ちゅらちゃん第２１週

GLD-314

　磐梯山が夕闇の濃紫色のグラデーションを背景に黒々とした輪郭を現している。
平太にはそれが、かの悪名高き代官、福島貞晴を彷彿とさせる威圧的な姿に感じられた。

　「ご隠居、宿まではまだ二里ほどございます、先を急がなくてはなりませぬ、
どうか私の背に乗り体を休めてくださいませ」
平太のいつもの申し出であったが、宗兵衛は意外な言葉を返すのだった。
　「いや平太、私は大丈夫ですよ。代わりにな、この奈保を負ぶってやりなさい」

　宗兵衛の言葉に驚き、見開いた目をそのまま奈保に向けた平太であったが、
視線を彼女の足下に落としたときに全てを理解した。

　「奈保ちゃん・・・どうしたんだ？足袋に血が滲んでるではないか。何故黙っていた」
奈保は黙って俯いたままだ。
　「黙っていちゃわからねぇ・・・・・・まぁもうよい、とにかく私に負ぶさりなさい」
そういいながら背を向け屈んだ平太の肩を力強い掌が掴む。弥太郎である。

　「ちょっとまってくれ平さん。おまえさんは昨日もご隠居を背負いなさっただろ、
今日こそは私の番であろう。私にも仕事をさせてくれないか。ご隠居かまいませんよね？」
訴えるような眼差しを向けられ、やれやれと言った感じで宗兵衛は声を洩らした。

　「ほっほっほっほ、これはどういうことですか。　弥太郎、おまえさん、ひょっとして
奈保に気持ちがあるのではないですか？」
　「ご、ご隠居・・・」
　「なに？おい弥太郎・・・お、おまえさん・・・」
　「いけないか？平さん」

磐梯山から冷たい風が下りてきたとき、それまではにかんでいた奈保が言葉を発した。
　「喧嘩をやめて・・・二人を止めて・・・」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ゴルド文庫『縮緬問屋旅日記』より