :きゅりお:02/01/18 12:40 ID:jBomMYwV
>>199
小林の描く「公」が本人も混同している疑いが強いということを昨日すでに話しました。
「テキスト論」を厳密にやらないと、「小林の・・・」という定義はできにくい、小林のテキスト論は一旦カッコに
入れつつ論者の間で再構成して吟味しなければならない、という点です。よろしく。

それに、
>多くの部分で価値観を共有している前提条件
といわれている時点で日本男児さん自身も混同されているようです。

名無しさんが再設定した「公」は実は極めて価値中立的なドライな概念で、
コミュニタリアンの「公共性」の議論にもつながります。僕の「消極的
公共性」よりさらに「機能」を絞った概念。これにe君が小林自身も小林読み
もこの「場の公」を想定していないんじゃないか、という疑いも投げかけら
えています。つまり、現代社会でいかに「公」という概念が成立しにくいかを
こららの議論は間接的に示しています。

小林のマンガが流行ったから、つくる会の教科書が通ったから、亀井静香の言う
とおり道徳教育が見直されたから・・・、で解決する問題じゃない。まさに、近代
社会そのものとの「正面対決」の気概を持って欲しい。その意味で、「国家を単位
とした公」を主張するなら、僕が提出した「国家の緩やかな死」(死んでなくなる
という意味じゃない)を分析し、最低限乗り越えてから「公」を語って欲しいという
のが僕の希望です。一応それがこのスレでテーブルにつくための「公」=ルールだと
思いますよ。こういった議論の流れをぜひ尊重していただけるようお願いします。

その後に「コソダテ」の話をw


201 :きゅりお:02/01/18 12:51 ID:jBomMYwV
さらに、「近代との対決」の文脈で、

日本においてはすでに「日本」をテーブルにした「公」どころか、「家族」、「仲間」、「同僚」を
テーブルにした「公」も成立しなくなりつつある。会議室にすら入れない状況も生まれつつある。

ということもいえると思います。議論を保証する「公」の枠組み自体が断絶・分裂によって(意見の相違
というよりテーブルにつくことを要請する問題設定のレベルでの断絶・分裂)揺らいでいる状況をまず
受け入れる必要があると思います。

「テーブル」自体が要請されなくなった状態に対する方法が「テーブルにつけ」では処方箋にも何もなって
いない。小林自身もこの状況への評価が甘いように思えます。

202 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 12:52 ID:xuUGUS3K
>>200

>それに、
>>多くの部分で価値観を共有している前提条件
>といわれている時点で日本男児さん自身も混同されているようです。

このツッコミは予想しておりました(笑)。「国家の緩やかな死」を無視している
訳ではないんです。何ていうかなー、うまく表現できないんですが、死につつ
残るものを探り当てたいというのが私の気持ちなのです。死を否定しているのではなく。

それと同時に死ぬことで形成される国の枠と違った新しい価値観を考えてみたいのです。

うーんちょっと違うな、この辺りが私の力量の足りなさですね。

>>194 で名無しさんが言いかけた「何か」に私の考えとの一致がうっすら見えたのですが・・・。


203 :きゅりお:02/01/18 12:56 ID:jBomMYwV
>>201 補足
>「日本」をテーブルにした「公」どころか、「家族」、「仲間」、「同僚」を
>テーブルにした「公」も成立しなくなりつつある。

このスレでやっているような議論を「家族」、「仲間」、「同僚」の間で果たして可能かどうか・・・。
それが論証になっていると思います。

従って「公」の喪失の状況を「倫理的に解決しようとする」処方箋はがん患者の患部に消毒液を塗っている
ようなものだと思えてならないんですよ。病症に対する分析が楽観的すぎると感じます。

204 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 13:02 ID:xuUGUS3K
>>201

>日本においてはすでに「日本」をテーブルにした「公」どころか、「家族」、「仲間」、「同僚」を
>テーブルにした「公」も成立しなくなりつつある。会議室にすら入れない状況も生まれつつある。

やけに悲観的に見えてしまう文脈ですね。「同僚」のニュアンスは何となく分かるのですが、
「家族」「仲間」まで分裂して、人って生きていけるのでしょうか?実際に確かに分裂している
実状も(一部で)確かにありますが、その先にある社会って、果たしてあるのでしょうか?
私の感覚では不毛の地の様に思えてしまう・・・。

205 :きゅりお:02/01/18 13:06 ID:jBomMYwV
>>202
僕も「何が何でも死なせたい」わけじゃないんで、理解してくださいねw

名無し2さんが提出予定の国家における「アイデンティティの問題」が最後の
決戦場になる気がしますよ。「残るもの」とはそれじゃないですか?

つーか、僕も「アイデンティティ」を焼き尽くしたいとは思っていないw
ただ、その可変性を確保しないと、マイノリティの立場/権利が危うくなると考えています。
民族的なものだけじゃかく、階級的、精神的なマイノリティ<日本人に帰属意識を感じられない層、
役割論で言えば、常にこの層は存在するでしょうお>を含めてね。

「可変性」が確保されてしまえば、伝統主義の「漸進主義」にしたって、マルクス主義の「歴史の必然性への収れん」
にしたって、違うのはベクトルの大きさだけで方向性ではない<もちろん『ズレ』はあるでしょうが>。

ここで、「論点消失」になるんじゃないかと考えています。繰り返しますが、俺は「日本人」好きだし、プライドも持ってますよw

206 :きゅりお:02/01/18 13:09 ID:jBomMYwV
>>204
忘れないで下さい。「理論においては悲観的であれ、実践においては楽観的であれ」(A・グラムシ)。
「連鎖公共性」はこうした「公」の復権に対する僕なりの処方箋ですよw

207 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 13:10 ID:xuUGUS3K
>>205
その辺りのニュアンスは、先のやりとりで私もよく分かったので、ちょっと
気楽になれたんですよ。
又、時々顔を出しますね。現場に復帰します。

208 :きゅりお:02/01/18 13:17 ID:jBomMYwV
>>207
さらに、小林が日本の国家の物語性を再評価するのは分かるんですが、
その一方で中国、朝鮮に対する攻撃も繰り返しています。
<不当かどうかは一旦おきますが、少なくとも誤解を招く表現があまりにも多いことは
指摘されなければならない>

これによって、マイノリティの危機を感じる論者も多いでしょうね。
「小林は本当に多元主義者なのか?」という疑いが生まれるのもこのせいでしょう。

というか、小林自身アイデンティティの「排他性」に気付いていないんじゃないかなあ。
無垢というか、無防備というか・・・。

209 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 14:26 ID:xuUGUS3K
>>208

>マイノリティの危機を感じる論者も多いでしょうね。

その辺は私も同感ですね。「悪魔化」し過ぎ、ということで。
漫画表現だからしょうがないのかなあ・・・。最近の標的はアメリカですね。

>小林自身アイデンティティの「排他性」に気付いていないんじゃないかなあ。
小林の考える「アイデンティティ」の正体は、まだ私も図りかねています。
戦争論2の最終章程度で止めておけば割とすんなり理解できたのですが・・・。

210 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 16:39 ID:xuUGUS3K
ちょいと時間が出来たので。

「共有する価値観」について。これは割と私はシンプルに考えていまして
まだしばらくは「国」の設定が可能なのではないか、と考えているんですよ。
例えば極端な例で行けば裸では外を歩けない、とか親孝行とか一生懸命物事に取り組む
のは「イイコト」だ、とか(そうじゃない国もたくさんありますよ)我々が無意識のうちに沈殿する
割と原初的な価値観を私はイメージしています。

「緩やかな死」を考える中で核として残りそうな価値観を探ってみたいという気持ちがあります。
科学的にこういうのって解明できるんですかね?でも多分これは先の話ですね。

211 :名無し2:02/01/18 17:53 ID:2sfv7eNt
>>195
あ、違うと言ったのは、国家のプレゼンスが低下することが違うという意味ではなくて、
俺が言いたいのは、個を確立する糸口として、現状では国家についての
議論を経由しなくてはいけないのではないか、ということ。

つまりね、公は自分以外の人と向き合うなかでしか現れないんだけど、
国家が所与として駄目という前提があるせいで、
自分を超えた関係に目を向ける道筋が断たれている、
その道筋に歪みが生じているのではないか、と俺は思うわけ。

自分を超えた関係性として、自分が向き合う人々は誰か、
そういう風に、いわば自分から上向きに、自分を含めた関係を考えていく場合に、
その道筋に「国は駄目」という前提があるせいで、
素直に上向きに考えられなくなっているというか。

家族も会社も学校もOKだけど国は駄目、という感じだと、
許される公は、国からのネガとして定義されざるを得ないよね?
国の否定形としてしか公が定義されないとなると、
その内実は「とにかく国じゃないもの」として、その都度「日本的なもの」からの
差異化を図ることで求められるしかない。
これは終わりの無い探求に終わる気がする。

まず、そうした歪みを取り除くために、
日本に圧倒的に存在するオーソドックスなものを認めよう、と。

つまり、議論のポイントが少しずれている気がする。

212 :名無し2:02/01/18 18:10 ID:2sfv7eNt
>>198
>小林の上では「私」は表に出しちゃ基本的にいけないもの。例えば「こいつ
>殺してやる」とか非世間的な欲望のままの個人の内実を指していて、一方「個」は
>「公」を形成するための要素として捉えているように思います。

>例えば戦争論では「倫理ある個はやせ我慢からしか生まれない」
>などといっていて、お互いが「私」を押さえて我慢しあって形成する「個」同士で
>なんとか形成できる場が「公」であるといっているように思うのです。
これはそのとおりだと思う。

ふと気になって、昨日アレントを少し読み直して、
それから「国家と戦争」を読み直してたんだけど、
小林の言う公は、実際アレントそのままだと言うことに気がついた。

アレントの言う公は、演技の空間で、私的なものを入り込ませちゃ駄目な
ものなんだよね。この演技がやせ我慢ということになると思う。


213 :名無し2:02/01/18 18:16 ID:2sfv7eNt
近代に入ってから、人間の本性なり本質というのがあって、
それを集めて公ができる、という考えが登場すると、
そうした、人々の間で演じている自分は「本当の自分じゃない」ということになって、
私的な隠れたところにまず本当の自分があって、それを見つけなくちゃいけない、
となった。つまり、人々の間に見られている自分は「表象(re-present)」で、
内面に「提示(present)」されるものがある、と。

アレントは、そうじゃないんだ、人々の間に現れているものの裏に
本当の自分などない。公的な舞台での「現れ」こそが自分なんだ、と言う。
隠された本質という考えを拒否する。現れこそがすべてだ、と。

人々の間に現れていない部分、光の当たらない部分に本当の自分を
求めるということは、ある意味で絶望的な企てだ。
なぜなら、光を当てて取り出したとたんに、それが「表象」で、さらにその裏に
何かがあるように思えてくるから。

この辺が終わりの無い自分探しということにつながるかな。

アレントについては、
小野紀明,1996,『二十世紀の政治思想』(岩波書店)、
仲正昌樹, 2001, 『法と法外なもの:ベンヤミン、アーレント、
デリダをつなぐポスト・モダンの正義論へ』(御茶の水書房)
とかがすごいわかりやすいと思う。

一応以前『人間の条件』とかいろいろ読んだけど、もう忘れたなー。

214 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 18:23 ID:xuUGUS3K
名無し2さん。議論を整理いただいてありがとうございます。

>>213
>人々の間に現れていない部分、光の当たらない部分に本当の自分を
>求めるということは、ある意味で絶望的な企てだ。

この辺り「国家と戦争」では福田が「地下室の日記(でしたっけ?」辺りを
例に出し、人間の内面(欲望)を徹底的に追及すると、不毛しかない、という結論に
ドフトエフスキーは至ったという下りがありましたね。
この辺り、私も同感でした。

215 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 18:26 ID:xuUGUS3K
>>211
こちらも私の感覚と一緒です。国家を「拒否」のみする指向性に小林は
歪みを逆に感じて、カウンターで提示しているように思うのです。
「公」についてちゃんと全体図を見とれるように、今まで一番欠けていた
所を補修するようなイメージです。

最近は何だか行き過ぎている気もしますが(笑)。

216 :名無しかましてよかですか?:02/01/18 18:27 ID:abY9W3mv
親愛なる2ちゃん住人様へ
この掲示板どうにかして下さい
http://6816.teacup.com/s470604/bbs

217 :名無し2:02/01/18 18:29 ID:2sfv7eNt
>>198
>特に日本の場合、先ず「日本語」という共通理解
>をする上で便利な道具があり、又多くの部分で価値観を共有している前提条件が
>整っているから詰めやすいだろう?という提案ではだったのではないかと
>解釈しています

同意。俺もまったくそのとおりだと思う。
ただ、何が共有されているか、というのはあくまで「見込み」にすぎないと思う。

テーブルというのは、2chならスレに近いと思う。
俺が「よし、このスレは受けるに違いない」と思って立てても、
ドキュソ扱いされて荒らされるかもしれないし、盛り上がるかもしれない。
どこまでいっても、事後的にしかわからない。

つまり、何が共有されているか、確かめるには
実際に何か話題を提起して、それに飛びつく人が居たときにのみ、だと思う。

>>200
>価値中立的なドライな概念で、
>コミュニタリアンの「公共性」の議論にもつながります。僕の「消極的
>公共性」よりさらに「機能」を絞った概念。

うーん、コミュニタリアンの公共性って価値中立だったっけ?


218 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 18:36 ID:xuUGUS3K
>>217
>ただ、何が共有されているか、というのはあくまで「見込み」にすぎないと思う。

確かにこの見込みについて、小林は高く見積もりしすぎている可能性は
ありますね。

219 :名無し2:02/01/18 19:01 ID:2sfv7eNt
>>201
>「家族」、「仲間」、「同僚」を
>テーブルにした「公」も成立しなくなりつつある。

近代との対決、という文脈で、確かにこの問題も考えなくては
いけないと思う。

ただ、何か思ったんだけど、このスレでのテーマって、
それだけでもう一冊の学術論文が書けるくらい壮大なものだと思う。

俺もよくわからなくなってきた…。
一応、最近の私的な関係について、後で俺の見解を述べてみる。

>>202
>名無しさんが言いかけた「何か」に私の考えとの一致が
>うっすら見えたのですが・・・。

見えたかな?期待外れじゃなければいいんだけど…。


220 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 19:07 ID:xuUGUS3K
>>219

>>215で回答しましたとおり、かなり見えてきました。

ただ、私の中でまだもう一つうまく伝えられない何かがある
感じがするのですが・・・。この辺りはじっくり考えたいと思います。

私が念頭にあるのは、「戦争論」で小林が表現した個人の成り立ちについて
歴史を縦軸とし、現在の関係性を横軸とした説明がありまして、ずっとここまで
の小林は縦軸部分を重視していたように思うのです。これに絡むのですが・・・。


221 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 19:11 ID:xuUGUS3K
>>219

>ただ、何か思ったんだけど、このスレでのテーマって、
>それだけでもう一冊の学術論文が書けるくらい壮大なものだと思う。

本当にそんな感じですね。Partいくつまで行けば見えてきますかね・・・。

222 :名無し2:02/01/18 19:13 ID:2sfv7eNt
>>205
>名無し2さんが提出予定の国家における「アイデンティティの問題」が最後の
>決戦場になる気がしますよ。「残るもの」とはそれじゃないですか?

いや、予定してないって。俺もわからないよ。
どうなんだろう?

>小林自身アイデンティティの「排他性」に気付いていないんじゃないかなあ
以前の差別論でのこだわりが今どうなってるのか、
俺もすごい気になっている。
最近、小林はちょっと過激すぎるよ。やっぱ。

>>215
>カウンターで提示している
この点は、やむを得ない部分もあると思う。
だって、ゴー宣で香川県の人々限定に呼びかけるとか、
そういったことはできないし。呼びかけるのはやっぱ日本人じゃない?
朝日だって、小林批判の人だって、やっぱ呼びかけているのは
日本人だよね。

「小林のせいで日本人が駄目になる!」という危機感を抱くからこそ、
とやかく言うわけで。
例えばジンバブエで右傾化が進んだとしても、
別に何か言いたくなることは無いと思うんだよね。

223 :名無し2:02/01/18 19:14 ID:2sfv7eNt
>確かにこの見込みについて、小林は高く見積もりしすぎている可能性は
>ありますね。
そうなんだけど、これは難しいと思う。

というのは、これは戦争論で言ってたことだけど、「わしはこう思う」だったら、
「あ、そう、おまえはそう思うのか」で終わってしまう。
「俺にもお前らにとってもこれが望ましいんだ!」と主張しないと、
相手に向き合ったことにならない。


224 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 19:22 ID:xuUGUS3K
>>222
>呼びかけるのはやっぱ日本人じゃない?

そうです。それも私がいいたかった所です。「日本人」を対象に作品を
発表している前提と、その前提での表現の制限については、割り引いて理解して
いかないと「コヴァ」化してしまう・・・(笑)。

>最近、小林はちょっと過激すぎるよ。やっぱ。

何だか特にテロ以降、突っ走りすぎている感は確かにありますね・・・。
日本人のアイデンティティ追求にはそれほど違和感がないのですが、
ちょっと極端に突っ走りすぎているというか・・・。張り切りすぎていると
いうか・・・。素直に構造改革批判を続けてくれればよかったのではないか
と私は考えていたのですが・・・。

225 :日本男児@構造と力読解中:02/01/18 19:29 ID:xuUGUS3K
>>223
そういう意味では、昨日名無しさんが定義した「テーブル」の概念が通底して
いますね。「ゴーマニズム」の定義にも近い話ですね。

お疲れさまです。大変参考になりました。私は一旦離れることにします。

226 :名無し2:02/01/18 19:39 ID:2sfv7eNt
>>225
>大変参考になりました。
そう言ってもらえるとほっとする。

さて、これからシステムと構造について書かなくては…。

227 :名無し2:02/01/19 02:14 ID:7DTxyECO
え〜っと、とりあえずシステムについてまとめてみた。
具体論よりは抽象論になっちゃうけど勘弁して欲しい。

まず、システムなんだけど、結論から言うと、
問題なのは主体というより、システムのコードだと言えると思う。

述べたように、近代においては「外部」が消滅した。
そうするとどうなるかというと、あらゆるものが原理的に
人間による問い直し、選択の対象になる。

伝統とか、超越的コスモロジーとか、自然とか、そういった
自明なもの、所与とされるものが無くなってしまう。
全てを、一々人々がそのつど問い直して解釈しなくてはいけない。

そうなると、膨大な量の情報に人は晒される。
つまり、複雑性が増大する。

そこで、何らかのコードを当てはめて情報を処理する。
どういうコードが採用されるかは、それがうまくいくかどうか、
一定のシステムが成立するかどうかによって偶然的に決まる。
そこには淘汰の過程がある。

そして、一度システムが成立すると、全てはそのシステムの
コードにそって解釈され、処理されていく。
こうした事態が「合理化」とか「道具的理性」とかで
言われていることだと考えられる。


228 :名無し2:02/01/19 02:14 ID:7DTxyECO
例えば狂人は、フーコーが述べたように前近代では、
人間には汲み取れない意味を持つとされていた。
しかし近代に入れば、狂人は人間の基準によって
解釈され、「逸脱」とされ隔離され排除される。

つまり、システムの活動にとって外的なもの、
他者性と言っていいと思うけど、
そうしたものが無くなってしまう。

経済活動も、前近代においてはウェーバーが指摘したように、
経済活動にとって外的な基準、道徳とか宗教とか伝統とか、
そういった基準に制約されていた。

しかし近代に入ると、経済活動は、経済のコードによってのみ
活動を行うようになる。つまり自己準拠的なシステムになる。

そうなると、今度は道徳や宗教や伝統が、経済のコードによって
解釈され、処理される。
道徳や宗教や伝統は例えば商品化され、経済活動を支える
要素となっていく。

この意味で、自己準拠システムには悪魔的なところがある。
それは、反経済的な事柄すら経済活動に取り込んでいく。
何もかもがシステムを稼動させてしまう。
また、システムにとって疎遠なものなら、
そもそもシステムは取り合わない。

結局、システムを揺るがすような他者的なものは無い。

229 :名無し2:02/01/19 02:18 ID:7DTxyECO
早い話、あらゆる女性が自分に惚れていると思い込んでいる
何を言っても聞かない厄介なナルシストを考えればいいと思う。

彼に好意的なことを言えば、「こいつは俺に惚れている」と解釈するし
悪口を言っても「俺のことを心配しているんだ。こいつは俺に惚れている」と
解釈する。

それどころか、女性が何も意図していない場合でさえ、
例えば髪のほつれをなおすとか、そういった何気ないしぐさも
「俺に惚れているかどうか」から解釈され
「こいつは俺に気を使っているんだ」となる。

街行く女性の何気ないしぐさのすべてが
「俺に惚れているかどうか」という基準から解釈される。
相手の女性が「本当は」どのようなことを意図していたのか、
その人が規律化されているか、自由で偶発的か、といった問題ではない。

そもそも、それが人間である必要すらない。
マネキン人形でも良いのだ。彼にとって女性として解釈されさえすれば
それで彼の自己満足システムは稼動する。
問題は、それが彼にとって(システムにとって)
どう解釈されるか、なのだから。

230 :名無し2:02/01/19 02:59 ID:7DTxyECO
俺が「おまえはもてないんだよ、勘違いもいい加減にしろ」と彼に
言ったところで、単なる妬みにしか彼には思えないだろう。

むしろ、言えば言うほど、彼は自分がいかに男性から
妬まれる罪深い存在であるか、確信するようになる。

というより、相手にすればするほど、勝手に解釈していってしまうのだ。

で、俺が彼にがーがー言ってて、ふとある時、
「あ、俺がこいつにおまえはもてないと力説するほど、
こいつは自分が特別な存在だと思い込んでしまうんだ!」
と気づいたとする。

つまり、俺は「システムを支える主体になっていた」わけだ。
「俺は主体化=従属化されていた」ことになる。

「主体化」というのは、こういう時に要請される概念だと思う。
だから、フーコー研究者はありとあらゆるところに
主体化のメカニズムを見出すわけだし、
あらゆるところに権力作用を見出すわけだ。

「主体化」とは「事後的に」要請される概念なのだ、と思う。
この関係を逆転させると、決定論になる、と俺は思う。

あらかじめシステムを支える主体がある、というよりは、
何もかもを取り込んでしまうコードが問題なのだ、と俺は思う。

強引かな?何かあまり自身が無い。遠慮無く突っ込みを頼む。

231 :きゅりお:02/01/19 12:18 ID:bUdlrc+K
早朝まで続いた烈しい飲みのために脳死状態です。回復は夜までお待ちください。
ごめんねw

232 :宮台ばつ壱:02/01/19 18:02 ID:66u0z1Ui
>>名無し2氏
>アレントの言う公は、演技の空間で、私的なものを入り込ませちゃ駄目な>ものなんだよね。

>この演技がやせ我慢ということになると思う。   

>人々の間に現れているものの裏に
>本当の自分などない。公的な舞台での「現れ」こそが自分なんだ、と言う。
>隠された本質という考えを拒否する。現れこそがすべてだ、と。

>人々の間に現れていない部分、光の当たらない部分に本当の自分を
>求めるということは、ある意味で絶望的な企てだ

いわゆるアレントの 公的領域論ですね。人間の生活には私的領域と公的領域
がある。公的領域での、他者との交わりを通じて自らの、特殊性(これは個性とも言えると思いますが)を普遍性に
高める行為そのものに実存を見出す。現れを求めての、交わりへの決断と勇気、これがアレント論の
肝要な部分でしょう。

問題はこの公的領域がなんなのか?なんでしょうが 少なくともアレントは
人々は国のなかにおける「市民」と同じように、世界市民となる事は
できないと言っています。僕がこのあたりでアレントから汲んだものは
アレントが考える公的領域、というのは名無し2さんが言うように
国や民族への公の糸口が何本もたらされている、そんな世界空間のイメージ
でした。公共性のきっかけとしての糸口ですよね。

さしあたりの公 公の糸口 きっかけ
小林の性格からしてこれでも随分やわらかく表現している
と思いますがね。小林よしのりがいやいや公っていうのは、笑えたw
もともと反国家型ですからね。職業柄 
 


233 :宮台ばつ壱:02/01/19 18:14 ID:bi/k45x8
>>名無し氏2
きゅりおに三回殺すといわれ、ヒッキ―君にハンさよ2号
と呼ばれ(つか反さよ君に失礼すぎ)・・・

それでもでてきたのは
名無し2氏の
信念のネットワークが気になったからですね。

結局僕は公共性の背景には
信用>信頼・・・>信仰(宗教に限らず)
に対する人々の要求があると思っているんですが、

名無し2さんの提言したプラグマティズム的な
信念のネットワークという考えの中にいわゆる
「信」という言葉はどう定義されるんでしょうか?

なにぶん日本男児氏同様 修行時間(仕事時間)が
おおく必要なんで 
細切れレスになりそうですが
お願いしまっす。  

234 :日本男児@構造と力読解中:02/01/19 19:58 ID:pdmDStuv
>>232
>>233
宮台さんは、小林は「公」と「世間」をはっきり分けているのは理解していますよね?
「世間」では「個」は生まれない、と主張しています。信念のネットワークもここからは
確かに出来そうにないですし。「世間」の上に「公共性」があるという主張もしています。
どうもこの辺りも含めて整理しないといけない気がしますね。

235 :きゅりお:02/01/19 20:17 ID:bUdlrc+K
>>211
久々のゲロ飲みでダメージでかいっすw

さて、繰り返しになるんですが、
>国家が所与として駄目という前提があるせいで
俺は「公共性の単位として国家を無視していい」なんて一度も言ってないんすよ。
分かってもらえるとうれしい。そして、「国家に向き合わないことが個人の公共性を
失わせた」という分析ですが、これにははっきりと反対したいと思います。
「公共性の減退」の現象は、全体主義的の歴史に対する対処療法として、戦後民主主義を
称揚した日本だけの減少ではない。ドイツの事情はにているにしろ、アメリカ、イギリス
などの先進国、そして途上国の都市生活者・・・、に共通の減少でしょう。これらすべて
の国で「国家に対する後ろめたさ」があるわけではない。例えば、国家=国王に対する忠
誠心、愛国心の極めて強いタイにおいても、都市部での犯罪増加、家族崩壊など「近代病」
に悩んでいます。

この「近代病」を「国家と向き合わないから」という倫理的な問題で語り尽くせないと思います。
やはり、貫徹した私有財産制が「飲み、かつ食う」場で人々の紐帯を決定的に引き裂きつつある、
と見るべきだと思いますが、いかがですか?

人間は「公共性」が生活空間において要請されないかぎり、「公共性」の舞台(入れ物)の中には
帰ってこないのではないですか?それとも、メディア、教育などで復権可能なものだと考えますか?
僕は倫理的対処法は、内臓疾患にバンソウコウを貼るような処方箋に思えてならない。

236 :きゅりお:02/01/19 20:22 ID:bUdlrc+K
>>213
>この辺が終わりの無い自分探しということにつながるかな。
役割論で言えば、現在引き受けている「役割」こそがその人間の実質的な内実だ、と言い換える
ことができるでしょう。現在の「役どころ」に対置して本当の「役どころ」を想定してもしかたがない。
同意です。

しかし、その現在の「役どころ」をスタートラインに、
不断に「構造」、「無意識」の暗がりに踏み込んだ自分への「批判」を受け入れるならば・・・です。


237 :きゅりお:02/01/19 20:24 ID:bUdlrc+K
>>217
>うーん、コミュニタリアンの公共性って価値中立だったっけ?
分かりにくかったですね、失礼。
コミュニケーションの過程(合意に至る過程)を論じるが、その合意内容は論じていない
という点においてです。つまり、名無しさんの言葉を借りれば、「共なき公」ということでしょうか。

238 :きゅりお:02/01/19 20:38 ID:bUdlrc+K
>>222
>「小林のせいで日本人が駄目になる!」という危機感を抱くからこそ、
>とやかく言うわけで。
>例えばジンバブエで右傾化が進んだとしても、
>別に何か言いたくなることは無いと思うんだよね。

そうは言い切れないと思いますよ。ドイツのネオナチ運動に何か言いたくなることはあるだろうし、
米同時多発テロ、アフガン空爆に言いたくなることもある。メディアの国際化、多様化に伴い、
ネットを初めとして情報チャンネルが多元化しています。街の下水道事業に引き寄せた「テーブル」
の設定も可能だし、「アルゼンチンの経済崩壊」のテーブルも可能。拡大/縮小の柔軟性が現代の
特徴とすら、言えないでしょうか。その背景は経済の「グローバル化」を主要因にした意識の「国
際化」を設定できると思います。

※米同時多発テロ、アフガン空爆を巡る「テーブル」はネットにおいて特筆すべき広がりを見せた。
各国の新聞、雑誌などのメディアからコメントが翻訳、引用され、ネット上で情報の比較検討がなされた。
また、様々な専門化が独自の視点で議論に参加していた。既成メディアの枠を超えた「世論」の醸成
がなされ、テロ翌日、既成メディアの主張が定まらない時点で「パレスチナ和平とブッシュの選挙戦略」
という視点で議論がなされていたのは驚いた。

この意味からも、「現代における国民意識」という定義も再設定しなければいけないような気がします。
つまり、国民意識=国内意識とは言えなくなってきている。

※また、昨日の飲みで「ホーチミン在住の日本商社員」の話が出た。ある貿易会社経営者は「日本の社会を
そのままベトナムに持ち込んでいる。話しても車とゴルフの話題ばかり、ベトナムのことを知らない過ぎる。
同席のベトナム人もあくびばかり。日本食ばかりを食べて、ベトナム人の友達もいない。遊びはカラオケば
かり」。せつなくなる話だ。

239 :きゅりお:02/01/19 20:46 ID:bUdlrc+K
>>223
「テーブル」の断絶、分裂の状況をきちんと読み込むならば、そのような状況の中で
どのように再び「テーブル」を機能させるか、の議論がなければならない。

しかし、この板を見れば分かるように「戦争論」を読めば「テーブル」が醸成されるわけでは全然ないようだ。
小林読者に求めたいのはその具体的な戦略。皮肉なこそく「小林読者」こそが前に述べた視野狭窄の傾向から、
むしろテーブルにつくのを拒否しているような傾向もあるように思えます。

つまり、小林の「戦争論」も作る会の教科書も亀井の道徳教育政策も分裂・断絶の現状を
何にも変えてはいないと、言えるんじゃないでしょうか。この状況では、戦略、処方箋の見直しが必要なんじゃ、
ないでしょうか?

240 :宮台ばつ壱:02/01/19 20:58 ID:g+DO70+S
>>234
えーと、タイム制限ありなんで
今日これだけですが
日本男児氏のいうところの
世間というのはどうも国とは違うようですね。

世間/国 あるいは 世間/公共性
は完全には重ならない、ということですか?それなら、同意です。

ただ日本男児氏のいう「庶民の常識」は、一つの公共性の見方
として捉えていますがこれは、この認識でよいですか?



241 :きゅりお:02/01/19 21:04 ID:bUdlrc+K
やーーーと、システム論までついたw
吐き気との戦いなんで、表現がまずかったりしたら、ごめんなさい。

さて、システム論は白状すればルーマンしか読んでません。間違いがあったら、
厳しく指摘してください。よろしくです<すんません>。

さて、後段、フーコーに言及した「主体」に説明は何の異論もありません。これら
構造主義的な「事後に初めて見出される主体」というのは大学時代の読書の到達点でした。
されど、前々スレでも述べたんですが、僕が数年間「現場」に没頭する中でそういった構造作用
で説明できないもの、つまり名無しさんが言われた

>それは前に出たような超越的な感覚、驚きとか怖れとか不安、
>そういった感性によってすでに我々の身体レベルに沈殿している
>意味の地平を掘り返すような美的な活動が必要になる、と思う。
と同じような構造以前のもの、構造に同化しつつ構造の関数作用をプログラミング
しているもの。<これが構造の背景に別の構造を置くという誤謬を招く危険性は承知しています>
されど、がん細胞は「ガン遺伝子」を運ぶガンウイルスに感染して発生するように、
「ガン遺伝子」は細胞の増殖・再生産を司る機能を破壊します。このように構造の一部
でありながら、構造を侵食・破壊して再生させる「機能」はなんだろうか。
この問いが僕が探しているものです。

その意味で、名無しさんが「身体レベルに沈殿する意味」と置いたものを、
僕は「生の志向性」と置いてみました。そしてこの概念によって、構造主義
自体が西欧重視、都市重視の「パラダイム」を孕んでいるのではないか、という疑いを得ました。

しかし、これはまさに「エッジ(周縁)の思想」でまだうまくまとめることができていません。
まだ、暗がりから拾い上げたものの冷んやりと「感触」だけが確かめられているだけです。何とか使える概念まで鍛え上げられればいいですが・・・。


242 :きゅりお:02/01/19 21:30 ID:bUdlrc+K
>>227
すんません、本題からはずれましたねw

>そこで、何らかのコードを当てはめて情報を処理する。
>どういうコードが採用されるかは、それがうまくいくかどうか、
>一定のシステムが成立するかどうかによって偶然的に決まる。
>そこには淘汰の過程がある。
ルーマンは、「社会システム論」は「オートポイエーシス(自己産出)」モデルを
とっているとっていることは有名だと思います。

ルーマンによると、「システム改変」は環境からの「攪乱」を受けたシステムが「構造」
(構造主義の「構造」とは概念が異なる)変化によって産出する要素を作り変えると、
されますよね。また、この環境とシステムの関係は逆に方向でも作用する「構造的カップ
リング」関係としても捉えられます。

つまり、「社会システム」と「心的システム」の相互浸透によって、相互の構造(コード
産出の構造)が書き換えられていくと僕は解釈しています。

ここで、名無しさんは「産出されるコードは偶然で、淘汰を通して適用される」と突然変異はランダムに発生し、
自然淘汰を通じて環境に適応していく、というダーウィンの進化論とパラレルのモデルを使っているように思い
ます。

しかし、ルーマンは<僕が読んだ限りでは>、環境からの「攪乱」を受けて「構造」を作り変える方向性は限定
されている、つまり、突然変異のようなランダム変化ではない、と言っているような印象をうけます。実はこの
点がこの議論の肝だと思うんですよ。つまり、環境からの攪乱を反映したシステム改変と置くか、攪乱とは無関係
のランダムなシステム改変とみなすか、前者であれば産出されたコードは一旦は自律性を持ちますが、後者であれば、
環境(つまりは歴史、構造)に対応した方向性をもったコードを産出する。

さて、どうなんでしょうか?

243 :名無し2:02/01/20 22:54 ID:q15kN6PO
とりあえず、きゅりお氏へ。

>>241
いや、ルーマン読めば十分だと思う。

俺が思うに、たぶん、きゅりお氏が求めているのは、
「メタファー」を生じさせるものは何か、といった問題なのではないだろうか。

デリダか誰かが言ってたように、俺たちの言語使用は、それ以前に
書かれたり言われたりしたことをそのつど引用することによっている。
そして、俺が言ったり書いたりしたことはまた引用されていく。

これが、構造が媒体であり結果である、と言うことで俺が意味していたこと。

で、そのつどの引用にはズレが生じる。そのズレはどこからくるのか、
といったことをきゅりお氏は問おうとしているのではないだろうか?

だとすると、それはもう俺にはわからないとしか言いようが無い。

>環境からの「攪乱」を受けて「構造」を作り変える方向性は限定
>されている、つまり、突然変異のようなランダム変化ではない
この問題について、大庭健が確か『他者であるとはどういうことか』の
中で言ってたと思う。忘れちゃったけど…。何だっけな。

この問題はほとんど「崖から落ちた岩はたまたま落ちたのか、
それともそのように定められていたのか」といった問題に近いと思う。
だが答えはあるのだろうか?

244 :名無し2:02/01/20 22:55 ID:q15kN6PO
>>242
俺は「限定」というのは、コミュニケーションへの接続ということで
理解していた。

システムは結局コミュニケーションの連鎖なわけで、
その意味で、あるコミュニケーションは後続するコミュニケーションを
限定し、その条件となる。

何も無いところに何かを置くだけで、それはすでに限定している。
しかし、それを「方向性」ということに結び付けられるだろうか?

俺と誰かが会話をしていて、ふと俺が「俺たちの会話はこうした
方向性を持っているね」と言ったとする。

しかしそれは、別のコミュニケーションを接続することであり、
その俺の発言に対してコミュニケーションがまた接続するだろう。

会話の方向性についての言及は、それ自体会話を構成していく。
そして意図せざる結果を孕みながら、会話の方向性を変えていくように思える。

こうした事情を考えると、所与として何かしらの方向性を想定することに
意味があるのかどうか、俺は疑問に思う。

俺が思うに、「方向性」という概念は、線形的な時間意識を特徴とする
近代において要請される意味論、概念の一つだと思う。
近代人だけ(あるいはキリスト教など)が、方向性といったことを
気にするように思える。

245 :きゅりお:02/01/20 23:44 ID:M/i4dS8f
>>243
お疲れさまっす。レスありがとうございます。

>「メタファー」を生じさせるものは何か、といった問題なのではないだろうか。

>で、そのつどの引用にはズレが生じる。そのズレはどこからくるのか、
>といったことをきゅりお氏は問おうとしているのではないだろうか?

おっしゃる通りかもしれません。僕は生物学に引きつけて考えていますが、そのその場における
「ズレ」が何らかの集合性を帯び(傾向性)、やがてその傾向性の圧力がシステム改変にいたる
際の因果関係を探したいと思っているんだと考えます。

その傾向性を仮に「生の志向性」と呼んでみたわけです。いずれにしても僕自身よく分かってない。
すんません。

人間の言語活動を発生論的に考えてみると、まさに「生存」に関わるアクチュアルな
問題が潜んでいたと考えます。現在の高度に構造化した言語活動の中ではこのアクチュアルな傾向性は
見えにくくなっていますが、その傾向性が「がん細胞」として機能しているのではないか、というあた
りが今の到達点です。

これが、もしかすると、「身体に沈殿している意味地平の掘り起こし」という部分とパラレル
なのではないかと感じました。

246 :きゅりお:02/01/21 00:01 ID:ehbH366m
>>244
>俺は「限定」というのは、コミュニケーションへの接続ということで
>理解していた。
社会システムの構成素としての「接続」についてはおっしゃるように限定される
ものだと思います。僕が言いたかったのは、環境の「撹乱」を受けて構造が変化を
する際の「補償」において、システムが選びうる「補償」作用はある範囲に限定
されているのではないか、ということです。

つまり、産業革命当時のイギリスで、産業革命と定義づけられた一連の技術・社会の
変革は「システムにおけるランダムな補償作用」ではうまく説明ができません。これ
は環境/システムの相互浸透において、双方の「システムにおいて限定された補償作用」
があったとすれば社会の変化(社会システム)、人間の変化(心的システム)の流れ
を説明できると考えられます。

また、これは予断ですが、ルーマンのポートポイエーシス的システム論はもとは
生物と環境についての観察のインパクトが元になっているそうです。生物学における
ダーウィンの「自然淘汰説」(突然変異はランダムに発生し、自然淘汰を経て環境適用
に優位なものだけが種となる)は実は現在において実験/観察からは一切確認されてい
ないそうです。一方で、ラマルクの「用不用説」(獲得形質は遺伝する)の再評価や、
前述したウィルス遺伝説など進化(システム改変)を巡る様々な学説が入り乱れています。
その意味でも、現代史思想も進化論、量子論、脳研究など自然科学からのインパクトを
もっと大切にしたほうがいいのではないかと、個人的に感じています。

※誤読があったら思いっきり突っ込んでくださいw

247 :きゅりお:02/01/21 00:11 ID:ehbH366m
いずれにしても、
デリダの「誤読」について、「なぜ?、どのように?」という問いはかけが
ないように感じるのはどうしてなんだろう。一番知りたいことなのに・・・。

248 :名無し2:02/01/21 00:52 ID:5EdaLsDl
ちょっと宮台氏へのレスは待ってて欲しい。
いろいろと考えさせられたのでまとめるのが難しい。

>>245
>生物学に引きつけて
うーん、難しいなー。

俺にとっては、人間はやっぱ意味の世界に住んでいるものだから、
生物学的な特性はさほど重要じゃない気がする。

例えば、将来脳生理学が発達して、脳神経の活動を観測することで、
人間が次にどのような動作をするか、的確にわかるようになったとする。

そこで、我々にとって疎遠な異文化の人の脳を調べることで、
彼が次にどのような音声を発するか、的確にわかるようになったとする。

ここで明らかなのは、彼が次にどのような音声を発するかわかったとしても、
我々は彼との対話に参加することはできないだろう、ということ。

彼がそれで何を言いたいのか、それを知るには、そうした音声が、
彼の属する文化において、どういった状況で発せられるのか、
それを知るしかない。

この意味で、そういった生活の状況こそが人間にとって
アプリオリなものだと思う。これは個人史も含めて。

249 :きゅりお:02/01/21 01:03 ID:ehbH366m
>>248
>俺にとっては、人間はやっぱ意味の世界に住んでいるものだから、
>生物学的な特性はさほど重要じゃない気がする。
僕も以前はそう思っていました。「利己的遺伝子?ふざけんじゃねーよ」w
とか思っていましたよ。

しかし、意味の世界が生物的な要請から、つまり、生存環境の拡大/安定という
コードから書かれているとすると、どうなんでしょうね。

とりあえず、臨死体験/宗教体験/アブダクティー(UFO連れ去り事件)は脳の分子
活動の結果だという研究成果が上げられているそうです。
生物学にとって最大の「謎」が「脳」機能。それが解き明かされたときに、「意味」の
自律性は生き残れるんでしょうか?

美学、文学→科学、この流れは科学史を見ればあきらかなような気がします。

つーか、ラングは異なってもランガージュは同じでしょう。
シンガポール人はほとんどバイリンガル、トライリンガルですよ。
この場合はどうるんでしょう?(ちょっと意地悪でしょうかw)

250 :きゅりお:02/01/21 01:18 ID:ehbH366m
というか、遺伝子学、脳研究、文化人類学・・・、意味領域への自然科学の切り崩しは近年
すさまじいものですよ。人間における言語/生物の質的差異なんて案外あいまいなものなんだ
というのが、僕の感想です。

251 :名無し2:02/01/21 01:26 ID:5EdaLsDl
>>249
>美学、文学→科学、この流れは科学史を見ればあきらかなような気がします。
いや、クーンの述べるように、科学と美学の境目がぼやけてしまったのが
近年の科学史の成果のように思える。

理論や概念は、結局、「それを持つことで我々の生活がうまくいくかどうか」
にかかっていて、「世界との一致」にかかっているのではない。
「解き明かされる」とは「それ以上疑う根拠が無くなる」ということであって、
世界のあり方に近づいたりすることではない、と思う。

>生物学にとって最大の「謎」が「脳」機能。それが解き明かされたときに、「意味」の
>自律性は生き残れるんでしょうか?
意味とは生活状況に依存しているのであって、脳活動とはあまり関係が
無いように思える。

俺たちが脳活動をくまなく解き明かし、その結果、
「俺は彼女に一目惚れだ」を「俺は彼女を見てC130神経繊維が刺激された」と
言いかえるようになったとしても、C130神経繊維が刺激されるとはどういうことか、
それを知るには我々の生活状況を知るしかない。

さらに将来的に、我々が遺伝子工学を発達させ、異性という概念が崩壊し、
恋愛という概念が大きく変化したとき、
C130神経繊維がどのような意味を持つのか、
それを知るには、恋愛という概念が変化した生活がどのようなものか、
それを知る以外に手立ては無いように思える。

C130とかは適当ね。

252 :きゅりお:02/01/21 01:40 ID:ehbH366m
>>251
なんか、議論の傾向性が逆転しましたねw

あまり、詰めるべき問題じゃないと思いますので、あいまいに述べるに留めたい思います。
「世界との一致」という概念も僕は生物学的コードで書かれているんじゃないかと
思っています。言語内で処理するには「超越性」を担保にしないと、「世界」は描き出せない。
一方、生物学的には「より大きな集団での矛盾なき生存の可能性」とおくと、これが
「超越論性」のコードではないかとも思えるんですよ。つまり、「世界との一致」とは
「超越的な真理との一致」ではんくて、「将来における種のより安定的な生存の傾向性との一致」
と置いても、「一応は矛盾しない」。

もちろん、推理小説レベルでしかありません、しかし、「面白く」はないですか?

その「生活状況」が「経験」、「記憶」のデータとして脳に格納されているのではありませんか?
「意味」は脳内に格納されているデータから外在する状況(例えば、好きな人にあった)に
応じて様々な表象(イメージ)を喚起して、その表象に応じて言語活動をするとは考えられませんか?

※ごめんなさい、「意味」の地位を貶めたいんじゃなくて、そう「も」考えられませんか、レベルです。

253 :きゅりお:02/01/21 01:41 ID:ehbH366m
名無しさん、独占しちゃいけませんねw
宮台のレスを先にどうぞ、俺のはいつでもいいですよ。
いつもありがとうございます。

254 :きゅりお:02/01/21 01:52 ID:ehbH366m
誤解を招きそうな記述満載ですみません。
「意味」における「真/偽」、「善/悪」の記述に、「将来における種のより安定的な
生の傾向性との一致」が関与しているのではないかというのが、僕の感想です。

「生」そのものが「真/偽、善/悪」を決定するわけではありません。人間がそれらを
選好する場合の判断基準(生の志向性)として機能しているのではないか、という仮説です。

「生存」を「生」と書き換えたのは、時に生物は生存を脅かす行為を種のために選択する
ことがあるからです(ドーキンスの「利己的遺伝子」より)。


255 :名無し2:02/01/21 01:55 ID:5EdaLsDl
>>252
>「面白く」はないですか?
確かに面白いと思う。邪魔するつもりは無いので思索して欲しい。

俺には無理だ…。難しすぎる…。

で、宮台氏の発言についてなんだけど、
「信頼」ということは確かに重要だと思う。

異なった異文化の人と対話をするには、彼らの価値観がいかに
我々からみて常軌を逸したものであっても、
そこには尊敬に値する何かがある、という「尊敬」「信頼」が必要だと思う。

で、これと同じことが「私は誰か」という問いにも言えると思う。
自分に対する尊敬、信頼が無ければ、自己との対話にも向かえない。

自分の中に深く沈殿したものは、折にふれて気持ちとして現れる。
とにもかくにも感じてしまうもの、思ってしまうもの、
それに対して「そこには耳を傾けるべき何かがある」という尊敬、信頼が
無ければ、そうした気持ちに対して真っ向から向き合うことができない。
(鵜呑みにすることじゃないよ?)

この気持ちには「日本的な常識、感覚」も含まれているけど、当然、
自分ならではのもの、地域、それから日本を越えて通じ合うものも
含まれている。それらをひっくるめて尊敬、信頼しなくてはいけない。

で、そういった信頼が日本への不信によって損なわれているために、
日本的な常識への不信を取り除く必要がある、ということかな?

256 :名無し2:02/01/21 02:00 ID:5EdaLsDl
ごめん、今日はもう寝ます。

つまり、常識を肯定する必要があるのは、それが公共性の範囲だからじゃ
なくて、信頼を構築する必要があるから、みたいな感じ。

257 :きゅりお:02/01/21 02:01 ID:ehbH366m
お疲れっす。

258 :名無しかましてよかですか?:02/01/21 02:02 ID:D4IMGQ0M
>>255
昔っから、アイデンティティって言葉がよく分からんかったんですが、
あれって「おさと」っていう意味なんかも知れませんね。

259 :バーチャバカ一代:02/01/21 03:28 ID:tZmmJ23z
ところで、朝日の法則以外に、韓国の法則もあるよね
朝日が付いた韓国は駄目になり、韓国が付いた朝日は駄目になり・・・・
二乗で駄目になるのだろうか(笑)
いや、駄目になるの期待しちゃ駄目だ(朝日はいいけど)
韓国にはまともになってもらいたいんだが・・・・


260 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 09:34 ID:cbJg3JLf
>>255
名無し2さん。どうも考えが色々と整理できてきました。
小林は最近台湾の李前総統と何度か対談し、それを本にまとめていますが、
あれは多分小林にとって都合のよい論をまとめている側面もあるかとは
思う反面、自分の意見は結構押さえた李前総統の哲学本になっているんですよね。

あの本で李氏は、近代の行き詰まりを乗り越えるのは、結局「トラスト」を
如何にして築きあげるか、ということを蕩々と述べています。
その切り口として、日本の場合、「国」という存在を見つめ直す必要が
あるだろうと述べており、実際名無し2さんが述べたようなお話なんですね。

この辺りが戦争論2の流れとつながっている感じが私としてはしています。

261 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 09:41 ID:cbJg3JLf
>>240 (宮台さん)
「公」の概念整理の話でいくと、「世間」は小林の中では「会社」等の個々人の
ステータスを保証する中間共同体の様なイメージみたいです。

従い、世間/国は重なる可能性がありますが、このときの「国」は、公=国
といっている時の「国」とは違う意味合いだと思われます。

世間/公共性は全く別物のものとして捉えているようです。
要は小林の問題意識は「個」の形成ですから、「公」はその視点で捉えて
置かないと、議論がややこしくなる可能性はあるような気がします。

今日はここまでにしておきます。

262 :宮台ばつ壱:02/01/21 14:41 ID:cI0IUjHS
>>名無し2氏

解説ありがとうございます。異文化への視点、 考えをもつ際に
まず自らを育んだ固有の土壌に在る文化を信頼する事、そこからしか異文化はみられない
んじゃないかというテーゼが、僕にはあって、それはいわゆる「自己を知る事で他者を知る」用意なんですよね。


>異なった異文化の人と対話をするには、彼らの価値観がいかに
>我々からみて常軌を逸したものであっても、
>そこには尊敬に値する何かがある、という「尊敬」「信頼」が必要だと思う。

我々からみて常軌を逸した(非合理な)異文化というのは、その文化圏内では
非常に貴重で、ファンダメンタルなものであったりします。それらを理解するために
必要な「信頼」「尊敬」あるいは「敬虔」な感覚というのは、結局自らの内部
にあるものです。僕はある場所にある思想や宗教というものは、その場所に在る
歴史的風土的なファンダメンタルと無縁ではいられないと考えます。(ファンダメンタル
が最優先ではありません。原理主義ではないのでw)

ようするに、異文化の「異文」理解には自からの文化の他文化にはない「異文」を知る
必要があると思います。「異文」はその集団に所属しない者にとってはまさしく暗号です。
その場所である程度関心をもって生きてみないと(生活してみないと)読解できないものだと思います。
自からの生きる文化に興味が沸かないがゆえに異文化との
「差異」にも関心を無くしていく。これは結局、世界ボーダレス化を促進すると同時に
「文化」の意味の喪失へと繋がりかねない。文化文明への「信頼 尊敬 敬虔 」これらの喪失ですね。
これらによって文化そのものが分からなくなる。

というのは考えすぎかもしれませんが(w





263 :宮台ばつ壱:02/01/21 14:48 ID:cI0IUjHS
小林よしのりは戦後あまりにも抑えこまれていた
(様々な史観の影響で/マルクス・東京裁判)
日本人にとってのファンダメンタルなものを
特攻隊のようなかたちでシンボリックに表現してみせた
というのが僕の読後からの認識ですからね。

264 :宮台ばつ壱:02/01/21 14:56 ID:gqyDMmaH
>>261
小林よしのりで僕が
分かりにくいと思っている箇所です。そこは。

中間共同体の認識については
いまいち腑に落ちない箇所も多いです。地域コミュニティ・家族・会社
等やはり個別に語れられるべきだと思うし・・・

特に小林の「会社」の見方は僕に限らず疑問視する人多いんじゃないかな。

なんか一度、江戸時代の封建社会の図で説得試みてたし(笑)
中間共同体が大事なのはわかるんだけどね。

265 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 18:14 ID:cbJg3JLf
>>264
ちょいと時間が空いたので。(多分この話はどこかで「主体論」と重なり
そうな気がするので突っ込んでみます)

小林のいっている事はそんなに難しくないと思うよ。
例えば世間について会社でも地域でも何でもいいのですが、とりあえず会社で考えてみると
会社の内部にも名無し2さんがまとめてくれた「公」は成り立ってしまうよね。
つまり「会社の利益」を追求するために互いが主張しあう場面を想像すればいい。
例えば最近トヨタなんかがハイブリッド車を開発して環境に貢献、といっているのは
結局会社の利益追求の一手法だと思う。

でも「個」を考えたときに、それでは救えないよね。いくら会社で「個」を
磨いたとしても、それが例えば電車で誰かが乱暴されているときに助ける
といった「倫理ある個」にはつながらない。だから結局環境問題等が分かりやすいけど
将来のためにならないような倫理なき行動を会社や地域が起こすことがあり得る。

だから「公」というもっと大きなものを「個」に含ませていく必要がある、と小林は繰り返し
主張している感じだと思う。

誤解をされるのを覚悟で言えば、人の行動を規律化させる「宗教」の様な
ものを多くの日本人にとって無理のない形で探れないか、と言うことを小林はやり始めて
いる気がする。最近伊勢神宮の話なんか書き始めているのはその辺りじゃないかな。

266 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 18:17 ID:cbJg3JLf
こうして考えてみると、宮台さんが問うた

>ただ日本男児氏のいう「庶民の常識」は、一つの公共性の見方
>として捉えていますがこれは、この認識でよいですか?

というのはそうだともいえるけど、ちょっと違う感じもする。
「庶民の常識」で信頼のネットワークは出来そうにないような気がするので。
で、小林が言っているのもそういう事じゃないと思うよ。
ちょっとこの辺りは考えさせてください。


267 :きゅりお:02/01/21 18:35 ID:ehbH366m
しばらく静観しますが、小林のテキスト解釈の問題で、名無しさんと僕の議論で「小林のテキスト自体の解釈と一旦切り話して「公」の概
念を再構成した方がいい」という点が反映されていないのが残念です。

<小林の論点を善意にくみ出して再構成するのはすでに小林のテキストからは大きく離れている方法でしょう。
なぜ、日本人のアイデンティティを取り戻すのに、中国、朝鮮などの国家、文化の批判につながるのかは理解できない。
また、従軍慰安婦、南京事件の描写は明らかに「偏った」資料・視点を使っている。これらを評価せずに
「公」の概念だけをくみ出すなら、それはすでに小林の言説とは言えないでしょう。>

また、倫理、規範から「のみ」実践を語る方法論の危うさはすでに何度も指摘しました。このスレを進めて
いくうえでもこの点の対応をよろしくお願いします。ご協力をお願いします。

毎回、一連の議論が収束した後に、論点が最初に戻ってしまっています。

268 :きゅりお:02/01/21 18:46 ID:ehbH366m
これまで僕が述べてきたのは、

唯物論的な「システム」の担保のない「公」をいくら振り出したところで、
それは「観念のインフレーション」にしかならない。それを乗り越えるためには
「システム」に直接働きかける必要がある。そして、そのシステムを裏書してい
る「貫徹した私有財産制」に対する乗り越えの戦略がない状況で「公」が大事だ
と何度繰り返されても「観念のインフレ」は収まりません。

戦争論や歴史教科書で「近代的な人間像は転回できる」と「信じる」ならば僕は
何も言いませんが、それが現実の直視の姿勢だとはどうしても思えない。

いつも、辛らつな評価で申し訳ないが、これ以上、同じ論点がリセットされるなら、
僕は自分の役割が何だか全然わかりませんよ・・・。

269 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 19:00 ID:cbJg3JLf
>>267
あなたの態度には同意しかねます。(私のレスにもそういったコメントを
出すということは私に対しても異論排除をしているように見えますよ)

あなたの言っていることをまとめれば「自分が議論したいようにしたい」と
言っているに過ぎないし、名無し2さんの「公」定義は、あなたが提示した
「積極的公共性」「消極的公共性」という議題の回答として用意したもので、
側面としては小林のテキストを照らしたものです。

私には私の考えがあって、この話を煮詰めると「主体論」に重なる感触
があったので提示しているのです。

それと「小林のテキスト自体の解釈と一旦切り話して「公」の概念を再構
成した方がいい」と判断しているのはあなただけです。
スレを読み返してみてください。

>なぜ、日本人のアイデンティティを取り戻すのに、中国、朝鮮などの国家、文化の批判につながるのかは理解できない。

この辺りは私も評価していないですよ。ですのでエッセンスを取り出そうとしています。
小林の中国蔑視は私も眉をしかめている部分ですよ。

今日ついでにこの前知り合いから聞いた神道の話もしようと思っていたのですが・・・。


270 :きゅりお:02/01/21 19:09 ID:ehbH366m
>>269
きちんと読み直してください。

>>167
>「そう読める」点を
>論者が洗い出して、再構成する方がいいと思いますよw
同意。

↑名無しさんのレスですよ。

それに僕の不満はあなたたちが僕の提出した論点を考慮せずに「無視」していることですよ。
わざとじゃないんだろうけど、ナチュラルに(1)貫徹した私有財産、(2)テーブルの分裂・断絶・・・
これらを考慮した論理展開をされないのはなぜですか?

不同意なら積極的に「反論」を、同意ならそれに対応した「積み重ね」があって然るべき。
そのいずれかを期待するのが「排除」なんですか?
僕は毎回無視されているような「無力感」を感じますよ。何のために書いてるのかと・・・。

間違っていたら、きちんと訂正を。自分でも気付いてないと思いますけど、このスレの中で
一番ガンコですよw

271 :きゅりお:02/01/21 19:16 ID:ehbH366m
それから、「公」という観念を「有効性」において実践的に評価すると言っていますが、
実際に僕が提出した「公」が成立しにくい条件については一切言及なし。これはなぜなんですか?

「理論は悲観的に、実践は楽観的に」、だけど、理論部分を認識してないただの臆見を僕は「観念のインフレ」
だと評価せざるを得ない。

だから、歴史教科書や戦争論が「実際」に「公」の創出に寄与したんでしょうか、それともこの板のようにむしろ
分裂・断絶を浮き彫りにしているだけなんでしょうか。

<この板で「テーブル」が成立しているスレはほとんどありませんよ。皮肉なことにこのスレがその一つです。
しかし、過去に蓄積された議論の尊重がなければそれは「テーブル」とは呼べませんよ。僕が不満なのは
あなたがたが言いたいことを繰り返すだけで「テーブル」に着こうとしていないことです>

272 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 19:26 ID:cbJg3JLf
>>270
>>「そう読める」点を
>>論者が洗い出して、再構成する方がいいと思いますよw
>同意。

これに沿っているつもりなんですが・・・。上記の意見がそうなっていないように
読めるのですか?

>(1)貫徹した私有財産、(2)テーブルの分裂・断絶・・・
>これらを考慮した論理展開をされないのはなぜですか?

これも上記の話の中でつながっていくんですよ。つまり「公」の概念を
地域だの会社だのといった「中間共同体」と分けて考えていく提案を
小林もしようとしているらしい、という話でつないでいるんですよ。
この辺りを詰めていくとどこかで重なるだろうと言う算段があったのです。
ひょっとすると「公」=「国」の提案の無効化も図れるかもしれない。
まだ判断が私自身もついていませんが。

273 :きゅりお:02/01/21 19:31 ID:ehbH366m
>>270
ちなみに、「そう読める」点というのは、その前の議論で小林の「公」が「テーブル」示すものなのか、
それとも「共同利害」を示すものなのかの議論で、名無しさんは「小林も確かに<テーブルと共同利害を>
混同していると読める部分もある」と下のに対し、僕は確かに「そうも読めますが」がそれは果たして小林の
実像ではないのではないか、読者が「期待」や「思い込み」を読み込んでいるではないかとコメントした部分
に対応します。

つまり、名無しさんが提出した「公」は混同している小林の「公」から使える概念だけを蒸留抽出したもの。
オリジナルそのままじゃない・・・。よろしくお願いします。

274 :きゅりお:02/01/21 19:33 ID:ehbH366m
>>272
は?わざと言ってるの?

>それと「小林のテキスト自体の解釈と一旦切り話して「公」の概念を再構
>成した方がいい」と判断しているのはあなただけです。

「同意」とコメントした名無しさんの意向と反しますが・・・。

275 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 19:36 ID:cbJg3JLf
>>274
ふう。私の意見について名無し2さんに判断お任せしますよ・・・。


276 :きゅりお:02/01/21 19:38 ID:ehbH366m
>>272
おっしゃることはよく分かるけど、小林の「実像」に即するならそれは望みが薄いでしょう。
理由は名無しさんとの議論の中で明らかにした「混同」の問題です。それから、
「使えるもの」だけを拾い出して吟味するなら、それもすでにオリジナルとズレがあるでしょう。
「テキストに忠実に」とずっといっていたあなたの趣旨に反しますよ。
いずれにしても、誤読があったら、きちんと謝罪を。

277 :きゅりお:02/01/21 19:40 ID:ehbH366m
>>275
認めないのね・・・、これほど丁寧に説明してんのに。本当にもう、宮台よりストレスですよ。

278 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 19:45 ID:cbJg3JLf
あ、そうですね。再構成の件は謝罪します。ちょっと勘違いしました。
でももう少し、相手の意見の意図を感情的にならずに汲み取って欲しいな・・・。

宮台さんも明らかに混同した意見を言っているように思えたので、
とりあえず誘導してみたところがあったのです。

>「使えるもの」だけを拾い出して吟味するなら、それもすでにオリジナルとズレがあるでしょう。

これをあなたがやろうとしているように読めたので、これに沿ってみたんですけど・・・。



279 :きゅりお:02/01/21 19:46 ID:ehbH366m
あーあ、もう何でもいいやw

280 :きゅりお:02/01/21 19:48 ID:ehbH366m
>>278
すでに議論姿勢にあるものとは思えません。自分が感情的になっている点認めてたじゃないっすか。

勘違いしていました。でもあなたが悪いんです・・・、←これが謝罪の言葉ですか?お子さんに伝えたい「常識」ですか?
僕は誤読を誤ったとき<でも>っていいましたっけ。

もう、いいや。

281 :きゅりお:02/01/21 19:52 ID:ehbH366m
<でも、どうしてもあなたの文章では指示語の位置が適切じゃなくて、誤読しちゃいますよ>。
これを言いましたっけ?
指摘した方がいと思ったけどやめましたよ。潔くないからw
前回いきなり絡んできたときもそうでしたけど、なかなか誤れない人が「公」を語れるんですか?
<辛らつで悪いけど、2回目ですよ。サッカーならレッドカードです。別にいいけどw>

282 :きゅりお:02/01/21 19:57 ID:ehbH366m
つーか、自分にレスない限りマジでしばらく静観します・・・。

283 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 19:59 ID:cbJg3JLf
>>280
では言い直しますね。あなたの意見を勘違いしたのは謝罪します。
以後気をつけます。

>でももう少し、相手の意見の意図を感情的にならずに汲み取って欲しいな・・・。

これと勘違いの件は別ですよ。私の議論展開をもう少し汲み取って欲しいという
「要望」です。勘違いしたのをあなたのせいにしたいわけではないんです。
あなたがこれまでの議論展開を私が無視していると指摘したので、修正を求めている
と解釈下さい。

>自分が感情的になっている点認めてたじゃないっすか。

今日の議論では全く認めていないし、今日の私は冷静ですよ(笑)。

>あーあ、もう何でもいいやw
>もう、いいや。

これの方がよっぽど感情的に見えるのですが・・・。
っていうか神道の話はこのスレではダメですかね(笑)。



284 :きゅりお:02/01/21 20:09 ID:ehbH366m
では、「貫徹した私有財産によって断絶分裂した近代的人間像を再び
テーブルにつけることができる」具体的な戦略についての言及をおねがいしますよ。
「国家」が決定的処方箋にならないのは、「one of them論」で議論済み、これを
ひっくり返すには「三つの方向性」に反論しなければならない。

それについて、厳しい反論を用意しますよ。

<つーか、本当に謝罪の仕方知らないひとですね・・・、謝罪とは相手に対する真摯な態度でしょう。
サラリーマンやったらなら謝罪中に「でも」ってコメントしたら相手の感情がどうなるか、想像つくで
しょうに・・・、まあいいけどw>

285 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 20:25 ID:cbJg3JLf
>>284
うーん。やはり神道の話がつながりそうですね(笑)。

例えばよく言われることで、日本人って無節操で、年末にクリスマスで盛り上がり、
年始に初詣に行きますよね。こうした宗教的に無節操な理由について
日本人独特の感性があると思うのですが、日本人の意識化に(全員とは
主張しません(笑))神道のエッセンスが封じ込まれているんですよ。

古俗のような形で残されている神道のカミ観なんですが、キリスト教・仏教・
イスラム教と異なり、カミを「お客様」の概念で捉えています。
自分の家にお客様が来たとき一種の「祭り」の感覚で非日常的になりますよね。
そして基本的に丁重におもてなしをしたりする。
これが日本人の裏に隠されているカミ観で、これに極めて近いんです。
先ず、そうした日本人の感性の傾向について「日本人」はこういう背景をもっている
と認識することから私のいいたいことがあります。

念のため、「文明の衝突」的な議論をここでしたいのではないです。

とりあえず第一弾。時間がなくなりました。又後日。


286 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 22:56 ID:cbJg3JLf
>>285

自宅にて、時間が出来たので。

文化人類学的観点から言えば、特にアメリカで顕著ですが、他国の文化
に関心を高めすぎ、「他国を理解する主体」である自国文化についてやや
軽視されてきた感があります。つまり異文化の中に映し出される自分たちを
問題として軽視していた傾向があります。
人類学の成り立ちや特色は、地域や国によってかなり違いがあるそうです。
テロ事件以降、アメリカでも「他文化から自分たちはどう見られているか」
に関心をしめしつつあると言う話があります。

振り返って日本を考えたとき、アメリカと同じような傾向性が感じられます。私が
先ほど話した神道の観念も、多くの日本人に「感性」として存在しても
「認識」まで至っていない感じが私はしています。

ここの議論で交わされているように家族・友人・同僚をテーブルとした
「公」が成立しなくなりつつある現状に立ち向かうとき、先ず、現状の
日本人にかすかに残っている観念を具体的に「認識」し、これが今後の
時代の流れとともにいかに「崩壊」又は「残存」していくかを自覚的に
考えていくか、ということは新しい「公」の姿を考える一つの切り口になるのでは
ないかと私は考えています。

これが第二弾ですね。厳しい反論がおありでしたらよろしくお願いします。


287 :日本男児@構造と力読解中:02/01/21 23:06 ID:cbJg3JLf
きゅりおさん

やはり一言だけ申し上げておきたい。このスレにおいて、かなり論者が
絞り込まれ、論点が元に戻ったり、私の理解が不足していたせいで、
ご気分を害されたことはお詫びしますが、それにしても感情的発言が
多いように見受けられます。

その感情を引き起こしたことはお詫びするよりないですが、感情的発言
がご自分に多いことも同時に自覚し、今後つつしんで頂きたい。

あなたの他者への一方的な見解に気分を害している人もいることを自覚していただきたい。

288 :阿部謹也-社会史とはなにかより:02/01/21 23:27 ID:1fPmhfyY
詩人、高村光太郎は「暗愚小伝」の中で、文明としてのパリを次の様に歌っている。
  私はパリで大人になつた。
  はじめて異性に触れたのもパリ。
  はじめて魂の解放を得たのもパリ。
  パリは珍しくもないやうな顔をして
  人類のどんな種族をもうけ入れる。
  思考のどんな系譜をも拒まない。
  美のどんな異質をも枯らさない。
  良も不良も新も旧も低いも高いも、
  凡そ人間の範疇にあるものは同居させ、
  必然な事物の自浄作用にあとはまかせる。
  パリの魅力は人をつかむ。
  人はパリで息がつける。
  近代はパリで起こり、
  美はパリで醇熟し萌芽し、
  頭脳の新細胞はパリで生まれる。
  フランスがフランスを超えて存在する。
  この底無しの世界の都の一隅にゐて、
  私は時に国籍を忘れた。
  故郷は遠く小さくけちくさく、
  うるさい田舎のやうだつた。
  私はパリではじめて彫刻を悟り、
  詩の真実に開眼され、
  そこの庶民の一人一人に
  文化のいわれをみてとつた。
  悲しい思で是非もなく、
  比べやうもない落差を感じた。
  日本の事物の国柄の一切を
  なつかしみながら否定した。

289 :阿部謹也-社会史とはなにかより:02/01/21 23:29 ID:1fPmhfyY
ここには普遍的な文明としてのヨーロッパに出会った高村光太郎がいる。しかし「出さずに
しまつた手紙の一束」の中で、同じ高村光太郎は、パリについて次の様に書いている。
  僕には又白色人種が解き尽くされない謎である。僕には彼らの手の指の微動すら了解することは出来な
  い。相抱き相擁しながら僕は石を抱き死骸を擁してゐると思わずにはゐられない。その真白な郎の様な
  胸にぐさりと小刀をつつ込んだならばと、思う事がしばしばあるのだ。僕の身の周囲には金網が張つて
  ある。どんな談笑の中団欒の中へ行つてもこの金網が邪魔をする。海の魚は河に入る可からず、河の魚
  は海に入る可からず。駄目だ。早く帰って心と心をしやりしやりと擦り合わせたい。寂しいよ。
ここには、文化としてのパリにふれた光太郎がいる。

290 :きゅりお:02/01/22 01:37 ID:QSNAa+Eo
>>287
僕が論者に対して厳しい批判をする際の「拠り所」についてはサガさんらに何度も話してきました。
申し訳ないけど、繰り返す必要はないと思っています。最初から一貫しているつもりです。

日本男児さんらにお願いしたいのは自分たちの傾向性から「見える部分/見えない部分」に
ついての自覚です。その「盲点」の傾向性についてときには論理面まら、ときには感情面か
ら繰り返し指摘してきました。だから、「構造と力」の読解もお勧めしました。

もちろん、どのような論証スタイルとるかは全く自由ですし、こちらがスタイルを指定
するつもりもありません。されど、議論が成立するには相手に対する尊重/尊厳が必要です。
これは言葉遣いや感情レベルの話しではありません。相手が提出した論点を尊重し、きちん
とそれを吟味する姿勢です。

小林読者に共通に言えるのではないかと思われるのは、「分かりやすさ」流れてしまい、
それ以上の掘り下げを「思考停止」してしまう点だと思います。しかし、議論はまさに「公」
の場による共同作業ですから、相手が掘り下げた地平をさらに自分の批判で掘り下げていく
・・・。この「ルール」がどうしても必要なんです。僕が不満に思うのは、宮台にしても、
日本男児さんにしても、自らの思考スタイルの「盲点」に対する批判が不十分であるために、
相手が掘り下げた地平を「無自覚的に無視してしまう」傾向性なんです。

291 :きゅりお:02/01/22 01:38 ID:QSNAa+Eo
もちろん、これらは日本男児さんらだけの問題だけではない。僕にもそういった「無自覚さ」
はあるでしょう。その意味でもこの傾向性への乗り越えは「自他」を超えてこのスレで訴えたい
ことです。相手に対する厳しい批判は当然自分への批判として帰ってきます。批判とは批判対象と
一緒に自分の血も流す行為です。僕はこれから逃げようという思いはない。従って、大変申し訳な
いですが、このスタイルを今後も変えるつもりはありません。

※「文化人類学的にアメリカ人が異文化に関心を持ちすぎた」・・・という点論証が圧倒的に不足
していると思います。僕の観点はむしろ逆、アメリカ人ほど「自文化の普遍性」という点自分たち
の「文化」に対する自意識過剰が問題だと考えます。
<ここでアメリカ人の価値観形成の場に立ち返った考察が必要になります。日本男児さんの以前の
傾向性では日本人、アメリカ人のパーソナリティ(性格)でストップしてしまい、それ以上の掘り
下げがなかった・・・。よろしくお願いします>

292 :名無し2:02/01/24 01:49 ID:p8Oq9+0f
ごめん、ちょっと最近忙しくて…。

>宮台氏
>自らを育んだ固有の土壌に在る文化を信頼する事、そこからしか異文化はみられない
>んじゃないかというテーゼ
これはその通りだと思う。

>日本人にとってのファンダメンタルなものを
>特攻隊のようなかたちでシンボリックに表現してみせた
こっちにも同意です。

>日本男児氏
公と世間の区別は、たぶん、今日公共性と親密圏という
区別で言われていることに符合するような気がする。

端的に言うと、親密圏も公のひとつなんだけど、
それは、当該の政治共同体において、より少数派の人を、
公的なもののもつ過酷さ、闘争の過酷さから保護する
ものとして捉えられている。

相対的に見てより少数派の人は、やっぱ多くの人に優れたものとして
自らを提示する闘いはつらい。それを保護する、と。

>人の行動を規律化させる「宗教」の様な
>ものを多くの日本人にとって無理のない形で探れないか
これにも同意です。

293 :名無し2:02/01/24 01:50 ID:p8Oq9+0f
で、きゅりお氏へ。
>僕の提出した論点を考慮せずに「無視」していることですよ

この点すごく気にしてて、反論しようと思ってたんだけど、
なかなか言葉にするのが難しくて後回しにしていた。
ごめん。

反論するには、一度、自分なりに近代の問題点を述べなくちゃ
いけないと思ってるんだけど、それが難しくて…。

きゅりお氏の唯物論的な観点はよくわかる。
例えば、自己言及的システムに対しては、「さしあたり」観念の内容を
修正することによっては対抗できない、と言える。

観念をa,b,c…と修正しても、システムはそれをコード(例えばFとする)によって
F(a)F(b)F(c)…と自身の要素として取り込み稼動していく。

しかしながら、きゅりお氏が言うように、有効な手立てをとれば、
ちゃんとシステムに抵抗することも可能だ。
(システムの二項対立コードを脱構築するとか)
だから、厳密に述べれば、人間の観念をあらためることは
まるで有効ではない、ということではない。
ようは、その仕方の問題ということになる。

その意味からすれば、日本男児氏のやろうとしていることの
方向性が所与として間違っているわけではない、と思う。

先に述べたように、唯物論的な観点と観念論は絶縁しているわけでは
なくて、単に「意図」と「意図せざる結果」の問題にすぎないと
考えれば、それですむと思う。

294 :名無し2:02/01/24 01:55 ID:p8Oq9+0f
で、近代についてはちょっと待ってね。

結論から言うと、超越性というか、そうしたものをどのようにして
とりもどすか、ということになると思う。

端的に言えば、近代は安全と統御に支配された時代だと思う。
人々は潜在的に無意味さの脅威を抱えていて、
不安から逃れるために、そこでは予期可能性と安全に
縋りつきがちになる。

原理主義に走ったり、規範的コードを自明視したりして、
不安から目を背けていて、それがシステムの活動をさらに
円滑なものにしているように思える。

なんとかまとめてみるので、もうちょっと待ってね。

295 :きゅりお:02/01/24 11:27 ID:jaa+UX13
>>294
お疲れです、とりあえず続きを楽しみにお待ちしてます(笑)。

296 :日本男児@構造と力読解中:02/01/24 19:44 ID:HFWBwKgv
最近多忙です。もう出てきて欲しくなかったら止めますが・・・。

>>291
>アメリカ人ほど「自文化の普遍性」という点自分たち
>の「文化」に対する自意識過剰が問題だと考えます。

先ず先日の論は、最新の文化人類学会で出てきたアメリカの自省の発言
レポートを元にしました。一方、きゅりおさんの指摘もいえるでしょう。
自国文化の自意識過剰がある反面、その自意識過剰な自国文化について
実は自分たちは何ら客観的に見てこなかった。このため「異文化の中に映し
出される自分たちを問題として軽視していた」という反省の議論となったんだそうです。

正直、もっときつい反論が来るものと思ってましたが・・・。

でこの論をする前に挙げた神道論も、私はきゅりおさんの様な博学な方を想定して
いるのではなくて、一般的日本人を念頭として書いています。自分たちの感性の
根元を自覚している日本人は現代では少ないと思います。これを先ず自覚する
作業は、国家のプレゼンスの低下に伴う今後の自分たちのあり方について考える糸口に
なるのではないか、というのが私の考えです。

297 :日本男児@構造と力読解中:02/01/24 19:50 ID:HFWBwKgv
>>292
名無し2さん。いつも論点整理ありがとうございます。ご迷惑を掛けるようでしたら
今後発言は止めようかと思っています。私なりには結構強い動機をもってこの議論に
参加しているつもりではありますが、どうも力不足な様なので・・・。

>公と世間の区別は、たぶん、今日公共性と親密圏という
>区別で言われていることに符合するような気がする。

そうですね。公共圏と親密圏という言葉は知りませんでした。
その後の解説を見ても確かに符合する気がします。
ここでは公共圏の話に小林は集中させすぎていて、そこでこぼれる
人たちという観点が欠けているということになるのでしょうね。

これは日本に置ける状況を考慮したときに、どちらを優先して取り組むか
という諸個人の問題意識の差異で決まるものなのでしょうね。


298 :通りすがり:02/01/25 12:25 ID:38eV8Tgj
>>日本男児
あんた、根本的に何か足らないような気がするぞ。

299 :宮台ばつ壱:02/01/25 15:13 ID:3SAFzdE+
>>296
日本人ていうか、世界のどこの地域・国でもそうだと思うんだけど
地域間国家間の相互理解のためにまず障害になりやすい
ファンダメンタルなものって、「宗教観」や「死生観」なんだよね。
(もちろん他にもある)

小林よしのりが言ってる、宗教観はもろに民俗神道・古俗神道だから、
要するに「国家」秩序というものが、認識される以前から始まっている民間信仰が
土台になっている。稗田阿礼が天皇制のために利用した文脈(神話)というのは、
そこから出発していて、もともとone of themという感覚は為政者や知識人
だけのものではなかったんだ。あくまでも小林が言うのは、民間感覚 庶民感覚
でが出発点あって、神話>「日本」を認識できたをエリート・知識人の独占物だった
という批判はあたらない。

日本男児氏のいう庶民の常識という分析は、そういう意味で俺は正当な理解だと
思う。そこまでの背景をきちんと認識して読解できない人たちのほうが多いだろうね。
実際。以前に日本男児氏に言ったかもしれないけど、小林の著作物って単純に
書かれている文、普通の読者としての視点が問われる。

これだけ誤読する人間がいるってことは、いかに普通の読者がいなくなっているか
ってことの証かもしれないっすね。





300 :宮台ばつ壱:02/01/25 15:16 ID:3SAFzdE+
>>299修正
>民間感覚 庶民感覚
>が出発点あって、神話>「日本」を認識できたエリート・知識人の独占物だった
>という批判はあたらない。

済まん日本語になってなかったw



301 :宮台ばつ壱:02/01/25 15:31 ID:2IuLC6m9
>>299
天照大神というone
地域地域の神々というthem
ね。

つまり多神教の感覚、地域地域の神々を一神教の感覚のように排斥せず、尊重する
という感覚だよね。

結局、聖徳太子の時代に、仏教と神道が思想として並立できたのも
これらの感覚のおかげじゃないかな。その後、仏を神の一つ(一人?)として
考える思想が流行ったのもね。

302 :名無しかましてよかですか?:02/01/25 16:05 ID:38eV8Tgj
>>301
今でこそメディアの普及によって情報が行き交うので「地域地域の神々」
などという俯瞰的な視点でものを見ることができるが、
当時は地域aの人々はAという神を信仰し、あるいはA'という規律を守り、
地域bの人々はBという神を信仰し、あるいはB'という規律を守っていたわけだから、
各人に排他性がなかったわけではないだろう。

303 :名無しかましてよかですか?:02/01/25 16:07 ID:38eV8Tgj
>>301
>結局、聖徳太子の時代に、仏教と神道が思想として並立できたのも
>これらの感覚のおかげじゃないかな。

この表現は可笑しいぞ。だったら現代はイスラム教もキリスト教も
仏教も天理教も並立できているわけだから、現代人は皆同じ感覚を
持っていることになるぞw

304 :宮台ばつ壱:02/01/25 16:36 ID:pL0JwFcj
>>302
うーん、豪族同士の争いはそりゃあっただろうが・・・。

それはユダヤVSイスラムのような確執ではなかったのでは?

根本的な宗教観の根ざした争いではなかったのではないか?

それに、古俗神道が成立した背景には温厚な農耕民族としての気質
自然を愛する価値観、恐れる価値観というものがあったわけで
集団同士の争いはあっても、それら自然への畏怖心のようなものの
共有が断絶していたというのは、考えににくくないか?同じ森林と
岩清水の文化、島の文化の中にいた民族としては?

305 :宮台ばつ壱:02/01/25 16:47 ID:7ERap5vk
>>303
現代は自然に根ざさないいろんな宗教が
日本を舞台に繁栄してるわけだ。それらの相違から、価値観の相違、感覚
の相違と言うものが民族としての方向性よりも優先されるように
なった。うーん。ちゅーかなんだっけ?303は。もちょい詳しくよろしく。

一神教と多神教の確執は議論のうえで昔からあったし、現代でも問題になるんだけど。

306 :名無しかましてよかですか? :02/01/25 17:35 ID:OYnl8vr6
>>301
>つまり多神教の感覚、地域地域の神々を一神教の感覚のように排斥せず、尊重する
>という感覚だよね。

ところが、国家神道は「神仏分離令」を出して、廃仏棄釈運動
(寺院、仏像、経典などを焼く行為)をやってしまった。
その神仏迫害者が「公」や「道徳」というものを作ったわけだが、
日本が第二次大戦でボロ負けして以降、その影響力を失った。

つまり、戦後日本人の道徳意識の低さというのは、
別に悪いことでも何でもなく、むしろ正常な状態だってこと。


307 :名無しかましてよかですか?:02/01/25 17:56 ID:BDbOgzH4
>>304
恐れる価値観って何?

308 :きゅりお:02/01/25 18:18 ID:vDT7zH0D
国家単位の公共心の成立の可否についての議論は、

共同利害としての「公」→成立しない(争点消失)
共通価値観(感覚)としての「公」→成立しない(争点消失)
議論のテーブルとしての「公」→成立する/成立しない<争点残存>

という状況です。念のため。

309 :名無しかましてよかですか?:02/01/25 18:45 ID:R0kxN6ZF
うるさい道徳がないのは、今の日本が戦前より優れた社会である証拠だな。


310 :名無しかましてよかですか?:02/01/25 19:13 ID:0uREAbqd
>>308

>議論のテーブルとしての「公」

ざっと過去レス読んでみて、この部分にちょっと興味を持ったんですけどね。
この「テーブル」という概念についての掘り下げた議論を読んでみたいです。


311 :名無しかましてよかですか?:02/01/25 21:24 ID:lI2kXfnu
>>310
つまり歴史性や地域性の中で限定された「公」が小林的あるいはアレント的「公」で、
歴史性や地域性を超えた次元に「公」が存在するのではないか、というのがこのスレ
で言うところの「テーブル」なのでは?


312 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/25 22:14 ID:+7rewKWk
 きゅりおの旦那は、人間にとって従うべき価値が多様で、
そのような価値観が限定されない中にあって、いかに、
社会統合のための価値を導き出すか、その社会統合の価値を導き出す場は
いかにあるべきか?という方向に持って逝きたいのかもしれないが(藁
 上記の論点に話を持っていく前提として、善とか、正義とか、
人間の戴くべき価値観というものは、本質的に妄想にすぎなくて、
絶対的な価値なんてものは存在しない、もしくは認知不可能だと言う価値観を
前提としているから、

>共同利害としての「公」→成立しない(争点消失)
>共通価値観(感覚)としての「公」→成立しない(争点消失)
>議論のテーブルとしての「公」→成立する/成立しない<争点残存>

 と煽って見ても、自分と社会が共有できる正しいものが存在すると、
脳天気に信じて疑わない人にとっては効果ないと思うけど(藁
 漠然と正しいものが存在すると考え、それが自分にとって認知可能だと、
信じて疑わない人に、いくら話しあいで約束事(規範)を創造しましょうと
言ってもムダでしょ(藁
 また、仮に正しいものの存在を信じていない人にしても、社会と自分との
峻別ができず、社会の価値に自分を合わせることが正しいと漠然と信じて
いる人たちに、正しいことを決める場を作りましょうと言っても(゚Д゚)ハァ?って
感じなんじゃないの(藁

313 :日本男児@構造と力読解中:02/01/25 22:26 ID:lEXpkvA7
>>312
ここはきゅりおさんの弁護を。
きゅりおさんは多分、我々(のレベル)に合わせて論点を整理してくれているので、
本心で議論したいところとは違うでしょう。恐らく。
私も一度アズマとと対決したいが(笑)、生憎最近忙しくてそれどころでは
ない(笑)。

314 :日本男児@構造と力読解中:02/01/25 22:35 ID:lEXpkvA7
>>306
私が論点にしたかったのは、神道の歴史ではなく、神道の中身と現代
日本人との関連。道徳とは余り関係がない。

一応その例として
>>285 を挙げてみました。ただ、これまでの議論の流れとは外れているので
深入りはもうするつもりはないです。

315 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/25 22:36 ID:+7rewKWk
>>313

 対決したいのなら、お暇なときにどうぞ。
 俺は、コヴァ板と日本史板のアズマすれっどに巣くっているから(藁
 312は、別にきゅりおの旦那を攻撃しているわけでも、煽っているわけ
でもないよ。立場は違っても、恐らくきゅりおの旦那と俺の目指している
ものは、恐らく一緒だろうから。まあ、方法論は違うだろうが(藁

316 :日本男児@構造と力読解中:02/01/25 22:38 ID:lEXpkvA7
>>315
その辺は分かるよ(笑)。私もアズマの人間なので。
おっと馴れ合ったらお互いつまらないね(笑)。

317 :日本男児@構造と力読解中:02/01/25 22:48 ID:lEXpkvA7
>>315
というか、多分保守論説を鏡にしてアズマ理論で煽って楽しんでるんだと
思うんだけど、この板で、その煽りに乗る人っていない気が最近しているん
だけど。ここはアンチが優勢でしょう(笑)。

私が前いたマスコミ板の方が狙い目な気がする(笑)。

318 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/25 23:06 ID:+7rewKWk
>>317

 確かに、ここではリベラルが優勢だからね。
 しかし、アズマを離れた俺の知的興味としては
このスレでやっているような、規範の再構築の
問題や、「公」概念の再生とかに興味があるんだよね(藁
 法治主義だけでは、社会統合としては弱いわけで、
やはりなんらかの理念とか了解事項がなければならない。
そのような、了解事項はいかにあるべきかとか、いかなる
過程で了解されるべきかとか、その辺のところだね(藁
 ところで、マスコミ板では過去に進出しているが、アズマを
そんなにマスコミ板に追っ払いたいのかね(藁

319 :名無し2:02/01/26 00:11 ID:tY9ZEa9i
あーっ、もうわっかんねー!
いったい何が問題なんだっけ?

とりあえず、日本男児氏に。
>力不足
いや、それはまったくとんでもない誤解のように思われる。

疑い無く、このスレでの議論の本線は、日本男児氏らの
保持している論点を巡る議論であって、
俺が提出しているようなものは、このスレでは
せいぜい補論といった位置を占めていると思う。

それどころか、俺がスレを荒らしているように思える。

なおかつ、近代についてまとめてたんだけど、
ますますスレ荒らしになりそうな気がするので、
まずちょっと論点を整理してスレに貢献したい。

320 :名無し2:02/01/26 00:12 ID:tY9ZEa9i
まず、公についての一般的なまとめから行いたい。

・公の範囲はどうやってきまるのか
俺の考えでは、まずあるのは「気づき」とか「応答」といったことだろう。
何かに「応答」する範囲が、まず「公」だと言える。

これは多元的なものでありうるが、今問題なのは、
個の不在を乗り越え、個を立ち上げるような、
より基底的な公は何か、その範囲はどこか、ということかな?

で、基盤や共通性を求めること、なんだけど、
まず俺は、「公→基盤へ」というように考えている。
「基盤→公」は無理。

俺の考えでは、公とはそれによって「近さと遠さ」が
明らかになるものだと思う。
何が私や我々の基盤なのか、何が同一的なものか、は
公の光のなかで明らかになる。

カイシャにせよ何にせよ、まず所与として「同一なまとまり」を見つけ、
さあ、それを超える公を…
ということは、俺にはまったく不可能に思われる。

で、その公の範囲の具体的な範囲で揉めてるんだよね?
ここまでいいかな?


321 :名無し2:02/01/26 00:14 ID:tY9ZEa9i
もう少し狭められるかな。

日本男児氏と宮台氏の論点は前スレの564の宮台氏の発言、
>「無い」所から話しても無駄だと言うなら「在る」所から
>語り始めるべきだろう
この一点に尽きると思われる。

「いまここ」から基盤へと歩みを深め、共通性と異他性を、
「近さと遠さ」を明らかにする解釈学的な営みにとって、
すでに「在る」ところからはじめるのは、俺には妥当なように
思われる。

ガダマーに対するハバーマスの批判は、
俺には的外れなように思われるし、
先入見の肯定を決断主義に結びつける論者(アーペルなど)は、
俺には、「決断しないという決断主義」
に陥っているように思われる。

これについては、宮台氏の前スレ554での発言が的確だと思う。

322 :名無し2:02/01/26 00:14 ID:tY9ZEa9i
で、そうした解釈学的な営みに向かうために、
日本への不信、自己への不信を取り除き、
まず「いまここ」を信頼する必要がある、というのが、
先に俺や宮台氏が述べたことでいいかな?

「間」を立ち上げるために、まず日本への不信を取り除こう、と。

で、在る意味ではきゅりお氏もこれは認めているように思われる。

ただ、きゅりお氏は「身近なところから→広いほうへ」という方向で、
それを距離や規模に求めているが、
日本男児氏も宮台氏は、距離や規模ではなく感覚的な近さと遠さといった意味で
「身近なものからはじめよう」と述べているように思われる。

でも、きゅりお氏も単に距離や規模に求めているわけではない、と。
顔の見える範囲、というのが大切なわけね。


323 :名無し2:02/01/26 00:15 ID:tY9ZEa9i
で、つまり、何がより身近なのか、どこからはじめるのかということかな?
そこで、現在揉めているのは、
「断絶が起こってるから日本大の公からはじめるのは無理」
ということなんだっけ?

これに対して外在的な批判を行えば、さしあたり
「では何故小林について日本人は語りたくなるのだろうか。
小林の主張はテーブル足り得ていないか」
と答えておきたい。

他にも、狂牛病を巡る論争とか最近の雪印でも何でもいいけど、
立派に日本人みんながそれについて思わず何かを
語りたくなるような、「応答」するような出来事が、
我々の「間」に起きている。

我々を結びつけると同時に我々を分けておくようなことが、
十分に起こっているように思われる。
これで駄目?

内在的な批判を行うには、やっぱり近代とは何か、について
述べなくちゃいけないんだけど、何かスレを荒らしそうで
怖いんだよなー。

やたら長くなるしややこしくなるし。
触れずに済ませられるなら触れずに済ませたいんだけど…。


324 :名無し2:02/01/26 00:23 ID:tY9ZEa9i
全然スレに関係無いんだけど、ブルデューが死んだね。

ご冥福を祈ります。

325 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 00:32 ID:6q4PcJ5n
>>名無し2殿

 あのさあ、煽るようで申し訳ないんだが、
もう少し自分の言葉で語った方がいいんとちゃうの(藁
 俺には、「公」の範囲なんてどうでもいいんだよね。
だって、そんなもの仮に確定できたとしても意味ねーじゃん(藁
 仮に「公」の範囲が確定されたとして、その確定された「公」で
何をしたいわけかなあ。「公」の範囲内にいるものは、「公」の
規範にしたがわなければならないわけ?仮にそのような「公」
に「個人」が、従わなければならないとしてだ。その「公」の
ルールと言うものは、どうやってきまるんだよ(藁
 帰属団体とか、帰属意識というものは、俺に言わせれば、
意味ないんだよね。むしろ、重要なのは、適正な帰属意識とか、
適正な帰属団体と言うより、社会とか個人が共有すべき規範を
どうやって決めるかと言うことなんじゃねーのか?
 個人とか集団を束ねる器が、国家であろうが、部族であろうが、
民族であろうが、国家を超えたなにかであろうが、そんなのどーでも
いいだろ。問題は、個人とか集団を束ねる規範の有り方とか、
決め方なんじゃねーのか?

326 :名無し2:02/01/26 00:41 ID:tY9ZEa9i
>>325
決め方ってのは、手続きっていうような意味のことか?

327 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 00:51 ID:6q4PcJ5n
>>326

 まあ、そう言うことだよね。例えば、現在の日本国の
物事の決め方と言うものは、議会制民主主義とかの
間接的に代表を選んだ上での多数決とか、非民主的な
裁判所の裁定とかだろう。
 国家とかでない、もっとインフォーマルな社会的合意
とかを考える時、まったく各人と自由としてしまえば、
「公」のルールなんて導けるわけがない。とすると、
ある程度、オピニオンリーダーが解釈するとか、ある程度の
統一的な解釈が得られるような、規範が導けないようなら、
いくら「公」の範囲や、「公」のルールを議論してみても
そんなものは無駄と言うこと。
 まあ、国家をもって「公」、国家の法を持って「公」のルール
と言えば、問題ないかもしれないが、それでは、国家の決めた
ことは、すべて正しいのか?という発想がでてくる。

328 :名無しかましてよかですか?:02/01/26 01:04 ID:g+9CLI6b
>>325
>社会とか個人が共有すべき規範を
>どうやって決めるかと言うことなんじゃねーのか?

正に「決める」ことのできる「主体」というのがどのように生起するのか、
というのがこのスレの議論のメインテーマなんだよね。
構造主義的に言うなら「決める」というよりは「決められる」と言った
方が妥当だと思うが、このスレの右派はその辺りを理解できていない。
しかし名無し2さんはその辺りを理解した上で右派にも参加できるようフォロー
するために「公」の議論を引っ張ってきているんだと思うが。

329 :名無し2:02/01/26 01:07 ID:tY9ZEa9i
>>327
制度的次元まで話含めるとややこしくなるなー。
っつーか、考えたくねー。

先に述べた発言からすれば、要は「中立公正な正義」に対して
「共通善」ってのが重要なんじゃないの、
その共通善をどうやって構築するかが問題じゃないのか、
ってなことだと考えていいのか?

まず、俺は「何が公の範囲か」というのは、後からついてくる問題だと思ってる。

重要なのは「何が我々にとって望ましいのか?」を提示して競い合うこと、
その過程に踏み出すことが重要だ、と。
「我々は何を望ましいとみなすのか」と。

それが俺が「闘争」っていうことで言ったことで、
で、俺は小林がやってるのがその実践なんだ、って考えてる。

俺がこのスレで言ってるのは所詮そこまでで、
その先を言いたがってるのが日本男児氏だろう。
その共通善の内実について検討しようとしているわけだ。たぶん。

だから、俺の考えでは、このスレで一番先に進んでいるのは
日本男児氏なんだよなー。
そこまでにどうやって辿り着くのか、ってな議論がここで
行われているのだと俺は考えてる。

330 :きゅりお:02/01/26 01:15 ID:+Lba2x4m
「近代病」についての言及が中断のようなのでw、まとめてレスしますね。
リアルタイムに議論が動いているようなので、レスは時間があるときいいです。

まず先日のシステム論に引きつけた「意図」の話。先日も指摘したのですが、
「環境」から「撹乱」をうけた「構造」が変化し、自己産出する「コード」が書き換えられる。
直近のレスでご指摘のように、基本的に日本男児さんの「日本(文化、価値観)の見直し」
に異論はないです。僕もまったくそう思ってます。僕が問題視しているのはその「意図」その
ものでなくて、システム論に引き付ければその「コード」を産出した「構造」に対する「観察」の
視座なんです。

「自己産出コード」のコード内の「意図」による修正はおっしゃるように「構造」による調整機能に
よってやがて取り込まれてします。しかし、コードを相対化することで「環境」への撹乱を「意図」
すればシステム/環境の「相互浸透」によってコードの書き換え(近代の乗越え)は可能に
なるかもしれません。しかし、そのコードの相対化はルーマンによれば、「観察の観察」、つまり、
コードを産出する「構造」においては「見えない」盲点を「見る」ことが必要になってくるという
ことだと思います。

されど、これまでの議論では僕が「貫徹した私有財産制が社会の分裂・断絶を不可避にする」
というテーマに対して前半の「貫徹した財産制」(構造)がナチュラルに無視され、後半の「分裂・
断絶状態」(自己産出コード)のみが語られているという状況だと僕は考えます。つまり、
「観察の観察」という「構造」への批判が欠けているために彼らの「盲点」となっているのではな
いかというう点です。

ここを繰り返し繰り返し指摘してきたというのが実情だと思います。つまり、日本男児らの
「意図」の方向性そのものは問題視していない。

331 :きゅりお:02/01/26 01:15 ID:+Lba2x4m
ただ、名無しさん、ここだけはぜひコメントください。僕もぜひ知りたい。
その「自己産出コード」の信頼性の回復は一体どのような過程でそれの絶対性、排他性への
「逸脱」を回避できるんでしょうか。「観察の観察」という「批判」を抜きにしてその「意図」だけを
肯定するならばこのような「逸脱」簡単に下記のような問題に結びついてしまうのではないかと
危惧します。

不況、失業を背景にした欧州の極右運動、「文明の衝突」のイデオロギーを背景にしたアメリカの
右傾化、そして、日本においてもバブルによって急拡大、後に急縮小した「パイ」からこぼれ落ちた
疎外層が急速に右傾化する傾向をしめしています※。

これらの問題に「観察の観察」なき「自己産出コード」の信頼回復はどのように作用するんでしょうか。
僕は無制限の「危うさ」を感じざるをえません。

※は後日、論述します。

332 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 01:15 ID:6q4PcJ5n
>>328

 しかし、むしろ重要なのは主体ではなくて、主体の決める「規範」
とその「規範の決め方」だろう。
 国家であろうと、民族であろうと、会社であろうと、主体なんて
なんでもいいだろ。仮に国家や民族だとしても、そのような主体が、
どういう方法でどういう規範を導き出すかと言う議論こそが重要
なんでないの?
 ウヨク・保守は、まったくこの点に関して何も考えてねーんじゃねーの。
仮に規範を国法と同一視するとしても、国法を決定する過程で、
多数決がいいのかとか、多数決から留保すべきことはないのとか、
多数決の留保事項はどのような基準できめればいいのとか。
いろいろあるだろう。どうやら、保守とか、ウヨクというのは、伝統が
重要らしいから、伝統的なことがらについては多数決の留保事項に
なるんだろ。だったら、その伝統とは何か?とかいろいろ切り口が、
あるだろう。

333 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 01:16 ID:6q4PcJ5n
 俺が思うに、ウヨク・保守と言うのは、「規範」というものをまったく
考えていないね。このスレッドでも容器の問題に終始しているだけで、
規範についてこれっぽちも考えていないだろう。
 現在の日本国のシステムを持ち出せば、多数決原理を主として、
人権などの多数決原理から留保される事項を設定し、それを自然権とか
自然法を根拠に補強している。
 ウヨク・保守が、国家のあり方を変えたいとか、国家について論じたいと
言うなら、むしろ、上記のような既存の国家システムについて論評すべき
なんじゃねーのか?

334 :e:02/01/26 01:16 ID:aefOyAMs
>>329
公の範囲や従うべき共有規範は偶然により決まるけど、大きな流れに沿う。
だから、闘争により流れを作る事は重要だ、という解釈でよいですか?

#全然判っていないかも…

335 :きゅりお:02/01/26 01:22 ID:+Lba2x4m
>>320
「基盤」の概念が後のカイシャの例に考えても今ひとつ分かりません。

また、

>まず俺は、「公→基盤へ」というように考えている。「基盤→公」は無理。

の理由も少し分からない。カイシャという生産関係の単位に放り込まれることで、「公」は
生じるのではないですか?入社する前はその会社のことなんてどうでもいいしw

「公」の発生論的な過程について議論してるのかな。誤読もしんないので、ご指摘を。

336 :名無し2:02/01/26 01:22 ID:tY9ZEa9i
>>329はあくまで俺個人の考えね。きゅりお氏が激怒しそうだなー。

>>328
うーん、ぶっちゃければね、ギデンズっていう社会学者が
構造主義的な構造概念なぞ何の役にも立たない、って言ってるんだが、
俺もそれに同意なんだよね。

主体なんて、どこから来るか云々する以前にすでに居るわけで。
そこからはじめましょう、と俺は言ってるわけ。

337 :きゅりお:02/01/26 01:30 ID:+Lba2x4m
>>323
それは「日本以下」の単位でも起きてるし、「日本以上」の単位でも起きている。
昨年のワイドショーで一番長く取り上げられた問題は「米同時多発テロ/アフガン空爆」でしたね。

つーか、言っている意味は分かるんだけど、名無しさん、何か紅白歌合戦や高校野球をみんなで見るためには
どうしたらいいか、について言ってるように「も」思えるんですよw

まあ、でも僕はサッカー狂なんで今年4月以降は日本男児さんよりも激しい「ナショナリスト」に
なってますがw

どうなんでしょうね。

338 :名無し2:02/01/26 01:31 ID:tY9ZEa9i
>>330
>「貫徹した私有財産制が社会の分裂・断絶を不可避にする」
>というテーマに対して前半の「貫徹した財産制」(構造)がナチュラルに無視され、後半の「分裂・
>断絶状態」(自己産出コード)のみが語られているという状況だと僕は考えます。つまり、
>「観察の観察」という「構造」への批判が欠けているために彼らの「盲点」となっているのではな
>いかというう点です。

うーん、観察の観察はわかる。
だが、社会の分断は「機能分化」の問題であって、
私的財産制の貫徹の問題ではないように思えるのだが。

さらに言えば、俺が言おうとしていたのは、
近代においては諸個人も自己言及的システムになると言うこと。
近代において初めて「自分が誰か」が外的基準から切り離され、
自分が誰かを自分で決めなくてはいけなくなった。

そして自他において自明視されるカテゴリーが消滅するにつれて、
他者関係からの強い忌避傾向が現れる。
何故なら、他者関係は端的に言って、自己のコントロールを超えているから。

自分が他者にどう提示されるか、それは自己の制御を超えている。
自他ともに自明視される準拠点があれば、ある程度他者にとっての自己を
自分で操作できるが、それが無くなれば自己は自己のコントロールを
超えやすくなる。

そこで他者からの強い逃避傾向と、いっそ逆に、自己へのこだわりを
捨て去ってみせる「クール」とか「〜みたいな?」という言葉遣いに現れる
「自己操作を捨て去ることによって自己を制御下におく」試みが
現れるのだと思っている。

339 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 01:35 ID:6q4PcJ5n
 主体を議論しても無駄なような気がするんだよね。
 仮に「公」の範囲が確定できたとしても、そんなもの意味ないし。
「公」の範囲が決まればその決定に人は従わなければならないかとか、
従うべきであると仮定したとしても、それでは「公」のルールはいかに
決まるのかと言うところを議論しなければ意味がないと思うんだよね。
 国家が公だとしても、それでは国家の決定事項には絶対に従がわなければ
ならないのかと言う疑問が残るし。
 まあ、社会のアノミー化とそれに対する処方箋として、国家とか社会全体に
統一的価値を復権させることの是非自体を論じたいのかもしれないが、
そう言う文脈で言えば、仮に社会全体の統一的価値を復権するにしても、
そのような価値とか規範はいかにして決めるのか?と言う疑問がわいて
くるんだよね。ここのところをまったく保守・ウヨクの諸氏は考えていないだろう。

340 :きゅりお:02/01/26 01:36 ID:+Lba2x4m
>>336
>主体なんて、どこから来るか云々する以前にすでに居るわけで。
>そこからはじめましょう、と俺は言ってるわけ。

激怒しないんで、続けてくださいw

「始める」のはいいですが「観測者問題」でも観測者の位置の相対化を受け入れることが、
位置の相対化の所与性につながるわけじゃないですよね。始めてすぐ終わったんじゃ、
思考停止になってしまう。その点はどう処理しているんでしょう。

ルーマンもパーソンズ的な社会システムからの「規範」が心的システムに相互浸透するとは
考えていないように思います。

341 :きゅりお:02/01/26 01:44 ID:+Lba2x4m
>>338
うーん、なかなかかみあわないっすね。難しい。

「貫徹した私有財産制」/「社会的な機能分化」の論点はOKです。システム論の
流れで論じましょう。

名無しさんが「心的システム」によって産出された「コード」を問題視するとき、
その「機能分化」に対応する処方箋はどのように描かれるのですか?

342 :名無し2:02/01/26 01:46 ID:tY9ZEa9i
上の議論は、やっぱり大雑把だなー。
自明視されるカテゴリーの消滅には、システムの複合性の増大があって、
それに従い固定的な役割配分の流動化もあるし、
再帰的問い直しの増大によって、ますます自明視されるものが
減少する、ということもある。

…やっぱ整理するよ。がんばってまとめてみる。

>>331
>「自己産出コード」の信頼性の回復
ちょっとこれは論点が異なるように思える。
システムのコードは、規範的なものだ。
規範的予期と認知的予期のルーマンの議論は知ってるかな?

規範的、というのは、それに対して予測不可能なものが現れた場合、
その予測不可能なものの方に責任がなすりつけられる。
認知的予期の場合は、予測不可能なものが現れたら、
こっちの予期を修正しなくちゃいけない。

規範的、ということで代表的なのは「専門知識」だろう。
だから、例えば病院で問題がある場合には、誰も医学に原因があるとかいわない。
問題は、その医者の「人格」か、自分の不勉強に原因があることにされる。

他にも、企業活動や政府活動に問題があった場合は、
それを運営する人の「人格」の問題になっちゃう。
だから、政治家とかの「人格」が問題になったりする。

規範的コードに対する抵抗は、様々な戦略が取りうる。
「男/女」「健常者/障害者」などのコードに対しては、
現在すでにその脱構築が進んでいるように思える。

343 :きゅりお:02/01/26 01:54 ID:+Lba2x4m
>>342
すんません、指摘されている点と>>331の関連性がつかめません。
部分的な言及なのか、全体的な言及なのか・・・、よろしくっす。

344 :名無し2:02/01/26 01:55 ID:tY9ZEa9i
>>331
>不況、失業を背景にした欧州の極右運動、「文明の衝突」のイデオロギーを背景にしたアメリカの
>右傾化、そして、日本においてもバブルによって急拡大、後に急縮小した「パイ」からこぼれ落ちた
>疎外層が急速に右傾化する傾向をしめしています
これは安直に述べるなら、不安の回避、がまず挙げられるだろうね。

「外部」から切り離され自己言及的になった自己は、
絶えず無意味さの脅威を抱えている。
これはルーマンの論点ではないが。

近代人は、だから自己の操作可能性を維持すること、
自己が自己の予期可能を超えないように絶えず気を使っている。
これはゴフマンとかの議論が示す通りだと思う。
自己が、自己のコントロールを超えてしまうことに、強い不安を
抱いているわけだ。

だから、近代に入ってから罪の意識に代わり恥の意識が
主流になる。
恥の意識とは、自己の適切さへの不安なんだよね。
フーコーが描いた自己規律、他者へのまなざしへの不安は、
このことを言っているのだと思う。

さしあたり、不安の回避、ということで。
本当は、アレントやセネットの言う「親密さ」の議論が
関わってくると思うんだけど。
この点はややこしいから置いておきたい。


345 :きゅりお:02/01/26 01:56 ID:+Lba2x4m
つーか、仕事やばくないっすか?
俺は通勤時間0なんでいいけすけど、無理しないでゆっくり論じましょう。
俺は二本男児さんも宮台も排除しようと思ってないっすよw
ただ、なぜ「観察の観察」が必要なのか、「盲点」があるうちは気がつかないでしょう・・・。

346 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 01:57 ID:6q4PcJ5n
>>342

 結局のところ、状況分析してるだけなんではないのか?
自己の属性とか自明性の喪失とかを問題視しても、ではそれにいかに対処するのか
とか、それを前提にして、いかに社会統合を果たしていくのか?または、
社会統合は不可能だとか?なんらかの処方箋とか、結論はないのか?
 名無し2さんの議論は、そこのところが疑問として残るよねえ。
結局のところ、自明性とか、自己産出コードを産出してくれるような共同体とかを、
再建したいわけなのか?
 であれば、次にそのような共同体が、国家とか民族なのか?それとももっと
小さな小集団なのか?という方向に行くし。次にであれば、そのような集団の
意思決定、小集団であれば、小集団を社会全体に統合される方法論はいかになされる
のかと言う方向性に議論がいくと思うが?

347 :きゅりお:02/01/26 01:58 ID:+Lba2x4m
二本男児さん・・・w

348 :きゅりお:02/01/26 02:02 ID:+Lba2x4m
>>346
いや、「システム論」は「だったら、なんなの?」の学問なんですよw
だから、それを共有できてもその「読み込み方」によって処方箋には180度の違いがでてくる。
俺も名無しさんの読み込み方にもすで「クセ」のようなものが付いて回る。

「だったら、学ばなくても同じぢゃん」、その通りですw

349 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 02:08 ID:6q4PcJ5n
>>348

 と言うことは、実践・応用ではないのか(藁
きゅりおさんのおとしどころは、なんとなくわかるが、
他の人たちの問題の処方箋と言うかおとしどころが、
このスレ読んでも、さっぱりわからないんだよね。
 なんだか、みなさん単純に国家とか、民族を単純に
帰属主体にして、それをテコにして、公共性を復興させる
ようには読めないし。
 実際のところ、どのような社会制度とか国家の有り方を
考えているのかがさっぱりわからない。まあ、俺が勉強
不足だからかもしれないが(藁

350 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 02:11 ID:6q4PcJ5n
>>349

 まさか、結論がでない、実用性がないからスーベニアだったり?

351 :きゅりお:02/01/26 02:16 ID:+Lba2x4m
>>349
ああ、「ウェッブ的生産関係」、「生の志向性」ねw、まだSFレベルだけど。

そう、あとテキスト解釈の問題もある。常にある言説は常に「有用性/危険性」の
二重構造なんだと思うんですよ。名無しさんとの議論でこのスレでの擁護派の小林のテキスト解釈は
「有用性」を救い出してオリジナルから切り離す方向でなされている可能性があることが
浮かび上がってきた。

「国家」についても同じ、「公」の機能を制限・縮小すること(共同利害、共通観念の生成機能をカットする)
で「有用性」の救い出しが試みられているようだ。

しかし、ここで双方が感じる議論のズレは「有用性」/「危険性」の一方を過大評価することで発生しているよう
に思える。だから、俺は「有用性」のみの評価<現在の論点>には反対。それでは党派性を超えれられない。
という意図で>>331書いたんだけどね、どうなるか。

352 :名無し2:02/01/26 02:18 ID:tY9ZEa9i
>>334
つまり、出発点としては「現在我々が現にこうして生活を行っているということ」
で十分だと思う。

で、何が我々にとって望ましいのか、を決めるにはそれを導きの糸としつつ
「この指とまれ!」と自分が望ましいと思うものを実際に呼びかけてみるしかない。

日本男児氏が
>多くの日本人に「感性」として存在しても
>「認識」まで至っていない感じが私はしています
と言ってるけど、そういった感性の部分を掘り起こすことが
重要だと思う。

で、宮台氏が前スレで
>この健全な民主主義
>のための「選別」の必要性ゆえに生まれる排他性(異論の封殺よりは軽度)が問題だとすると、
>1民主主義、つまり現状の体制を根幹から変革することで公共性を変えるべきか?(全員にとって優れた>ものは幻想だから)
>2民主主義のプロセスの中で状況に応じて公共性を変えていくべきか?
>さがさん他、みなさんにもききたいとこだね。
と述べているけど、俺は2のほうが重要だと思う。

将来的には、日本は分裂するかもしれないけれど、
どのように分裂していくのか、それを見極めるには
まず、日本人全体に呼びかけてみるしかない。

ますますわかりづらくなったかなあ。

353 :きゅりお:02/01/26 02:27 ID:+Lba2x4m
>>352
うーん、
どうしても、「終わりとしての現在」という保守主義の匂いを感じてしまうんですが、
それは間違いなんだろうか。

そこから始めましょうといいつつ、そこから先を語っていない/語れないという
隘路はないのだろうか。

・・・などなど。

354 :きゅりお:02/01/26 02:29 ID:+Lba2x4m
論点ループの予感w

355 :名無し2:02/01/26 02:31 ID:tY9ZEa9i
なんかすげーレスが進んでいる…。
一つ一つ返そう。

>>335
うーん、この辺は日本男児氏のレスに答えがあったような…。
>>265でさしあたりどうだろう?

>>337
>「日本以下」の単位でも起きてるし、「日本以上」の単位でも起きている。
うーん、「以下」の単位については、俺は否定しないんだよね。
もしかしたら東北学とかそういった動きによって
東北地方の人々が「俺たちは東北人だ!」とか
言い出すかもしれないし。

だから、「国家のプレゼンスが低下している」は小林への反論足り得ない
と俺は思ってるわけ。
小林の「我々は何か、我々にとって望ましいのは何か」に対するのは、
別の「我々」を巡る言説であって、だから俺は
「多元性は叙述的には語り得ない、遂行的にのみ語りうる」と
前スレでいったわけ。

普遍性の主張に対抗できるのは、別の普遍性の主張であって、
「多元性を大事にしよう!」とか
「普遍性は成り立たない!」という主張ではない。

356 :名無し2:02/01/26 02:32 ID:tY9ZEa9i
>>339
言ってることにはほとんど同意できる。

重要なのは「普遍性を目指すこと」であって「実際に普遍性が達成される」
ということではない、と俺は思う。

357 :名無し2:02/01/26 02:39 ID:tY9ZEa9i
>>340
うーん、文脈がよくわからないんだけど。

>ルーマンもパーソンズ的な社会システムからの「規範」が心的システムに相互浸透するとは
>考えていないように思います。
うん。人間は社会システムにとって「環境」なわけで。

>>341
>「機能分化」に対応する処方箋はどのように描かれるのですか?
無いよ。

俺が言っているのは
「社会が多元化するとしても、どのように多元化するか見極めるには
まず普遍的な価値を主張し、それに失敗することを通してでしかない」
と言っている。

だから「さしあたり」日本だと言っているわけ。

358 :きゅりお:02/01/26 02:41 ID:+Lba2x4m
>>355
うーーん、厳密にやりましょう。

>>335で言ったのは「公」→「基盤」じゃくなくて、「基盤」→「公」ではないか、
と言う点。「公」の大きさは議論していないと思います。>>265とどのような関係が?

また、「日本以上」の「公」が成立しないという部分も少し不明です。国連における
議論のテーブルは「公」の典型でしょう。ここにそれぞれの国の「世論」がコミットメント
しているのも事実。この場合の「世論」は一旦国内におけるテーブルを経ているわけではない。

「プレゼンス低下」の議論が小林への反論として足りない論拠もわからない。かつてのテーブルの
設定よりも、社会的な機能文化によってテーブルの複数性が増大している以上。プレゼンス低下は
不可避だと思いますが。

というか、やや全体的に論証不十分な論点が多いと感じます。俺のせい?

359 :きゅりお:02/01/26 02:45 ID:+Lba2x4m
>>357
>だから「さしあたり」日本だと言っているわけ。
俺も別にこれが問題とは思ってないんすよ。「観察の観察」が確保されならば<強い付帯条件>。
俺は小林も彼の言説を総合するとこの「観察の観察」が意識できていないと思ってます。
だから、「論点の再構成を」と言ってるんですよ。

360 :名無し2:02/01/26 02:45 ID:tY9ZEa9i
>>345
もうかなり限界来てるね。
もう寝ようかな。

361 :きゅりお:02/01/26 02:47 ID:+Lba2x4m
>>360
はは、お疲れです。俺は朝まで仕事ー♪

362 :名無しかましてよかですか?:02/01/26 10:08 ID:NutakXwY
>>357
「社会が多元化する」、というのはこの場合具体的にはいったい何をさすのですか?
日本国内で、日本の法律の適用が及ばない階層が生まれる、という解釈でよろしいですか?

独り言(スレとは関係ないんで無視してください)
@小林の『台湾論』で、台湾の若者は徴兵制があるから国家の動向に強い関心がある、
という箇所があったのだけど、「自分の命がかかる」とその操作をなす権力には強い関心
をもたざるをえなくなる、というのは言えるのでは。これは公とは関係ないでしょうか?
A近年、マイ・ブームなる言葉が生まれたけれど、結局あれは、現存する私有財産制度
によって起こらざるを得ない資本格差に背中を向けることだったのではないのか、と。
社会に対する不平不満を、自己において内在的に処理する方法であったのではないか。
それは、肯定でも容認でもなくただややこしい問題を忌避しているだけなのでは。

あー、不勉強だ。もっと勉強しなければ。このスレは大変勉強になりますし、勉強への
モチベーションを高めてくれます。コテハンのみなさん、それぞれいろいろあったよう
ですが、私から見れば強い関心を抱かせてくれる言論ばかりです。頑張ってください。

363 :名無し2:02/01/26 18:12 ID:tY9ZEa9i
読み返してたけど、アズマ氏の言っていることがいまいちつかみとれてなかった
ようだ。

>>318のレスに限定すれば、
>法治主義だけでは、社会統合としては弱いわけで、
>やはりなんらかの理念とか了解事項がなければならない。
こっちは「共通善」の重要性を説いているように思える。
で、この「何らかの了解事項」については、宮台氏などが述べているように、
いちいちどこかに捜し求める必要などまったく無く、
現にこうしてわれわれの生活が成り立っている以上は「すでに在る」わけで、
だからここからはじめよう、という議論になる。

ローティの述べるように「他に使える光が無いから自文化中心主義なのだ」。

ところが、>>332とかの議論は、全般的にリベラリズムの見解に近い気がする。
まず、義務論的な「正義」の枠組みを決めて、その枠内のプライベートな領域で、
個々人は好きなように善を探求すればいい、というような感じ。

義務論的な正義をどうやって導くべきか、について代表的なのはロールズだけど、
いちいち言う必要は無いかな。
結局ロールズもサンデルらコミュニタリアンの批判に対して、
自身の理論がアメリカの価値観にのっとったものだということを認めざるを得なかった。

つーわけで、リベラル/コミュニタリアンという図式なら、
俺はコミュニタリアン的前提をとる。

364 :名無し2:02/01/26 20:13 ID:tY9ZEa9i
で、きゅりお氏に対して。

コードは信頼する云々の問題ではなく、規範的なものなんだし、
また、それを文化とかと混同されてしまったら、俺がしつこく
「構造とシステムを分けろ」と言っていた意味が無くなってしまう。

で、コードは正の価値と負の価値とに様々な出来事を振り分け、それ以外の可能性を
まったく排除してしまう、という意味で規範的なものだ。
「法/不法」「真/偽」「愛してる/愛してない」などなど…。
「右翼/左翼」といったコードもこの板にはあるかもしれんな。
レッテル(ルーマン流に言えば「ゼマンティーク」)のおまけつきで。

>「自己産出コード」の信頼性の回復は一体どのような過程でそれの絶対性、排他性への
>「逸脱」を回避できるんでしょうか
これについてだが、コードと言うことで言われているのは、単に「先入見」のことか?
俺が思うに、自明視されたカテゴリーへの執着は、不安からくる脅迫衝動的なものだろう。
自明なものに取り付き、異他的なものに目を向けないようにする。
その意味では、別に生活が不安定になった者だけではなく、
潜在的にはすべての近代人が脅迫衝動に取り付かれる傾向がある。
仕事中毒、嗜癖、共依存、ダイエット狂い、拒食症などなど。

問題は、そうした脅迫衝動を避けつつ自己を安定化させることだろう。
安直な答えになるが。

365 :名無し2:02/01/26 20:14 ID:tY9ZEa9i
>「公」→「基盤」じゃくなくて、「基盤」→「公」
うーん、端的には、基盤というのは意味地平のことで、基盤を求めるというのは
いわゆる解釈学的循環のことをイメージしているのだが。

解釈学的循環については面倒くさいので以下
http://www.wakhok.ac.jp/~harie/2001semi04.htmからの引用。

・解釈学的循環 p71-73
ヒトがテクストを理解するとき、そこには必ず何らかの「先入観」もしくは
「了解(Verstehen)」が働いている。この先入観は、歴史的文化的に出来上がった
ものでもあり、また個人的な体験から生まれたものでもあります。
ヒトは先入観にもとづいてテクストを解釈し、また、その解釈行為によって
当人の先入観そのものも変わっていく。こうした自己循環的なシステムのなかで、
<意味>が出現する。

俺や相手が誰か、ということは公的な対話のなかでしか決めようが無い。
その意味で「公→基盤」と言った。

366 :名無し2:02/01/26 20:26 ID:tY9ZEa9i
>「日本以上」の「公」が成立しないという部分も少し不明です。
多国籍の場合は、他国が問題にしているのは日本という国なのだから、
日本というアイデンティティ抜きで多国籍が成り立つわけが無い。

漠然と、国を超えた人間関係、というなら否定はしないが、
「先了解」のレベルで、いったいどのようにして国籍だけを
先入観の中から取り除くことができるのか、疑問だなあ。

いったい何を取っ掛かりにして対話を行うつもりなのか。

367 :名無し2:02/01/26 20:50 ID:tY9ZEa9i
>プレゼンス低下は不可避だと思いますが。
まず、俺はこれをさしあたり否定しない。

だが、多元性を見据えながら、なお普遍性を目指すというアイロニカルな姿勢を
余儀なくされているのが現状だと俺は考える。
多元性を寿ぐ、というだけなら、それは単なる相対主義だろう。

で、システムへの対抗、ということだが、これは安直にメルッチの
「新しい社会運動」の論点を借りることにしたい。
ルーマンがベックらの環境社会学からの批判において認めたように、
システムの外部として環境問題、身体、死や生、病気といった
倫理的領域が抵抗の拠点として浮上しつつある、ように思える。

生の意味付けをめぐる運動が、システムへの抵抗の拠点となる、というのは、
わりと耳慣れた論点かもしれないが。

で、社会運動に限定せずとも(と言うより、社会運動には批判もあるのだが)
ギデンズが述べているように、システムが私的な生活領域に浸透するほど、
かえって、私的な生の意味付けといった問題がグローバルな事柄に影響を与えるようになる。

で、その文脈で俺はアイデンティティが近代の自己準拠システムの諸問題への
抵抗になる、と考えている。

368 :日本男児@構造と力読解中:02/01/26 21:00 ID:KkprSLM+
ちょっと議論にまだ追いつけそうにないですし、今日もプライベートで
忙しいので、静観させていただきます。
連続投稿規制に引っかからないようにとりあえず間に入っておきますね(笑)。

本当にいつも名無し2さん、議論を丁寧に整理していただいて、感謝しています。
それでは一旦離れます。

369 :名無し2:02/01/26 21:08 ID:tY9ZEa9i
>>362
多元化、という場合「機能分化」と「神々の闘争」というのがあると思っていて、
まず「機能分化」から説明を行いたい。

例えば、前近代においては、真理の探求は道徳とか経済的必要とか芸術的意味とか、
そういったものも含んでいたものだった。

しかし、近代に入ると、真理の探求、つまり科学は、道徳とか経済、芸術、といった
基準から切り離され、「真/偽」というコードによってのみ活動するようになった。
だから科学は、倫理的な問題を一切考慮しない。
科学は科学の基準によってのみ活動する。
それに、ある意味では誰も、科学に倫理的要求が受け入れられなくてもしょうがない、と
考えている。確かに、科学者は非人間的だ、みたいなイメージがあったりするが、
それをやむを得ないことだとも考えている。

こうしたことが「機能分化」というようなこと。
他にも、家計と経営の分離とかも指している。
様々な領域が、独自の基準によってのみ活動するようになる。

もう一点は、上に述べたけど、自己が外的基準から切り離されたということにもよる。
かつては、住む場所、親族、身分とか地位、伝統などによって、
私が誰かはすでに答えが与えられていたし、自分の行う決定は、そうした外的基準からの
影響を受けていた。

それから切り離されれば、逆に、自分が誰であるか、といった基準から、
住む場所、付き合う人、身分とか地位が解釈され、選択されることになる。

だから、別に法律が適用されなくなる、ということではなくて、
法律への解釈の仕方が一様ではなくなる、ということ。

370 :名無し2:02/01/26 21:25 ID:tY9ZEa9i
>>362
>@小林の『台湾論』で、台湾の若者は徴兵制があるから国家の動向に強い関心がある、
>という箇所があったのだけど、「自分の命がかかる」とその操作をなす権力には強い関心
>をもたざるをえなくなる、というのは言えるのでは。これは公とは関係ないでしょうか?
死の問題、というのは確かに重要だと思う。
近代においては、死や誕生、病気といった、システムにとって異他的なものは
隔離され排除される傾向がある。
死刑は公開ではなくなり密室で行われるし、誕生も、最近はどうか知らないが、
機能的な点から、家でではなく病院で、専門家達の手で行われる。
精神病者は隔離される。

そうした、自己について思いをめぐらす契機が排除されていたわけで、
その意味では命の問題は重要かもしれない。
ただ、安直に徴兵制と流れるのはどうかと思う。

>A近年、マイ・ブームなる言葉が生まれたけれど、結局あれは、現存する私有財産制度
>によって起こらざるを得ない資本格差に背中を向けることだったのではないのか、と。
>社会に対する不平不満を、自己において内在的に処理する方法であったのではないか。
>それは、肯定でも容認でもなくただややこしい問題を忌避しているだけなのでは。
「ややこしい問題を忌避」というのは、当てはまるように思える。
けど、ある意味では避けられない面もあると思う。

述べたように、自己が「自分が誰か」という基準によってのみ活動するようになる、
ということは、逆にいえば、「自分が誰か」にかかわらないような問題には
興味を失う、ということでもある。
その意味で、むしろ社会に対する不平や不満は、そもそも持っていないのではないか。
思うに、近年ますます急速に「自己の外部」への関わりを失っているように思える。
アレントの言葉で言えば「世界喪失」と言えるかもしれない。


371 :名無し2:02/01/26 21:41 ID:tY9ZEa9i
>>368
>議論を丁寧に整理
いや、整理になっているのだろうか?
かえって混乱させているのではないかと心配しているんだけど。

372 :日本男児@構造と力読解中:02/01/26 22:27 ID:KkprSLM+
>>371
子供が寝付いたので・・・。

>いや、整理になっているのだろうか?
>かえって混乱させているのではないかと心配しているんだけど。

いえ、語彙・知識が決定的に欠けていてある意味小林同様「直感」
「感覚的」に語っている私にとってはすごく整理になる話ばかりです。

こういう話を二ヶ月くらい続けてきて最近思い始めているのが、やっぱり
どこかで思想を語る「ゴーマニズム宣言」の構造(構造主義の構造ではなく)
の整理が必要かと感じ始めています。

373 :日本男児@構造と力読解中:02/01/26 22:35 ID:KkprSLM+
つまり、ゴーマニズム宣言そのものがどこまで「思想」になっているかは
諸個人によって見解が分かれる所でしょうけど、恐らく現代思想やその他の
思想と決定的に異なるのは、不特定多数の「読者」に自分の意見の真偽を
問う、という構造も見ていかなければならないと思っているのです。

丸山真男あたりが指摘する「知のタコツボ」の内部のみで評価される思想
ではなく、ゴーマニズム宣言は常に「一般社会」の評価にさらされ続けて
きた。「タコツボ」内では無意識・有意識の内に「暗黙の了解」めいたものが
ある中で、ある意味安穏としているような感じが私はします。
それって、本当に今生きる我々にとって生きるヒントたる「思想」足りうる
のだろうか?私はゴーマニズム宣言で評価したいのは、中身よりもむしろ
常にタコツボにはまらずに自分の思想を一般社会に問い続けてきた姿勢
なのです。

このスレでも私はそれが常に念頭にあります。「分かりやすさに流されている
」と批判されても、ある特定の「タコツボ」にしか通用しない「言葉」に何の意味があろうか
という想いがあるのです。

今日はとりあえずここまでにしておきます。

374 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 23:07 ID:vM/dVB59
>>363

 これに関しては、まあそのような理解でいいんでしょ。
基本的な立場は違うようだけど、現状認識と結果は一緒だし。しかし、リベラルの
立場をとるにせよ、コミュニタリアンにせよ、それを統合する社会的な枠組みが
問題になってくるんではないかと言う気がするんだが(藁
 しかし、ロールズところで指摘してされているとおり、中立的な価値を超えた
価値を志向しても、結局はそれも一定の価値にすぎないわけで、それを中立の
名のもとに強制することになるのだし、戦略的にここで深入りするのはヤメとき
ますかね(藁
 しかし、結果としてなんらかの価値を選択しなければ、統合と言うのは無理でしょ。
もし、リベラルでも、コミュニタリアンでもいいけど、社会内の中間団体を復興
させたり、それに人々の帰属意識というものを結び付けていこうとするなら、
それらを統合する価値感というものがいるし、それをなんらかの形で、個人や中間
団体に強制せざるをえないといことになるね。
 まあ、社会統合というものを放棄してしまえば別だけど。既存の国家という
枠組みを維持するなら、個人や中間団体を統合するなんらかの規範というものが
必要になる。それを既存の社会的価値観の延長線上にあるロールズ的正義と
批判されてはみもふたもないが、仮に既存の価値感の押し付けであっても、その
「正義」が開かれていて、議論の中で変更可能であるなら、それでいいでしょ(藁

375 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 23:32 ID:vM/dVB59
>名無し2さん

 結局のところ、保守の人とかと議論する実益と言うのは、規範の決め方の
問題だと俺なんかは思うわけだよね。実益の無い議論しても意味ないし(藁
 例えば、保守の人は、「人々の帰属集団は、国家である。」のような言い方
をするでしょ。すごくあらっぽい言い方なんだけど。でそれに対して、
「帰属集団は必ずしも、国家ではない」とかで議論がはじまる。この場合の議論の
実益と言うものは、保守の人の「帰属集団=国家」と言う言葉の中には、
人々は、国家とか全体の規範にしたがわなければならないとか、程度にもよるが
内心を支配されても止むを得ないという意味あいがこめられているわけでしょ。
 だから、保守の人の「国家=帰属集団」に対して文句を言う人は、帰属集団
は必ずしも小集団だとか、個人の方が国家に優越するとか言うわけで、結局の
ところ、議論の実利というものは、国家とか全体社会に対する個人の従属の程度
とか、個人の内心支配の問題に尽きる気がするんだよね。
 だから、現状分析をいくらしたところで、ここのところの問題、すなわち
個人の内心自由や国家、社会全体に対する従属の程度の問題を議論のテーマに
しなくては先にすすまない気がするんだよね(藁
 結局のところ、リベラルでも、コミュニタリアンでもいいけど、国家と言う
枠組みを維持するなら、なんらかの従属や国家への統合の働きかけを個人や
諸集団に対して、国家はせざるを得ない。それを既存の価値感の強制ととられても、
まあしょうがないけど。従属・帰属の程度問題にすれば、限りなく保守・ウヨクに
立場がちかずくわけだし、その方が実のある議論がしやすいと思うのだけど(藁

376 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/26 23:47 ID:vM/dVB59
 まあ、個人の精神的解放とかそんなのを考えているのなら、また話は別だけど、
つまるところ、保守の人たちの発想というのは、単に帰属主体を国家とすることで、
個人やら中間団体の国家への帰属意識や内心支配の強度を高めなさいと言って
いるだけでしょう。
 ただ、そうは言っても、国家意思と言うものを仮定しても、その国家意思と言うもの
が果たしてどのようなものかと言う問題もある。たとえば、国会の議決が国家意思
なのか?つまり法律のようなフォーマルなものしか国家意思と言うものはないのか
とか。このような解釈で言えば、国民の道徳なんてないということになるねえ(藁
 仮にインフォーマルな国民的道徳と言うものを仮定するとするならどうやってそれを
決めるのかとか?もし、決め方が曖昧であったり、内容が不明確、各人で解釈が
まちまちであれば、それは国民的道徳とはいえないとか。
 ここら辺を議論した方が、どう考えても実益がありそうに思えるんだけど?帰属主体が
国家とか、そうじゃないとか、議論していてもなんか実益がない気がするんだよね。
 そもそも、保守の人の問題関心と言うのは、国家への帰属意識を強化したりとか、
個人の内心を国家への貢献と言う方向性で従属性の方向へもっていこうとしたいわけでしょ。
だから、その辺の実益の議論をほっておいて、主体の問題をいくらやっても意味がない
気がするんだけど?

377 :名無しかましてよかですか?:02/01/26 23:53 ID:+syAOFMa
>>375
>議論の実利というものは、国家とか全体社会に対する個人の従属の程度
>とか、個人の内心支配の問題に尽きる気がするんだよね。

その従属(自覚的なものから無意識に及ぶものまで)の問題を明らかにするために、
このスレではまず構造主義と実存主義の問題が出てきたわけだと思うよ。
しかし蓋を開けてみれば右派は「構造主義」さえも理解していなかった、
という顛末じゃないかな。

378 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/27 00:03 ID:Dbk3lnyi
 とまあ、観念的なことを書いてきたので、少し実用的なことを(藁
 規範の決め方とか言う点で、非常に保守とかウヨクの人たちの
考えていることとか、言っていることに、俺が危惧を覚えるのは、
道徳とか、国家と言うものを持ち出して、国家・社会の意思決定を
曖昧にしようとしているんじゃないかないのかと言うこと。
 例えば、道徳とか、伝統という言葉を、保守とか、ウヨクの人は
使うでしょう。しかし、その場合の「伝統」とか「道徳」という言葉の
意味は必ずしも明確でない。しかし、語法を見てみると、どうやら、
「伝統」やら「道徳」と言うものは、法律とことなりインフォーマルな
社会規範で、それに個人はしたがわなければならないらしい。
つまり、内心の自由はその意味で拘束されるということになるんだろ。
 しかし、「伝統」とか「道徳」と言うものを社会全体で認めるなんて
ことが実際にできるのかとか、現在の法体系では、人権やらの超憲法的価値を
頂点として法律体系を組み立てているわけだけど、その超憲法的価値と
いかに整合性を取るのかとか、疑問噴出なんだよね。
 個人的には、ここら辺を議論してみたいなあ(藁

379 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/27 00:09 ID:Dbk3lnyi
>>377

 だから、主体とか従属性とかを問題にし続けるからでしょう。
 もっと直球勝負で、国家による内心支配の是非とか、
その辺をやった方が、もっと議論が進むように思うんだよね(藁
 別に保守の人たちは、難しいことは言っていないでしょ。
後先考えず、国家への従属(内心の強制)はかなりの程度まで
許されるって言っているだけなんだから。

380 :名無し2:02/01/27 00:40 ID:Sse0N99r
>>373
日本男児氏の言いたいことはよくわかる。
俺は今一番重要なのは、とにかく下から(この言い方はよくないが)議論を
立ち上げることだと思う。
小林を巡る議論の主役は、疑い無く知識人じゃないし、知識人であってはいけない。
この点が重要だと思う。
とにかく、普通の人達に活発に語ってもらわなくては意味がまったく無い。
その過程こそがとにかく重要なのだし、それをエンカレッジしていかなくてはいけない。

我々は何なのか、何を良いと思うのか。結果ではなく、実際に語りはじめることこそが
今とにかく重要なのだと思う。

俺は、小林を巡る議論の盛り上がりを、チャンスだ、と思っている。
これを契機に、日本にも活発な議論の伝統を根付かせなくてはいけない。
俺のモチベーションはとにかくそこにあって、だから、このスレでは所詮、
補論を提出しているに留まっていると思っている。


381 :名無し2:02/01/27 01:36 ID:Sse0N99r
>アズマ氏
>個人の内心を国家への貢献と言う方向性で従属性の方向へもっていこうとしたいわけでしょ
俺も右翼になるの?まあいいや。
個人の内心とはとにかく国家とは相容れないもの、という前提が
アズマ氏のなかにあらかじめありはしないかね?

上で俺はコードについて
>コードは正の価値と負の価値とに様々な出来事を振り分け、それ以外の可能性を
>まったく排除してしまう、という意味で規範的なものだ。
と述べたけど、この場合でいえば「国家/個人」ということになるかな。
その二項対立にあてはまらないものの可能性が、はじめから排除されている気がする。

これは大変私的な話になるけど、例えば野球が好きな奴が俺に
「どの球団が好き?」とか聞いてくるんだが、俺はまったく野球に興味が無いんだ。
だが、彼が「野球が好き/嫌い」というコードに取り付かれていると、
「興味が無い」ということを信じてくれないんだよな。
だから「何で野球を見ないの?」と聞いてくる。
そんなこと聞かれても答えようが無い。何か理由があって野球を見ないことを
選択したわけじゃないんだから。

これは恋愛にも言える。「私のこと好き?」って聞かれて「どちらでもない」と
答えても「じゃあ嫌いなの?」と聞いてくる。
どちらでもないものはどちらでもないんだよ!
だが、相手にとって問題なのが「自分のことを好き/嫌い」ということである以上、
絶対に相手は納得しない。好きでも嫌いでもない、という可能性が排除されているのだ。
だから好きじゃない理由を聞いてくる。
だが、理由があって好きじゃないってことは「嫌い」ということになるわけで、
だから、この質問には答えられないのだ。

話がそれたが、単純に二項対立におさまらないものがあるってことで。

382 :きゅりお:02/01/27 12:54 ID:W73eiuRU
すんません、週末三連飲みです。名無しさん、丁寧な解説ありがとう。
現在、難しいことを考えると即死ねます。レスは来週以降になりますが、よろしくです。

383 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/27 18:08 ID:LUCt4pKw
>>381
>俺も右翼になるの?まあいいや。
>個人の内心とはとにかく国家とは相容れないもの、という前提が
>アズマ氏のなかにあらかじめありはしないかね?

 個人の価値観の多様性と言うものを前提にすれば、国家の目指す価値とは相容れ
ない衝突する部分があるのは当然でしょ。まあ、国家の目指す価値と相容れる部分
もあるんだろうが、そんなものは、考える実益に乏しいだろさ。
 個人の価値と国家の価値が対立する部分があり、その部分の処理において、
国家を優先させるか、それぞれの個人の価値を優先させるかが争点になるわけ
だから、そこを無視して、国家の目的と同じ部分だけ取り上げても実益が
ないように思うのだけど(藁

384 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/27 18:09 ID:LUCt4pKw
>話がそれたが、単純に二項対立におさまらないものがあるってことで。

 しかしねえ、個人と国家の対立の処理を、個人と言うものを国家に従属もしくは、
国家の個人に対する内面支配を強化しようと、保守・ウヨクは何も考えず、主張して
いるわけでしょ。それを、「個人と国家の二項対立ではおさまらない」とか、
近代批判の現代哲学持ちとか出して、個人と国家の間を曖昧にして見ても、
そんなの保守・ウヨクを甘やかすだけだと思うな(藁
 実際に、保守・ウヨクが、「国家」と言うものを持ち出すのは、個人の内心を
国家に結び付けてそれをテコに社会秩序を生み出そうと言うことだから、程度の
差こそあれ、個人の内心を「国家」と言うものによって拘束することになる。
 しかも、それを法律とかではなくて、「伝統」とか「道徳」とかの社会規範
でできると考えている節がある。こんなの許されるわけないだろ(藁
 そこのところを置いておいて、脱近代主義的文脈で、個人と社会との関連性や、
実存主義的禅問答を続けても、そんなのはオウムとか新興宗教を一部の現代思想家が
もてはやしたのと一緒で、馬鹿げたことのように思うのだが、と煽ってみる(藁

385 :日本男児@構造と力読解中:02/01/27 18:21 ID:xeogP7We
今日も忙しいが、とりあえず最近のトピックスから・・・。

>>383
>まあ、国家の目指す価値と相容れる部分
>もあるんだろうが、そんなものは、考える実益に乏しいだろさ。

そこが君の思考の限界だな(笑)。
と逆に煽り返してみる(笑)。

その「そんなもの」を今まできちんと考えてきたのかなー。国内でも
これまでほんの一部なんじゃないか?
だから別にその「そんなもの」で縛ろうというのではなくて、そこを
ちゃんと見ておかないと、何も考えが生まれないんじゃない?
無から有は生まれないだろう?

というのが単純にいえば私の主張なんだが。自分は特にナショナリスト
のつもりはないけど、こういう事いうと、そういう扱いを受ける自体、
なんか変な感じがしている。

私も今の国家の状態なんぞ余り好きではないし(笑)。

386 :362:02/01/28 03:51 ID:dWoxjtLJ
名無し2さん、ありがとうございました。
もちっと勉強します。というか、アレントを読みます。
話はそれからですね。

>>385
山崎正和という評論家が、以下のようなことを言っていました。

 江戸時代の通念によれば、公の観念は一元的なものではなく、ひとつの公のもとで、
私と見なされる存在の中に、さらに公の原理が含まれるという重層的な構造をもって
いた。その結果、原理は互いに矛盾して個人を苦しめることにもなったが、逆に言えば、
個人は多元的な原理を使い分けて自分の決断を正当化することができた。
 例えば、西周は末期の幕府に新官僚として出仕したが、一方、その行為は彼の旧藩の
立場からは脱藩の罪としてみなされるものであった。逆に、渋江抽斎は、幕府から奥医師
として招かれながら、津軽家への恩義を理由にこの名誉を辞退しようと決意した。いずれ
にせよ、彼らの決意は私のみの決意ではなく、それぞれ幕府と藩という対立する公の原理
によって裏づけを与えられた。選択を行ったのはいうまでもなく一人の私だが、そこで選
ばれた私の行動様式は、すでに社会的に了解された公の形式を帯びていた。

私が私であるための、公の原理の回復は、こういうものになるのではないでしょう
か?そう考えると、この問題の難しさが改めて理解出来ました。

387 :日本男児@構造と力読解中:02/01/29 23:01 ID:98WRW5CT
>>380
名無しさん2にはいつも力づけしていただいて感謝しています。
何分、時間が限られている故、本で獲得した知識より、実体験を
私の場合重視して語らざるを得ないところが難点ですが、今後も
よろしくお願いします。

>>386
小林が戦争論で「個と公」というテーマを掲げた際に、「個」と「公」の内実について
きっちり答えた知識人ってほとんどいないんですよね。

当時の小渕首相は、このテーマについて国民に問いかけたという話も
ありましたが、この当時、戦争論の影響が大だったらしいです。
しかし、首相が国民に意見を募集するくらい、この国では「公」を分かる
人がいないということなんでしょうか・・・。

そう考えると本当に難しい問題なのかもしれませんね。正に名無し2さんが
おっしゃるとおり、お互いが闘争しつつ意見を出し合うことこそが一番
この問題を考える際にも大切な事かもしれませんね。
私も非常に不勉強な人間ですので、遠慮なく、思ったことをいってもらえると
議論が活性化して私はいいと思います。

388 :名無しかましてよかですか?:02/01/30 00:17 ID:/0l5pIyq
>>387
>小林が戦争論で「個と公」というテーマを掲げた際に、「個」と「公」の内実について
>きっちり答えた知識人ってほとんどいないんですよね。

そんなことないでしょ。
皆小林がアレントの「公」概念を援用したことを指摘してますよ。
それを踏まえた上で、小林批判ではなくアレント批判をしている知識人はいる。

389 :日本男児@構造と力読解中:02/01/30 09:40 ID:bLHbi/ls
>>388
ああ、その経緯は一部ですが知っています。
先の文はもう少し大雑把な意味で書きました。

でも私が読んだ限りでは、アレント批判に向かった知識人ってかなり内容が
イデオロギッシュな印象が強かったですね。あくまでも個人的な感想では
ありますが・・・。

390 :きゅりお:02/01/31 04:00 ID:YoctJ95O
仕事でプロジェクトが立ち上がりそうでなかなか参加できません。時間よりも頭の「モード切り替え」の問題です。
すんません。ちょっと華僑系の香港人経営者と組んで大陸でのガチンコ勝負になりそうです。「日本人の意地」、見
せてきます(笑)。

相変わらず議論における争点は山積みですが、主観/客観、存在論/認識論、意志/構造(解釈学/構造主義)の視点に
おいて相手の論点のビビッドな部分を包摂(掬い出し)して自分の概念を作り変えていくという、「らせん的変容」
が今の日本を変えるにはどうしても必要だと考えます。

議論における基底な部分はサクッと切り上げて、「ネットと社会変動」や「国家の緩やかな死」など―そんなこと誰にも
どうなるかなんて分かりはしない―事柄について「無責任」にw言葉遊びをしたいという動機でこのスレに参加しました
が、自分の思索レベルの限界とともに立場を異にする論者との議論にも現実的な壁を感じざるを得ない場面が多くありま
した。現在日本における断絶・分裂の状況はこのような「問いかけ」を不可能にさせる「構造的な力-不可避な社会機能分
化-」の圧倒的な作用に裏付けられています。

これに対抗し、豊かな「問いかけ/応答」の空間を再構築するにはこのような機能分化社会に対する
戦略的なレジスタンスが必要だと思います。決して、スローガンを唱えれば訪れるものではないと思い
ます。議論の方向性が「内臓疾患に対するバンソウコウ」に終始せずに、現実的な路線で進んでいくこ
とを願っています。

「そうなるといいよね、でもどうやって?」という場合の「どうやって?」部分、みなさん、がんばって
ください。

※参加者のみなさんには大変感謝しています。スレ主のサガさんに代わってお礼を言わせてください。

つーか、日本にいる間は短文突っ込みは入れさせていただきます。よろしくw

391 :きゅりお:02/01/31 04:29 ID:YoctJ95O
コミュニティにおける「親密性」の復権を目指すとき、「親密性」という言葉をいくら唱えても
魔法は現実になりません。コミュニティの復権は「ひと」だけではなくまさに生業(なりわい)を
基盤にした生活空間の再構築に関わってくるものだと思います。イエ、仕事、自然を巻き込んだ
「環境」、つまりコミュニティの「たたずまい」が変わらない限り難しいと僕は考えます。

「親密性」がまだ残っていると思われる場所に立ってみればすぐに分かります。開放的な家のつくり、
狭い路地、小さな商店、たくさんの屋台、子どもたちの声・・・、これらが渾然一体となって濃密な
コミュニティーを構成しています。「ひと」(意味領域)だけが親密性をつくるのではなく「ヒト」
(生活領域)が大きく、また圧倒的にそれにコミットメントしていると考えます。

その意味で、アジアの街にはそんな「親密性」が天然のまま残っています。本の中の「言葉」だけじゃ
なくて、時間があればぜひ足を運んでみてください。人々の暮らしのなかに日本人の生活との間に
差異/共通の両義性を見つけざるをえないと思います。

「違うこと」は楽しいし、「同じこと」はうれしい気持ちでいっぱいになります。

その両義性を「両義性」のまま楽しむことができれば、不毛な「差異か、共通か」の二元論を
自然と乗越えることができるのではないかと感じます。

・・・と、とりとめもなく。

392 :右翼学者:02/01/31 06:00 ID:2PorFCqf
ここを覗くのも久しぶりだが。

前スレ>>17きゅりお氏

おれは「天下意識」を当時の武士が持っていたと言ったのであって、
「皇国意識」を持っていたと述べたのではない。
江戸時代の小説に「本朝二十四孝」とか言う本があるだろ。
あの「本朝」ってのは唐天竺朝鮮などに対してもっていた「日本」
って概念を指すんだ。

この日本という意識は源氏物語の中にすら発見できるものであって、
国学史観の「皇国意識」が日本に始めて芽生えた国家意識だ、
なんて馬鹿馬鹿しい意見は一切吐いてないが。



393 :右翼学者:02/01/31 06:12 ID:2PorFCqf
むしろ江戸時代は庶民の識字率が向上し、
太平記や源平合戦、太閤記などの小説は広く普及していた。

だから江戸時代でも本を読むような町民なら日本という国家があって、
自分がそれに属しているという概念は当然持っていただろう。

第一太平記なんかは皇国史観が成立するずっと前から存在したが、
それでも日本や天下という概念を多用している。
少なくとも武家政権が誕生したころあたりには、
日本全国で武家階級はこの概念を共有していたと見るべきだろう。

394 :日本男児@構造と力読解中:02/01/31 09:22 ID:h3u5PwM8
朝、時間が空いたので、スレチェックしたら右翼学者さんが復活していました・・・。
とりあえず上げておきますね。

395 :日本男児:02/01/31 09:42 ID:h3u5PwM8
>>390
>ちょっと華僑系の香港人経営者と組んで大陸でのガチンコ勝負になりそうです。「日本人の意地」、見
>せてきます(笑)。

頑張ってください!一応私も商社時代、香港・大陸が主戦場だったので、何か
商売上アドバイスが出来るかもしれませんので、その時は遠慮なくどうぞ(笑)。
個人的につきあうには中国の人はいい人が多いんですけど、ことビジネス
となるとそれこそ「日本人の意地」は大事ですよ(笑)。


396 :きゅりお:02/01/31 11:16 ID:YoctJ95O
>>393
お久しぶりっす。私ごとで恐縮なんですがw、このスレでの左派ライターを暫時引退させていただきましたw
なので、「無責任」にレスしますので許してください。

司馬遼太郎によると、「太平記」の出自は「南宋ナショナリズム」らしいですね。
これを関東「豪族-土着武士-」政権に対する朝廷側の対抗思想として太平記は成立したと
聞いています。つまり、「太平記」に流れているナショナリズム自体は非常に中国的であり、
南宋における外敵=夷(えびす)を朝廷における関東政権においたというのが自然なようです。

これを突然、水戸学(徳川光圀からの伝統藩学)が国家イデオロギーとして研究を始めた。
果たして、これが武士階級にあまねく広がっていた「意識」と呼べるでしょうか?
また、都市部での識字率の上昇が日本における庶民の傾向性の全てを示すものでしょうか?
「楢山節考」(深作七郎著、山が境界線となった小世界の連鎖的なつながりが日本の原像と
いえるのではないか?)からはそれは感じられませんでした。

ということで、復帰祝いを兼ねてw

397 :右翼学者:02/01/31 11:50 ID:ayRPIw8s
>>396
だからなんでそうなんでもかんでも皇国史観に結びつけるんだお前は(笑)

俺は一言もそんなこと言ってないだろうが。

>これを突然、水戸学(徳川光圀からの伝統藩学)が国家イデオロギーとして研究を始めた。
>果たして、これが武士階級にあまねく広がっていた「意識」と呼べるでしょうか?

呼べない。
日本という国家の概念を武士階級は共有していた、
と述べておるんだ。
皇国史観を共有していたなんでバカなことは言ってない。

これで理解できなかったら切れるぞ(笑)

>また、都市部での識字率の上昇が日本における庶民の傾向性の全てを示すものでしょうか?

チョット待て(笑)
農村部でも識字率は比較的高かったことを知らないのか?

日本では何をするにも書類が必要だったし、
そのためには字を読み書きすることが必要だった。
農村から年貢の減免願いやら一揆の連判状やら、
宗門改帖やらが大量に出てくるが、
これは全部字で書いてあるんだが。

第一もともとの俺の主張は、
「知識階級なら日本という概念ぐらい共有していた」と言うことだ。
庶民に知識階級の割合が少ないのは当然である。

398 :右翼学者:02/01/31 11:58 ID:ayRPIw8s
太平記だが、
南宋ナショナリズムは当時の流行であるに過ぎない。
(中国の最新思想が日本で流行するのはいつものことである)
第一太平記は僧侶の間で成立したとされる読み物なのに、
なんでそれが朝廷側のプロパガンダなんだ?

むしろ南宋ナショナリズムなどの皇国史観が南北朝期にはすでに広く受け入れられるものだった、
ということを示さないか?
太平記に反論して書かれた書物でも、
尊氏に味方する武士が朝敵になることを悩むシーンが出てくる。
それは水戸学が始めて皇国史観を吹聴し始めたというキミの主張と対立するぞ。

大体当時の人間の道徳規範としては、
儒学か仏教かしかなかったのだし、
儒学を取る限り皇室への忠誠を善ととるのはあたりまえの話だ。
もしこれを皇国史観と呼ぶのなら、
そもそも水戸学は昔あったものを復興しただけであり、
昔から日本は皇国史観の国だった、ということになる。
そしてそれはむしろあたりまえのことだろう。


399 :きゅりお:02/01/31 12:02 ID:YoctJ95O
>>397
いきなりテンション高いっすねw
すんません、詳論はできませんので、部分的に・・・、

太平記はどっから読んでも「皇国史観本」だと思いますが・・・。
例をあげたウヨガクさんが悪いw

では、南北朝前後に近畿以西の知識階級らに高まった「皇国史観」ナショナリズムと
「皇国史観」以外のナショナリズムについて明確な違いを述べる必要があると思いますよ。

「一所懸命」が「日本懸命」に拡大して「常時」<元寇を除いて>共有化されていたということは
僕は想像しにくい。司馬も「日本のナショナリズムは外的な情勢変化によってウイルス感染のように
高まる」などと言っています。

行政文書を「何とか」読めて署名できる「識字率」と太平記や日本外史を読んで思想化できる
「識字率」は異質なものでしょう。

その辺をよろしくです。後は誰かが引き継いでくれるのを期待しつつ・・・。

400 :きゅりお:02/01/31 12:12 ID:YoctJ95O
>>398
水戸学が皇国史観の始まり、と主張する気はありません。戦国期のリアリズム的な
思想傾向から、突然、太平江戸期に観念論が高まった・・・、みたいな文脈です。

僕が言いたいのは、皇国史観は非常に中国チックな思想だと思うんですよ。観念論、
イデオロギー性が非常に強い。一方、元寇期などの外圧に対して見せたリアルなナ
ショナリズムについてはこれらと異質だと思います。

されど、リアルなナショナリズムの高まり・・・、これが「常時」あったものとは考え
られない。ましてや、農民らには無理でしょう、というのが僕の意見です。

農業社会によっては戦争は「土地と人間の収奪」を意味していました。ナショナリズムが
高まるのは当然です。

つーことで、残りは後日。マジでライター求む、アズマさん、お願い!w

401 :きゅりお:02/01/31 12:24 ID:YoctJ95O
>>398
日本において儒教が農民階級まで「思想化」していたとは思えません。

「儒教は本来血族の紐帯を倫理化したもので、本来尊王とか忠君とかはなかった」<司馬遼太郎>

太平記が読まれたのは日本オリジナルの「義理人情」の琴線に触れたためだと思いますよ。

402 :右翼学者:02/01/31 12:29 ID:E1TKirbv
>>399
だから有事に際してナショナリズムが高まるということは、
とりもなおさず日本という国家概念が少なくとも支配者・知識階級には共有されていたということじゃないか。

日本という国家概念の共有が無ければ、
「九州が攻められた?あっそ、関東は関係ないね」だろ?
そういう反応だったか?元寇時に?

むしろ日本を挙げて大騒ぎしていたのではなかったのか?

農民は知識階級であるとは必ずしもいえない。
だが、知識階級である僧侶や富農の影響下に常に会ったのであり、
かれらは国家概念を共有していた。
全国民的に国家概念が共有されるには、
国家教育制度と近代国家の成立を待たねばならないが、
知識階級は常に国家概念を共有していたし、
都市部の町民には遅くとも江戸期、
農村部の農民の一部にも江戸期後半には広まっていた、
と見るべきである。

言っとくが「皇国史観」が広まっていたなんて言っているわけじゃないからな。
そういう文脈で批判したら切れるぞ(笑)

403 :日本男児:02/01/31 12:30 ID:h3u5PwM8
昼休みに覗いてみたら、歴史論争になっている・・・。
とりあえずおもしろいので上げておきます(笑)。

404 :右翼学者:02/01/31 12:35 ID:E1TKirbv
>>401
そうだよ。
俺はずっと「知識階級」について語っているのだし、
農民のほとんどは日本古来の人情で生きてきた。

ただ、知識階級にとっては儒教は常識だったし、
(常識であると言うことと行動倫理に組み込まれていることは別に同じではないが)
知識階級が書いた芝居や見世物は義理人情ものに組み合わせて、
忠臣蔵や太平記などの忠君尊王をよしとするものが世上に流布していた。

江戸時代の話になっているが、
芝居や見世物は儒教倫理を広める役目も果たしていたといえる。
本朝二十四孝なんかどうなんだ。
というか当時の芝居本か小説を一冊でも読めば、
「儒教を含めて中国文化」が知識階級にとって常識となっていた、
なんてことはすぐわかるのだが。

405 :きゅりお:02/01/31 12:37 ID:YoctJ95O
>>402
>だが、知識階級である僧侶や富農の影響下に常に会ったのであり、
>かれらは国家概念を共有していた。

唐突ですね・・・、こう言える根拠が見当たらない。とりあえず、「万葉集」あたりで
防人に見られる「国家意識」から論じてみたらどうしょうか。

土地所有のない農民がどれほど国家に対する「忠誠心」を持っていたのか、この辺ももう少し
慎重に論じて見たほうがいいんじゃないっすか?

防衛上の必要→ナショナリズムの高まりに特に反論はありません。ただし、「常時」と考えにくいと言っているのが、
僕の論点です。よろしくご査収くださいw

406 :きゅりお:02/01/31 12:41 ID:YoctJ95O
左派が日本オリジナル思想を語り、右派が中国儒教を語る奇妙な構図。
ウヨガクさん、あんまし怒らんといてw

407 :右翼学者:02/01/31 12:47 ID:E1TKirbv
>>405
おっと、文章のつながりが悪い。

その「かれら」は僧侶や富農のことを指す。

そしてそういう指導者が
「蒙古が攻めてきたから云々」と言えば、
農民は従わざるを得ない、ということだ。

別に農民に国家に対する忠誠心があったと述べては居ないし、
それは私の主張に反する。
農民の大半は国家概念を所有していない、
というのが私の主張のうらがえしなのだから。

408 :右翼学者:02/01/31 12:47 ID:E1TKirbv
あと>土地所有のない農民
もともと自作農の方が日本には多かったのだが。
まぁもともとというのは律令均田制の崩壊から荘園制の成立後だが。

小作化は江戸中期から後期にかけての現象で、
それまでは年貢の徴収を確保するためにも自作農家の方が圧倒的に多い。
そして彼らは当然土地所有意識を持っていた。
つか所有意識をもっていないものをどうやって売って、
小作に転落できるのだ(笑)

江戸期には既に年貢は地代ではなく、
行政サービスの対価としての租税と化していた。
これは江戸幕府の財政などを見ればわかるのであるが、
いまだ奥向きの費用と行政費用が完全に切り離されていなかったとはいえ、
幕府側にも行政サービスの提供者としての意識があったし、
庶民の側にも受けてとしての意識があった。

物価が上がれば庶民は幕府の怠慢悪政の結果だとして非難する、
なんてことは江戸時代には普通にあったわけであるから。
まぁ直接に非難はできないから遠回しにやるのだが。

409 :右翼学者:02/01/31 12:49 ID:E1TKirbv
>>406
まぁそもそもキミが
「ウヨガクは水戸学が日本古来から共有されていたなんて電波を発している!」
なんて言わなければよかったのであって(笑)

私はそんなことを言っていないということを理解してもらえればそれでよいのだ。

410 :きゅりお:02/01/31 12:52 ID:YoctJ95O
>>407
つーか、司馬の「昭和の日本は魔法にかかったようにダメになった」はどう評価
してるの?その辺が整理できれば右派と左派が共有できる領域は圧倒的に増えるでしょう。

言うまでもなく、小林は「昭和の日本はすごい」で論じているんだけれども、つーか、
近代以前の日本は奴はほとんど論じていない・・・、ウヨガクさんや司馬のような日本の歴史の
古層から何かを掘り出そうという興味がないんだと思う。

411 :きゅりお:02/01/31 12:55 ID:YoctJ95O
>>409
そうなんすか、もうじぇんじぇん覚えてないっすw、すんません。
いや、むしろ意図的に「ウヨガクさんは皇国史観かぶれだ」と煽って見たい気がしてきたw

412 :日本男児:02/01/31 12:58 ID:h3u5PwM8
右翼学者さんが言っているのは前スレのこの部分ですね。

>>409
>>411

17 名前:きゅりお 投稿日:01/12/14 10:21 ID:3AeLjPVR
>>16
ウヨガクさんの誤謬発見。

ウヨガクさんは「国家」意識の源泉を江戸武士階級の「知識階級」に
置いているが、これは誤解を招かないだろうか?

「国家」としての「日本」の見直しは水戸学派など「尊王思想」と結びついた
歴史、文化の再評価の運動とセットになったもので、幕末ですら「ラディカル」
な思想だった。当初、「尊王」=テロリストと認識されていたものでしょう。

これを江戸時代の日本の武士階級の「標準認識」とみなすのには無理がある。

上記を考慮すると、1868年に精神世界における日本が標準のものとして
歴史上初めて「誕生」した、という、点もいえるのではないか?

・・・以下、読みますw


413 :日本男児:02/01/31 13:00 ID:h3u5PwM8
>>410
最近、伊勢神宮やら、何やらで、論じようとはしているんじゃないですか?
もういい加減、WTCテロ関係は止めた方がいいと私も思っているのですが(笑)。

414 :右翼学者:02/01/31 13:08 ID:E1TKirbv
>>410
昭和の日本がダメだというのは理解しているが、
魔法にかかったとかいうのは司馬のレトリックで、
別に時系列を追っていけば何故ああなったかは全部理解できる。

1941年の段階だけを見たら、
なんでこんなアホな決断をしたのか?
と朝日なんかは隙を見つけては叩いているが、
1930年、いや第一次世界大戦からの流れを見ていれば、
むしろ彼らに他に選択肢はなかったとしか言えないだろう。

これはこの間読むように奨めた本を読めば理解できると思う。
『逆説の軍隊』だったかな。

そもそも何かを理解しようというのに、
歴史文脈を無視してある出来事だけを取り出して論じるのは愚かだ。


415 :右翼学者:02/01/31 13:10 ID:E1TKirbv
さてと、きゅりお君は中国思想中国思想と言って、
さも日本には異質なモノのように述べているが、
中国で発達した禅・念仏は日本で完成したし、
仏教の無常観と儒教倫理は日本でオリジナルにブレンドされて、
日本人独特の世界観を生み出した。
これは平安期頃には方丈記や源氏なんかに見ることができる。

彼ら知識階級にとって、儒教や仏教は異質なものではなかっただろう。
日本で消化されたこれらが、中国のオリジナルとは異質であるとは言えるだろうが。
つまりそういう素地はあったから、中国の流行を日本なりに解釈して受け止める、
ということが可能だったのであり、むしろ日本のほうに中国の古い文物習慣が残されていることだってある。

こういうことを踏まえた上で、私は中国思想を論じているのであって、
むしろ日本オリジナル思想の話をしているのに近いのだが。

416 :きゅりお:02/01/31 13:17 ID:YoctJ95O
>>414
歴史を連続性で見るなら昭和は「統帥権」を抜きにして語れないでしょう。
ウヨガクさんは統帥権の暴走(=参謀本部の危機意識のインフレーション)も
>彼らに他に選択肢はなかった
と言いますか?
対ソに対する過剰な危機意識→参謀本部の独走が「ほかに選択肢がなかった」
歴史的事情だとは思えませんが。要するに、安全保障に対するリアリズム観点
が欠落したのではないですか。

417 :きゅりお:02/01/31 13:22 ID:YoctJ95O
>>415
一般論から言えばそうだと思いますよ。しかし、論じていたのは水戸学と皇国史観の話・・・。

要するに、歴史における庶民と知識階級の階級対立の評価がウヨガクさんの場合は甘いと思います。
つまり、庶民の生活空間の中に「中国思想」(=漢語、儒教、皇国史観など)は「貫徹」していなかった、
という点ぜひ再考を。

庶民は日本人ではない、というなら別ですが・・・。

418 :右翼学者:02/01/31 13:27 ID:42Bh/91U
>>416
だから、統帥権について軍部がアホなことを言い出さないように
憲法を整備するなら明治に遡らなければならないし、
軍部がアホなことを言った時点で叩くなら昭和10年、
1935年まで遡らなければいけない。

そう言う意味で、1941年の段階で他にどういう選択肢があったか?
そんなもの存在しない。

>対ソに対する過剰な危機意識
まったく過剰ではないと思うが。

江戸時代からの宿敵であって、
日露戦争の記憶もまだ新しいのだぞ?

というか、当時の軍人のほとんどは日露に出征しているんだが。
これは当然向こうもそうだし、
第一次大戦後もシベリア出兵で散々やりあってる。
シベリア出兵は国際協調での出兵だから出さないわけにはいかないだろうし。

こういう状態で日本の国防の根本を対露対ソに置くのは、
むしろ当然ではないのか?

419 :右翼学者:02/01/31 13:32 ID:42Bh/91U
>>417
階級対立するわけがない。

農村共同体ではそもそも階級意識が存在しない。
階級意識が存在しないのに階級対立ができるわけないだろう。

というか、領主側の方が圧倒的に強いのだから、
これは対立とは言わん。

階級対立が成立するのは、
資本主義生産においてであって、
それも労働者同志の階級意識の共有あってのことだ。

>つまり、庶民の生活空間の中に「中国思想」(=漢語、儒教、皇国史観など)は「貫徹」していなかった、
俺はそう主張している。
ただ、庶民が知識を得ようとしたとき、それは自動的にそれら中国思想になる、
ということを踏まえればよい。



420 :きゅりお:02/01/31 13:34 ID:YoctJ95O
>>418
しかし、このタイミングでウヨガクさんが出てくるとは・・・(笑)
危機意識の過剰/過少の評価は正直僕には荷が重いんですが、
「インフレ」傾向がなかった、つまり、海軍よりも陸軍の方が(海軍がマシと
言いたいのではない)安保においてリアリズムに長けていたとは思いせんが・・・。

「判断ミスを犯したのは判断ミスを防ぐ制度がなかったからだ・・・」。
これを「ほかに選択肢がない」の根拠に組み込むのは僕はかなり抵抗がありますが・・・w

司馬は「昭和の・・・」を意味するとき明らかに日露戦争以後を指していますね。

・・・マジで、ここまでです。今日は打ち合わせが2件あるので、企画書の論点整理を
しなければならない(笑)。誰かよろしく!、ウヨガクさん、また今度。

421 :右翼学者:02/01/31 13:45 ID:42Bh/91U
>>420
違う、そもそも判断ミスなどではない、
と言っている。

1941年の段階では、屈服するか、
戦争するかの二つに一つしかなかった。

屈服すれば朝野は激昂し、
国民に支持された陸海軍のクーデターが起きて、
もっと悪い状態での戦争突入が発生するだけ。

戦争せずに持久戦を取れば、
2年と待たずに石油備蓄が枯渇して日本は枯れ死ぬ。
これも分かりきったことであるから、確実にクーデターが起きる。
ハルノートを受諾しておいて、遂行を遅らせるという案を出すやつもいるが、
それならアメリカが石油輸出を遅らせるだけのことで何も変わらない。

判断ミスというからには、
1941年の段階で戦争以外の選択肢を示さなければいけない。
そんなものは存在しない、と述べている。

戦争か、内戦か。内戦に負ければ対米戦争である。

422 :きゅりお:02/01/31 13:50 ID:YoctJ95O
>>421
1点だけ、判断ミスとは「統帥権」を陸軍、海軍の軍事官僚が日露戦争で肥大した自己組織の
維持・拡大のために「利用した」ことを防ぐことができなかった点ですよ。
軍事官僚組織の維持のために「戦争」になった、とすら言えなくもない。要するに日本の方向付け
の判断を「誤った」わけです。

423 :きゅりお:02/01/31 13:55 ID:YoctJ95O
純朴な農業国家に毛が生えただけの国家が「近代」に夢中になりすぎた結果、
自身抵抗力の全くない「近代ウイルス」に感染してしまった。近代ウイルスは
日本の軍事官僚の安全保障意識をまず「がん細胞化」して破壊し、やがては国
民全体に蔓延していった。

つーことだと思います。良くも/悪くもなく。

424 :右翼学者:02/01/31 13:58 ID:42Bh/91U
>>422
だから歴史を巻き戻せば選択肢が増えてくるのは当然である。

ちなみに、日露を戦っている最中でさえ、
日本の軍備は粗末なものであった。
むしろ日露が終わって第一次も終わり、
大軍縮が行われたのは周知のことだ。

軍事官僚組織が肥大したと言うが、
日本が確実に戦争に勝つだけの軍備が揃ったことなどないぞ。
(陸で対露、海で対米)

今の感覚で当時の軍組織を論じていないか?
第一次世界大戦で総力戦の何たるかを思い知った軍人の焦燥感を、
自己組織の維持・拡大のためと斬り捨てるのは無茶だろう。

425 :横突っ込み(無視してください):02/01/31 14:11 ID:YqAMmTwA
なんでそーゆー焦燥感を持ってた(らしい)軍部のわりに
シベリア出兵とかノモンハンとかありましたなあ。
対米決戦もそのとーりですが。


426 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/31 15:40 ID:OspYfR7c
あ、なんかドロ沼の歴史論争に・・・・・(w
本題とずれてきていますよ・・・。というか、そもそもきゅりおさんが基本的に
「未来志向」の話をしていたのに、右翼学者さんが歴史論争をふっかけてきたように
オレには見えるんだけど・・・・。
横レススマソ

427 :日本男児:02/01/31 15:50 ID:h3u5PwM8
ただ、上記の論争は、戦争論2で小林が主張した歴史観に近い(より学問的)
事を右翼学者さんが主張しているので、あながち大きくは外れていないと
思いますよ。
この部分と小林の思想は密接にリンクしていますからね。
そもそもこのスレの題名からして、一つの志向で議論が続けられるかと
いうとはなはだ疑問(笑)。

私のこの議論に対するモチベーションは、年代的に「次世代に何を
伝えていくべきか」を考えたいからなんです。子持ちですから(笑)。
もうそんな子供のような甘ったれた事いえる立場でもないし。

回答なんて出なくてもいい。この議論を通じて参加した人がそれぞれ
考えていく素地が出来ることこそ大事な気がしますよ。

428 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/31 19:53 ID:Y/4zlJKt
 皇国史観の右翼学者さんときゅりおさんがアズマ史観に関わる興味深い論争を
しているが、ここは挑発にのらず「公」と言うことで書いてみますか(藁
 右翼学者さんときゅりおさんの論争も、他の人の論争も、「公」の主体、帰属団体
の主体が、「国」のなのか、必ずしも「国」ではないのかということで終始して
いるのだが、はっきり言ってしまうと俺にはどーでもいい問題なんだよね。
 もちろん、俺の立場から言えば、帰属主体に「国家」を持ち出すなんて論外だし、
バカバカしいことなんだが、それを言っても始まらないから。俺の所属するネタすれ
では、いくらでもこれをやってもいいが、ここですることでもないし(藁
 右翼学者さんを始めとする保守の論客が、帰属主体とか、歴史的なまとまりとして、
「国家」と言うものを持ち出すのは、「国家」というものを持ち出す「実益」が
あるからだろう。何度も言うが、その「実益」を無視して、帰属主体としての「国家」
意識が存在したか、しないかを議論しても意味ないような気がするんだよな。どうせ、
保守・ウヨクの諸氏は、結果ありきだから、「国家」概念に「実益」があると思う
限り、イデオロギーを総動員して帰属意識の対象としての「国家」神話をいくら
でも捏造するんだし。それに対して、アズマ史観の国家非存在を捏造して対抗しても、
形而上学的なイデオロギー論争にしかならんもんな(藁

429 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/31 19:53 ID:Y/4zlJKt
 何度も言うが、保守・ウヨクが「国家」を持ち出すのは「実益」があるからだろ。
保守・ウヨクは、「国家」を単位として、日本社会は、制度的のみならず、人々の
価値観・内心まで含めて、統合されなくてはならないと言う。そして、そのように
して導き出される、統合の単位としての「国家」とその意思と言うものを想定して、
社会全体を統合する国家意思によって、個人対個人、集団対集団などの対立・混乱を
収束していこうと考えているわけだ。
 ウヨク・保守は、この国家の「実益」を評価し、人々に内面化された「国家」像と
その効用(社会統合)に期待するから、「実益」を生み出す「国家」を神話化
しようと、歴史的に日本と言う国は常に意識されてきたとか、国家イデオロギー
丸出しの主張をしている。まず「国家ありき」で、後づけで「国家」って言う意識は
2600年前からあるんだとか言って(藁
 よーするに、ウヨク・保守は、個人や集団間の対立を、それを越える国家に帰属
すると言う意識によって、乗り切れると考えている。しかし、国家の構成員が「国家」
と言うものを個人・集団を越えた至高の価値として常に意識し、それをもとに社会統合
しなければならないと言うなら、さまざまな問題がでてくる。
 例えば、「国家」と言うものに対する帰属意識、国家の推奨する価値と言うものは、
当然是とされ、その国家的価値観を醸成するためには、国民の内心にまで介入しても
かまわないとなる。これは、大問題だよな。どうも、保守・ウヨクの主張を聞いて
いると、法律以外の国家的な倫理・規範による、社会統合と言うものを意図している
ようでならない。しかし、もし個人の内心に対しても、国家への帰属意識や、国家的
価値への服従と言うものを強調するなら、内心の自由を侵す危険性がでてくる。
これはどう考えても、看過できないなあ。この辺どう考えているのか保守・ウヨクの
言っていることは、明確ではないのだが、国家的一体感で一定の社会秩序を醸成する
ことを目指している以上、なんらかの価値観の強制を考えていると思うんだよね。

430 :ぁゃιぃアズマ人:02/01/31 19:54 ID:Y/4zlJKt
 まあ、さすがに教育勅語や軍人勅諭、修身のような形での国民に対する価値強制
までは考えていないのだろうが、なんらかの価値観強制は考えているんだろ。これは、
保守・ウヨクと対話する時にきちんと押さえて話をしないとダメだと思うな(藁
 だから、歴史的な社会構造論や帰属主体とかの議論の背景には、「国家による
価値強制」の歴史的正当化と言う「実益」が有ると言うところを押さえておかないと、
ウヨク・保守の術中にはまるだけだろ(藁
 ともかく、現在の日本は、日の丸・君が代の扱いに見るとおり、国家への帰属意識
に関するものでさえ、個人の内心への強制は許されないとされている。それに対して
ウヨク・保守は、例え個人の内心への強制になったとしても、国家がなんらかの
社会規範を国民の間に積極的に醸成していくことは許されると考える。この内心の
自由の修正と言う部分が、よーするにウヨク・保守が、目指していることなんだから、
これを議論せずして、何を議論するのかと俺は思うなあ(藁
 この視点から見れば、保守・ウヨクというものは、現状の方針に急激な変更を
せまる革新勢力なわけなんだよな。もし国民に許された内心の自由になんかの変更を
加えると言うのなら、それは細心の注意を払わんとダメだろ。どうも、保守・ウヨク
は、社会規範を国民の間に醸成すると言うことを安易に考えているようでならない。
そもそも、なんらかの方向性を持った価値観で社会全体を統御すること自体、暴走
の危険性とかあるわけだし。国家が推奨する社会規範というもの自体、いったい
どうやって決めて、国民の間に醸成していくのか疑問が残る。
 ウヨク・保守は「国家」と言う社会統合の存在を強く打ち出して、国民に対する
なんらかの価値強制を考えているのなら、「内心の自由」や「法治主義」との整合性
を実際のところどう考えているのか、説明義務があると思うな(藁
 とまあ、俺の関心をつらつら書いてきたが、喰いつきがわるいなら、右翼学者さんと
きゅりおさんの「国家」論争に切り替えるしかないなあ(藁

431 :日本男児:02/01/31 20:32 ID:h3u5PwM8
>>428
>>429
>>430
いきなりがーっと書かれると、どっから手をつけていいか分からないんだけど・・・(笑)。
まぁ出来る範囲で乗ってみますか。私の意見は余り期待されていない気もしますが(笑)。

>ともかく、現在の日本は、日の丸・君が代の扱いに見るとおり、国家への帰属意識
>に関するものでさえ、個人の内心への強制は許されないとされている。それに対して
>ウヨク・保守は、例え個人の内心への強制になったとしても、国家がなんらかの
>社会規範を国民の間に積極的に醸成していくことは許されると考える。

日の丸・君が代の問題は、現在の国家に対する不信感が先行しすぎているのが要因と
私は捉えています。確かに国家に対して不信感を持つことはそれぞれの勝手だとは
私も思うが(笑)、 自分の住む国に対して不信感が先行する人がかなりの割合で
多い、という現状が何となく不健康な感じがする。

日の丸・君が代ってそんなにムキになって否定する必然性があるものなのかがそもそも
素朴に疑問。私自身もあまりこだわりがないが、ムキになって否定する対象では少なくとも
ない。そんな事にかまけるくらいならいくらでも他に考えるべき問題が現在の日本には
多いのではないか?つまり考える労力の配分の問題(笑)。

大体国際的にここまで定着した日の丸・君が代を変えること自体、対外的にいってもちょっと
変な感じがする。少なくとも必然性を感じない。学校で日の丸を掲揚し、君が代を歌わせることも別にいいじゃない。
甲子園で朝日新聞の社旗を掲揚して、勝ったチームが校歌を歌うのとさほど差があるように思えない。なのに君が代・日の丸だけムキになって
否定する辺りに私は「不自然さ」を感じる。だからこの不自然さに対抗して何が悪いってな感じかな(笑)。

ゴメン、私じゃ力量不足だね(笑)。後は他の人に任せます。しばらく
出てこれそうにないので。


432 :右翼学者:02/01/31 20:35 ID:W2Vnffz/
なかなかいいことを言うな。

まず自分が国家に属しているということ、
それから利益が得られるということ、
利益を得るためには代償を払うべきであること、
の三つを認識すること。

これに文句はないと思うが、
その上で無条件の自由なんてものは、
人間社会に属する以上望めないということを認識して欲しいね。
というか無条件の自由が欲しいなら国家に属さないで欲しい。

>その国家的価値観を醸成するためには、国民の内心にまで介入しても
>かまわないとなる。これは、大問題だよな。

なぜかね?

キミが「国家的価値観」と銘打ってどういうファシズム思想を思い描いているのかは知らないが、
一番上の三か条を認識するということをさも思想統制のように言い換えるのは非常に自分に都合のいい議論だな。

じゃあキミなんかは憲法12条なんかにも反対なのかね?

憲法12条
 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
 又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

433 :右翼学者:02/01/31 20:42 ID:W2Vnffz/
そもそも「内心の自由」ってものが侵されると言うのは、
サヨ系バカの常套句なんだが、具体的に何が一体どうなるのかね?

つまり国家が君が代と日の丸に電波のようなものを仕込んでいて、
国旗と国歌を尊重すると、人間は洗脳されて自由に思考することが出来なくなるとでも?

アホか。

素直に「思想信条に反する行為を強制されるのは嫌だ」と言えよ。
だけどそれだと「強制じゃなく任意です」と言われたときに、
その行為を止めさせることができなくなるから嫌なんだろ。

>>431
>なのに君が代・日の丸だけムキになって否定する辺りに

そのとおり、不自然なのだよ。

434 :日本男児:02/01/31 23:17 ID:TT1ZYvQZ
右翼学者さん、ありがとうございました(笑)。

大体君が代は、ギネスブックにも認定されている世界で一番歴史の
ある国歌だよ(笑)。確か西暦700年代くらいの。メロディーの起源はしらないけど。
ここまでずっと受け継がれてきたことをもっと誇ってもいいと思うんだけどなー。素朴に。
メロディーが今のご時世に合わないなんてナンセンスなこという奴も
いるけど。国歌がご時世に合わせてどうする(笑)。

435 :名無しかましてよかですか?:02/01/31 23:33 ID:hxLMALbA
>>433
サヨがどうかは知らんが、「ぁゃιぃアズマ人」氏はずっと
「思想信条に反する行為を強制されるのは嫌だ」と主張し続けているが。
「右翼学者」氏は他の「コヴァ」どもとは違って、論敵をかってに自分の
脳内サヨと結びつけるようなことは無いと思っていたのだが。

436 :むっちょ:02/01/31 23:46 ID:hxLMALbA
435は私。

「国家」に属するということは、果たして「共同体」に属することと同一
なのでしょうか?サッカーのワールドカップで応援する対象としての「日本」
と、一つの社会システムである「日本」は我々の認識の中で
同じものなのでしょうか?

437 :右翼学者:02/01/31 23:49 ID:lLUYn3uK
>>435
そうかね。
それなら「内心の自由」なんてアホな用語はつかわんでほしいのだが。

>>436
まず国家だけが共同体じゃないだろ。
国家に属するということは、
国家共同体に属するということだ。
W杯で応援する日本と、社会システムである日本は、
日本共同体としての意識下で同じもの。


438 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/31 23:49 ID:zt9HC1Z6
>>436
「国家」がある種の共同体であることは否定できないんじゃないの?
ただ、共同体としては日本は大きすぎるってのがアズマさんの意見。
オレも「国家」はシステムに過ぎないと思ってるけどね。


439 :右翼学者:02/01/31 23:52 ID:lLUYn3uK
>>438

人間社会には様々な共同体がある。
国家はその一つ。

共同体として日本が大きすぎるなら、
たとえばモナコなら良いのか?
その場合その国家はシステムなだけでなく、共同体でありえるのか?
つまり国家がシステムであるか共同体であるかは、
その大きさで決まるのかね?その主張は欠陥があるぞ。


440 :日本男児:02/01/31 23:57 ID:Wy+qNX50
大体、例えば「田中真紀子が辞めさせられた!」とか何とかいって
日本全国が大騒ぎするのも共同体意識の発露なんじゃないの?
規模が問題になるのはおかしいと思う。

441 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/01/31 23:57 ID:zt9HC1Z6
>>439
う〜ん、きゅりおさんが所謂ボーダーレス化によって国家を無効化しようと
しているのに対して、アズマさんは郷土を共同体として、ボーダーレス化した
社会の「共同体意識」を構築しようとしているんですよ。

442 :日本男児:02/02/01 00:00 ID:ecqDNp3s
>>441
きゅりおさんは国家を無効化しようなんて考えていないぞ。
もう少ししっかり読み直した方がいいよ。国家のプレゼンスが下がる
としかいっていない。
だから「日本文化の見直し」という視点も括弧付きで同意はしている。

443 :むっちょ:02/02/01 00:00 ID:vVacVb0K
>>439
自分は国家には二つの面があると思っているんですよね。
つまり、我々が政治・経済的な点において「国家」を考えたときのそれはシステムであり、
文化等の面において考えたときの「国家」とは共同体であると思う。
問題は、政治・経済的な点において考えるときに共同体としての「国家」を
持ち出してくること。



444 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/01 00:03 ID:wRyOrnPQ
>>442
誤読してました、すみません・・・。

445 :右翼学者:02/02/01 00:06 ID:Qyt/J4kG
>>441
郷土を共同体としたら、
郷土共同体同士でボーダーが改めて作成されるだけだとおもうが。

法制的にではなく、無意識的にだ。

>>443
人間が参加するグループである限り、
それは共同体だ。

政治的・経済的な側面に限定されたからといって、
急に無機質な存在になるわけじゃない。

>問題は、政治・経済的な点において考えるときに共同体としての「国家」を 持ち出してくること。
それを問題だと考えるのは、キミが国家を勝手に二つに分割してしまっているからで、
それは同じものだ。

キミが本当に言いたいことは、民族文化共同体と国家共同体を混同するな、
ということだと考えるがどうか。

446 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/01 00:08 ID:F8+a+dF5
 おお!かなりレスがついてる!
 このスレでの俺の発言、かなり外したかなと思ったが、
右翼学者さんの降臨でなんか意図する方向に進みつつある(藁
 今日は疲れたので、明日右翼学者さんに決戦を挑ませてもらうよ。
乞うご期待、しばしまたれよ(藁

447 :右翼学者:02/02/01 00:13 ID:Qyt/J4kG
>>445
なぜこの二つを混同してはいけないかというと、
単一民族国家でないからだ。

しかし日本は単一民族主流国家であって、
国家共同体としての運営に日本民族の民族的特質が強く反映されるのは、
むしろ当然のことだろう。

アメリカの政治や経済はアメリカ文化で運営されているのだし、
日本の政治や経済は日本文化で運営されている。
これは当然のことだな。

アメリカは多民族国家とは言え、
アメリカ的価値観の共有を強力に強制している。

それに染まらないためには、ある程度アーミッシュや、キューバ人、
チャイナタウン、インディアン保留地の様に固まって住むことが要求される。
アメリカ南部でスペイン語が使用され始めたのは、
ヒスパニック系が急増してコミュニティを作成し始めたからだな。

448 :むっちょ:02/02/01 00:37 ID:vVacVb0K
>>445
>>447
私がなぜ共同体とシステムの違いにこだわるかというと、システムはある
共同体の「代弁者」としてではなく、共同体と共同体の共生をはかる「仲介者」
としての機能を重視していかなければいけないと思うから。
アメリカで行われているような、各コミュニティがそれぞれ政治的に動いていく
やり方は結局行き詰まっているわけで、その排他性がコミュニティ間の対立を
煽る形になってしまってるわけです。
まあ、それで日本の政治が「日本文化」によって行われてしまうのはやはりまずい。
「日本文化」というものは、多様かつ重層的に組み合わさっている一つに過ぎない
わけですから。

寝まふ。

449 :右翼学者:02/02/01 00:47 ID:Qyt/J4kG
>>448

まずいつっても政治家が日本文化に属しているんだからしょうがないだろうが。
つまり政治家を全員フランス人にしろとでも言うのか(笑)

俺は国家ってシステムは共同体を包括する共同体だと考えている。
というか共同体ってのは一つに属したら他に属せないとかそういうものではなくて、
重層的に包括したり、されたり重なり合ったりして存在しているものなんだから。

共同体と共同体の共生を図るために、
上位共同体を作ってそこで利害調整を図るわけだ。

最上位に世界宗教とか国連とか主権国家群とかが存在しているわけだな。

つかシステムを作ってもそれが完全に無機的に運用されるわけじゃないんだから、
どんなシステムでも人間が参加したら共同体になるんだってば。
でそんなものに完全に中立な仲介機能を期待できるのかね?
日本人同士の利害の調整のために国家システムを作っても、
運営するのは日本人なんだから結局力関係で決定されるだろ。

むしろシステムは共同体を運営するために必要な官僚制とか
そういうものを指す用語として使用したほうがいいと思うが。


450 :きゅりお:02/02/01 10:17 ID:4FPw6S+O
なぜ、日の丸、君が代が受け入れられないか?

→日本が国家として全体主義の負の遺産を清算しきれていないから。全体主義のシンボルと
同一視されているから。自民党の長期政権など民主主義的機能が熟成しておらず、全体主義
へのゆり戻しの懸念が払拭されずにいるから。(鈴木宗男を見よ!w)

で、いいのではないの?

451 :宮台ばつ壱:02/02/01 11:22 ID:U3dXRlQQ
>>アズマ氏

少なくとも名無し2氏は保守・ウヨカテに
入らないと思うぞ。健全な民主主義への志向は
単なる保守という説明では合わない。

健全な民主主義とは何か?ってことではないのかな。

多数決か?人権(自由)か?規範(法)の徹底か?

で、俺もなんだけど健全な民主主義ならば多数決や人権
による異論の封殺はあってはならない。結果的には昔も今も
多数決で民主主義国家は動いていく。しかし健全な民主主義
というのは単なる手続きにすぎない「多数決」や「少数派」の
イデオロギーのみで勧めるわけにはいかないんじゃないか?
ってこと。そこで徹底したいのが闘争過程なんだよ。プロセス
が重要になってくる。結果は多数決によって出てしまう。しかし
それらを正当化するものが必要だろう。それは「プロセスの質」
ではないだろうか?結果を追認していくものは、「プロセスの質」
だと思う。それが政策であれ、法であれ、慣習であれ、倫理道徳であれ。

庶民レベルの話し合いから、国会審議から、国際関係まで、人間の交わり
の現れにおいては必ず必要な方向性・志向性だと思うんだが
どうだろうか。「異論の封殺」のない、「プロセス」に甘えのない
民主主義ね。



452 :宮台ばつ壱:02/02/01 11:41 ID:m0RHZFQ0
んで、健全な民主主義への志向
が不可だとすると
あとは
自分の考える健全な民主主義か
民主主義を超える環境を提案していかないと。

無論現実社会に照らして、つー付帯条件は
(俺としては)あるんだけど。

453 :きゅりお:02/02/01 12:19 ID:4FPw6S+O
保守主義、伝統主義では民族内の差異を「どうしても」均質だと考えたい傾向性
がありますね。さらに、知識人以外で「日本人」が成立したのは1969年の版籍奉還、
1971年の廃藩置県以後と見るのが打倒でしょう。この「不連続性」を意図的に無視
している。また、太政官府に出仕した新官僚においても藩意識が強烈だったことを
考えても維新当時に「日本」が誕生していたと考えるのもかなり強引です。また、
知識人があまねく「日本」をイメージしたいたわけでもない・・・。

以上、伝統主義、保守主義のミクロからの分析には耐えられない杜撰なものだと評価
することができます。だから、「ほぼ」単一民族なわけです。ほぼによって捨象されている
ものについては「意図的」に無視されます。

454 :日本男児:02/02/01 12:52 ID:qjlKgaoP
>>450
>なぜ、日の丸、君が代が受け入れられないか?

>→日本が国家として全体主義の負の遺産を清算しきれていないから。全体主義のシンボルと
>同一視されているから。

そんな「亡霊」にいつもまでもこだわったり、我々の年代がそんなことで議論すること自体
余り意味がない気がするのだけど。鈴木宗男は私も好きではないけど
だからといって絶対に田中真紀子は支持したくない(笑)。

外務省改革は大賛成だけど、本来の機能が成り立たないのでは本末転倒もいいところ。

私の大学時代の同期にも外務官僚はいて、田中真紀子の改革路線について密かに
期待していたけど、その後、ご存じの通り機能不全まで至って、憤っていた。

改革はもちろん大事だけど、外務省本来の仕事もきちんと押さえられないと意味がない。

全体主義の揺り戻しって、現実的に見てあり得るの?今のこの日本で。

455 :日本男児:02/02/01 12:55 ID:qjlKgaoP
>>453
>だから、「ほぼ」単一民族なわけです。ほぼによって捨象されている
>ものについては「意図的」に無視されます。

そんなことはないですよ。考える優先順位と対処方法の考え方が
違うだけの様に思いますよ。どの問題を重視するか、で決まってくる
話のように思いますよ。


456 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 13:17 ID:4FPw6S+O
>>454
「全体主義」が亡霊?簡単に言えるほど、日本の歴史は成熟したのだろうか?<ゲリラレスw>
現に小林らに煽られて民族主義的な発言を繰り返す「予備軍」は2chにたくさんいるぢゃん。

全体主義の歴史を正しく評価するためにも国家への懐疑は必要。日の丸、君が代の相対化も健全だと思う。

457 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 13:18 ID:4FPw6S+O
>>455
常に重視されないマイノリティの立場も考えようね。
カミさんがマイノリティ出身だったりすると、簡単に理解できるんだろうけど。


458 :宮台ばつ壱:02/02/01 14:35 ID:UDxb8jtg
>>453

あえて、歴史の連続性/不連続性
というコードで、比較方法を取るなら、

例えば中国やアメリカは、前民族のほぼ100パーセント否定から
はじまっている場所だ。地理的な原因(広大過ぎて収斂が困難)、歴史的な要因(新大陸
発見→開拓)によって、歴史の連続性/不連続性を鑑みれば
日本には連続性があるといわざるをえない。このさい、連続性の良し悪しはほうっておく。

日本が単一民族であり続けられたのは、多分にこの偶然的、奇跡的な地理関係
自然環境のせい、でありおかげでもある。というのも、自然や環境だけでは
歴史に物語性・連続性を与えていく事など不可能だろう。なぜなら、物語性を与えていくのは
それらの環境・境遇の中にいる、人間だから。環境・境遇のなかで培われた精神性
(死生観・宗教観・公共心)が、それらの環境・境遇を秩序だたせる気概を与えていくわけだから。

ある場所が秩序立っていく、ということと、
ある場所が歴史に連続性を持つと言う事は無縁ではないのではないか?

で、いまの日本人は自然環境や境遇とはほど遠いじゃないかと言っても、郷土へのイメージや
宮崎駿の人気ぶりやらで、その求心性みたいなものは残っていると思われるんだが。天然・エコ
商品が流行ったりするのもね。どう思うよ?またもめるかな(笑)




459 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 14:41 ID:4FPw6S+O
>>458
経済状況の変化からすでに日本は単一民族といえるか危うくなっている。

《平成7年度国政調査より》
我が国に常住する外国人は114万人で,総人口に占める割合は0.91%となっており,平成2年〜7年の5年間に25万人(28.6%)増加した。

平成7年国勢調査では,我が国の総人口は,1億2,557万人。出生率の低下が続いていることから,戦後最低の1.6%の増加率となっており,平成2年と比較して若年人口が2.3ポイント,生産年齢人口が0.1ポイント縮小した反面,老齢人口は2.5ポイント増加している。
また,国際化の進展とともに外国人人口は,平成7年国勢調査で114万人で5年間で28.6%の大幅な増加となっており,外国人人口の増加につれて国籍の多様化も進んでいる。

人口の自然減、外国人居住者(正式な居住者のみ)が5年ごとに3割近く増加することからして、
日本はすでに「単一民族国家」とおくことが難しいのではないか。

460 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 14:49 ID:4FPw6S+O
>>459には日本国籍を取得した在日朝鮮韓国人、アイヌ人、沖縄人(ウチナーンチュ)は
含まれておりません。

461 :宮台ばつ壱:02/02/01 15:41 ID:zGOOtemr
>>459
増えてるねー外国人が・・・

まあ、比較的ってことだよ。

民主主義の国が他の国の、人間(もちろん国際法には制約されるが)や人間の考え方を
排除するのはおかしなわけだしな。そういう意味じゃ、日本は
ずっと民主的だったともいえるわけで。比較的ね。

中国なんかじゃ、現に今も公衆の前や掲示板で政府批判は許されない。
逮捕・削除されてしまう。国が、同じ国の人間の考え方を排除してしまう。
これは結局、他国の考え方(日本や米の)を学んだ現地の人間の言論が政府の意図で
排除されているということなんだが、これらの良し悪しは別としても
日本人をコアとして、統治された場所の寛容さとはあきらかに
差異がでてくるわな。

思ったんだけどさー。2CHそのものが、日本の恥の文化と寛容さが
生み出してしまった新たな文化だよなー(笑)
(恥の文化でヒットしたといえば金融会社の無人君とかもw・・・?)



462 :宮台ばつ壱:02/02/01 15:56 ID:Q7kD5ecz
んでさー中国ついでに
悪口じゃないんだけど・・・
俺の友達で、ツアーでも仕事でもなく
何度も一人で中国を歩いて旅する人がいるんだけど、
帰ってくるといつも不満こぼしてんだよね。
どちらかというと寛容な男なんだけど、主な不満は下記
1歩いているだけで後ろから「日本鬼子」他、小声で罵倒される。
2基本的に電車やバス等並ばない。
3普通に乗り逃げする奴がいる。
4商品の値段をまず10倍の値段で吹っかけてくる。
5ホテルのタオルが洗ってない。

これから、単体で中国いこうと思ってる人は特に4
に気を付けよう!!
(悪口じゃないんだ・・・せめてものアドバイスっす)

463 :右翼学者:02/02/01 17:29 ID:5SL+jzGB
>>450

まず、それは理由になっていない。

それは自分の気に入らないことを、
勝手に国旗国歌にシンボライズさせてそれで国旗国歌を叩いているだけであって、
国旗国歌それ自体の問題じゃない。

貴様の主張は
1、少しでも負の遺産を清算しきっていない国は国旗国歌を持つことが許されない。
2、長期政権など民主的に非成熟な国家は国旗国歌を持つことが許されない

貴様の主張を完全に取り入れたときに起きる現象は
1、日本がこれから先、なにかするたびに国旗国歌を変えなければいけない。
アメリカは50回ぐらい国旗国歌を変えているべきだ。
2、政権交代のたびに国旗国歌を変えるべきである。

アホか。

むしろそれは事の本質を無視して、
国旗国歌だけを叩いてそれでよしとする風潮を招くのであり、
文句があるならまず貴様の考える負の遺産の清算の実行と、
民主主義の熟成を急ぐのが先。

だいたい貴様は今の日本で全体主義が成立するなど本気で思っているのか?
馬鹿馬鹿しい。思想情報の完全なコントロールを行うためには、
諸外国からの情報を遮断しなくちゃならないのだが、
ネット時代にそれが可能だとでも?

まさか貴様支持率が高い政治家を見てファッショだとか言う大馬鹿じゃなかろうな。

464 :右翼学者:02/02/01 17:32 ID:5SL+jzGB
>>459
私は常に「単一民族主流国家」と述べているのであって、
日本民族が日本国家に対して最大の影響力を行使できる存在である。
ということである。

貴様の主張は赤いインクの瓶に2、3滴黒インキをたらしたら、
それですでに赤インキではないと述べているのに等しいのであって、
見た目にも変わらんし、実用上変化はない。

そういうのを原理教条主義というのではないだろうかな。

465 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 17:48 ID:4FPw6S+O
>>463
>だいたい貴様は今の日本で全体主義が成立するなど本気で思っているのか?
ドイツのネオナチ運動を知らないんですか・・・?
20世紀を総括する意味で「全体主義」を自国の歴史の中にきちんと位置付けるのが
国民の義務でしょう。明らかに20世紀の歴史は「全体主義」を軸に動いてきた。
この歴史を風化させないためにも全体主義のシンボル「とも」取れる日の丸、君が代
に対する懐疑心があることは健全だと思いますよ。

「全体主義が再来するかどうか」、ではなく、200万人以上が死んだ歴史から一体何を
学んだか、ということを問いたい。ネオナチ運動によってヒトラーが再来することを危惧
しているんではなくて、ネオナチ運動が「全体主義」の歴史に対する欧州のコンセンサス
を揺るがすことが危惧されているのはご存知でしょう。

天皇制、日の丸、君が代・・・いずれも「全体主義」とは関係がない・・・と言い切るなら話は別でしょう。
俺が言っているのはそういう懐疑が「あるのは」健全だと言っているのであって、全否定をしているわけでは
ない。今更、言わなくても分かるでしょうに・・・、時間をサクッと節約するためにも、相手の論点の安易な
固定化は避けましょう。

もしかして、そういう板で遊んでたんですか?w

466 :日本男児:02/02/01 17:49 ID:qjlKgaoP
>>462
私も中国には散々行っているのですが、そうした現象は確かにあるけど
それはどこの国に行ってもあり得る話なので、事中国だけ取り上げて
警戒を促す様な話は余り好きじゃないな。

小林も良くそういう書き方するんだけど、この辺りは私は余り好きではない。
本人のモチベーションの背景は理解するけど・・・。

467 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 17:52 ID:4FPw6S+O
>>464
あなたそれじゃ「最大多数の最大幸福」・・・、反サヨ先生じゃ、ないっすかw

「ほぼ」とか、「まあ」とか、「主流」とか・・・そういう言い回しが、マイノリティ
にとっていは一番辛いんですよ。それが分からんの?

「このクラスはほぼ秀才ぞろいだから・・・」
「うちのグループはかわいいコばっかりだよねえ」
「東チモールの分離独立はほぼ島民全員で承認された」

この場合のマイノリティのストレスを想像してみましょう。

#人間はインキじゃ、ありませんよ。

468 :右翼学者:02/02/01 18:08 ID:l+15OI1B
>>465
ドイツのネオナチ運動が本気でマジョリティを占めてドイツ国政を運営すると思っているのか?
と聞いておるのだ。

貴様は数%の不純物に我慢することが出来ないのか?
おまえこそ全体主義者じゃないか(笑)

>天皇制、日の丸、君が代・・・いずれも「全体主義」とは関係がない
あたりまえだ。

それらに関係があるなら、
議会制民主主義や選挙制度、日本語や新聞、政治経済の制度すべてが、
全体主義と関係があることになる。

全体主義に利用されたものと、全体主義を生み出したものの区別ぐらいつけろ。


469 :右翼学者:02/02/01 18:09 ID:l+15OI1B
>>467
>「東チモールの分離独立はほぼ島民全員で承認された」
>この場合のマイノリティのストレスを想像してみましょう。

つまり住民投票や選挙制度を否定するのか。

うむ、それはそれで一つの立場とは思うがな。

470 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 18:15 ID:4FPw6S+O
>>468
ちょっと他人の文章の「イイタイコト」を汲み取る姿勢が低下してるんじゃないっすか。
議論の進め方も安易な二元論に寄って乱暴になってるし、どうしたんすか?

僕は「全体主義」の真摯な歴史認識のためにも「国家」に対する懐疑があるのは健全だ、と言ってるんですよ。
ちょうど小林の裏返しw、戦後民主主義の「掬い出し」ですよ。

法的な無罪/有罪を問うてるんじゃない。あなたの論法でいうなら、「歴史」の責任は過去・当時・現在の日本人
に不可分にあるはず。だから昭和7年から20年に顕著な「全体主義の歴史」を透明な目で評価する義務があるでしょう。

小林みたいに「日本軍もかっこよかったんだぞ、すごかったんだぞ」だけでは歴史評価はできない。

その意味で、懐疑が「あるのは」健全なんですよ。強引な二元論で「君が代は歌うな」と決め付けないでください。マジで怒りますよ。

471 :右翼学者:02/02/01 18:27 ID:l+15OI1B
>>470
だからぁ、国家に対する懐疑はあっていいよ。

「なんでそれが国旗国歌につながるんだ?」
と聞いているんだ。
それは安易なスローガン主義じゃないのか?

472 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 18:30 ID:4FPw6S+O
このスレでは、すでに

歴史の「両義性/二面性」をベースに議論できる土壌が育ってますよ。
いちいち極論まで「退行」して議論を組み立てる必要ない。時間短縮しまようよ。

前に単に合意形成を目指さないただのディベートをやりたい、っていうようなことを言っていた
ような気がしますけど<それは小林の「公」ではない>、その相手なら勘弁してください。

473 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 18:38 ID:4FPw6S+O
>>471
アメリカで星条旗を燃やす事件があり、この裁判が「器物破損」につながるかどうかの
裁判がありましたね。沖縄の日の丸焼却事件とセットで報道されていました。

判決では「象徴的言論行為」という論点が認められ、アメリカでは被告が無罪となりました。
日本では同罪で有罪<詳細は知りません>。

いずれにしても、アメリカの判例では、国旗と国家の明確なつながりが司法的に判断されたわけですね。
従って、「関係ない」とは言い切れない。ここまでは問題ないでしょう。

474 :右翼学者:02/02/01 18:57 ID:wXlcd3MV
>>473
いいですよ。

国旗は国家の象徴ですから、
国旗を燃やすことで国家への批判を象徴的に行う。
これはこれでよいです。

また日本でも日の丸に関する限りそれを行う自由があります。
>「海外の国旗は法律で保護されています」

ですが、国旗・国歌を変えることが過去の清算になるなんて議論はわけがわからんのですが。
同じ国旗国歌で償いを果たすことがより重要だと考えます。
戦争の謝罪も天皇が行うのが一番効果的なはずで、
オランダではそういう意味で大歓迎されましたし、
天皇訪韓は「より踏み込んだ見解」を示す場として重要視されていますよね?

475 :右翼学者:02/02/01 18:58 ID:wXlcd3MV
連続性を断ち切ることは過去の清算になりません。
連続性があることで、過去の行為者と現在の謝罪者が同一になり、
初めて過去の清算がなされるのです。

まったくの他人に謝られても嬉しくともなんともありません。

476 :日本男児:02/02/01 19:20 ID:qjlKgaoP
>>473
沖縄の事件当時、日の丸を国旗とする法律的根拠がなかったため、
確か「器物破損罪」で有罪となったはずです。

自分で用意した日の丸の焼却ならもちろん無罪。ですが、沖縄の場合
ソフトボール大会で使われていた国旗を焼却したのですから器物破損罪
の適用はやむなしだと思うのですが。

477 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 19:32 ID:4FPw6S+O
>>476
極めてナチュラルに「器物損壊」ですね。で、日本男児さんに宿題w

この件は地方検事局、県警本部(おそらく地検が直接立件を決意したのでしょう)が
この件を立件するかどうかの決断に迫れられた訳です。もしかすると、高検や最高検、
あるいは警察庁など国の治安行政の最高レベルの判断が影響していた可能性もあります。

この場合、時価数千円の品物を高校生が焼いた事件を「器物損壊」という罪で立件した
ことを評価してみてください。日本の抱える問題が見えてくるかもしれません。

478 :日本男児:02/02/01 19:46 ID:qjlKgaoP
>>477
その手の器物損壊事件なら、日の丸に限らず結構聞いているのですが・・・。
ある祭りで調子に乗って店の看板を壊した高校生が、器物損壊で立件された例も私の近所で
あったりしましたが・・・。何故日の丸だけ取り上げる必要があるのか人のものを壊したらいかんでしょ(笑)。

というのが私の感覚なのですが。

479 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 19:51 ID:4FPw6S+O
いや、数千円の普通は立件しませんて。警察に被害届出して時点で嫌ーな顔されます。
「見せしめ」なんですよ。ある意味、祭りの高校生もね。

つーか、日本の警察行政の基本ぐらい抑えてたほうがいいですよ。

480 :UNION JAP:02/02/01 20:02 ID:RQ9YV4wP
お初にお目にかかります。これから議論に参加させていただきたいと思います。
しかし、申し訳ないことにまだ、最初のスレとこのスレしか読み終わっていません。
なにぶん内容が濃いもので・・。
既出の内容もいってしまうかもしれませんが、そこは無視して頂いてけっこうですので。

さて、本題ですが、見せしめで立件するのなら日の丸の件を
立件するのもごくごく自然だと思うのですが。

481 :日本男児:02/02/01 21:30 ID:ecqDNp3s
>>479
見せしめが良くない、というのなら分かるんですけど、この手の見せしめ
の話って、私の出身中学、伝統的に荒れていたので、よくあったんですよね(笑)。
で、日の丸だけ大げさに騒いだマスコミに、当時私は非常に違和感を感じたんですが・・・。

482 :右翼じゃない者:02/02/01 21:43 ID:BclnQ96/
>>479
日本には「良いおまわり」と「悪いおまわり」が居る(これの是非は措いとくとして)一面的な見方は改めた方が良い
「見せしめ」というものがある という点には同意だが



483 :名無しかましてよかですか?:02/02/01 21:49 ID:n3KcBpno
>>481
器物破損罪によって保護されてる法益はなんだ、って考えればいいんじゃねーか?
処罰に際してそれ以外の価値観がかなりの部分介在してるのは違和感あるが

484 :UNION JAP:02/02/01 22:00 ID:NMg/xcn6
>>483
それは器物破損罪によって国権を象徴する物の破壊を禁止しているという意味でしょうか?
しかし、器物破損罪は国旗などのみを対象とした法律ではないのですから、
あくまでその目的は他人の財産権の侵害を防ぐ物だと思います。

ところで、きゅりおさん
>この件は地方検事局、県警本部(おそらく地検が直接立件を決意したのでしょう)が
>この件を立件するかどうかの決断に迫れられた訳です。もしかすると、高検や最高検、
>あるいは警察庁など国の治安行政の最高レベルの判断が影響していた可能性もあります。
これについてのソース・根拠はあるのでしょうか?

485 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 22:20 ID:4FPw6S+O
>>484
仕事で検察警察回りをした経験から考えて間違いないと思います。
検事といえども官僚ですから、こういった件でしくじればキャリアを棒に振ります。

繰り返しますが、未成年、器物の価値などを考慮すれば、所轄署の少年課で説教して、
親が被害者に弁償をする。普通はそれで終わりでしょう。立件される可能性としては
違法行為を繰り返した。前科がある。あるいは、被害者が強く立件を求めるようなケー
スが考えられますが、ソフトボール協会の主催者はおそらく自治体か、自治体の教育委
員会、あるいは県の体育協会などと考えられますが、ようするに行政に近い人間でしょう。
彼らが被害数千円のために立件を強く求めるとは非常に考えにくい。

さらに、こういった件で以上のようなケースが重なり、県警が立件はするあっても起訴段階
で検事が起訴猶予するケースが非常に多い。検事は一人で何件も事件を抱えていますからね。

これが地裁で争われ、「有罪」とされた背景にはこのような治安行政の政治的な力が必要だと
考えられるわけです。

「見せしめ」が悪いといいたんじゃなくて、この件は極めて「政治的な」変な事件なんですよ。
ここで、「変だなあ」と感じられるセンスが欲しい。そうじゃないと、「国家」の構造を何にも
知らないことになる。

※法律の「条文」と法律の「制度」は明らかに違いますよ。厳しいことを言いますが、この
区別ができないのが日本人の最大の欠点<あるいは美点>でしょう。


486 :右翼学者:02/02/01 22:21 ID:Ynmpaepj
なんか無視されてるな。
それはそれでよいのだが。

487 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/01 22:44 ID:iK9nDIDu
 さて、そろそろはじめさせていただきますか(藁
 まず最初に、名無し2さんに関してのことから、これは重要なことだから。
俺がなぜ、あえて名無し2さんに噛みついたかと言えば、それは前にも
指摘したけど、名無し2さんの発言が、保守・ウヨクの論者さんを甘やかすし
問題の所在を曖昧にしてしまうからさ。
 名無し2さんが目指すものと、俺の目指すものは恐らく方向性としては一緒
なんだろうと思うんだが、名無し2さんはいささか知性が邪魔して、ジェントリー
に過ぎると思うんだよ。多様性が許容された社会、多様なコミュニティーが社会に
成立し、個人のアイデンティティーがコミュニティーによって保障され、それでいて
社会全体としての秩序が保たれた社会、とまあこんなところかな。理想的な
ユートピア像だな(藁

488 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/01 22:45 ID:iK9nDIDu
 そしてそこにいたる道のりとして、現在充分とは言えないコミュニティーの再建
と言うところに視点を置けば、ウヨク・保守の唱えている共同体やら、帰属団体への
主張とある程度接近してくる。だからこの点でウヨウ・保守に理解を示し、
リップサービスするんだろうが、ここで忘れてはならないのはウヨク・保守には、
「共同体」=「国家」と言う社会全体を優先させると言う明確な意図があり、その
方便として「共同体」やら「帰属団体」と言うものを持ち出しているだけだと言う
ことだ。だから、さまざまな思想を持った多様なコミュニティーを許容する社会、
身近なコミュニティーが成立する社会を再建させようともし考えているなら、
むしろ全体社会への精神的従属を強いるウヨク・保守どもの主張が通れば、そのような
コミュニティーを許容する多様な社会と言うものは認められないと言うことだ。
もちろん、多重帰属とかで、ウヨク・保守どもは問題の所在をはぐらかすだろうが
あくまで、ウヨク・保守の狙いと言うものは、社会全体へのなんらかの精神的従属
と言う点に力点があり、それを目的にするからこそ、国家・民族=共同体・帰属主体
の論を繰り替えし続けると言うことだ。このような邪悪な意図を持ち、共同体と言う
言葉で、社会に成立しうる多様性な共同体の萌芽を邪悪な「国家」のための「肥やし」
くらいにしか考えていないウヨク・保守に騙されて、リップサービスするのは、
敵に塩を送るだけだぜ(藁

489 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/01 22:45 ID:iK9nDIDu
 本題に入らせていただくが、なんか俺の日の丸・君が代発言で意図しない方向性
に議論が進みつつあるが、俺もそうだが、日の丸・君が代問題をことさらに取り上げる
のは、一種のドミノ理論的思考があるのだろう。日の丸・君が代問題自体はご指摘
のとおり大した問題ではない。しかしだ、なぜウヨク・保守が日の丸・君が代に
こだわるかと言えば、そこに明確に一つの意図があるからさ。それは、国家と言う
社会全体への帰属と言うことへの精神的強制が、これを機会として徐々に進行する
と言うことさ。前にも書いたが、俺が保守・ウヨクの主張を問題視して噛みつくのは、
ウヨク・保守の意図するものとして、内心の自由というものを社会全体への奉仕と
言う視点から、修正を迫っていると言う点だ。そこから、日の丸・君が代問題を
見るとき、これはドミノのはじめの一枚で、ここでやすやすと保守・ウヨクどもに
譲れば、際限なく「内心の自由」と言うものを保守・ウヨクに侵食されてしまうと
思うからさ(藁
 しかし、右翼学者さんが指摘されるとおり、国家と言うもののプレゼンスを
否定的に解し、それに対して国家以外のコミュニティーと言うものを持ち上げて
見ても、ではそのようなコミュニティー(たとえば郷土)と言うものが、
国家に変って「内心の自由」を侵食するではないかとか反論がでてくるだろう。
だがここで重要なのは、国家、全体社会の中で、多様なコミュニティーが成立し、
その多様なコミュニティーを個人が自分の意思で選択可能であるべきだと言う点だ。
この可能性を残すために、社会全体、国家という一つの可能性をことさらに煽るのは、
個人の選択の自由、多様なコミュニティーの可能性という視点から見て
大いに問題ありだろうさ。

490 :UNION JAP:02/02/01 22:50 ID:uiNYCvNt
>>485
しかし、国旗の件の高校生は政治的意志があってやったわけですよね。
ということは、過失などでやった場合とは違い、反省の色などは見せないと思います。
自治体もそういう態度に出れば相手が高校生だろうとなんだろうと警察沙汰に、
と考えてもおかしくはないと思います。

さらにその当時の事をよく覚えてないので、なんともいえないのですが、
起訴の段階でマスコミが取り上げれば放っておくわけにもいかないし、裁判へというのはありうるかと。
そこから有罪になってしまうのは皆さん異論がないと思います。

491 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 22:56 ID:4FPw6S+O
>>489
場所を考えてください。沖縄ですよw
この辺にもこの事件の「変さ」が潜んでいます。「変だから」マスコミが騒いだんですよ。
マスコミが騒いだから「変になった」んじゃない。

自治体関係者も、所轄の警察官も「ウチナーンチュ」(沖縄県人)。だけど、県警本部長も地検の検事たちも
全部「ヤマトンチュ」(日本人)。ね、変でしょw

492 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/01 23:02 ID:iK9nDIDu
>>491

 国旗国歌をめぐるウヨク・保守の論者の偏執的な態度に
大ヤマト主義者の横暴さがちらちら見て取れるねえ(藁
 俺は、チビチリガマを世に知らしめる運動をしてきた人の件も、
国旗の件の高校生も支持したいなあ(藁

493 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 23:04 ID:4FPw6S+O
地検はともかく、県警において本部長の権力は絶大です。本部長はいわゆる
「たたき上げ」ではほとんどなれません。みな国家一種をパスした警察官僚
です。この辺は「踊る大走査線」をじっくりみれば分かりますw

彼らの出世コースに2-3年、県警の本部長を勤めてから警察庁、警視庁に帰り、
警察官僚の道を歩みます。要するに「沖縄VS日本」の構図になったから、マスコミ
も騒いだんでしょう。

どこから見ても、単なる「器物損壊事件」のレベルじゃない。

494 :UNION JAP:02/02/01 23:09 ID:h3NR6DF/
>>491
これは私に対してですよね?
それはどうでしょうか?たしかにそういう構造にはなってるかもしれないですが、
それが即ち沖縄県人に対する思想・国に対する忠誠の強制といえるのでしょうか?
その例だけでは少し厳しいように感じます。
たとえば、沖縄県人が自分の用意した国旗を燃やして捕まったなどがあればその主張ももっともです
が、実際は例えば在日朝鮮人の方によって国旗を焼いてたから捕まったという話は聞きません。
警察に詳しい訳ではありませんがいかがでしょう。


495 :右翼学者:02/02/01 23:12 ID:kS+lZe7s
>>489

>なぜウヨク・保守が日の丸・君が代にこだわるか

むしろサヨク・革新がこだわっているのだが。
「日の丸君が代は国旗・国歌ではない、
法律で定められてないからだ。」
という論調で国旗と国歌を否定しようとしたのはそちらではないか。

それならばと法律で定めたら今度は
「内心の自由」とやらを持ち出す。

結局日本国を否定したいだけなんだろ?

496 :右翼じゃない者:02/02/01 23:14 ID:BclnQ96/
>>485
絡むようだが 立件されて起訴するか起訴猶予するかについてはなぜ検事の裁量に拠ると知っているのだろ
それなのに何故素直に日の丸焼くことが日本人(検事や警察官を含む)の感情を害するという現実を無視するのだ?
仮に検事が場所柄反日の丸(親方日の丸とは矛盾するがw)主義者だとしても
それを不起訴にすることにより無用な摩擦を巻き起こすデメリットを考慮すれば起訴が妥当と判断するだろう
例えば沖縄においては公共の又は私物の日の丸を焼いても不起訴でOKという常識を作り上げてしまう場合等

497 :右翼学者:02/02/01 23:16 ID:kS+lZe7s
さらに国旗や国歌を侮辱することが、
「多用なコミュニティーを成立させるために必要だ」
などというのは論理が6光年ほど飛躍しているな。

そんなにやっきになって国家を否定しなくちゃ成立しない
多様なコミュニティーってのはどうなんだろうな。

まず存在自体に他者の否定が必要だっていうのは、
多様性の存在に害であって利するものではないだろう。

だいたいなんでそんなに国家が嫌いなのかわからん。
国家はコミュニティーの一つなんだから、
他のコミュニティーも尊重するならすればいい。
他のコミュニティーを尊重するために、
あるコミュニティーを侮辱しなくちゃならないっていうのは何なんだ?

498 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 23:18 ID:4FPw6S+O
>>494
いや、善悪の評価をしたい気持ちは毛頭ありません。

最初から言ってるように「変だ」と感じる感性をもっていただきたくて例示しています。
高校生が感情的になって泣き崩れながら日の丸を引きずり下ろして焼いた行為に対して、
「制度」としての法律の厳しい適用をしなければならなかったか・・・。

県警、地検などの担当者も「???」と判断に困った事件に違いがありません。
そこに日本の治安行政、ひいては国家としてのの「エアーポケット」が見え隠れします。
いい悪いではなく、この瞬間、国家はこの女子高校生の行為に対してその「本質」を見せ
ざるを得なくなったのでしょう。日本、沖縄、国旗、戦争・・・これらのすき間が生み出
した「変な」事件だと思います。

499 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/01 23:20 ID:iK9nDIDu
>>495
>結局日本国を否定したいだけなんだろ?

 それは、そうさ。あんたらの考えているような日本国なんて
クソくらえだよ(藁
 あんたらはよーするに、個人の「内心の自由」を「国家」やらの
全体社会と言うものを持ち出して、抑圧したいだけだろ。
 俺が国旗・国歌の問題で、否定的なのは、>>489でも書くとおり、
一種のドミノ理論的思考をもつからだろさ。そちらこそ、国旗・国歌
の問題で、国家への従属性というものを煽れれば、こんどは
修身とか教育勅語もどきをまたぞろ持ち出すんだろ(藁

500 :右翼学者:02/02/01 23:23 ID:kS+lZe7s
>>499
はっはぁ。

おい、きゅりお君。
私がこいつの考えているような悪魔の一種ではないと教えてやってくれ。

どうも「右翼や保守を悪と決め付けて、それと対立する自分を絶対正義だと思い込む馬鹿」
は私の考えていないことを代わりに言ってくれるのが得意なようだが。

とりあえず
「私は国家を否定したい」という言葉をもらえたわけだが。
つまり

>>432
>まず自分が国家に属しているということ、
>それから利益が得られるということ、
>利益を得るためには代償を払うべきであること、
の三つすら認識できていないと。

つまり人類社会で暮らすのはいやだというのかな。
山の中で隠棲すればどうだ?

501 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 23:26 ID:4FPw6S+O
>>496
微妙な案件は100%検事の裁量ですよ。
検事と言う人種は<よく酒を飲みましたが>、法曹界のトライアングル(検事、弁護士、裁判官)の
中で一番、薄給、激務、そして責任も重い。それらの不満を「社会の不正義に対する憎しみ」に
昇華!?wさせているように思います。特に知名度のある弁護士への憎しみは強い。同族憎悪なんです
が・・・w。正直飲んでいても楽しくないのが検事ですね。

そんな嫉妬心と激しい競争心、そして保身のための攻撃性がゆっくりと人格の中に沈殿していきます。
それらの補償物が時として「治安」、「秩序」、「国家」への忠誠心のインフレへと傾きます。
そんな検事はたくさんいると思います。

※「普通の日本人」は沖縄への後ろめたさを感じているでしょう。戦争で一番艱難をなめ、基地が生活を
圧迫し、県民所得が東京都の半分・・・、それが分からないようならちょっと君とも飲みたくないなw

※あ、もちろん、検事にもいいヒトもいますよw

502 :右翼学者:02/02/01 23:26 ID:kS+lZe7s
>>499
しかしこやつは真性の馬鹿だな。

国旗や国歌にある種の電波が仕込まれていて、
それらを尊重することは国家への従属を強制され、
内心の自由が失われることなんだそうだ。

他者を認められないっていうのは、
多様性を一番否定する行為なんだがなぁ。

503 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/01 23:28 ID:4FPw6S+O
>>500
いや、ウヨガクさんらが保守ウヨクを甘やかすと言ってるんでしょ。
直接攻撃じゃないみたいですよ、よく読むとw

504 :右翼学者:02/02/01 23:30 ID:kS+lZe7s
>>501
結局自分たちに都合の悪い人種はすべて精神病者であるという主張。
しかも安易な一般化を連発してそれで何かを主張できたと考えている。

>※あ、もちろん、検事にもいいヒトもいますよw
このように逃げを打っておきはするが、
自分の嫌いな職業に対する偏見を増長させることにはちゃっかり成功している。

505 :右翼じゃない者:02/02/01 23:31 ID:BclnQ96/
>>501
いやその検案に当たるのが「よい検事」だとしてもやはり
器物損害で起訴処分にしてしまうのが無難な判断だろうと言いたいわけ
不起訴にした時のデメリットを考慮すればさ

506 :UNION JAP:02/02/01 23:32 ID:j72oxWhd
>>498
いえ、私も善悪として言っているではありません。
そう感じられるような書き方をしましたでしょうか?
>日本、沖縄、国旗、戦争・・・
この沖縄の部分を朝鮮に変えた事例はおきてないわけです。
沖縄県人を在日朝鮮人のかたより差別しているということはないでしょう。
ですから、これは本当に差別意識に根ざした物なのか?といいたかったのです。
しかし、この件に関して私は詳細を知らないから変と思えないだけかもしれません。


507 :右翼学者:02/02/01 23:32 ID:kS+lZe7s
>>501
つまりそういうことを主張するのはやめろ。
見てて非常に気分が悪い。

508 :右翼じゃない者:02/02/01 23:33 ID:BclnQ96/
>右翼学者氏
復帰早々アクセル全開だね

509 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/01 23:37 ID:iK9nDIDu
>>497
>そんなにやっきになって国家を否定しなくちゃ成立しない
>多様なコミュニティーってのはどうなんだろうな。

 それは、国家と言う全体社会への従属性を煽ると言うこと自体が問題あり
だからだろ。多様なコミュニティーを社会の中で許容していくためには、
一つの集団が社会を席巻することを許してはならない。
 それは国家にも言えることで、国家を操る政治勢力が、自分を共同体だと主張し、
自分への帰属をことさら煽るなら、それは国家の地位をことさら他のコミュニティー
から優越せしめるもので、一種の思想市場の独占をはかることになるだろう(藁
 社会の中でコミュニティーの多様性を認めるためには、それなりのしかけが
いるんだよ。俺の想定する理想的な国家像とは、個人が選択し、試行することが
できる多様なコミュニティーの存在さ。
 一方ウヨク・保守どもの考える国家像とは。個人の内心を唯一の神にも等しい
国家に結びつけ、それを基礎に社会に秩序と一定の方向性を与えると言うものだろう。
 そもそも、想定する理想的な国家像がちがうんだよ(藁

510 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/01 23:42 ID:iK9nDIDu
>>508

 まあ、とにもかくにも議論が活性化するということはいいことだよ。
煽りがいもあるしね。いままで、ちょくちょくこのスレ見てきたけど、
なんか変にひよった仲良しクラブ的なところがあったからね。
 真剣な、論者の意図するところが赤裸々にでてくるような対話からしか、
まとな会話と言うものは成立しないからな(藁

511 :UNION JAP:02/02/01 23:43 ID:U9wdurik
まあ、アズマ人さんは(2ちゃんの)右翼偏重の傾向に対して警告しているような気はしますが、
右翼学者さんも言ってるように国に属すということはやっぱり
内心に限らず自由を制限されることになりますからね。
しかしだから国なんていらないというのは暴論でしょう。
国にどこまで規制させるのが国民の利益になるか?ということでしょうか。

512 :日本男児:02/02/01 23:43 ID:Zvnr1rZ3
>>509
復帰してみたらすごいレスの数だ・・・。追いつけない・・・。

>社会の中でコミュニティーの多様性を認めるためには、それなりのしかけが
>いるんだよ。俺の想定する理想的な国家像とは、個人が選択し、試行することが
>できる多様なコミュニティーの存在さ。

全く同意なんですが、何が問題なんでしょう?出来れば「それなりの仕掛け」って
奴を聞かせてもらえればありがたい。まさか国家を否定すること?

513 :右翼学者:02/02/01 23:45 ID:kS+lZe7s
>>509
どうも「右翼や保守を悪と決め付けて、それと対立する自分を絶対正義だと思い込む馬鹿」
は私の考えていないことを代わりに言ってくれるのが得意なようだが。

私が前前スレから主張している重層的な社会というものはどういうものなのか、
それぐらい理解してほしいと思ったりもする。

まず第一に国家に属したら主体性がなくなる、
あるコミュニティーに属したら他のコミュニティーに属せない、
ある国家規模のコミュニティーが国民全体から帰属意識を貰ったら、
それは他のコミュニティーを圧迫することである。

上はすべて馬鹿だ。
国家はコミュニティーの一つ。
あるコミュニティーに属しながら他のコミュニティーに属するのは簡単。
個人の主体性が維持されるかどうかはそやつの意思次第。

否定否定の相互関係ではなく、
肯定肯定の相互関係を築くのが多様な社会への第一歩だ。

それを否定から始める馬鹿がいるしな(笑)

>一方ウヨク・保守どもの考える国家像とは。個人の内心を唯一の神にも等しい
>国家に結びつけ、それを基礎に社会に秩序と一定の方向性を与えると言うものだろう。

被害妄想

514 :日本男児:02/02/01 23:46 ID:/HHOdY6J
>>510
ありがとう。私も実は気にしていた。意図的に切れてみたこともあったんだが(笑)。

515 :右翼学者:02/02/01 23:46 ID:kS+lZe7s
「右翼や保守を悪と決め付けて、それと対立する自分を絶対正義だと思い込む馬鹿」
は彼らが「右翼」や「保守」と決め付けた人物の発言を
瞬間的に自分の被害妄想と結合する得意技を持っているよな。

三国人報道なんかそれの一番いい例なんだが。

516 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/01 23:49 ID:iK9nDIDu
>>500
>私がこいつの考えているような悪魔の一種ではないと教えてやってくれ。

 いやあ、そこのところをむしろ明確にすべきだろう。俺に言わせれば、
ウヨク・保守というものは悪魔・疫病の一種さ。
 よーするに「国家」とか「民族」言うものをことさらに持ち出して、
多様なコミュニティーの実験上としての社会を、単一の思想、単一の方向性で
独占しようとする、悪性のがん細胞のようなものだろう。
 社会を束ね、多様なコミュニティー、個人と言うものを成り立たせるもの
としての制度としての「国家」を俺は否定しないが、それをことさらに煽り、
ましてや、コミュニティー、個人に君臨するものとして、「国家」を持ち出し、
それへの精神的従属をはかる行為は、思想市場の整備を越えた、思想市場に
対する独占行為そのものだろ。「国家」を利用し、市場を単一の思想で独占しようと
荒らす存在は、「悪魔」「疫病」といわずしてなんと言うのかね(藁

517 :UNION JAP:02/02/01 23:49 ID:MRnJn7K7
おっと変にひよっちまった。
ならいいますが近代における国の役割は国民の権利の保障だと思います。
しかし、国に対するある程度の忠誠心がなければ、
具体的に言えば法律を守る。税金を払う。
その程度の忠誠心はなければそれも達成できないでしょう。
また、その目的のために権利を守るために権利を制限することもあるでしょう。
いかがですか?

518 :右翼学者:02/02/01 23:50 ID:kS+lZe7s
NGOがアフガン問題で「お上のいうことは信用しない」とか言うやつがいるが、
信用できない相手と仕事ができると考えているんだろうか。

つまり対等なパートナーとして政府を考える。
そのためにはまず相互信頼が必要なのに、
「お上=国家=悪」という
「右翼や保守を悪と決め付けて、それと対立する自分を絶対正義だと思い込む馬鹿」
の弊害がここに出ているな。

まぁ政府側にも歩み寄りの姿勢が必要なんだが、
それ以前に普通の人間なら一緒に仕事をしていこうという相手を捕まえて、
「あいつは信用できない」と他の人に言わない。

そういうヤツのほうが私は「信用できない」な。


519 :右翼学者:02/02/01 23:51 ID:kS+lZe7s
>>516

> よーするに「国家」とか「民族」言うものをことさらに持ち出して、
>多様なコミュニティーの実験上としての社会を、単一の思想、単一の方向性で
>独占しようとする、悪性のがん細胞のようなものだろう。

それって〜計画経済の社会主義国家や共産主義を皮肉っているんですか〜?(笑)

520 :右翼学者:02/02/01 23:52 ID:kS+lZe7s
共産党や公明党・社民党がガン細胞というのは同意ですが〜(笑)



521 :日本男児:02/02/01 23:53 ID:KGdScEIu
>>516
ちょっとこのスレではもう少し煽り方を考えた方がいい(笑)。
余りにもピントはずれ。やっぱりマスコミ板の方が良くない?

あ、でも追い出したいという訳じゃないんだよ。もう少し高度に煽って
欲しいんだって意味。

522 :日本男児:02/02/01 23:54 ID:KGdScEIu
では子供が泣き出しそうなのでさらば(笑)。

523 :右翼学者:02/02/01 23:54 ID:kS+lZe7s
>>521

そもそもこのスレでは俺が徹底的なコヴァ駆除活動を行ったので、
無菌室であるはずなんだが。



524 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 00:01 ID:m/xJSgZP
>>517

 別にひよってはいないだろ。まあ、歩みよっては議論が盛り上がらない
から面白くなくなるんだけどね(藁
 しかし、まあリップサービスを言えば、UNION JAPさんやら、右翼学者さん
やらが言うことも一理あるわけで、社会を束ねる国家へのなんらかの
忠誠というかモチベーションと言うものがなければ、社会を統一体として
まとめあげ、多様なコミュニティー・個人の実験場を確保し、管理・維持する
こともままならない。
 だから、多様なコミュニティーやら個人というものを前提にしても
なんらかの社会全体を束ねる存在やら規範へのロイヤリティーとか帰属心
と言うものを確保できなければ、多様な社会という枠組みを支える国家
自体がなりたたないだろうと言うことだろ。国家維持とか、規範維持への
動機付けとか、人材、労力をナショナリズムなくしていかに調達しうるのか?
と言うことがよーするにいいたいわけだろ(藁

 しかし、俺がいいたいのは、意図を明確にすべきだと言うことさ。
あくまで、俺が主張するのは、前提として多様なコミュニティー・個人と言う
存在を認め、それを維持・管理するものとして、国家を位置付けると言う
ことさ。ココが重要で、まず全体的な共同体としての「国家」ありきではなく、
個人やら、コミュニティーあっての「国家」。

525 :右翼じゃない者:02/02/02 00:02 ID:L0ew68BP
>>509
何故そんなに大義を疎かにして小義に拘るのか?

前もって言っておくが感情的には理解できる 例えば忠臣蔵とか省益重視官僚とかいかにも日本的でね
国家と個人の利益がかち合った場合 和解するにしろ裁判で決着をつけるにしろ 単なる利害の面では充分に補償されると思うのだがね
これは国家とその他の共同体と置き換えても同様 
国家単位の社会が定義する方向性(大義)などには従う気がないと主張しながら国家に属するメリットは享受したいでは話にならんだろ
どうしても小義を貫きたいなら止めないがそれなりの覚悟はした方が良い

もし君がアナーキズムを志向するなら政治思想板にその手のスレがあるのでそこに来なさい
 

526 :右翼学者:02/02/02 00:05 ID:6Qkhv+S2
>あくまで、俺が主張するのは、前提として多様なコミュニティー・個人と言う
>存在を認め、それを維持・管理するものとして、国家を位置付けると言う
>ことさ。ココが重要で、まず全体的な共同体としての「国家」ありきではなく、
>個人やら、コミュニティーあっての「国家」。

まったくそのとおりである。
国家もコミュニティーの一つであるという認識がないと、
国家のみを特別視してしまうことに繋がるがな。

本質において国家となかよし短歌クラブは同じものである。
人間があつまって目的のために権利と義務を定めて遂行する。

そういうことだ。

527 :UNION JAP:02/02/02 00:06 ID:j/iGQTSY
ふう、俺レス遅いっすね。話題についていけてない。教養もないし。

>516
私はむしろウヨクとは性悪説派、サヨクとは性善説派ではないかと思った。
右は他人をまず疑ってかかる。つまり反サヨ先生の主張する通り自らを利する事を
第一に考えていると思っている。その中では法律や強い国が無ければおちおち眠れもしない。

たいして左は逆に知らない人はとりあえず善人。だから、社会が悪くなったらその原因は社会制度にある。
ソフトはいいのにいい結果が出ない。つまりハードが悪いと思う。むしろハードなど
いらないのではないかと思うわけだ。

うまくまとまらなかったが、両者の違いは人間の本質の捉え方にあると思う。

528 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 00:10 ID:m/xJSgZP
>>519
>それって〜計画経済の社会主義国家や共産主義を皮肉っているんですか〜?(笑)

 もちろん、共産主義やらも俺の批判の対象だぞ(藁
 そもそも、国家を主体にして、他のコミュニティーやら団体の試行やら
活動を認めないと言う発想自体が間違いなんだよ。
 そもそも、現在の国家の地位を高めた「国民国家」と言うものも、
一つの社会実験としてでてきたもので、それが結果として社会を
席巻してしまった。
 しかし、「国民国家」と言う発想自体も、一つの社会実験・実践に
すぎない以上、新しい社会実験・社会実践と言うものがでてくる素地
と言うものを社会の中で許容しておいてもいいのでないのかね?
 共産主義やら、国家=共同体に考える発想を俺が間違いだと
指摘するのは、これらの思想の根底には、自分こそが社会を束ねる
唯一の存在であり、その許容範囲内でしか、他の思想運動の社会実験
社会実践を認めない傾向性があるからさ。
 国民国家と言うものが、でてきたように新しい社会運動・社会実践と言う
ものが、個人・コミュニティーの中から生まれてくるかもしれない。それの
可能性を確保する意味でも、国家は思想市場整備、下支えに徹するべきだろ。

529 :右翼学者:02/02/02 00:10 ID:6Qkhv+S2
>>527
右翼と左翼とは何か、なんて用いる人間によって圧倒的に定義が違う。

むりに定義したっていいことは何もない。

右翼=保守
左翼=革新
ぐらいで良い。

そもそもこんな「具体的に何を指しているのか理解できない」
ような用語を連発しても何もいいことはないのである。

530 :右翼学者:02/02/02 00:11 ID:6Qkhv+S2
>>528
ちがうよ。
国家はコミュニティーだよ。

キミは国家を特別視する近代国民国家の呪縛から抜けきれていないだけ。

531 :右翼学者:02/02/02 00:16 ID:6Qkhv+S2
国家をなかよし短歌クラブに近似する。
その場合、短歌クラブに属している人間が
鹿児島県短歌クラブ連盟に属し、
全国短歌振興連盟に属していることはおかしくも何もない。

また短歌クラブに属しているのと同時に、
草野球チームの2番であり、商店街の委員であり、
自民党員であっても何もおかしくない。

そういうのと並列的に「日本国国民」であるということを捉える。

すると国家を特別視する必要は何もない、
ということが理解できるだろう。

だから何で国家ばっかり批判して毛嫌いするのか?
ってのがまったく理解できないんだが。

それは結局「近代国民国家」の呪縛に囚われているだけで、
「さっさと自由になりなさい」としか助言できないな。

532 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 00:20 ID:m/xJSgZP
>>526

 そこで、ひよられては困るなあ。もっと論点を明確にしないと(藁
 まあ、国家と言うものを想定する以上、国家と言う存在をいかに
維持するかという泥臭い話になるわけだから、多少ウヨク・保守の
方々と接近してくるのは当然なんだけどね(藁
 個人とかコミュニティーを認めた上で、次に「国家」と言うものを維持
しようと思えば、「国家維持」への個人・コミュニティーの意欲調達と
言うことが問題になってくる。
 ここのところをサヨクとかリベラルの人たちはまともに考えてこなかった
わけだよな。いくら、個人、コミュニティーの多様性を声高に訴えても、
それを統合する社会と言うものをきちんと提示できなければ、
単に唯一の存在たる「国家」を主張するウヨク・保守に対する万年反対野党
にすぎないわけだ(藁

533 :右翼学者:02/02/02 00:22 ID:6Qkhv+S2
>>532
ひよってないよ。

お前が的外れの右翼批判を繰り広げているだけで、
俺はお前の理論の馬鹿さ加減を指摘しただけ。

>>526はもともとの俺の主張なんだから(笑)
きゅりお氏に聞いてみなさい。


534 :右翼学者:02/02/02 00:24 ID:6Qkhv+S2
>>532
で、どうしようと言うのだ?
論点を提示しただけじゃ進まないよ。

国家の維持法なんか今のままでいいじゃないか。
現に維持されてるだろ。
それを非難する自称サヨクやら自称リベラルが馬鹿なのであって、
本当はこれでいいんだ。

大事なのは「国家はコミュニティーの一つである」と言う認識。
それさえ持っておけば主体性は担保される。

535 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 00:28 ID:WWB7YoKd
なんか新たな対立点での不毛な言い争いになってるなあ(w
確かに右翼学者さんの言うようにアズマさんはあまりにも「近代国民国家」に束縛
されているように見えるし(これは一番その対象を否定しにかかってる人間が最も
その対象物に束縛されている法則なんだろうな)、かと言って、右翼学者さんの
方も今の「国家」の意義を明確にしていない(つうか「国民国家」を反復している
ように見える)。
これで止揚を図るには、アズマさんが「近代国民国家」への束縛から解き放たれ、
右翼学者さんが新しく「国家」を意味付ける必要がありますね。と、横レス。

536 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 00:30 ID:m/xJSgZP
>>531
>それは結局「近代国民国家」の呪縛に囚われているだけで、
>「さっさと自由になりなさい」としか助言できないな。

 でもなあ、国家とか社会全体をコミュニティーと言うのは一定の意図を
感じてしまうんだよな。帰属の多重性とか、相対性を持ち出しているが、
実際のところ国家とか社会全体と短歌倶楽部とかとは全然違う存在だろ。
 各コミュニティーになくて、国家にある、もしくは期待されている
役割とは、各コミュニティー・個人間でトラブルが生じた時に、介入してそれを
解決するとか言った権力と言うものがあるだろう。そこを無視して、短歌倶楽部と
国家とか社会全体を一緒にしてもらっては困るなあ(藁
 この権力と言うものがあるからこそ、その適正な運用と言うものをめぐって
法治主義とか、人権という多数決原理からの留保事項が生じてきたわけだろ。
どうも、保守・ウヨクが、コミュニティーと国家を同一視する発想を持ち出すと、
コミュニティーがやっているようなインフォーマルな規範を、国家にまで拡張して
持ちようとしていると勘ぐってしまうわけだ(藁
 各コミュニティーであれば、自分達の信じる規範で内心を縛ることも自由だろう、
いやなら抜ければいいんだし。しかし、各コミュニティーやら個人を束ね、調停
する「国家」が。インフォーマルな規範を持ち出して、個人やらコミュニティーに
介入しだしたらなんて考えたら怖くて夜も眠れネーや(藁

537 :右翼学者:02/02/02 00:34 ID:6Qkhv+S2
だから国家とはコミュニティーだよ。

コミュニティーであるから
自分達の信じる規範で内心を縛ることも自由だろう、 (憲法・法律)
いやなら抜ければいいんだし。(亡命)

言っておくが、国家から利益を得ているのだから、
(亡命にはコストがかかる)と言うのはあたりまえ。
国家からの利益と義務を天秤にかけて、
退出を選択したいのならすればいい。

むしろ「国家退出権」を権利として認めるべきだな。
毎年一定枠だけ国費で他国へ放り出す権利。
もちろん退出したのだから「帰ってきたい」というのは聞けないが。

カナダやオーストララリアなど移民を歓迎している国なら、
こういう条約を締結できるだろ。

538 :右翼学者:02/02/02 00:38 ID:6Qkhv+S2
>>535
国家とはコミュニティー。

目的遂行のために人間が集まって、
権利と義務を定めて運営するもの。

それ以上でもそれ以下でもない。

国家にはメンバー同士・コミュニティー同士の仲裁機能がある、
って言ってもそれは上位コミュニティーなら必ず持っているんだから、
国家の特徴じゃあない。

むしろ国家がコミュニティーと決定的に違うって点を聞きたいね。


539 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 00:42 ID:WWB7YoKd
さすがに「永遠の厨房」アズマさんも分が悪いか・・・(厨房だし・・・)。

540 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 00:48 ID:m/xJSgZP
>>534
 結論を急ぐなよ(藁
 俺がまずここで、明確にしたいのは、ウヨク・保守が、国家を持ち出すとき、
「国家はコミュニティーの一つである」では終わらないと言うことさ。
何度も指摘していることだが、「国家=共同体」と言う発想には一定の意図が
あるからするんだろ。それすなわち、国家の意思決定には従わなければならない
とか、協力しなければならない。そのためには、個人の内心に対する「国家=共同体」
への帰属意識を煽る働きかけも、当然に許されると言う発想が背景にあるわけだろ。
 そして、帰属意識だけでは終わらず、さらに国家意思、国益と称するものへの
個人の価値観の強制と言うものに至るのさ。
 俺が、このスレで論じたいのは、「国家」という社会統合体と言う存在を是認する
にしても、それへの帰属意識のあり方、また「国家」に許されるインフォーマルな
形での規範強制がどの程度のものかと言うこと。
 あくまで、俺は、個人や、個人が選択可能なコミュニティー先に有きの立場。
だから、それを維持・管理する「国家」も、その限度でロイヤリティー調達やら
国家への動機付けを拘束されることになる。また、一定の方向性とか規範を国家が
示すにしてもその決め方とかね。
 できることなら、このスレでそこら辺をあきらかにしていきたいね(藁

541 :右翼学者:02/02/02 00:55 ID:6Qkhv+S2
>ウヨク・保守が、国家を持ち出すとき、
>「国家はコミュニティーの一つである」では終わらないと言うことさ。
>何度も指摘していることだが、「国家=共同体」と言う発想には一定の意図が
>あるからするんだろ。

被害妄想につけるレスはないよ(笑)

そもそも二千三百歩ゆずってそういう連中が存在するとしても、
そういうことは国民各人の自覚に頼らざるを得ない。

つまり各個人が主体を確立させれば、
そう言う連中がいくら策動しようと無意味だということ。

542 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 00:57 ID:m/xJSgZP
>>535

 国家とそれ以外のコミュニティーは権力という点で全然ちがうものだろ。
国家はご存知のとおり、権力をもって、個人・コミュニティー間の争いを
調停することができる。しかし、調停だけでは意味が無い。国家の持つ最大の
武器とは、実力をもってそれを強制する権限をもっている最終機関である
と言う点だろ。あらかじめ言っておくが、暴力団とかジャイアンの例とかを
持ち出すなよ(藁
 この辺の国家の特異性を無視してことさた、自由意志による参加の他の
コミュニティーと国家を同一視して処理しようとするからおかしな発想に
なるんだよ。国家とは、絶大な権限と実力を兼ね備えた原子炉のように危険な
存在さ。その原子炉をえたいの知れない「伝統」とか「道徳」といった、
インフォーマルな規範とかを持ち出されて運営することに危惧を感じるのさ(藁

>>539

 俺は「永遠の厨房」だが分が悪いと言うことはないさ(藁
まあ、見ててみなよ。俺の厨房むりをもっとスーベニアのかしこまった諸賢
に知らしめてやるさ(藁
 

543 :右翼学者:02/02/02 01:00 ID:6Qkhv+S2
だから「国旗・国歌」について騒ぐのは無意味。

国家とはコミュニティーの一つであると認識し、
コミュニティーとは目的遂行のために権利と義務が生じる団体だと認識し、
自分が主体的にそれに参加しているという自覚を持つこと。

むしろ主体性と自覚・社会的動物であるという認識がないなら、
何をどうやっても無意味。
それなのに根本を糺さず枝葉末節ばかりに目が行くのは馬鹿としかいいようがないな(笑)

544 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 01:03 ID:WWB7YoKd
>>541
今の日本で正直「個人」で主体を確立できている人間はどのくらいいるので
しょうか?
ただの政治家に過ぎない小泉にアイドル的な人気が盛り上がったり、若者は
右習え的なファッションを好んでしています。
この現状で「各個人の主体の確立」と言っても、困難ではないでしょうか?
>>542
一応タオル投げました(w

545 :むっちょ:02/02/02 01:06 ID:lurC3icb
勝手に論点を整理させてもらうと、
国家はコミュニティというのは同じだけれど、国家に所属する個人の帰属意識を
自明のものとするかそうでないかということ?


546 :UNION JAP:02/02/02 01:06 ID:qxECYT+4
ようするに「国家」ってコミュニティーがどこまで他のコミュニティーや個人に
関わるのがいいか。ってことかな。
だったらやっぱりその「国家」ってコミュニティーの構成員が話し合うのがいいんじゃない?
一つずつのコミュニュティーはそれでよくて国だけだめってのはどうだろう。



547 :右翼学者:02/02/02 01:07 ID:6Qkhv+S2
>>542
>国家はご存知のとおり、権力をもって、
>個人・コミュニティー間の争いを調停することができる。

プロ野球にもコミッショナーってのがいて、
調停活動を行っています。
どのコミュニティでも存続する必要があれば調停活動とそれを行う人・機関があります。

>しかし、調停だけでは意味が無い。国家の持つ最大の
>武器とは、実力をもってそれを強制する権限をもっている
>最終機関である

調停に従わなかったメンバーに対しては、
追放や罰などのペナルティが科されるのはまともなコミュニティなら当然のことですが。

暴力をともなうそれを禁止しているのは、
各コミュニティを包括する上位コミュニティとしての国家が、
そう定めたからで、そうでなければDVや私的制裁などの行き過ぎを止める方法がないからそうしているんです。

1、各コミュニティーは暴力などで調停を強制する権限を元来有している。
2、ただしそれでは不利益が生じるので、暴力は国家に集中されている。

それは国家が他のコミュニティーを包括しているからであって、
国家が包括していないコミュニティーの暴力は制限されない。

これは上位コミュニティが下位コミュニティに影響力を行使できる、
と言うだけの話であって、たとえば国家が企業法を定めて、
企業コミュニティの運営に影響できるのと同じである。

548 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 01:09 ID:m/xJSgZP
>>543

 そうかな?枝葉末節にこだわっているのは、むしろウヨク・保守だと思うぞ(藁
旗も歌も、そんなものは国家への動機づけ、国家への参加意思調達のための
一手段のはずだろ。旗や歌に気に食わない奴が出るのは当然だから、
そのような人間に対しては、別の方法で社会を統合する動機付け、参加意思の
調達と言うものを考えればいいだろ(藁
 俺は、旗や歌より、よって立つ理念とか原理とかの方が重要だと思うぜ。
きちんと、多様なコミュニティー・個人の存在と言うものを認めて、そのような
存在を維持・管理するだけの国家を維持すると言うことを鮮明にして、
国家へのロイヤリティーやら動機付けをした方がいいではねーの。日本の
周りを見回してみれば、そんな国はむしろ少ないんだからさ(藁
 なんか、ウヨク・保守の国旗・国家を巡る態度を見ていると狂的なものを
感じざるをえないんだよね。ただの国家へのロイヤリティー資源のための
動機付けの一つにすぎないのに。そっちが厨房なら、こっちも厨房レベルに
あわせてやろうと言うのが礼儀というものだろ(藁

549 :UNION JAP:02/02/02 01:10 ID:qxECYT+4
>>546
ぜんぜん違った。自分で訂正します。

550 :右翼学者:02/02/02 01:10 ID:6Qkhv+S2
上位コミュニティである高野連は高野連規則を定めて、
下位コミュニティである高校野球のクラブを規制しています。
つまりそういうことであって、
それだけのことで国家を特別視するに及ばない、
というのが私の見解です。

551 :右翼学者:02/02/02 01:11 ID:6Qkhv+S2
>>548
>むしろウヨク・保守だと思うぞ(藁
うん、だから「俺じゃない」だろ。

国旗国歌なんかどうでもいいじゃないか。
なんでキミはキミの大嫌いな「ウヨク・保守」にわざわざ付き合ってあげるのかね?(笑)


552 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 01:15 ID:WWB7YoKd
アズマさん、ちょっと誰もいない方向に攻撃してますよ!(w
ウヨガクさんはきゅりおさんとも共通認識に至ったような柔軟な人ですから。
名前に粘着しているようですよ!(w

553 :右翼学者:02/02/02 01:15 ID:6Qkhv+S2
>>544
まず、俺だろ。(笑)

というかだな。
その人物が主体を確立しているかどうか、
なんて他人が判別できるのか?
それに人間は群れる動物で、だからコミュニティが形成される。
群れていることで主体性が確立されていない、
というのは当たらないな。

554 :右翼学者:02/02/02 01:18 ID:6Qkhv+S2
>なんか、ウヨク・保守の国旗・国家を巡る態度を見ていると狂的なものを
>感じざるをえないんだよね。ただの国家へのロイヤリティー資源のための
>動機付けの一つにすぎないのに。そっちが厨房なら、こっちも厨房レベルに
>あわせてやろうと言うのが礼儀というものだろ(藁

なんだそうだったのか。
では貴様では役者不足だし、俺では役不足だ(笑)
とりあえずハングル板に行けばどうだ。

555 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 01:23 ID:m/xJSgZP
>>545 >>546 >>547

 つまり、UNION JAPさんが言うとおりだよね。
国家が最高の調停機関であるかぎり、その役割、機能と言うものをはっきりさせずに
他の共同体と同一視してもダメと言うこと。
 まだ、右翼学者さんは、コミッショナーの話を持ち出して、国家と他の
コミュニティーとの同一性を持ち出しているが、コミショナーによる調停だって
国家の裁判所に持ち込まれることがあるって。だから、「強制する権限をもっている
最終機関」だってあらかじめ書いているのだし。まあ、国家と共同体を同一視して、
共同体の持つ、インフォーマルな規範を国家にも導入したいから、ことさらに
主張されるのかもしれないけどね(藁

>だったらやっぱりその「国家」ってコミュニティーの構成員が話し合うのが
>いいんじゃない?
>一つずつのコミュニュティーはそれでよくて国だけだめってのはどうだろう。

 話し合いの方法が問題になるのさ。「国家」と言うのは、各コミュニティーに
上位した存在さ。各コミュニティーの調停・裁定・強制の機能さえも兼ね備えたね。
 だから、そのような強力な権力と言うものを国家は、安易にその方針と言うもの
を決めてはならない。もしコミュニティーなら嫌なら抜ければそれで済むことだが、
各個人・コミュニティーに上位する国家と言うものが、変なことをすれば、
その影響力たるや比較にならないものになる。
 だから、話し合いとか国家意思の決定に関しては当然論じるべきであるが、
「国家」と自由度の高い「コミュニティー」をことさら同一して論じるのは
おかしいと言うことさ(藁

556 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 01:24 ID:WWB7YoKd
>>553
確かにそうです、ごもっとも(w
でも、日本人がどうしても一つの方向に崩れやすい傾向があるのは事実ですけどね。
まあその傾向をアズマさんとしては、日本を連邦制的な緩やかな連合体にして、
郷土を主体に責任ある政体を目指しているらしいですが。
丁度イタリアっぽい感じかな?

557 :右翼学者:02/02/02 01:27 ID:6Qkhv+S2
>>555
>共同体の持つ、インフォーマルな規範

あのさ、共同体は規範の成文化を行っているものが
大多数を占めるんだが。

インフォーマルな規範っていったいなんだ?
また被害妄想に陥っているぞ(笑)

558 :右翼学者:02/02/02 01:28 ID:6Qkhv+S2
>>556

>でも、日本人がどうしても一つの方向に崩れやすい傾向があるのは事実ですけどね。

それは日本人の特性ではなく、
人間の特性です。

559 :右翼学者:02/02/02 01:30 ID:6Qkhv+S2
 話し合いの方法が問題になるのさ。「国家」と言うのは、各コミュニティーに
上位した存在さ。各コミュニティーの調停・裁定・強制の機能さえも兼ね備えたね。
 だから、そのような強力な権力と言うものを国家は、安易にその方針と言うもの
を決めてはならない。もしコミュニティーなら嫌なら抜ければそれで済むことだが、
各個人・コミュニティーに上位する国家と言うものが、変なことをすれば、
その影響力たるや比較にならないものになる。
 だから、話し合いとか国家意思の決定に関しては当然論じるべきであるが、
「国家」と自由度の高い「コミュニティー」をことさら同一して論じるのは
おかしいと言うことさ(藁

上を翻訳すると
「国家の方針を決めるときは良く話し合いましょう」
何も言ってないに等しいぞ。

「自由度の高いコミュニティと同一視してはいけません」

コミュニティに自由度が高く、
国家に自由度が低いって誰が決めたんだね?

560 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 01:33 ID:m/xJSgZP
>>554

 まあ、そう言わずお相手してよ(藁
 国家と言うものを肯定しても、それでは、国家へのロイヤリティーの
調達やら、規範の設定の限度やらでいろいろ問題はでてくるだろさ。
 他の共同体と国家の担うべき役割と言うものは、明らかに違う。よって、
それに対する取り扱いと言うものも、他の共同体と同一視することなく
別個に取り扱うべきだと言うのが俺のそもそもの主張さ。だから、
名無し2さんやらにあえて噛み付いたわけだし。まあ、右翼学者さん
おんみずからご出馬されるとは思っていなかったが(藁
 右翼学者さんが、国家に対して柔軟な思考され、一定の見識を持たれて
いるのは認めるが、国家内の個人・コミュニティーに対する介入の方法やら、
その限度ではまだ積み残された問題もあるだろう。
 もし、マジメに国家と言うものにインフォーマルな規範を導入しようと考えて
いるなら、法治主義とか人権などとの整合性とかね。この辺を議論して
逝きたいわけだ。まあ、夜もふけてきたし今日のところはここらへんで
ゆるしておいてやるわ〜(藁

561 :むっちょ:02/02/02 01:33 ID:lurC3icb
>>555
例えば「日本文化コミュニティ=日本国家コミュニティ」ではないわけで、
ならば国家コミュニティが何を拠りどころにするべきか?という問題だよね。
自分は各コミュニティが共生していくための社会を維持することだと思うけど、
それは上位とか下位とかそう言う問題ではなくて、単純に次元の違う話だと思う。



562 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 01:34 ID:WWB7YoKd
>>559
確かに「日本人のコミュニティ」は下手な「国家」よりも縛りはキツイかも
しれませんね。第一、村八分とか。
オレの指摘した日本人の一つの方向への崩れやすさも、「日本人の草の根
コミュニティ」の息の詰まる感じと結構密接なように思いますね。
村八分とか。

563 :UNION JAP:02/02/02 01:35 ID:RZfzFLZc
>>555
話し合いの方法は現状の間接民主政治でいいんじゃないだろうか。
直接民主政治が理想ではあるけど、それではなんにも考えていない人間の意見に引きずられてしまう。
あとは代表をどうやって選出するかにかかってくるのかな。
それでいいと思うのだけど。
それで通るということはそのコミュニティーでは合意されたと言うことで。

564 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 01:35 ID:m/xJSgZP
>>559

 まあ、ここらへんの議論は、多数決とか多数決から留保された
領域の問題ともからんでくるし、現在の法治主義とか人権の
位置付けの問題ともからんでくるから、また明日時間があった
ゆっくり解説するよ。期待してまってってね。乞うご期待(藁

565 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 01:36 ID:WWB7YoKd
なんていうか、日本人の横並び意識が日本の「ムラ」的コミュニティと密接な
モノに思えるんですけど。そしてその「ムラ」的なコミュニティの暴走が一番
恐ろしい気がするんですけど。

566 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 01:39 ID:rDH2Czdd
国家を巡る「神学論争」になってるような気が・・・

567 :むっちょ:02/02/02 01:39 ID:lurC3icb
>>565
そう。だから国家コミュニティと文化コミュニティは分けなくてはいけない。


568 :右翼学者:02/02/02 01:40 ID:6Qkhv+S2
>>567
それは政府の構成員を全員フランス人にすることで解決する。

569 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 01:41 ID:WWB7YoKd
>>566
完璧にそうなってます(w

570 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 01:43 ID:m/xJSgZP
>>566

 それを言われると困ってしまうなあ(藁
 きゅりおさんとしては、どう言った方向性に議論を向けたいわけかなあ(藁
 俺としては、国家と言うものを許容するにしても、国家の共同体への関与
の度合い、また国家が目指すべき原理・原則。またその決め方を議論したい
のだけれど(藁

571 :UNION JAP:02/02/02 01:44 ID:INno00YY
>>568
そうはいかないでしょう。
だって、フランスの国土にはフランス人以外もいるから。
きゅりおさんが前いってた問題に繋がるし。

572 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 01:50 ID:rDH2Czdd
>>570
僕は国家は生物で言う細胞膜のようなものだと思ってますよ。
「外」と「内」の浸透圧の違いを調節する膜。両側では物質的、情報的な代謝もあるが、
その圧力は国家を通じて調整される。

↑どうよ、これいいでしょ!w アドリブよ、アドリブw

方向性としては、「国家の緩やかな死」、「連鎖公共性」の復権です。細胞膜の範囲が様々な環境によって
拡大/縮小する。そこで浸透圧が調整される。具体的には安全保障の領域ではすでに細胞膜の拡大が不可避で
あり、国家のアイデンティティの最大の後ろ盾である「防衛」の概念が一遍しています。

ウヨガクさんは国家機能の整合性を前提に話を進めているが、前々スレで話したように機能面で「こそ」近代国家
が「心不全」を起こしつつあるという論点を意図的に避けているという印象はありますね。

右派が多元論を唱えながら、実は国家に対する強い郷愁(ノスタルジー)に引かれていることは
アズマさんの分析の通りだと思いますよ。だから、国家の変化というテーマにには一切の処方箋が
書けない。その点でも明らかでしょう。つまり、「変わってほしくはない」んだと思います。

573 :右翼学者:02/02/02 01:51 ID:6Qkhv+S2
>>571
>だって、フランスの国土にはフランス人以外もいるから。

それならばむしろ好都合である。
どうせなら世界中から人材をかき集めて、
完全に文化的に中立な政府をつくろう。

574 :右翼学者:02/02/02 01:53 ID:6Qkhv+S2
>>572
機能面で国家が存在し得なくなってきているというのなら、
その辺を中心に論じてくれ。

俺は国家にそもそも問題はないという立場なんでな。
国民が自覚すればいいだけのはなしで。

575 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 01:55 ID:WWB7YoKd
>>573
友人(コヴァ)が言っていた石原シンタロー+ゴルバチョフ+サッチャーで
日本改革を!って言うのをなんとなく思い出した(w

576 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 01:58 ID:rDH2Czdd
アズマさんのリベラリズムを鍛え上げることは、実は日本人にとって一番大切なことなのかもね。
なぜなら、誰も本当の「自由主義」を理解していないからw。

単民族/多民族の話は、複数がいいにきまってるんですよ、と断言します。
多様性のなかで「個」は鍛え上げられる。均質的な文化の中では「個」は活性化されない。
昭和7-20年だって要は日本人の「勘違い」。国際経済、国際政治の読み間違い、見当はずれ。
均質性にまどろんでいて、リアルな情勢を分析できなかった結果だと思います。
日本人が「変わる」ためには、多様化をむしろ甘受する気概がほしい。

577 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/02 01:58 ID:m/xJSgZP
>all

 せっかく議論が盛り上がっているが、誤字も増えてきたし
俺はもう寝るよ。しかし、久しぶりのまともな議論だなあ。
 たまには、こう言うのもいいかもね(藁

578 :むっちょ:02/02/02 01:59 ID:lurC3icb
>>573
そういうことじゃないですって(w。
要するに政府のメンバーがどのコミュニティに属しているかにかかわらず、
国家が運営されていかなければいけない。
多様な価値観の共生が保障されなければいけないということ。

579 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 01:59 ID:rDH2Czdd
>>574
は?言いたくないけど初代スレ読んでください・・・
それとも、別人?w

580 :右翼学者:02/02/02 02:06 ID:6Qkhv+S2
>>579
おお、そういえばそういう議論をしてたな。思い出したぞ(笑)

近代国民国家のような超越的な存在でありつづけるべき、
なんて話はしてないから、
一つのコミニュティとしてみたとき国家が存続し得ない理由はあるのか?
国家の機能をより上位コミニュティと
より下位コミニュティに分配していくことは進行するだろうが。

そのより上位コミニュティの育成にはそのメンバーとしての国家が非常に重要だろう。

581 :右翼学者:02/02/02 02:10 ID:6Qkhv+S2
>>578
だからそれなら日本人が運営する必要はないだろう。

日本人が運営したなら、
日本文化が反映されるのは当然のこと。
むしろある人物から文化を人工的に取り除くようなことは不可能だ。

その議論を進めると公用語が日本語なのは他の言語の弾圧だ、
なんて話になりかねんぞ。

メンバーのニーズに応じた文化政策を取る必要があるのは当然のことだ。

>多様な価値観の共生が保障されなければいけないということ。
憲法で保障されているではないか。

日本の政策から日本人も日本文化も取り除いてしまったら、
それが日本の政策である必然性がなくなってしまうじゃないか。

というか分離不可能だろう。
可能なのは「他の価値観・文化を尊重・保障していく仕組み作り」だけ。
その時日本文化の立場でそれを行うということ。

582 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 02:11 ID:rDH2Czdd
だから、近代国家は工業社会のトレンドをうまくとらえた流行モノだから、
流行を作り出していたカリスマプロデューサー(工業社会)が衰えたらうまく
トレンドを捉えられなくなって流行遅れになるだけの話ですよ。

産業単位としての国家(地理的)・・・は細胞膜の衰えで求心力を失い。
他の単位に再編されるでしょう。それがどんな大きさで、どんな内容かは分からない。

#それに、近代国家は日本だけじゃないっすよ。

583 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 02:14 ID:rDH2Czdd
んで、小さな枠から出て「和僑」になって世界で暴れましょうよ。
「日本は単一民族で・・・」なんて小さなこと言ってないでw

結果として民族のブレンドになってしまえばそれでよし。固まって均質性に
しがみついてもいいことないっしょ。

584 :右翼学者:02/02/02 02:16 ID:6Qkhv+S2
>>583
俺は事実を述べているのであって、
「こうあるべき」と言う話をしているんじゃないぞ(笑)

むしろ移民受け入れはぼちぼち始めるべきだな。

585 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 02:20 ID:rDH2Czdd
>>584
事実がちょっと「古い」っすよ。もうかつてのプロデューサー(工業社会)じゃ
食ってけないじゃないっすか、日本は・・・。株価1万円割れ?、おどろかないっすね。
均質文化にまどろんでひたすらリスク回避を目指した組織倫理の会社ばっかりじゃ、
妥当な評価でしょう。日本人は「細胞膜」ぶち破って出てかないと生き残れないっすよ。

もう、アニメとゲームしか、ないんすよw

586 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/02 02:20 ID:WWB7YoKd
個人的には「移民受け入れ」よりは「和僑」の方が現実味あるなあ・・・。
移民受け入れと言っても、現状ではインテリ層の流入はまず望み薄だし。

587 :右翼学者:02/02/02 02:27 ID:6Qkhv+S2
>>585
ん?日本の人口の90%は日本人だろ?
事実だよ。

588 :むっちょ:02/02/02 02:28 ID:lurC3icb
>>581
別に個人の中から文化を取り除くなんて言ってない。
正確に言うと、「個人個人の文化的背景によって国家が運営されない」
だったな。
>日本の政策から日本人も日本文化も取り除いてしまったら、
 それが日本の政策である必然性がなくなってしまうじゃないか
「男女雇用機会均等法には日本文化が反映されていない。
 日本の政策である必然性はどこにも無い!」って言うか?(w
日本人と日本文化は取り除いても別にいいよ(w。
ただ、「日本国民」は取り除いたら「日本の政策である必然性」はなくなるかも。

まあ日本に関して言うなら、確かに文化原理主義がないので良いと思います。
ただ、もう少し多様な価値観による共生社会へ進んで行ってもいいかと。


589 :右翼学者:02/02/02 02:29 ID:6Qkhv+S2
>>586
NHKでタイに移民した連中の特集やってたな。

むしろ爺さん婆さんは海外に輸出するってのはどうだ。
「年金で毎年確実な消費をしてくれます!
労働市場を荒らしません!」ってな。

俺なら金を出してでも来てもらうが。

590 :右翼学者:02/02/02 02:30 ID:6Qkhv+S2
輸出できるってことは、
実は爺さん婆さんは負担ではなくて、
素晴らしい連中だってことなんだけどね。

年金を確定拠出に切り替えるだけですべての問題はなくなるんだが。
70兆円ぐらい必要だけど。

591 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 02:32 ID:rDH2Czdd
ウヨガクさんはおそらくコミュニティーを単に大きさだけで規定していて、
各共同体の機能分化の点の評価が甘いような気がする。

国家<国民国家>は明確な役割(防衛、産業育成保護など)を持って登場した
機能的共同体(他の共同体もそう)なので、その機能がサイズにフィットしな
ければ、再編されるだけの話。その時それが国家と呼ばれるかどうかは分からないが、
いずれにしても国民国家の枠組み維持できる可能性は薄いだろう。だって、機能
不全なんだからw

592 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 02:33 ID:rDH2Czdd
>>589
逆だってw
なぜ、そんなに「属地」こだわる必要がある。

593 :右翼学者:02/02/02 02:34 ID:6Qkhv+S2
>>591
>その時それが国家と呼ばれるかどうかは分からない

惰性で国家と呼びつづけられるに一票。
歴史ってのは加速と慣性飛行だ。

594 :右翼学者:02/02/02 02:36 ID:6Qkhv+S2
>>592
ん?なんでタイに爺さん婆さんを輸出しようって話が、
属地にこだわることになるんだ?

595 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/02 02:37 ID:rDH2Czdd
>>594
いや、俺たちが日本に残ることになるからw

596 :右翼学者:02/02/02 02:46 ID:6Qkhv+S2
爺さん婆さん輸出しても、
逆に所得の海外移転が進行するし、
介護や医療などの雇用も減るし、
いいことないな(笑)

よし、むしろ日本は介護や医療などで世界最高レベルのサービスを達成して、
世界中から爺さん婆さんを輸入しよう!(笑)

597 :日本男児:02/02/03 00:09 ID:AJwIxpP+
もはや追いつけない・・・。
とりあえず沈みきっていたので上げときます。
アズマさん、今日も煽るんじゃなかったの(笑)。

598 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 00:14 ID:AOASLDGk
 それは予告どおり、国家と規範の問題でも論じて見ますか。
 俺が、保守・ウヨクの主張に意義をとなえるのは、実践的な問題として
規範の問題があるからだ。そこのところを少し掘り下げてみようかね(藁

 近代国家というものは、法律というものを持っていて、その法律というものを
もとにして活動している。ウヨク・保守は、この法律と規範をどうもごっちゃに
して議論しているようだが、日本国も他の国家と同様に法律と言うものに羈束され
て活動している。この法治主義という原則は、権力の民主的統制と言う観点から
歴史的に形成されてきたものだが、通常の社会と国家が異なる点は、まさに国家が
法律によってのみ行動することを許されていると言う点だ。
 「法治主義」は、近代国家が掲げる原則である。この法治主義の原則は、国家の
活動が国会の決めた法律によることを要請し、国会で決められたのではない
権力者の命令、社会慣習、伝統によって国家が活動してはならないことを要請
している。なぜ法治主義の原則が要請されるかと言えば、曖昧な規範による運営は、
権力による恣意的な国家運営と言うものを許してしまうからだ。
 さてここから本題に入るが、俺が保守・ウヨクの主張に鼻持ちならないのは、
保守・ウヨクが「国家=共同体」とセットで持ち出す持ち出す「伝統」「道徳」
などの各種の空虚な社会規範だ。もし、国家というものをマジメに考えるの
なら、国家というものは、法治主義のもとで動かされている社会組織であり、
その法治主義の原則は、前述のとおり「伝統」「道徳」と言った、法律によらない
社会規範というものによる国家運営というものを否定している。この法治主義と
道徳・伝統による社会規範というものをウヨク・保守はいかに考えているので
あろうか?俺は、いままでまともに説明してもらったことは一度としてない(藁

599 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 00:15 ID:AOASLDGk
 以上を踏まえて、法治主義を否定せず(法治主義を否定してしまってもいいけど)
あえて法治主義と道徳・伝統などの社会規範の論理的整合性を取ろうとすれば、
法律を作る過程、解釈する仮定で、伝統・道徳と言うものは機能すると説明すれば
法治主義をとりつつ、道徳・伝統などの存在を国家に位置付けることができる。
 しかし、仮に立法過程、法律の解釈過程で、伝統・道徳が作用するとしてだ、
法律と言うものは、国会議員が決めるものだし、国会議員が党利党略で一時的な
感情で決めた法律に果たして、「伝統」「道徳」が作用していると言えるの
だろうか。それに法律と言うものは、現在の制度上憲法に違反することは許されない
とされているのだが、そもそも日本国憲法という存在自体が、日本の「伝統」「道徳」
に反する普遍性を有するとされている西洋起源の自然法、自然権にその根拠を置いて
いるのだから、日本の「伝統」「道徳」が立法過程で反映されたとしても、
「普遍的な自然法」を根拠とする日本国憲法に違反する「伝統」「道徳」に基づく
立法・解釈も当然「日本国憲法の普遍的規範」によって違憲として否定される
ことになる。よって、いくら保守・ウヨクが、「国家=共同体」と言ったところで、
「伝統」「道徳」と騒いだところで、西洋起源の「自然法」を上位規範として持つ
憲法が存在するかぎり、何を言っても無駄だと思うのだが(藁
 さらに、これでもあきらめずに、日本の「伝統」「道徳」に現行憲法が整合性を
持たないなら、憲法自体を日本の風土に合ったものに帰ればよいと言う発想が
でてくる。いわゆる保守・ウヨクの一部が唱える自主憲法論とかでたまにでてくる
奴だな。

600 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 00:15 ID:AOASLDGk
 その場合、日本の伝統・道徳を上位規範とした憲法、もしくは一切上位規範を
持たない憲法と言うものになるが、これは現行憲法の機能というもの考えて見ると
問題がでてくる。なぜ、現行憲法が「普遍的な自然法」を上位規範として戴くかと
言えば、それは人権などの多数決原理の留保事項と密接な関係を持つから。
ウヨク・保守は、なんかあると「皆で話し合いで決めればよい」と言うが、話し合い
で決めて結果を出してしまってはまずいことも世の中には存在する。
 例えば、多数決である者の議決権を永久に奪う、あるいは追放してしまうことを
考えて見ればよい。このような議決をもし認めてしまえば、理論的には2人しか
議決権を持つ者がいなくすることも可能だ。だから、このような議決と言うもの
は、あらかじめ排除しておく必要性がある。現行憲法下では、以上のような多数決
原理の留保事項は、人権と言うことで定型化され、これに反する国家の法律・処分は、
議会の民主的手続きによった議決であっても違憲として排除される。そして、民意に
沿った多数決の否定を説明するとき人権に反すると言う言葉が使われるが、その背景
には「普遍的な自然法」によって認められた「普遍的な人権」は、民衆の一時的
判断でそれを変更する権限はないと言う思想があるのだ。

601 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 00:15 ID:AOASLDGk
 つまり、以上で言いたいのは、現在日本国には「普遍的な自然法」と言うものを
根拠にして、多数決原理の留保事項を根拠付けていると言う構造が存在する。そして、
多数決原理の留保事項と言うものを設ける発想と言うものは、社会・個人の多様性を
保障し、国家の暴走と言うものに対する一種の歯止めとして機能している。である
から、これを安易に取り外すことは、とてもじゃないが俺には賛成できない。もし、
自然法を頂点とする国家制度を日本の伝統・道徳に沿ったものに変えたいと言うなら、
きちんと伝統なり、道徳なりを定義して、既存の「自然法・人権」の概念にかわる、
多数決原理の留保事項をきちんと根拠づけるものを提示する義務があると言えよう。
まあ、そこまできちんと考た上で、「道徳」「伝統」で「人権」「憲法」を攻撃する
ならわかるが、そこをマジメに考えている保守やウヨクって世の中に存在するの
かね?憲法調査会での西部や西尾の曖昧に終始した発言には笑わせてもらったが(藁
 以上、つらつら書いてきたが、法律を学んだものとして、「国家」とか「規範」
と言うものを考える時、「国家」とか「規範」と言うものは実際に今この瞬間も
機能している概念なわけだ。それを、「国家=共同体」とか、「社会規範」とか
言って、「自然法を頂点とした現行憲法制度」を無視して議論するのは、なんか
代替案も出さずに現行制度をわけもわからず破壊しようとしているようで、
許るせんのだよ。まあ、すべてわかっていて社会全体を崩壊させようと考えて
いるのなら話は別だが(藁
 社会規範を国家とは別の一種の無拘束な心構えとして論じるなら話は別だが、
それでは終わらないのが、ウヨク・保守。ウヨク・保守と言うものは、程度の差こそ
あれ、社会規範を既存の憲法秩序と言うものをまったく考えずに導入できる、
若しくは導入しようと夢想している極楽トンボだろと最後に煽ってみる(藁

602 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 00:19 ID:AOASLDGk
>>597

 とまあ、予告どおり、「国家」と「社会規範」の問題に関して、
俺が、ウヨク・保守に常々抱えている問題を「法律・制度」と言う
視点から一気呵成に吐き出して見たよ(藁
 しかし、煽っているとい言うより個人的な趣味だなこれは。
国家とか規範を考える上での俺の関心事項だねえ(藁

603 :右翼学者:02/02/03 00:33 ID:kQG80UKI
>空虚な社会規範
それを強制する法律など存在しない。

コミュニティの規範=法律と言ったときに反発されたのは、
そういう誤解をしていたからか。

というかそんなもの自明すぎて説明する必要も感じなかったのだが、
ルールとモラルの違いぐらいわかるだろ。

しかし逆に言うと、社会規範は別に空虚なんかじゃない、
ってことにもなるな。

その社会コミュニティの規範なのであるから、
たとえば「マンションで毎日大騒ぎしたり廊下に物を置きまくる」
ようなことをすれば、そのコミュニティから罰せられるのは当然のことだ。
つまりその規範が存在するコミュニティにおいては、
その規範は空虚でなんかない。


604 :右翼学者:02/02/03 00:33 ID:kQG80UKI

つまりこやつの勘違いは
「国家の規範」=「江戸期日本武家社会の道徳規範」に、
俺がしようとしていると考えている、
と思い込んでいる点だな。

しかしこいつは本当に馬鹿か。

そんなもの同一化されるわけないじゃないか(笑)
コミュニティとしての役目が違うんだから、
規範として定められるコトも違うに決まってる。

こやつの言うことはつまり野球もゴルフも同じルールでやれ、
というのに近いぞ。


605 :右翼学者:02/02/03 00:35 ID:kQG80UKI
というわけで理解力の存在しない人間のために、
自明の理を言わなくちゃならんわけだが、

国家コミュニティの規範が法律だと述べることは、
たとえば日本古来のイエコミュニティやムラコミュニティの規範を、
そのまま国家コミュニティの法律にせよ、
といっているわけではない。

ということだ。

606 :右翼学者:02/02/03 00:37 ID:kQG80UKI
その上で、国家はコミュニティの一つであって、
超越的な存在などではないと認識すること。

これで偏狭なナショナリズムに囚われることはまずなくなる。

むしろ人間の自由の追求のために、
国家を否定し敵視しなければいけない、
などというのは結局国家を超越者とする近代国民国家観に囚われた、
不自由な思考、と言わざるを得ないわけだな。

607 :Revokution21:02/02/03 00:45 ID:b/TmBMSn
国家が国土の歴史を想像的に回復させることによって成り立った共同体だとすれば、
絶えず超越的な存在として語られるし、それに対する物言いもクリティカルです。

608 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 00:46 ID:AOASLDGk
>右翼学者さん

 なるほど、右翼学者さんは、国家と言うものを制度としての国家と
コミュニティーとしての国家にわけるわけだ(藁
 しかし、コミュニティーとしての国家が仮に存在したとしても、
制度としての国家がそれに法律とか人権で介入してきたらどうするのかね。
コミュニティーとしての国家は、制度としての国家の介入(実力行使)に
従うしかなしよなあ(藁
 コミュニティーとしての国家なんてえそらごとだろ。実際に制度国家として
国家と言うものがあり、その国家の憲法秩序を頂点とする国法体系に
コミュニティーとしての国家も、国家内の個人、集団も従わざるを得ない。
制度としての国家から、コミュニティーとしての国家を分離し、コミュニティー
としての国家が規範を持つとしても、そんなの無意味だろさ。
 コミュニティーとしての国家がいくら制裁を個人や集団にかけても、それは
制度としての国家が持つ国法体系によって否定されてしまうのだから(藁

609 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 00:50 ID:AOASLDGk
>右翼学者さん

 それに、コミュニティーとしての国家の規範と言うものは、
誰がどうやって決めるのかなあ?右翼学者さんが
モーゼのように立法してくれると言うのかね?
 結局、コミュニティーとしての国家とか、わけのわからない
概念を持ち出したところで、その国家の規範はどうやって
決めればいいのかとか、問題山積みだろ。
 国家=共同体と言う結論ありきで、実際の社会運営とか、
個人、集団間の仲裁とかその決定に対する実効性の確保
とかマトモに考えていないから、「コミュニティーとしての国家」
とか変なもの持ち出すんだろう(藁

610 :UNION JAP:02/02/03 01:00 ID:kce8FA68
>アズマ人さん
最初のレスにかいてあった道徳的規範と法律の違いは近代国家において
明確にちがうとおっしゃいましたが、イギリスでは道徳や伝統が憲法の代わりになっていますよね。
イギリスも代表的な近代国家の一つであることは合意なさっていただけると思います。
あげあしとりみたいですがいかがでしょうか?


611 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:02 ID:ff0ymrhc
ごめん、
自然法=コモンセンス(道徳規範)を背景にした立法の形式、のことです。
ただ、アズマさんが言いたいのはイギリス的な国家権力を制限せよ、という意味での
成立した「英国的」自然法のことでしょう。マメ知識でしたw

612 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:07 ID:ff0ymrhc
ただ、この自然法の成立背景をホッブズ、ロック、ルソーら社会思想家は、
独自の文化から切り離された概念実験から抽象した(実際は切り離されていないが)
「自然状態」に置いているので話がややこしい。されど、現在の社会学ではこのよう
な「自然状態」から自然法を引き出すことはほぼ否定されている。続マメ知識。

613 :右翼学者:02/02/03 01:07 ID:kQG80UKI
>>608
わけてないよ。

国家はコミュニティだって言っているんだ。
わけのわからんやつだな(笑)

>コミュニティーとしての国家の規範
国会で憲法と法律を決めているじゃないか。

どこに問題があるんだ。

614 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:09 ID:AOASLDGk
>>610-611

 俺が「自然法」を引いて言いたいのは、多数決原理では決められない
部分を説明するときに、自然法が作用していると言うこと。
 仮にイギリス流のやり方をとっても背景にあるのは、権力者や
民衆の一時の判断で動かせない人権やらの多数決原理の留保事項
が存在すると言うこと。さらに、それを根拠づけているのが、神?が定めた
とされる自然法に基づく人権と言うもの。
 普遍的な原理を想定するから、個人や共同体の争い、また国家自身を
をも拘束すると言う発想がでてくる。だから、もしコミュニティーとしての国家
その規範と言うものを想定するなら、もし、普遍的原理と言うものを仮定し
なければ、その時々の数の暴力が許されてしまうことになる。
 ここが俺が、コミュニティーとしての国家とか、社会規範と言われるときに
ひっかかるところ(藁

615 :右翼学者:02/02/03 01:11 ID:kQG80UKI
国家がコミュニティだからって、
ご近所やムラ程度のナァナァした関係がそのまま敷衍されるわけじゃないだろ。

俺が列挙している例に高野連とか企業組織とか地方自治体とかもあるのに、
なんで気が付かないかな。

そもそも俺が最初に「共同体」と言っていたものを
「コミュニティ」と英訳して、それに「ナァナァした関係」ってイメージを勝手に付加するのはやめたまえ。

共同体とは何か?
ある目的の遂行のために権利と義務を定めて運営される人間の集団。

ってきちんと定義しただろ?
それも読めないのか?


616 :右翼学者:02/02/03 01:12 ID:kQG80UKI
>>614
だから憲法があるんだろお前は馬鹿か。

617 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:14 ID:AOASLDGk
>>612

 おっしゃるとおりだが、問題は普遍的と思えるかどうかであって、
それ以上でもそれ以下でもないでしょ。立法者も普遍的規範を
解釈するものも、自分の文化的背景から脱することはできないとしても、
問題は、それをもとに一定の解釈の体系を作り出せるかでしょ(藁

618 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:17 ID:AOASLDGk
>>616

 だから、憲法解釈とかの場合に問題になるんだよ。
 憲法に書かれていないことでも、裁判官は、憲法に
書かれているとして、法創造、新しい人権と言う形で
勝手につくりだすことがあるんだよ。
 そしてその裁判官が作った法で、民主的な決議を
否定することもあるわけだ。
 その根拠はどこにあるかって?自然法こそがその根拠
なんだよ(藁

619 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:22 ID:ff0ymrhc
>>615
ウヨガクさん、いずれにしても規範を創出できないコミュニティとしての国家
(各共同体<主に想定されるのはカイシャ>で醸成された規範)の機能は非常
に限定されたものになるでしょう。

考えてみれば、規範としての「日本文化」(大文字のthe Culture)というものは実は幻想
ではないんでしょうか。各共同体が具体的な生活空間の中で生み出した「共同利害」を背景
にしたメタ文化(小文字のcultures)の大まかなまとまりである、と言えるだけでしょう。

右派の誤謬はマクロからみた「日本文化」が「実在」すると考えて、それの称揚をはかるこ
とで秩序を生み出そうと考えますが、このスレで議論されたようにそもそも現代において可
能な「公」とは多元主義を成立させるための範囲・入れ物的な機能でしかない。つまり、
ミクロのレベルで展開される「メタ共同体」の規範闘争を穏やかに調停する機能が国家だと
すれば、もはや「日本文化」の復権がテーマなのではなく、多共同体の自由な連鎖形態の
中で生成/消滅する様々な「規範」こそに期待を寄せるべきではないでしょうか。

別にウヨガクさんが「the Culture」の復権を目指しているとは思いませんが、その上で、
自分たちの過去としての伝統文化を愛でる余裕も生まれると思います。

620 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:24 ID:ff0ymrhc
>>617
マジレスすると、その辺が非常に微妙よw
言ってることは分かるけど、安易に「普遍」を置くと、その「普遍」の欧州文化
的な傾向性を指摘されるだけで、前提が崩壊してしまう。議論上は「普遍」は扱
い注意の危険物です。

通常は、「普遍」への傾向性を「超越論性」として確保するんだけど、最初から
「普遍」を置いてしまう「超越性」と混同された瞬間、概念としては現代ではつかえない。

621 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:26 ID:AOASLDGk
>>612

 自然法思想と言う発想は、非科学的だし普遍的な法があるもしくは、人間に
認識できるとする考え自体がありえない話ではあるが、それを敢えてあると言い、
それを根拠にすると言うのが現代憲法の発想でしょ。
 なぜ、このような自然法と言うものを法学が持ち出したかと言えば、すべて
合理的に決めればよいとするなら、憲法なんていらず法律ですべて決めてしまえ
ばいいと言う発想になる。しかし、そうすると、民主的な国会の議決に対する
歯止めが利かなくなり、また憲法を一々変更しなければ、多数決で決めては
まずいことでも、国会の議決を否決できなくなる。そこで、普遍的な法という
ドグマを持ち出して、法律に上位するとしたのが現代憲法でしょ。
 つまり、多数決原理に対する強力な歯止めの根拠として。一種の信仰と言えば
そうだけど(藁

622 :右翼学者:02/02/03 01:30 ID:kQG80UKI
>>619
>いずれにしても規範を創出できないコミュニティとしての国家

なんで?
議会があるだろ。

道徳規範はほかのコミュニティに任せればいいのであって、
そう言う意味での役割分担がある。
むしろ役割分担がないのなら、
重層コミュニティ社会は成立しないだろ。



623 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:31 ID:AOASLDGk
>>620

 でもねえ。そこを弱点も含めて正直に議論しないから、
迷信がはびこるわけでしょ。自然法を持ち出す意味と
言うものは、多数決原理の補完に意味があるわけだから、
その解釈がまずいなら、もっと普遍と信じられる「新たな自然法」
を創設することも可能なんだし。
 この辺を正直議論しないから、規範とか倫理をめぐっての
堂堂巡りしか日本ではできないんじゃないのかなあ(藁

624 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:32 ID:ff0ymrhc
>>621
>それを敢えてあると言い、それを根拠にすると言う
↑これが「超越論性」的なアプローチなんだけど、ある/ないという時点で
「超越性」に簡単に傾く危険性を孕んでいる。

しかし、現代では、名無しさん2のように「超越論性すら疑わしい」<「構造」はど
こからくるのかという問い>という立場もあり、現在流通するの文化・規範の批判の
論拠として「普遍を求める傾向性」を想定できるかどうか、非常に微妙な情勢なんです。

ここは「ある」と言い切ってしまうことで、自分の論点に「盲点」をわざと作り出して
しまうことになる。

625 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:35 ID:AOASLDGk
>>622

 右翼学者さんは、コミュニティー間の対立とか、
各コミュニティーの持つ規範の対立というものを考えていないだろ。
 道徳規範とっていっても、コミュニティーが違えば対立することも
あるんだよ。まあ、それを放置してしまえば問題は生じたことには
ならないが。それでは法治国家かならぬ放置国家(藁
 

626 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:35 ID:ff0ymrhc
>>622
それは「ちゃぶ台返し」だぜ・・・
議会がどう規範を創出を?「買春防止条例」のこと?w

>>623
言ってることはよくわかる。「両刃の剣」だという意識が常に必要だと思う。

627 :右翼学者:02/02/03 01:37 ID:kQG80UKI
>>619
貴様はまだ「あるコミュニティに属し、その規範を受け入れたら、
他のコミュニティに属したりその規範を受け入れたりすることが出来ない」
っていう近代的錯誤を持ったままだな。

貴様のいうように国家が上位コミュニティと下位コミュニティに役割を移譲したとする。
その場合貴様は国家と国際コミュニティと地域コミュニティの全部に同時に属し、
かつそれらの規範を受け入れなきゃいけないわけだ。

分かりやすく言うと、
地方自治体と広域国家と国連の全てに対して参画するということだ。

その場合道徳規範なんてものは、
地方自治体以下のレベルのもっと小さいコミュニティに任せればいいものだろう?
そういう地方文化集団レベルの話だ。

あるコミュニティで全部やってしまうなら、
超越的近代国民国家論と何が違うんだ。

628 :右翼学者:02/02/03 01:40 ID:kQG80UKI
>>625

別に俺は特別なことを考えているわけではない。

現状を違う視点から捉えなおしているだけ。
国家内のコミュニティ同士が対立すれば、
それは国家が法律という規範で裁決すればいい。
別に国家でもなくて、そのコミュニティ同士の上位コミュニティであればいい。
地方なら条例という規範がある。

支社同士で揉めているなら、本社が裁決に入ればいいだろ?

>>626
貴様は国家に道徳規範を定めて欲しいのか?
独立しろよいいかげん(笑)

そういうのは宗教共同体とか地方文化共同体に任せればいいんだろうが。

629 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:41 ID:AOASLDGk
>>626

 しかし、この人々が真に普遍的と思える規範の創出こそが、
これからの日本社会に求めらた課題だと俺は思うね。
 いままでは、漠然とした一体感でやってこれたが、より個人とか
諸集団の独立性、価値観の多様性が進行していけば、現在の
お仕着せの規範では限界がくるだろ。
 価値観の多様性、コミュニティーの多様性が進行すれば、
それを束ねる規範もより説得力をもったものでなければ通用しなくなる。
また、いまの自然法的発想が説得力を持たないからこそ、
ウヨク・保守がことあるごとに日本の伝統・道徳と言うものを持ち出す
わけだろ。
 だから、ここのところをもっとオープンにして、普遍的と思える
規範の必要性というものを議論すべきだろ思うんだよね。実際に
それこそが、思想に関わる諸科学の実践でしょ(藁

630 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:42 ID:ff0ymrhc
>>627
いや、繰り返しになるがウヨガクさんは近代の「社会的な機能分化」によって、
各共同体の役割が機能的に区別される・・・、という点の評価が甘い。それぞ
れが、同じ機能を持ち単に「規模」的に違っているだけと考えているようだ。

つまり、機能分化によって「国家」<システム>に割り振られた機能はすでに
「大文字の文化」を創出することを含んでいないと言うこと。だから、「公」に
よってただ調停うするだけが精一杯だろう。

631 :右翼学者:02/02/03 01:42 ID:kQG80UKI
>>629
貴様も国家に道徳規範の創出を求めているのか。

どうやらここのサヨクは超越近代国家論者のあつまりらしいな(笑)

632 :右翼学者:02/02/03 01:44 ID:kQG80UKI
>>630

>それぞれが、同じ機能を持ち単に「規模」的に違っているだけと考えているようだ。

違う目的と役割を持つって俺は書いていないのか?
何を読んでいるんだ?

国家コミュニティは国家全体のコミュニティ同士の利害調整および、
外国に対する利害調整を行うのであって、
国家が短歌の会を主催したり、野球チームを運営したり、
ヤキソバを作って売っているわけじゃないだろうが。

633 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:45 ID:ff0ymrhc
>>631
好意的な誤読だと受け取っておきますYOw

634 :右翼学者:02/02/03 01:46 ID:kQG80UKI
>>629
こやつに日本国憲法がそれではないのかと12分間問い詰めようか?

635 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:46 ID:ff0ymrhc
>631
落ち着いてよく読んでたもれ。

>別にウヨガクさんが「the Culture」の復権を目指しているとは思いませんが、その上で、
>自分たちの過去としての伝統文化を愛でる余裕も生まれると思います。

636 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:48 ID:AOASLDGk
>>627
>その場合道徳規範なんてものは、
>地方自治体以下のレベルのもっと小さいコミュニティに任せればいいものだろう?

 なるほど、右翼学者さんの論法で言えば、国家は道徳規範なんて持たなくて
いいわけだ。俺の危惧は杞憂なわけだな。
 でも、規範を持たないコミュニティーって、コミュニティーって言えるのかね(藁
それとも道徳き規範以外の何か別の社会規範を国家コミュニティーって持っている
のかなあ。そこがわからないんだけど。もし、社会規範を国家が持たず、日の丸
君が代に代表される、漠然とした一体間しかないなら、そんなのただの骸骨じゃん(藁

637 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:50 ID:AOASLDGk
>>631

そうだよ。だって俺、超近代、極右のアズマだもん(藁

638 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:50 ID:ff0ymrhc
>>634
ウヨガクさん、「右派の誤謬は・・・」で始まる主語に反応しないでください。
俺はウヨガクさんは「右派」だと思ってませんYOw
経済合理主義と伝統主義が双方矛盾しながら混在している、と思ってます。w

639 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 01:53 ID:ff0ymrhc
>>636
その意味で、次のステップとして、「社会的な機能分化」の文脈で地域社会が
規範を醸成できるのか、という論点に進まなきゃかもね。

これはアズマさんに対する時限爆弾だなw

640 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:57 ID:AOASLDGk
>>634

 日本国憲法の背景にある、自然法思想に対する疑問が、
ウヨク・保守の自主憲法制定論の背景にあるのは否めない事実だろ。
 実際に憲法調査会に呼ばれるような右派の人間が日本の伝統とか
をもっと憲法の理念に盛り込めみたいな発言しているんだから。
 俺は、現在の自然法信仰は改められるべきだと思うね。信じるなら
信じするでもっと、信じられるものを信じればよい。日本の伝統やら、
道徳(←仮にあるとして)やら盛り込めばよい。その方が、より信仰
対象としてふさわしいならね。
 ただ、自然法信仰の趣旨は、多数決原理の部分的排除にその趣旨
があるわけだから、その点で合理性をもたない主張はお断りだが(藁

641 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 01:59 ID:AOASLDGk
>>639

 地域社会の再建と言うテーマは、あまりやりたくないね。
俺は、実は日本マンセー極右の国家主義者だから(藁
 きゅりおさんだって、自分のユートピアの電脳共同体
社会だっけ?テーマにしたくないでしょ(藁藁

642 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 02:00 ID:AOASLDGk
ふるさとは、とおきにありて思うもの。
ユートピアは、実現不可能だからユートピアなのさ(藁

643 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 02:01 ID:ff0ymrhc
いや、やってもよいが・・・w
要するに現代のリアルな共同体の単位が「地域」か、「機能」か・・・、
もちろん、一方に還元しきれるものではないが、近代の底に流れる「力」に
ついては確実に気が付いておくべきだろう。

644 :右翼学者:02/02/03 02:04 ID:kQG80UKI
>>636
>でも、規範を持たないコミュニティーって、コミュニティーって言えるのかね

憲法と法律が規範だって言ってるのに。

645 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 02:06 ID:ff0ymrhc
そして、この近代の翻訳作業である「機能分化」が地域ばかりか国家の枠をも侵食しつつある
<資本の動きを見よ!>つー、状況を考えねば、だね。

というか、議論のエンターテーメント性を重視するなら、この論点は野暮なんだろうけどさ(ブツブツ・・・)

646 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 02:07 ID:AOASLDGk
>>643

 まあ、別に地域でも機能単位の集団でもなんでもいいでしょ。
それで個人がリアリティーが持て、多様な試行が許されるものなら。
 俺は、別に固定されたコミュニティーというものを想定しているわけ
ではないし、流動し、多重帰属するコミュニティーと言うものを考えて
いけば、それを地域に限定すると言う発想は成り立たない。
 第一、右翼学者さんが以前指摘したように、地域と言うものの
文化・伝統と言うものを全面に打ち出し、個人に帰属を強いるなら、
それは、郷土主義と言うミニ国家主義になってしまうのだし(藁
 しかし、結局のところ生産形態というものが、社会のあり方を決定
するものなんだろうけどね(藁

647 :UNION JAP:02/02/03 02:07 ID:uj95f4H4
>>640
それでいいんじゃないでしょうか。
少なくともその時点でのその共同体の中では通じる規範を作る。
最初から神の視点から見たような規範を作るのは人間には無理でしょう。
そこから慎重にまずいところを変えていく。
こうやって決まっていくものは神の視点からの規範とはほど遠い物になるかもしれません。
でも、その共同体の中ではそれを是とする。他の共同体だってそう決まっていくのだから
国家もそれでいいと私は思いますが。

648 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 02:08 ID:ff0ymrhc
>憲法と法律が規範だって言ってるのに。
真相は、規範そのものじゃなくて、諸規範の調整ルールでしょう。
このルールにゃ、日本文化の反映という特徴はあまりみられない・・・


649 :右翼学者:02/02/03 02:08 ID:kQG80UKI
>>645
そうそう、まず国家を単なる一つのコミュニティーとして見る。

そうすると見えてくることは。
国家がなんでもかんでもやることはない。ってことだね。

つまり国家の機能をどんどん他に分離しちゃっても別に構わないし、
国家しかでいないことは国家にやらせる、ってことになる。

また国家に絶対的に従属する必要もなく、
人間は自由に国家を選択できるべきだとなる。
なぜなら人間はどのコミュニティに属するかを自分で決めてしかるべきだからだ。

650 :右翼学者:02/02/03 02:09 ID:kQG80UKI
となると我々右派経済学者の言う
「小さな政府」ってのは正しいということが証明されるわけだ(笑)

651 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 02:12 ID:ff0ymrhc
意外なエンディングw
めんどーだから、誰か突っ込んでくれるのを待とう。
レボさんを指名w

652 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 02:15 ID:AOASLDGk
>>647

 しかし、重要なのは自然法の果たしている機能・構造なんだよね。
それを壊してしまっては元も子もない。
 また、普遍的と思える規範と言っても、結局のところそれを憲法解釈
とかで判断する専門職の独占物にすぎないんだよね。そもそも、
多数決原理の例外を導き出すものなんだから。
 だから、通常は、普遍性とか超越性を持つと言う手法で、人に話す
しかないんだよね。結局はある程度ものがわかった人間にしか通じない
概念。しかし、少なくとも今よりはましでしょ(藁

653 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/03 02:16 ID:6ceTPRtx
>>651
さっき一行レスしてましたが>レボたん
でもレボたんはこういう難しい話に食いついてこないし、あんま深い話を
したがらないんだよな・・・(w
オレはレボたんは反転小林信者だと思うけど(w

654 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 02:18 ID:AOASLDGk
>>650

 だから、それじゃダメじゃん。誰かが国家権力の必要性を訴えないと。
全員賛成の議決は無効なんだぜ。
 だったら俺が超国家主義の観点から、地域共同体を支配・管理する
理想社会像を急遽描こうか(藁

655 :名無しかましてよかですか?:02/02/03 02:20 ID:jXi4xoWv
>650
そのとおりです。
さすが「右派」!もうウハウハモンですね。
あなたのおごりでいっぱい飲みに行きましょう。
僕はキャワユイ女の子がイパーイいる店じゃなきゃ嫌だなあ。

656 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 02:21 ID:AOASLDGk
 例えば、地域共同体、個人の自由な意思は原則として許すが、
それを統合するアズマ国家の理念は、神君家康公の霊的理念に
基づき行なわれる。
 地域共同体また、国家の構成員は、神君家康公の
理念とする「アズマ版自然法」にはしたがわなければならない、とか(藁

657 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 02:25 ID:ff0ymrhc
>>653
いずれにしても左派ライターが不足ぎみっすね。みな仕事で忙しいかw
つーか、この板の状況でも左派多いんでしょ?
日本はいったいどうなってん?

658 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 02:28 ID:AOASLDGk
と言うか、理想の国家像としてはリバタリアン的発想のものばかり・・・・
右派でも左派でもいいけど、もっと国家を全面に押し出す人材が・・・・

659 :UNION JAP:02/02/03 02:29 ID:YxAA5S10
>>656
確かにそれは少なくとも私の考える理想の世界とは違いますが、
その中の人間がそれを認めるならそれもやむなしだと思います。
あくまで民主主義によって生まれてなおかつ霊的理念、家康がアズマ人さん()に

660 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/03 02:29 ID:6ceTPRtx
>>657
左派の方が実は戦後民主主義的な皮膚感覚で語ってるに過ぎない人間が多いような
気がしますね。まあ、そんな「皮膚感覚」的なモノに駆逐されるぐらい2chウヨ
的な感覚は共用されてないんでしょう。まだ。

661 :UNION JAP:02/02/03 02:29 ID:YxAA5S10
すいませんミスりました。

662 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 02:34 ID:ff0ymrhc
煽れども 煽れども なお人材あつまらず ぢっとスレ見る

663 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 02:35 ID:ff0ymrhc
サヨでもウヨでも、厳しい思索をへなければ使い物になりませんよ。
・・と、体育会系の本性がたまに出たりするw

664 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 02:36 ID:AOASLDGk
>>660

 と言うか、ウヨクもサヨクも特定のイデオロギーで世界を
割り切って見るプロクルステスの寝台の論理だから、
どちらも一緒なんだよね。
 国家も規範も社会も、現状をどう見るかとか、それに対する
処方箋で争いはあるけど、結局のところすべて人間の造り物の
思想実験にすぎないからねえ。
 まあ、思想に興味を持つこと自体が奇特なんだけど、
さらに自分で本を読むなり、議論するなりして、多少おかしくても
お仕着せでない自分の考えというものをもってもらいたいよねえ。
 そのためにも、いろいろな手練手管で、自分の考えにショックを
持って貰う意味で煽っているのだけれど(藁

665 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 02:38 ID:AOASLDGk
>>663

 俺は体育会系ではないけど、厨房の本性丸出しですよ。
 思想と言う「原爆」を持った「無邪気なサル」を自称してます(藁

666 :日本男児:02/02/03 18:41 ID:AJwIxpP+
>>664
昨日も激論を交わされていたのか・・・。
概ねアズマ氏のこの見解は同意かな。正直言って。
ただ、あまり無茶いって煽ってもねぇ・・・。

667 :宮台ばつ壱:02/02/03 21:25 ID:OsccTLKE
(日本に限らず)公共性にはクニ柄が影響している→右翼
ってのは変だ。クニ柄の境は無いんだったらいいけど、日本は
国土が他のクニ柄と、明確に分かれるきっかけになっている。

柄分けされるのがいやだって言われても、韓国も中国も柄にこだわるだろう。
うちにはうちの色があるんだ。ごもっとも、尊重します。

クニ柄を尊重するってのはそういうことだろ。何も日本柄
だけを尊重しようってんじゃない。地球にあるクニグニの
独自性尊重だ。クニグニの独自性のある公共性を日本を含めて
尊重しよう。ここまでいっても保守か?

アズマ君ほかどうよ?

668 :宮台ばつ壱:02/02/03 21:43 ID:WFQ8cTUt
独自性・土着の基礎観念は、土着の者以外の者からしてみれば
非合理で、常に地球を覆うには無理があるから
国家というストッパーを用いているともいえるんじゃ
ないの?土着の基礎観念ね。宗教観や死生観や、広くは
土着文化だよ。

おそらく今国家というストッパーをはずしたら、もっとどうしようもない
文明の衝突が起こると思うよ。もっと陰惨で、どろどろの衝突。
国家があって、国際関係なんてものが成り立つから、国際政治によって
国家間の衝突と言うものが軽減される素地をつくれるわけだから。

人間の歴史が何を問題として、どこまで解決し得たことで
今我々がここにあるのか?歴史を知るとはそういうことだと
おもうんだが・・・。




669 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 21:47 ID:ff0ymrhc
とりあえず、文章を丁寧に書け。一度書いたら自分で理解できるか、読み返してみろ。

670 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 21:52 ID:84cz7TUu
>>667

 ナショナリズムは、国家・民族の柄にこだわるからダメなんだよ
ヤマトを尊重すると言うならアズマ柄も尊重してくれよ。
 社会というのは、多層的・多重帰属的なもんらしいが、であれば、
「柄」を尊重しようといいながら、日本内に多様に存在しうる社会、
団体の「柄」の取り扱いはどうするんだい?

 だから、問題は国家・民族ごとの「柄=公共性」ということで
はなくて、むしろ「国家」の中に多様な「柄」を持つ社会をいかに
統合するかと言うことだろう。
 国家の公共性と言うものを考えた時、それは多様な「柄」を
統合するものこそが真に公共性と呼ぶに等しいものになるだろ。
 「柄」にこだわるのは結構だが、ご自分が暗黙裡に「柄」の主体を
国家単位にしていることをお忘れなく。国家をことさらに持ち出して
それに倫理的意味、インフォーマルな規範的意味を与えようとする
のが典型的な保守だろ。そう言う意味では、あんたは「保守」だ(藁

671 :宮台ばつ壱:02/02/03 21:56 ID:byjPxXkp
>>668
非合理と非合理の救い無き衝突(結果)を避けるために国民国家という
枠を国民が利用するんであって、
国民が国民国家に利用されると、前提を置くのは
歴史の順序を取り違えているとしか思えないんだよね。

国家というリミッターから、非合理を解放させて
より陰惨な、収拾の無い、ルール無き争いに人間世界を
引き戻もうとしている、あるいはそういう結果を想像できない。

争いの暴走を招くのが本当はどちら側の位置にあるのか
冷静に判断した方が良いと思う。思想の色分けに
こだわることなしに。



672 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 22:00 ID:ff0ymrhc
人類学的には、シベリアからの狩猟民、インドネシア、フィリピンからの海洋民が
縄文人のルーツ。これと、弥生時代に日本にやってきた朝鮮系の民族とはまったく
別系統。その朝鮮系の民族が大和政権をつくり、次第に東に権力基盤を伸ばしてきた。
しかし、アイヌ人や奥州藤原氏を始めとする縄文系の民族ははじめは帰順せずに独自の
文化形成をしていた。最新の遺伝子研究では東海地方を境に西には大陸系の民族の色彩が
強く、東には縄文系の民族の特徴が強い。日本もともとが多民族国家なのだ。

従って、日本は初めから「多民族国家」だよ。現代は在日朝鮮韓国人、外国人労働者の
存在で再び他民族国家の様相を深めている。これが、リアルな歴史。以上、終了。

673 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 22:07 ID:84cz7TUu
>>669
>とりあえず、文章を丁寧に書け。一度書いたら
>自分で理解できるか、読み返してみろ。

 きゅりおの旦那、これはまた手厳しい。私もキモに命じなければね(藁

>>668

 よーするに、宮台ばつ壱さんは、血縁地縁社会から部族社会、部族社会
から民族社会へと言うながれを捉えて、アズマを民族社会から部族社会
への逆行だと言いたいのだろう。
 しかしなあ、俺は統合体としての「国家」を否定しているわけではない。
 むしろ、国民国家が持ってきた土着的要素を郷土などの共同体に返還
することによって、「国家」をより合理的・機能的な存在にしようと言っている
のさ。
 そう言う視点から見れば、「柄」と言うものを持ち出して、国家を不合理な
ものにしているのはむしろ、宮台ばつ壱さんのほうだろ。部族的「柄」では
ダメで、民族的「柄」はよいとするのは詭弁でないの(藁

674 :宮台ばつ壱:02/02/03 22:09 ID:byjPxXkp
>>670今日本は
国内の多様な「柄」を踏みにじるような
制度あるいは雰囲気になっているかい?

いちおう憲法を頂いている国なわけだし。

アズマも小林も、同じくらい日本では
色が認められているのでは(笑)
「同じ」が気に食わなければ先にあやまっとく(笑)



675 :宮台ばつ壱:02/02/03 22:10 ID:byjPxXkp
>>673
いや、おれ
きゅりおに差別されてるからいいんだよ(笑)

676 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 22:11 ID:ff0ymrhc
>アズマも小林も、同じくらい日本では
>色が認められているのでは(笑)

ほれ、日本語になっていない・・・

677 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 22:19 ID:84cz7TUu
>>671

 国家から非合理的要素を取り除くこと、呪術からの解放が人類の歴史だと言うなら、
「柄」とか、民族国家と言わず、もっと機能的に「国家」と言うものを組み立てて
いけばいいだろ。
 俺に言わせれば、民族国家というものを持ち出すこと自体が、一種の呪術さ。
民族神話と言うものを前提にし、それ以外の中間団体・別の民族・集団から
民族・国家と言うものを「信仰教義体系」によって峻別するから「民族国家」
なんだろ。
 そのような、教義・信仰を前提にする以上、民族国家というものはいくらたっても
合理的な存在にはなりえないのさ。だから、もっと合理的にしたいなら、より「柄」
にこだわずに社会統合できる組織として「国家」を考えればいいだろ。アズマは、
多様な「柄」を持つ郷土の連合体として、それぞれの郷土の「柄」をできる限り
尊重するような規範をもった合理的存在として「国家」を位置付けているんだよ。
だから、宮台ばつ壱さんの考える現状の合理的「国家」より、ナショナリズムという
新興宗教からきりはなされている分だけ、より合理的な存在だろうぜ(藁

678 :宮台ばつ壱:02/02/03 22:21 ID:RGR/SX8q
>>673
>アズマを民族社会から部族社会
>への逆行だと言いたいのだろう。

いや、そうじゃない。
逆行が悪いことだとはいわないし、(地方分権、タウンシップ制なんかも
反対しない)
むしろ、おれが言ってるのは、土着的なものと国の両立のために
国家というものは
必要なんじゃ、あるいは使うものなんじゃないか?
と言ってる。

だから機能的、合理的な国家というのも反対しない

ただ俺の場合、世界中の国がそうやってファンダメンタル(基礎的)なもの
と公共性を両立するために、人間にとっての最善策みたいな
スタンスで途中から語り始めちゃってるので(やむを得ずw)
保守と言われるとしっくりこなかったんだ。

まあ、保守でもこのさい、いいんだけど。

679 :宮台ばつ壱:02/02/03 22:27 ID:RGR/SX8q
>>677
あら?
なんか意見が
同調してしまった(笑)

アズマ君は自覚してるから
もう攻める箇所が無い(笑)

680 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/03 22:29 ID:ff0ymrhc
同調してネーよw、じぇんじぇん

681 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 22:30 ID:84cz7TUu
>>674
>今日本は国内の多様な「柄」を踏みにじるような
>制度あるいは雰囲気になっているかい?
>いちおう憲法を頂いている国なわけだし。
>アズマも小林も、同じくらい日本では
>色が認められているのでは(笑)

 現状がそうだからと言っても、それはただの結果論だろ。
そもそも、多様性と言うものは自然と生じるものではない。
社会にそれを強要するシクミがあって初めて生じるものだろ。
 多様性を認める「憲法」があるからこの国でも、多様な試行が
許されるわけだが、この国の「憲法」を作ったのは、ご存知のとおり
この国の人間ではない。「憲法」も人間のつくりものに過ぎないから
それを理解し、解釈し、作り直す人間いて初めて社会が維持できると
言うものだろう。
 多様性を認める「憲法」の背後には、憲法の目指すべき社会的価値
と言うものを考える人々がいるわけだろ。その人々の価値観が「憲法」
に反映される。だから、そこのところをきちんとしておかないと、
将来に渡って、現状が維持されるとはかぎらんだろ。少なくとも、
「国家」の「柄」をことさらに強調する宮台ばつ壱さんのような人が
いるわけだし(藁

682 :宮台ばつ壱:02/02/03 22:34 ID:RGR/SX8q
>>677
俺も本来合理性だけで
国なんて語ってりゃいいんじゃないかって、どっか
思ってるし。

倫理規範だけで、使えるところだけっ
みたいな。国とは規範的存在である!!

これぞ右か?(笑)
これだけだとまずいかと思ってかんがえているんよ。

683 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/03 22:46 ID:84cz7TUu
>>682
 
 保守・ウヨクが、「国家」と言う言葉を使うときは、ただの機能的存在
以外の文脈で用いるわけでしょ。例えば、社会的アノミーの処方箋
として、国が地域社会に変って道徳教育とか、社会規範の醸成をしろ
見たいな。これは、まずいわけでしょ。国家が、インフォーマルな規範
領域に安易に介入することを認めてしまっては、内心の自由を侵す
ことになりかねない。内心の自由と言うものは、社会の多様性を担保する
上での重要なシクミだから、これは簡単に認めてはならない。
 あと法治主義との整合性の問題もあるし。国家を規範的存在と捉えれば、
社会規範の無軌道な法秩序への混入を許すことにもなりかねない。ナチス
刑法みたいにね。 
 ただ、国家が完全に合理的な存在でありえるか?国家が合理的な手法
だけで、国家統合に必要な国民からの支持を調達できるかと言う問題がある。
国家存立の調達を、「愛国心を煽る」などの非合理的手法を多用してやろうと
している度合いが高いのが、保守・ウヨクだろ(藁

684 :日本男児:02/02/03 23:13 ID:AJwIxpP+
今日はこれだけ。

アズマ氏のいうことは、概ね同意できるよ。恐らくこの議論でも指摘が
あったように本当の意味で愛国心が必要になるのは恐らく戦時中だけ
でしょう。まぁこのいざという時に皆がまとまれるかというのがポイントに
なりそうだけど、私は個人的には結構この点は楽観している。

私の場合、東京出身ではあるけど幼少期から地方を転々としたり、
現在とある理由で地方にあえて引きこもって生活を送っている人間の
立場からいえば、当然普段の生活や規範を考えていくのには地方毎の
色合いの方をもっと考えた方がいいだろうな、と素直に納得できる。

が、東京を考えると難しいよな(笑)。私が以前親から離れて暮らし始めた
時のマンションは、住居者の2/3以上が外国人だったな。そうでなくても
全国の色々な地方出身者が集結する地域でもあるしね。

イメージとしては濃度の濃い順として

地域色(市町村クラス)>地方色(都道府県クラス)>国柄として、それぞれ
バランスを考えていくしかないでしょうね。
又これだけ国際相互依存が進んでいる現状を加味すると当然そのさらに
上位に来るものは何なのかも探っていく必要もありそうですね。

ただ、このスレで「国柄」を主張するときに私のスタンスは、あくまでもこうした
ことを考えていく時の「手がかり」であるということは理解して欲しいな。

だって、私の住む地方の「地方柄」なんてこのスレで話してもあまり意味が
ないでしょ(笑)。

685 :宮台ばつ壱:02/02/04 11:51 ID:EMh6d+hJ
>>672
厳しく言えば、
日本人→朝鮮系→モンゴル系→霊長類?→?生物→ビックバン

もともとを掲示して相対化したいならここまでたどれよ。

原子の何が、今の人間と世界を構成して、どの原子が人間に感情や気持ちを
もたせて、争わせているのか。構造的に分析して相対化するとは
そういうことだろ。俺がある場所の人間の「もともと」が何で、国民や国柄を相対化するなら
あいてに分からせるためにそこまで説明するだろうね。

世界の歴史の一時点で、もともとはこれだからって言われてもだから何?
としかいいようがないんだけど。

正しい、リアルな人間の歴史を構造的に言いたいなら、人間は同根の中から生まれた
と一言いえばいいだけだろうに。人間世界は同根である。
そりゃそうだろうなあ。ビックバンがなきゃ、俺もきゅりおも
ここにいやしないんだからさ(笑)

もともとは同民族、だから国柄のきっかけ(国土)は無意味だとでもいいたいんだろうが
それを言うなら、宇宙は同根だから無意味なんだ。本来「争い」の理由なんてありゃしない。その無意味の上に何らかの
きっかけ(地球上・国・郷土等)をファクターとして、意味を構築していくのが人間だとしか
言いようが無いんじゃないの。多民族国家だろうが多原子国家だろうが、国柄は消えやせんよ。
アメリカを見よ(笑)あれ以上、色を出している国があるかw



686 :日本男児:02/02/04 13:07 ID:W7EOt4OV
ようやく全部目が通せた(笑)。

どうやらアズマさんは「自然法」をキーワードに今後もゆるみつつも、お互い複雑に
絡んでいく共同体同士や共同体内部における規範をどのように生成していけば
良いかというのがテーマのようですね。その疑問はよく分かるなあ。私も知りたい(笑)。
西洋はとりあえずキリスト教がベースにあったのでこうしたことが考えやすかったと言うことは
いえそうですね。翻って日本の場合どうなるか。

こと日本に関して言えばだけど、その手がかりが何か、と言うことで私は「神道」
だのを掲げてみたのだけど。何せ私自身神道についてよく分かっていない(笑)。

ですのでどこかのタイミングで右翼学者さんに神道含め、現代の我々の
深層意識に入り込んでいそうな日本思想(禅や念仏、般若心境なども含む)
についてご講義いただこうかと思っていたんですよ(笑)。

でもどこまできっかけ足りうるかは私もよく分からない(笑)。

687 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 14:16 ID:isRbKWYg
>>685
今まで散々言ってきただろうが、読んでねーのかよ・・・・
宮台の場合は、表現、読解をまず学んでくれ。すでに述べたことを繰りかえすのはうんざりだ。

688 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 14:21 ID:isRbKWYg
>>686
「日本人」の規範の古層を掘り返すという戦略はよく分かるんですが、その場合の
決定的な隘路は「日本」という枠は存在せずに、日本各地の諸文化の大まかなまとまり
があるだけだということなんでしょうね。ここをどう乗越えるか、つまり、北海道から
沖縄までをくくる大文字の日本文化の存在をどう証明するか、でしょう。

「幕藩時代はそれぞれの藩が欧州の国家のような違いがあったとも言えるだろう」<司馬遼太郎>


689 :宮台ばつ壱:02/02/04 14:38 ID:R1m09PTZ
>>687
はい出た読み返し

読み返すのは君。学ぶのも君。

>>687
みたいなしょぼい切りかえししか
できないなら、余計な突っ込みいれるなって10回言ってるから
10回読み返せ。(他は読まなくていい)命令な、これ。君が終了するのはかってだけどね。

690 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 14:45 ID:isRbKWYg
・・・ほんとに分かってないな、コイツ。
「生の志向性」←これは何て読むのー?

691 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 14:48 ID:isRbKWYg
読めなかったら言ってねー
つーか、この時点でこの言葉の概念、理解してないから何言っても無駄なんだろうけど。
何なんだこの徒労感は・・・、遺伝子に遡って「生」の持つ傾向性についての言及を繰り返してきた
作業は全く無駄というわけか・・・、だから宮台は要らない。

692 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 15:00 ID:isRbKWYg
分かってないのになんでこんなに偉そうなんだろう。親が甘やかしすぎだよ、マジで。

693 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 22:30 ID:5Fpmjun7
>>686
>どうやらアズマさんは「自然法」をキーワードに今後もゆるみつつも、お互い複雑に
>絡んでいく共同体同士や共同体内部における規範をどのように生成していけば
>良いかというのがテーマのようですね。その疑問はよく分かるなあ。私も知りたい

 まあ、ぶっちゃけて言うとそういうことだね(藁
 ただ、共同体・個人を束ねる社会全体・国家の戴く規範と言うものを考える時、
常に「法治主義との整合性」「多数決原理の例外の処理」を考えて逝かなければ
ならない。これが、規範に関する実践的な問題だから。そう言う実践的な視点から
議論しなければ、いくら「日本ネイティブ?」と称する思想を持ってきても、
自然法にとって変れないということ。まあ、個人主義とか多様性の許容と言う
価値観を前提にしているんだけどね。この前提となる価値観自体に反論を提示する
なら、それはより根本的な思想・哲学・倫理上の問題になる(藁
 あと「郷土主義者」としての俺の立場を補足して説明すれば、アズマの主張
というものは、社会規範というものを国家におかず、郷土に求めると言う点かな。
「国家」には、個人・共同体を統合し、争いを裁定する中立的な機能を与え、
一方で郷土には、「道徳」「伝統」と言ったインフォーマルな社会規範というものを
担わせる。つまり限度はあるが、「郷土」には「個人の内心」に働きかける権限を
緩和するわけだ。
 なぜ、「インフォーマルな社会規範」と「国家」との安易な結合を批判しつつ、
「郷土」との結合は許容するかと言えば、社会規範の必要性としては社会コストの
問題があるし、「郷土」にそれを許すのは、国家と郷土との垂直的分権構造に
よって、国家からの一定のチェックを郷土にかけることが期待できるから。

694 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 22:31 ID:5Fpmjun7
 社会的コストの問題とは、例えば機械的な法律で禁止事項を定めて、民衆を一定
の方向性に誘導するよりは、もともと民衆が漠然と持っている社会規範というものを
想定し、それを強化・促進する効果を狙って禁止事項を定めたり、社会規範醸成の
ために教化活動を行なう方が、少ない資源と時間でより効果があがると言う発想。
しかし、これを国家に担わせてしまうと、「個人の内心の自由」との調整の問題が
まともにでてきてしまうし、社会規範というものはなるべく人々に近いところに
なければリアリティーがないから、あえて「郷土」と言うものを持ち出すわけだ。
 しかし、社会的コストから一定の限度で「郷土」に社会規範で個人の内心に
介入する権限を与えたとしても、それは程度問題で、「個人の内心の自由」を
積極的に侵害するものであってはならない。そこで、ゆきすぎた侵害をチェック
する意味で、「国家」に「個人の権利」を擁護する番犬の役目を課し、裁判制度
などを通し郷土の行き過ぎた内心の自由への干渉、社会の多様性を削ぐような干渉を
排除する。とまあ、こうなるわけだ。
 保守・ウヨクのリベラル批判の根底には、社会的コストの問題があったと思うん
だよね。個人による自由の濫用の問題とか、社会的アノミーの増大とかね。国家が
法律ですべてを定め、あとは個々人の合理的判断に委ねると言うのでは、社会的
コストが増大してしまう。それより社会維持と言う観点から、個人の内心に一定
の方向性で働きかけをした方が、より少ない社会資源で、より多くの効果を
上げることが可能だろう。しかし、それを国家に担わせてしまえば、内心の自由の
問題、民衆との密着性という観点から問題があるわけだ。そこで、アズマの「郷土」
と「国家」を峻別し、「郷土」にはある程度、社会規範醸成の機能を担わせ、
それを「国家」の人権制度などによってチェックする社会的なシクミの提案(妄想)
と言うものがでてくるわけだ。まあ、この実現のためには、国家権限のかなりの部分
を地域(郷土)に移行させ、徹底した地方分権構造を作ることが前提になるのだが(藁

695 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 22:31 ID:5Fpmjun7
 しかし、人々と密着した基礎団体にことさら地域をもってきて、なおかつそれに
インフォーマルな社会規範醸成機能を担わせると言う点では、きゅりおさんとは争い
があるだろう。しかし、俺は社会的コストと権力の垂直的分権構造と言う視点から
敢えてインフォーマルな社会規範を醸成する「郷土」にこだわるわけだけどね。
地域がそれを担わせるに足るかとか、疑問はあるだろうが、既存の組織として地方
自治体と言うものが現に存在するわけだし、歴史的背景もある。とりあえず現在ある
ものを使って、それを改良しつつ、一歩先を見た近い将来の社会的均衡をつくり出す
と言うのが政治思想と言うものだろ。まあ、これがアズマのアズマたる由縁だが(藁
 最後に補足をしておけば、アズマの提案(妄想)を取り入れた場合、それぞれの
郷土で地域色のある社会規範が形成されるが、郷土が社会規範をもって郷土内の
個人・中間団体の内心・行動に不当に介入するケースが考えられる。その場合に、
国家が介入してそれを是正することになるのだが、それを正当化する根拠こそが、
国家が奉じる現在自然法に相当する「普遍的規範」の問題になる。
 アズマの狡猾なところは、規範を「国家」と「郷土」に分解し、国家にはより
普遍的で厳密な規範を要求しつつ、郷土にはより効果のあがる曖昧な規範を認める
ところさ。これで、従来保守・ウヨクが陥ってきた曖昧な規範による国家運営と言う
批判をたくみに回避し、なおかつ郷土の社会規範への積極的な介入を認めることで
社会的コストの低下を狙っているのさ。二兎を追って、二兎を得ているわけだ(藁

696 :むっちょ:02/02/04 22:41 ID:Bg2/A7CV
>>695
それだと、郷土が小国家的になって、郷土のなかのローカル・コミュニティ
との間で同じ様な問題が発生しかねないと思うんだけど。

697 :右翼じゃない者:02/02/04 22:46 ID:41qfaHD6
>>693
>常に「法治主義との整合性」「多数決原理の例外の処理」を考えて逝かなければ
>ならない。

法治主義との整合性について
これは法改正と言う手段があるのだから 国家或いは社会のみとむる規範とは切り離せないんじゃないか?
規範をも(ポピュリズムに傾きがちな)政治家に委ねることについての懸念はあるがね

多数決原理の例外の処理について
これこそ利害調整機関としての政府の仕事だろ
結局少数の意思は多数の意思に踏み躙られるわけだから せめて経済的な精神的な損失くらいは補填する
これがベストではないにせよベターな国家体制というものだ

698 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 22:49 ID:5Fpmjun7
>>696

 だから、その辺はアズマが郷土主義をとる限りしょうがないわけだ。
コミュニティーの再建と言う場合、コミュニティーのどれかに特定の役割を
割り当てないと、統一的な社会規範としての意味をなさないでしょ。
 小国家的なものとして、郷土を位置付け、相対的に他のコミュニティー
から優越的な地位を郷土に与えることによって、一定のインフォーマルな
秩序というものを社会に作り出していく。しかし、一方で行き過ぎた郷土の
コミュニティーに対する圧力は、国家からの介入で排除していく。
 このような発想をとるのは、社会的コストの問題をある程度考えている
から、「郷土」に特別の役割を割り当てるわけだが、インフォーマルな社会
規範というものの効用と言うものをむっちょさんはどう評価するわけ?

699 :日本男児:02/02/04 22:52 ID:W7EOt4OV
アズマさん

いわんとすることは分からないでもないけど、私のような国内ジプシーは
どうなる(笑)。国内と海外の区切りはとりあえず移動が簡単(税関がない)
ことだし、とりあえず日本語は通じるし(笑)。

郷土毎の規範は現在だってあるよ。ヤマトやアズマやその他の伝統の
影響を受けつつね。これが私の幼少期に取得したこと。

でも、現在の日本はそうはいいつつもある程度の文化的には均質な状態にも
なっている事も言える。ヤマト、アズマその他が入り交じりつつ(笑)。
当然西洋だの他国の価値観も遠慮なく入り込んでいる状態というのもある。

だからその辺りの見定めを私は一度やってみたいんだ。

700 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 22:58 ID:5Fpmjun7
>>697

 規範に関する「法治主義との整合性」と「多数決原理の例外」の
俺の見解については、>>487-489 を参照(藁
 俺は、「法治主義との整合性」で、インフォーマルな社会規範を安易に、
制度としての国家に導入することに反対し、「多数決原理の例外」で、
普遍的規範を根拠にして、多数決を根拠とした国家の介入を排除して
いるんだよ。多数決とそれを排除する原理に関しては、もうすこし説明しな
ければわからんだろうが、詳しくは >>487-489 でも読んでくれ(藁

701 :日本男児:02/02/04 23:00 ID:W7EOt4OV
要するにさ、ちょっと前までの日本は「世間の目」って奴がもう少し人々
の行動の暴走を押さえていた側面があったように思うんだよね。
「世間様に恥ずかしくない行動」という暗黙の了解みたいなもの。
これがここ15年くらいで一気に崩れてきた印象があるんだよね。

これはもう時代の趨勢として受け入れるしかないとして、ではそれに代替
するものとしてどんなものが考えられるのか。もうがちがちに法でいくしか
ないのか。それとも何か別の方策があり得るのか。その辺りの手がかりを
探ってみたい気持ちがあるんだよね。子持ちなだけに(笑)。

702 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:05 ID:isRbKWYg
>>699
「均質」になっているという根拠は何?まるで官僚のコメントみたいだよw

「さいた、さいた、さくらがさいた。」これが俺が小1の国語の教科書で最初に習った文章。
4月上旬だよね。だけど、俺が小学校時代を過ごした新潟では桜が咲くのは4月下旬、まだ消え残る
校庭の雪を見ながらクラスで朗読する。これが変だと思わないのは貧しい感覚だと思わない?

国際的には「差異」を国内的には「均質」を・・・というダブルスタンダードに気付かないのはちょっと・・・。
日本男児さんの課題は「ナチュラル」wイデオロギーの自覚ではないと思います。

僕は日本全国4月上旬に「さいた、さいた・・・」とやるよりも「湯さ、どさ」の世界の方が豊かだと思う。

703 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 23:06 ID:5Fpmjun7
>>699

 社会規範の効用と弊害というものを考えると、やはりこれは国家から
切り離して考えた方がいいと言う発想が俺の念頭にあるんだよ。
 だから、国家とか社会全体から、インフォーマルな社会規範を極力排除
しつつ、郷土にそれを担わせようとする。
 郷土と同一化できない人間も当然でてくるが、その場合の郷土もまた、
コミュニティーの価値観の集合のもとに作られているわけだから、少なくとも、
国家と言う大きな枠で、社会規範を考えるよりは、より身近な社会規範が
導き出せるし、サポートというものもできるんではないのかな(藁
 個人と集団と言った社会の多様性を確保する規範と言うものは、国家の
憲法や諸施策に自然法などの普遍的規範を追求すると言った形で、
追求すればいいだろ(藁

704 :日本男児:02/02/04 23:09 ID:W7EOt4OV
>>702
きゅりおさんは人のコメントを極端に取る割に、自分のコメントの救い取りを
過度に求める傾向がある(笑)。ちゃんと「ある程度」って書いたでしょ(笑)。

私なんぞ幼少期はクリスマスにいたんで、クリスマスに雪がない東京に
ずっと違和感抱いてたよ。
教育、TV、ネットその他これだけ共有されているのに、全国全く違う文化
だとお思い?

705 :日本男児:02/02/04 23:10 ID:W7EOt4OV
>>704
前半のクリスマス→東北の間違いでした。

706 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:10 ID:isRbKWYg
>>703
やはり、聞かねばならないだろうw

家族まで貫徹した私有財産制/機能分化という特徴を持つ近代人をどのような方法で
「属地的な」規範に結集させることができるのか、その戦略をぜひ聞きたい、と言わざるを得ない。

そして、その郷土の規模(大きさ)の範囲をどの程度にするのか?
国家と郷土の役割分担は具体的にどのようにするのか?

・・・などなど。

707 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 23:11 ID:5Fpmjun7
>>702

 そうそう、「さくら」と一言で言っても、地域ごとでさくらに対する思いという
ものは違う。沖縄では、「さくら」と言えば早春に咲く「ヒカンザクラ」のことだし
本土のような形での花見と言う習慣もないだろ。
 本土でも、各地で「さくら」と言えば「山桜」を指す地方だってあるし、
それを無理やり、さくらとは4月上旬に咲き、「ソメイヨシノ」であり、ござを広げて
花見をするものと決め付けてかかること自体が間違いなんだよね(藁
 どう考えても、さくらさくらと標準語で、4月のはじめに教える公教育と言うものは
ナショナリズムイデオロギーの注入以外のなにものでもないよね〜(藁

708 :日本男児:02/02/04 23:13 ID:W7EOt4OV
ちょうど「口裂け女」が流行ったときは、全くTVとかで扱われていなかったのに
口コミだけで日本全国の小学生が恐怖に陥れられていたなあ(笑)。
あのときは本当に東北の外れに住んでいたけど、ちゃんと伝わってきた(笑)。
今考えても不思議。

709 :むっちょ:02/02/04 23:14 ID:Bg2/A7CV
>>698
ごめん。「社会的コストの問題」という部分を見落としていた。
でも、インフォーマルな社会規範によって決定される「法」が
もたらす「内心の自由」との問題は、どこまで民衆に近づけても
解決しない気がする。(代案ないから、大きなこと言えないけどねw)

また、果たしてインフォーマルな社会規範を再建するためには
コミュニティーに「政治的」な役割を与えなければいけないだろうか?
俺は、法によって規定される「パブリックな社会」と、インフォーマルな社会規範
を共有するような「共同体」は別の空間に存在すると思っているので、ちょっと
説明求む。
>インフォーマルな社会規範というものの効用
それはそれで運営されていけば良いと思う。個人は「社会」と「共同体」
の二重の空間に生きているわけだから。


710 :日本男児:02/02/04 23:15 ID:W7EOt4OV
>>707
まあでも、それぞれの郷土の民謡も私の時は小学校で歌わされていたよ。
今は違うのかな?それはそれで確かにどうかなと思うけど。

711 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 23:17 ID:5Fpmjun7
>>706

 それはいろいろ方法はあるさ。例えば、公教育をお国言葉重視の
ものに切り替えるとか。地方共同体を中心にした一種の道徳教育
歴史教育的なものを復活させるとか。
 規模としては、基本的には道州制ででてくる単位を国の単位とし、
現在の地方自治体を基本単位の郷土とするといったところかなあ。
もちろんそれらを束ねる存在の国家が上にあるのだけれど。
 よって国家の担う機能は、連邦制の国家が通常持つような機能
権限と言うことになるね。それと、俺が地方に特に期待するのは
インフォーマルな規範醸成機能、逆に国家には個人・集団の多様性を
確保するための郷土への介入権限と言うことになるね(藁

712 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:18 ID:isRbKWYg
>>704
前半言っている意味がわかりません。
あのね、「私は素直」という観念がある一番難しいんですよ。女の子がそうだけどw
何言ってもききゃーしねえ。<あきらめを込めてw>
だから、例えば、「均質」って変じゃない?、という論点を強くぶつける必要があると思ってます。
文部官僚などに「日本文化均質論」という観念があるのは事実。これは国家行政の要請から、全国の
文化を「均質」にしなきゃいけないわけだ。中国共産党が北京文化を全国オフィシャルにしよとして
いるのと同じ。中国には強固な血族コミュニティーが「抗体」になっているけど・・・。

俺の中では日本男児さんはほぼ「女の子」w、気を悪くしたらごめんあそばせ。

713 :日本男児:02/02/04 23:19 ID:W7EOt4OV
>>707
全くね。東京中心に教育カリキュラムが組まれているのは間違いない。
その辺りは私も体感しているよ。
どこまで地方色を教育で打ち出すかは、これ又難しい問題だよね・・・。

714 :むっちょ:02/02/04 23:20 ID:Bg2/A7CV
>>711
俺はドイツの日本人学校で学んだんだけど、
どのお国言葉を使えばいいんだろうね(w。

ちょっと煽ってみた。

715 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:23 ID:isRbKWYg
>>708
でもさ、高校の公民の教科書にマスコミュニケーションによる「価値観の均質化」
によって、人間が主体を失いつつある・・・ってならったでしょ。

近代批判の最初のステップなのに、日本男児さんに言わせると「だって、マスコミがるから均質でいいじゃん」
に聞こえる。アノミー(近代の慢性疾患)を克服しようって気が本当にあるの?

<↑煽り50%、マジ50%w>

716 :日本男児:02/02/04 23:24 ID:W7EOt4OV
>>712
あなたのいっている意味の方が分かりません(笑)。
「ある程度」均質化が図られている、という私のコメントの揚げ足取りに
しか見えません(笑)。国内ジプシーの私に対してそんな事いっても
無駄(笑)。

後、ついでにいっておくと私に「マイノリティー」を持ち出すのも釈迦に説法で
あるとはっきりこの際いっておきます。
詳細はこの場では言えないけど、今現在もあるマイノリティーと関わっているので。
そんなことは頭に入った上でのコメントです。
多分私のコメントを、他の擁護派と一緒くたにしているところがあるんじゃないですか?

717 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 23:25 ID:5Fpmjun7
>>709

 そこなんだよね。俺は担わせるべきだと思う。
例えば、刑法と言うものを考えると、刑法をなぜ人が
守るかと言えば、それは単に功利的理由で守るから
と言う理由だけでは説明できないでしょ。
 なにか、漠然とではあっても、社会に正しい規範があると
人が信じるからそれを守ると言う側面がある。そして、その
ような心理的効果というものを利用・強化する形で法律を
設定するからより効果があがるということがあると思うわけだ。
 であれば、単に合理的なパブリックな社会として、公共団体を
位置付けるのではなく、一定の限度はあっても、インフォーマルな
社会規範を醸成をする機能と言うものを認めた方が、より社会
コストというものが少なくてすむし、効果があがる。
 ここら辺を考えるからこそ、保守・ウヨクは、愛国心やら、道徳・
伝統といったインフォーマルな規範にこだわるわけだろ(藁

718 :日本男児:02/02/04 23:25 ID:W7EOt4OV
おっと子供が泣き出した。ではさらば(笑)。

719 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:27 ID:isRbKWYg
>>716
感情的になるって部分は「イタイ」ところ・・・だと思うんだけどw
マイノリティー・・・、思想的にはその傾向が見られないのはなぜなんだろうね。
東北に住んでも東北を知らず、アジアで仕事をしてもアジアを知らず・・・そんな奴はいっぱいいるからね。

720 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:32 ID:isRbKWYg
>>718
あと正しい日本語的に、「釈迦に説法」と言う場合、自分の方を「釈迦」に
当てはめている文章を初めて見たw ふつーはやらんでしょうw

煽られる→感情的になる→内省的に感情的になった部分を吟味する→自分のイデオロギー性に気が付く

という思索の基本コースが宮台にしても日本男児さんいしてもどうしても不足しているのが気になる。
この「観察の観察」という姿勢がない限り、「日本文化の見直し」と言うテーマが安易な郷愁に終わってしまう気が
するんですよ。悪く思わないでね。

721 :日本男児:02/02/04 23:35 ID:W7EOt4OV
>>719
こどもが寝た(笑)。
いい加減、その手の妙な決めつけ批判はやめましょうよ・・・。
他人の親とか子供とか持ち出したり・・・。マナー違反ですよ。
ちょっと無茶な反論された位で(笑)。
クールなフリして感情的になっているのはあなたでしょ(笑)。

私がイヤなのは、「マイノリティー」を全面に出すことで、自分の論拠の
力づけを行うのがイヤなんです。「弱者権力」みたいなものですよ。

それよりも私はアズマさんの意見に興味があるなー。
今までじっくり話したことがないけど、おもしろい(笑)





722 :日本男児:02/02/04 23:37 ID:W7EOt4OV
>>717

>であれば、単に合理的なパブリックな社会として、公共団体を
>位置付けるのではなく、一定の限度はあっても、インフォーマルな
>社会規範を醸成をする機能と言うものを認めた方が、より社会
>コストというものが少なくてすむし、効果があがる。

この辺り、具体策として、どんなものが考えられるんだろう?
例えば教育とかで、もっと地方に委ねていくような感じなのかな?
アズマさんとしてはどんな感じ?

723 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:39 ID:isRbKWYg
>>721
ごめんなさい、一人芝居になってますよ。少なくとも自分に利害に関わっていない分ですから・・・。

>イヤなんです・・・←嫌とか、好きとか、言う問題じゃないでしょう。
だから、「女の子」的だと・・・言ってるんですが。

本質的な議論は人格的なものを含み、常に「痛い」ものですよ。その覚悟があるの?

724 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 23:43 ID:5Fpmjun7
>>720

 そうだよね。郷愁とか現状批判や分析で終わってしまってはダメなわけだ。
規範とか社会のあり方と言う文脈で、「日本文化?」と言うものを持ち出すなら
それをそれをきちんと定義して、さらにそれを持ち出して自分が何を意図して
いるのか?意図していることとを社会実践する方法論とは?そしてそれをした
場合どうなるのか?というところまで考えないとダメだと思うんだよね。
 特に現状の社会とか制度を、「日本文化?」と言うもので批判する場合、
それは現状になんらかの変更を強いると言うことになるから、何も考えず、
批判のための批判をしたのでは、サヨクのしていることとなんらかわないと
言うことになる。ここら辺のところを、保守・ウヨクを自認する方々には
よく考えていただきたいところですね。まあ、このスレに保守・ウヨクを自認
する人間は、私以外いないのかもしれないが(藁
 まあ、自分も一定のイデオロギーに毒されていることを自覚し、それを常に
心がけながら論を組み立てていくことは、当たり前のことだけどなかなか難しい
ことではあるよね(藁

725 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 23:48 ID:5Fpmjun7
>>722

 基本的にはそういうことだね。地方分権論をイメージしていただければ
いいと思うよ。まあ、その辺の話はおいおいと時間があれば(藁
 でも現在ある材料を使って、巧みに社会規範の導入と、社会の多様性
を確保しているところなんか、なかなか狡猾だろ(藁
 かなり、論理にインチキはあるんだけどね。まあ、その辺はネタキャラと
しての宿命といったところかね(藁

726 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:49 ID:isRbKWYg
アレント/小林の言う「公」とはテーブルにおける徹底した討論でしょう。
そこで合意形成に向って血みどろの闘争をするわけだよね。
その際に好き/嫌いを持ち出して議論の範囲外に置く点を作ったのでは闘争にならない・・・。
学校でも、会社でも、夫婦でも、仲間でも・・・これらの問題は共通にあるよね。
受け入れ難い点だとは思うけども、お子さんのためにがんばってください。
俺ができるのは「盲点」(放置できないものが多すぎる!)をチクチクほじくりだす
お手伝いができるぐらいです。

727 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:50 ID:isRbKWYg
>>725
ネタキャラに逃げるのは反則w

728 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/04 23:53 ID:5Fpmjun7
>>727

 まあ、そうなだけどね。この戦略でアズマは、いままで一年間、
時に煽り、時に荒しをさばいてきたからなあ(藁

729 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/04 23:56 ID:isRbKWYg
キャラが本物になったりして・・・w

キャラネタでないなら、いずれ伝統文化的な単位基づく「属地的な共同体」、
近代の機能分化に基づく「非属地的な共同体」かの問題に決着をつけなければ
ならないでしょう。

その辺、いつでもどうぞw。

730 :日本男児:02/02/04 23:58 ID:W7EOt4OV
>>725

地方分権の難しいところは、お金の配分なんだよね。
地方で暮らしていると痛感しているけど、東京に本社を構える会社が
全国で稼いだ金を東京の名義で税金を払っているのが今の構造なんだよね。
私の地方で名を馳せた会社も、とっとと東京に籍を移してしまった。こうなると
その地方では税収と出来ない。現状ではどうしても東京に籍を置いた方が効率いいからね。
地方分権である程度権力を分散させていくことには何ら抵抗はないけど
そのベースとなる税金の取り方と、配分の仕方は結構難しい問題だよね。


>>726
受け入れがたいんじゃなくて、人の意見を曲解されるのが、いい加減
イヤになっちゃたんですが・・・。
あなたも宮台さんにそれをやられてイヤになってるでしょ?あれに関しては
私別に宮台さんを擁護する気は全然ないですよ。



731 :UNION JAP:02/02/04 23:59 ID:FhNPErWE
ところでアズマさんの考えでいくと今度は地域と家族、家族と個人
ってちっちゃくなってくと思うんですけど。その辺はどうなんですか?

732 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 00:03 ID:XRs4E/nF
>>730
僕は曲解していないと確信して発言していますよ。少なくも日本男児さんの投稿から
判断する部分においてはね、それ以外の部分は知りませんけど。

繰り返しますけど、日本男児さんの最大の隘路は「自分の主観のイデオロギー性に気付いていないこと」
なんだと思ってます。これは最大限の力を込めて強調したい。分かってください。

それによって、今まで議論の成果を台無しにすることがありうる・・・、僕が危惧しているのは、それです。
(最初から言ってますよね)

733 :右翼じゃない者:02/02/05 00:05 ID:VWy1aIUP
>ぁゃιぃアズマ人
>>487-489読んだぞ 実はあれって君の主張だったのか? 単に煽ってるのかと思ったがね 
インフォーマルな規範を定義付けたいなら それなりの機関が必要だろ
例えば今の政治家は政治力と倫理の両面を必要とされているが ぶっちゃけ政治家に倫理は要らん ただ国家への忠誠と政治力があれば良い 何をしようが結果 国益(国家的地位の向上)につながれば良いのだ
彼らに倫理面も強要するからおかしな事になるのであって 彼らとは別に倫理委員会を作り構成員はもちろん実績と選挙で決める
彼らの選挙区は君の思う地域ごとに選出しても良いし任期も定める 彼らに話し合いをさせて日本としての方向性を定義付けさせればある程度の規範は保てるだろ
是と思う方向性が地方ごとに決定的にかち合うとしたら大問題だが その場合隔離政策も必要になるかもしれん

ちょいと思うままかいてみたから電波&非現実的かもしれんが 叩き台としてどうよ?

734 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 00:08 ID:XRs4E/nF
ウヨガクさんの場合は自分のイデオロギー性を分かった上で発言しているので、

突っ込まれると・・・、「ああ、そうか」

なんですよ・・・w。
僕らも僕らで安心して現代の抱える問題の二重性を背景にして議論ができる。
「そうも言えるけど、実はこうなんだ・・・」←これが「公」です。

日本男児さんにしても、宮台にしても「そうも言えるけど・・・」がない、
単層の「無垢な」主観では本当に危ういと思いますよ。

しかし、「日本文化の見直し」に何の異論もありません。だから、言っているのは、
議論の内容ではなくて、姿勢なんですよ。

735 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 00:09 ID:O/maoXk/
>>729

 社会のあるべき形と言うものを決めるのは、その時代、社会の
生産のあり方だから、最終的に非属地的な単位がいいのか、
規模がどの程度のものがいいのかと言うことは、生産のあり方と
言うもので決まっていくんだろうね。
 結局、国家がここまで力を持ったのも、国民経済というものが
前提にあるからで、それが変りつつあるからなんらかの社会変容を
迫られている。だから、経済問題に疎い俺には、現在、近い将来の
あるべき社会像は描けても、より先の社会像は描けないしね。
 そこら辺をふまえた意見と言うのは過去にないの?

736 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/05 00:12 ID:5brOhvRo
>>733
政治家の定義が反サヨ先生+さらにガイシュツ(アズマさんのスレで)
よって語る余地なし

737 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 00:15 ID:O/maoXk/
>>730

 税の配分の問題だろ。しかしなあ、平等性をいくら逝っても、地域的に経済的な
偏りは必ず生じるわけで、それを無理やり補填してきたのが現状。
 自主財政を進め、さびれる地方がさびれていくのはある程度しょうがないよねえ。

>>731

 社会規範醸成機能と言う視点から、郷土と言うものを俺は設定するから。
つまり、意図するものがあって、それに利用できる存在として「郷土」と言う
ものを考えるから、極端に小さく分解することはない。

738 :右翼じゃない者:02/02/05 00:17 ID:VWy1aIUP
>>736
政治家の定義付けなどしていない 単に役割を分担させたらどうかと提案しているのだ
政治力ある政治家が下らないスキャンダルで失脚して行くのは損失だとは思わないか?

739 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 00:17 ID:XRs4E/nF
>>735
>社会のあるべき形と言うものを決めるのは、その時代、社会の
>生産のあり方だから、最終的に非属地的な単位がいいのか、
>規模がどの程度のものがいいのかと言うことは、生産のあり方と
>言うもので決まっていくんだろうね。
俺が過去に繰り返し述べてきたこともそれにつきます。
良い/悪いでなく人間が「何によって」生きているのか、という部分に定位せよ、というところでした。

>そこら辺をふまえた意見と言うのは過去にないの?
一応、「ウェッブ的生産関係」という概念でSF的に提出しました。これに何の責任も持ちませんがw
ここでは無責任にこういう話がしたかった。映画で言えば「ブレードランナー」の世界とかね。

740 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/05 00:21 ID:5brOhvRo
アズマさ〜ん、きゅりおさ〜ん、今から清掃作業に入ります(w

>>738
もう、「アズマ史観」スレで「最高執行機関としての地域代表者会議」と
それを監視するシステムとしての「国家」っていう話はアズマ主義国家の
グランドデザインとして、オレが提出したのだが?

741 :UNION JAP:02/02/05 00:25 ID:ohl3KbWo
>>737
でも、例えば日本男児さんのようなジプシー生活のひとにたいしては、
郷には入っては郷に従えってことですよね。
それではそれがかきまわされて混在してきた時はどうするんですか?

742 :右翼じゃない者:02/02/05 00:28 ID:VWy1aIUP
>>740
清掃作業だと 失礼だな しかもアズマやらきゅりおやらに媚び売ってるしw

それにオレは政府とは別に倫理的集団を設けよといっているのであって
地域代表者に最高執行機関を担わせよとは言っていない
君 根本的にずれてるよw

743 :むっちょ:02/02/05 00:28 ID:jiME4sEY
>>737
ある個人が複数の社会規範意識を内包していたらどうする?
結局、どの社会規範に従うかは個人の選択によるものだとしたら、
それは規範として弱くないか?
もう一つ。「郷土」の社会規範というが、
例えば「統一的なアズマ規範」というものは可能なのか?(w


744 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/05 00:29 ID:5brOhvRo
>>738
アズマさんのスレからのオレの発言からのコピペじゃ。
ちなみにアズマさんとは基本的に「そーゆー社会になるんだろうな」という点で
合意している。

514 :ひっきー吉田 :02/01/01 22:52 ID:/QyQdl6s
>>507
現実的に「アズマ」を考えると、必要最低限の仕事(外交・防衛等)のみ
を国の権限として残し、あとは徹底的に地方分権をする形になろう。
これに伴い、中央官庁の大幅なリストラ(そして地元に戻って政府作り)
も図れ、容易に構造改革ができるw
権力は天皇制というシステムを残す形なら、天皇・首相・そして都道府県ごとの
代表者会議を設置する形がベストだ。勿論、都道府県代表者会議に最高の権力を
与える。天皇制を廃止するなら、そのかわりに今上天皇を初代大統領とする権力の
弱い大統領制を導入するのがいいだろう。


745 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 00:32 ID:O/maoXk/
>>733

 だから、俺は >>487-489 で、インフォーマルな社会規範というものを国家の
それと郷土のそれに分割するわけ。そして、国家のそれを、憲法的価値と位置
付けて、民主主義の例外におくわけさ。理由はめんどうくさいから説明しないけど。
 なんで、こんなめんど臭いことをするかと言えば、国家戴く規範で、きちんと
民主主義の例外と言うものを設定しておかないと、個人の自由と言うものが
担保できないから。
 そして、国家のインフォーマルな社会規範は、自然法などの裁判所や学者が
定義するものだからある程度定義可能なものになるし、郷土の持つ規範は、
ある程度定義できなくても、国家の憲法秩序で枠をはめられているから、
漠然としていてもなんとかなるんだよ。
 右翼じゃない者さんの言うやり方は、民主主義的な要素しか考えていないだよ。
国家において重要なのは何より、個人の自由と言うものを担保し、権力の暴走を
防ぐとためのシクミなんだよ。
 そのためこそに、国家自身を拘束する非民主的な普遍的規範と言うものの必要性と
言うものがでてくる。非民主的な普遍的規範と言ってもそれは、時の権力、政府が
決めるものではなく、現状の制度を例にすれば、それは裁判所の裁判官、学者が、
公的、私的な議論を通して形作っていくものなんだよ。
 倫理委員会、倫理と言う文脈で言えば、俺が念頭においているのは、裁判所の
判例や学者の学説だし、自然法や憲法解釈と言った既存のものなのさ(藁
 俺は、政治というものを考える上で、既存の材料を使って、それを組み合わせたり、
改良したりして、いかにベターな社会が作れるかしか考えないから(藁

746 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/05 00:34 ID:5brOhvRo
>>742
スマンスマン、基本的にオレ強い方につく人間だから(w

多分、君の主張だと、江戸時代ヨロシク「地域住民」が相当の倫理的集団になると
思う。いくら対外的に優秀な政治家であっても、その地元から反発を食えば退陣
せざるを得ない。これは最近ではそういう風潮が強くなってるね。

747 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/05 00:37 ID:5brOhvRo
つまり地域住民に政治に対する責任を直で負わせる効果があるんだよ。

748 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 00:42 ID:O/maoXk/
>>741

 そこが俺の保守・ウヨクたる由縁でしょ。公教育などを通して、郷土の
守るべき規範と言うものを正面に打ち出して、心理的に圧迫する(藁
 そして、あらゆる合法的な手段を用いて一定の方向性に向けさせる。
ただし、人権とか国家の定める規範に触れない範囲内ということになるけど(藁
 まあ、社会規範醸成機能を郷土に求める以上、なんらかの不利益が郷土の
慣習にしたがわない個人に及ぶのは感受しなければならないことだよねえ。
ただ、下支えの部分は、きちんと国家が保障することになるが(藁

749 :UNION JAP:02/02/05 00:46 ID:ks2lfYqY
>>747-746
横レスですが、地域住民の利益と国益が合致しないことは多々あると思います。
そのとき、地域優先になっちゃやっぱり駄目ですよね。


750 :むっちょ:02/02/05 00:46 ID:jiME4sEY
>>748
つまり、「節操の無い個人」の
連帯社会を目指す私とは相容れないわけですね(w。

751 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 00:52 ID:O/maoXk/
>>743

 まあ、社会的コストをなるべく減らしつつ、社会的アノミーというものを
地域的社会規範を使って、ある程度終息させることを目的にしているからねえ。
それはとりもなおさず、個人の内心に一定の方向性を強いるものであって、
それが弊害を伴うのは当たり前だろ。俺は、国家や社会全体が持つ規範と言う
ものに対して、郷土による社会規範というものを唱えるのだから、別の視点から
見れば当然批判はでるだろ。でも、それ以外の代わりを出せといわれもなあ。
とりあえず、国家や社会全体で道徳とか倫理とか言うよりましだろ(藁
 郷土単位だから、統一的なアズマ規範なんてないさ。実際に機能する規範は、
地方地自体の条例やら、教育委員会が決める規範になるだろ。だから、郷土を
地方公共団体とすれば、それごとの規範と言うものは存在しても、統一的な
アズマ規範なんてないだろうね、恐らくは(藁

752 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 00:56 ID:O/maoXk/
>>750

 そう言うことになるね。俺は、社会的コストを重視する点で
違ってくるからね(藁
 節操のない個人の連帯社会なんて、ユートピアではないのかね?
まあ、俺が人間に懐疑的だからかもしれないけど。どうしても、
民衆に対する動機付けとかインテリの役割とを期待してしまうよねえ。
まあ、発想が古いのかもしれないけど、まあ極右・封建主義者だし(藁

753 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 01:00 ID:O/maoXk/
>>749

 連邦政府的国家を郷土の上に置くわけだから、理論的にはそうなるけど、
前提として国益とは何かと言う議論が必要だね。
 限りなく権限を郷土におろしていくから、国益と言うものも縮小していくん
だろうがね(藁

754 :むっちょ:02/02/05 01:03 ID:jiME4sEY
>>752
ご指摘の通り、ユートピアですな(w。
まあ今は、「あんま価値観とか文化とかについて、固定的になるなよ」
程度のことを思ってるだけですんで(w。

755 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 01:04 ID:O/maoXk/
>>747

 同意。つまり、そう言うことだよね。
 基本的に組織を小さくすれば、政治の波及効果はいい面でも
悪い面でも、地域住民によりダイレクトに作用するからねえ(藁

756 :右翼じゃない者:02/02/05 01:08 ID:VWy1aIUP
>>745
しかし国家の定義する規範と言うものを提示するとすればある程度フレキシブルに流れに添えないと拙いでしょ
逆にポピュリズムに迎合しても拙いしな 規範の必要性はまともな人間なら痛感している事であって個人の自由を担保にするとしても
その辺はオレの唱える処の倫理委員会への批判の自由ということで折り合いがつかないか?
もちろん一旦委員会の決めた規範には彼らの任期の間 無条件で従う必要が有るわけだが

どっちにしろ倫理をがんじがらめに動けなくしてしまってはそれこそ遺憾 学者や判例が民意から完全に乖離してしまう可能性や迎合してしまう可能性も多いに有るわけだしな
言って置くが学者や裁判官は倫理の面で優位に立っていることは認めるよ それを実績として評価すべきだとも思う

これらに反しない形で地域の伝統を守るべく新たな規範を地域ごとに定める事は別に構わないとは思うが
他のものも指摘している通り 移住にブレーキをかけてしまう効果はあると思うね




757 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 01:09 ID:O/maoXk/
>>754

 まあ、しかし目指す方向性は一緒でしょ(藁
個人の自由を保障し、社会の多様性を確保すると言う
前提は俺も指示するわけだし。
 ただ、そのような社会を維持するためにも、一定の
社会的コストを支払わなければならない。
 多様な価値観の弊害が、社会的アノミーなどだろ。
それに対して、俺は一定の処方箋として、郷土の
規範的役割・機能と言うものを打ち出すわけさ。
 まあ、保守・ウヨクを一定の方向性で誘引すると言う
キャラとしての戦略もあるわけだけど(藁

758 :ひっきー吉田 ◆22svdmW. :02/02/05 01:10 ID:5brOhvRo
>>755
ということで、政治に対する倫理的集団として地域住民を自覚させられることで、
政治に対する倫理性の問題はクリアできますね。

759 :右翼じゃない者:02/02/05 01:16 ID:VWy1aIUP
>>764
いや直で地域住民が倫理を司っちゃまずいでしょ今の段階でさ
だからこそ選挙と実績両面で委員会と言っている
実績ある者(学者やある判例を出した裁判官は良い例)の中から時代の流れに添う形(選挙)で委員を選びましょう
そして彼らに倫理面の先導をさせましょうと言う趣旨なわけだから



760 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 01:16 ID:O/maoXk/
>>756

 地域と国家で相互補完作用があるからそれでいいんだよ。
 学者や裁判官が現実の問題から遊離してしまう点は否めない事実
としてあるが、その辺は人事交流で実務に携わらせたり、民間から
起用するなどで、ある程度解決することは可能でしょ。
 地域ごとにある程度の差異がでるのはしょうがないよ。それで、地域が
競うことにもなるわけだし。

761 :むっちょ:02/02/05 01:19 ID:jiME4sEY
>>760
地域間の競争が、地域間の対立に繋がらないようにしなければ。
そのためには、個人が地域とある程度の距離を保つべきだと思う。

762 :ぁゃιぃアズマ人:02/02/05 01:24 ID:O/maoXk/
>>760

 まあ、それはあるね。日本史版アズマ板とその効果を見れば
その危険性の指摘は杞憂ではないね(藁
 郷土に社会規範醸成機能を与えるのは、あくまでも社会的コスト削減、
国家の機能低下のための手段であって、それ自体目的ではないのだから(藁

763 :日本男児:02/02/05 09:35 ID:e/Qf4Pez
>>737
どうもアズマさんとは時間帯が違うのでつらいなあ(笑)。
自主財政を進めるのは余り私としては異論がないところなんだけど、
現状だと必ずしも地方の経済規模と税収が反映されていないところが
あって、多くの会社が地方で稼いだ利益を東京本社に上納して、本社が
東京の税金として納めてしまっているので、経済規模の実態以上に東京に税収が
集中しているところがあるんだ。だから地方の経済規模に必ずしも比例した
税収になっていないのが問題。

これを是正するために「地方交付税」があるんだけど、確かに指摘の通り
これにも現状偏りがあるのも事実なんだよね。地方によって経済規模以上に
還元されているところが確かに多い。
このあたりをクリアにする手があればアズマ理論が強化できると思うんだが(笑)。

私の考えでは、アズマ理論に、首都移転を加えるとより良いかもしれない(笑)。

764 :日本男児:02/02/05 10:45 ID:e/Qf4Pez
>>763

首都移転というより、首都機能分散化かな?
この辺りも同時並行で進められれば案外現実的な話かもね。
以前そういえばこういった遷都議論が盛んだった時期があったけど
いつも間にかに立ち消えになったね・・・。それだけ余裕がなくなったって
ことかな・・・。


765 :宮台ばつ壱:02/02/05 11:47 ID:1LArDAzu
>>690
>生の志向性」←これは何て読むのー?

なんでこんな抽象的な文脈に沿う必要があるのかね。
甘え抜きに、沿う気なんか最初からないつってるのに(笑)
少なくとも俺はね。だから君に裁かれる理由なんか無いはずなわけ。

俺の視座は当然沿うべきであるみたいな「あまえ」があるんだよ、
きゅりおにこそね。

つっこむならつっこむで、その視座のあいまい性をなんとかするべきなんじゃないの?
こっちはそれなりに、わかりたくてこういってるんだって。

生への志向性とかいいながら、きゅりお自身の提案は
自分自身でSFだと言ってるじゃん。あまえてるのはどっちだって
話じゃないの?SFくさい具体性しかないくせに
何故そこまで偉そうに「生への志向性」は必ず沿うべき視座だといえるんだろうか?

SFだと思われない具体性を提出してから、裁いてください。割りに合わない
ぞ。マジでw






766 :宮台ばつ壱:02/02/05 12:11 ID:Hn8pICSP
>>765
「個と公」を考察する時に
「公から環境」へ 「環境から公」へって
これどちらも必要な視点でしょ?

きゅりおの生への志向って結局「環境から公」へ
で終了・思考停止してるんじゃないのか?偏狭な考察だよね随分。
公から環境への視点は、独りよがりな相対化で
終了させたつもりになっている。

環境から公へ、見たいな近代の行き詰まりを問題の端緒、切り口
とする考察は、70年代頃からずっとやってる事でしょうが。

ずっとやってるのに、いまだSFチックな回答しかないわけで、
だとしたら、「公から環境」を考察する視点も
切り口として規制緩和することも必要でしょ?結局、個と公の考察が「偏狭」になってしまうのは
切り口に勝手な限界を与えてしまう態度がある、あったからでしょ?

んで今きゅりおは、自分の切り口に反応が薄いので、「公から環境」への視点
をきりたがってる→ゆえに環境から公への視点として「生への志向性」を
くりかえし、くりかしえし、繰り返すんだろうな。ひとりで。
なんできゅりおの考える細胞から社会までの際限ない思考(構造主義、マルクス修正主義)に乗らなきゃ
ならない必然性があるのかもうちょい上手く説明くれんかね?

つまり、自覚的にSFの話がしたい、のみでなく全員がそれを
やるべきであると思っているのかね?




767 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 12:56 ID:XRs4E/nF
>>765
ま、少なくとも意味が分かってない奴にサービスする気はないんで、説明はしません。

あいまいだろうがなんだろうが、とりあえず、誤読した部分はきちんと謝罪してくれ、責任ある大人ならな。
「生」が持つある傾向性の論点は俺のこのスレにおける「個性」のようなもので、この主張こそがこのスレにおける
存在意義のようなものなのに、「全く」意味も分からないくせに偉そうに「俺なら・・・ここまで語るけどね」と言
われた身を考えてくれよ。

宮台の表現、読解が議論レベルに達していないのは他の参加者から指摘される点でも明らかだろう。自分が知らない用語
、概念を乱用して論点を混乱させて「いるにもいかかわらず」、何でそんなに態度でかいの?

>>766 も、論点の「中心」を外した意味をなさない問いなんだよ、悪いけど。最初はそれにも付き合ってきたけどね
(分かってくれると信じて)。なのに、自分が知らないことにもムネヲみたいなでかい態度を平気されたら、誰だって
切れますわw

「生の志向性」が認められた瞬間に「名無しさん1」の「構造による権力化」の論点も、「名無しさん2」の「解釈学的
システム論」の論点も根本的に成立しなくなるか、大幅に見直しをせまられるある意味現代思想にとっては「殺傷力の高いウイルス」なんだよ。
だから、両者から「慎重な思索を」というアドバイスを受けたし、その意味はよく理解している。

「僕が理解できないのはお前のせい」←このスレでこの電波飛ばしてるのは宮台だけだぞ、ある意味希少生物w

768 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 12:59 ID:XRs4E/nF
面白いんで、リピート。宮台の主張の要約、

「俺が理解できないのは、お前のせいだ」

いいね、コレ。俺も使おうw


769 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 13:04 ID:XRs4E/nF
「従うべきだ」なんて1ミリも言ってない。

「俺ならここまで言うけどね」←「もう、言ってるですけど・・・」

この違いが分からないのも、俺のせい?w、典型的なコヴァ化してるみたいなんですけど>ひっきー君w

おまけに、俺がフーコーの論点の論点を「独力」で明示できないことを非難されてるし・・・。
頼むから、偉そうな電波撒き散らす前に、現代思想史(「初めての構造主義」<講談社現代新書>、題名あってるっけ?)
でいいんで読んでみてください。簡単なんで。

770 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 13:05 ID:XRs4E/nF
×フーコーの論点の論点
○フーコーの論点の乗越え

771 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 13:20 ID:XRs4E/nF
>>764
これは別に煽りでもなくて真摯な問いなんですけど、

日本男児さんが以前からおっしゃられている部分、

「意識、価値観」の変更による問題解決 ← 観念的アプローチ
「社会制度」の変更による問題解決 ← 政治的アプローチ

がこれまでなされてきました。
これに対して、僕などが繰り返し主張してきたのは、

「生産関係」の変更による問題解決 ← 経済的、唯物論的アプローチ

です。アズマさんやウヨガクさんを始め制度の背景にあるのは「経済」<下部構造でもいいし、システム、構造でも呼び方は様々ある>
だという部分を踏まえた上で語っているという部分を確認できています。

ところが、前半2つのアプローチでは近代の問題の根底にあると思われる「貫徹した私有財産制/機能分化」という現象をどうしても
克服できない。あるいは、射程外なんです。

そこで、日本男児さんとしては、経済的、唯物論的アプローチは意識的に無視・軽視しているのか、あるいは問題解決ための効果がない
と思っているのか、あるいは単に「盲点」で見えないのか・・・、もし盲点でないとしたら、理由を教えてください。僕が厳しく追及する
背景にはこの「盲点」の疑いがあるんですよ。その点どうなんでしょうか。俺からみると、不自然に「観念」に偏っている、と見えるんです。
<ウヨガクさんのように「分裂」するのもどうかと思うんですが・・・w>

※楽しく議論したいので、この点は放っておいてくれ、と言うなら、二度と触れません。

772 :日本男児:02/02/05 15:47 ID:e/Qf4Pez
>>771
出来る限り真摯にお答えしたいと思います。

>ところが、前半2つのアプローチでは近代の問題の根底にあると思われる
>「貫徹した私有財産制/機能分化」という現象をどうしても
>克服できない。あるいは、射程外なんです。

あなたのこれに対するご提案は「WEB的生産関係」にあり、具体的には
SOHO等の形態かつ将来のブロードバンド化を想定したものだということ
は「何となく」理解しているつもりではあるのですが、私の現在行っている仕事上の
知識で言えば、どうしてもこれではデジタル・デバイドを始め、余りにも
大多数の人が淘汰されてしまうイメージがあります(私の単なる職業エゴから
言えば大歓迎の提案なんですが)。もう少し具体的にどんな姿なのかが
イメージできれば又話が違ってくるかもしれません。後、どうしてもこれが、現状の
日本の状態に対する処方箋足りうるところまでいくのかがピンとこなかったのが本音です。


773 :日本男児:02/02/05 15:47 ID:e/Qf4Pez
(続き)
又以前からお話ししているように、私のこの議論に対するスタンスは、自分の
事どうこうというより(こんなの自分で何とかするしかない)具体的に私の子供
を含めた次世代に、何が考えられるか、伝えられるかというのがテーマでして、
ゴー宣は私にとってもきっかけでした。その流れで「神道」だの自分でもどこまで
実践に結びつくかよく分かっていない話を提示してみたというのもあります。

あなたがいっていた「観察の観察」の意味も正直よく分かっていません。これを
クリアした何か発言が出来れば良かったんでしょうけど・・・。

ただ、私のイメージするところは、今日本そのものがガタガタになっているという印象が
強く、優先順位的にこの原因のコアとなるところはどこかと考えているんだと思います。

あまりいいたくなかったのですが、「マイノリティー」云々はアイヌのことです。
この電子辞書(ご存じの通りアイヌ語には文字がないですから音声辞書に
なります)作成に仕事柄ちょっと関わっています。当然こういった事も考慮するべきだと
私も考えていますが、アイヌの末裔もすっかり日本人化しています。つまり大きく見れば
日本文化に属していると一旦括弧付きで考えてもいいのではないかと私は考えたのです。

期待に添えられる回答になっているか分かりませんが、正直に話したつもりです。


774 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 16:23 ID:XRs4E/nF
>>773
ここが議論がかみ合わない部分の「肝」だと思いますので、繰り返します。
実はこの部分は以前から議題になった場合も必ず「語られなかった」部分なんですよ。今回もナチュラルに質問の
肝の部分は無視されました。要するに見える/見えない構造なんだと思います。

#貫徹した私有財産制/社会的機能分化の近代病の文脈で、それの処方箋を話し合っている場合に、その患部そのもの(私有財産制/社会的機能分化)に対する言及が
ないのはなぜなでしょうか。

これは「神道」の精神を掘り起こす行為が無駄だと言ってるんじゃありません。最大の「乗越え対象」である「近代病」の患部そのものを注視して、ここに処方箋
の効果を集中すべきではないのか、というのが僕の問いです。

その意味で「内臓疾患に対するバンソウコウ」という評価になってしまうわけです。
道徳教育改変→近代的人間像が克服される、政治制度改変→近代的人間像が克服される・・・、という戦略で本当に近代的人間像が変わるのだろうか?
それとも、人間が切実に「生きている場」(生活空間)において、まさに人間が生かされているもの(生産関係)まだ掘り下げないと近代的人間像の
克服は見えてこないんじゃないだろうか?

※近代病に対する処方箋はこのスレでは「ウェッブ的生産関係」を含めて有効なものは提出されていません。それほど「近代病」はそれほど「絶望的」な状況だと思われます。
その認識をまず共有したい。

775 :きゅりお@戦後民主主義擁護路線:02/02/05 16:32 ID:XRs4E/nF
「親密性」は、

(A)当人同士が「親密性」の重要さを認めることによって回復するのか。
(B)建築、仕事、家族など・・・「街のたたずまい」が変わらないと回復しないのか。

簡単に言うとズレの焦点はここだと思うんです。僕は「(A)がダメだ」と言ってるんじゃなくて、
「(B)を射程に入れないで(A)だけを主張してもダメだ」と言っているんです。

小林そのものはどう読んでも(B)が射程に入っているとは思えない・・・。

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